平行世界のドラゴンたち。   作:ペンギン隊長

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その日の夜


白き龍皇22

 

 

「…ん?ヴァーリからメール?」

『おじいちゃんがツェペシュの城に滞在してた。暫く戻らないかも』

「…は?アイツのじーちゃんってまさか…リゼヴィムの野郎か?!」

「リゼヴィム?」

「リゼヴィム=リヴァン=ルシファー。聖書にリリンとしてその名が刻まれてる性質の悪い悪魔だ」

 

自室で考え事をしていたヴァレリーは窓を叩く音に気付いて立ち上がる。

「何…?」

はめ殺しになっていたはずの窓が一人でに開く。

「やあ」

「あなたは…」

「"悪いこと"をしに来たよ」

「"悪いこと"?」

青年は無邪気に笑う。

「おじいちゃんは悪魔らしくない俺が嫌いみたいだから、悪魔らしく"悪いこと"をしようかと。…年頃の女性の部屋に侵入して連れ出すのは"悪いこと"だろう?」

「私を此処から連れ出す、んですか?」

「とりあえずちょっとした散歩程度に、ね」

窓のふちに腰掛けて、青年はヴァレリーに手を差し出す。

「手荒なことはしないから、少し付き合ってくれないか?」

躊躇いがちに、ヴァレリーは青年の手を取る。胸がドキドキしていた。青年はヴァレリーを抱き上げ、窓から出る。そこには、巨大な赤いドラゴンが浮かんでいた。青年は何の躊躇もなくドラゴンの背に乗り、ヴァレリーにもそこに座らせる。

「グレン、出発だ」

『わかった』

グレンと呼ばれたドラゴンはゆったりした速度で動き出す。見る間に加速し、城が遠くなる。

「何処へ向かっているの?」

「とりあえずグレンが行きたいところへ。君に行きたいところがあるなら、そっちに変えてもいいが」

「ううん…私、城から出たことがなかったから…」

「そうか」

会話が途切れる。ドラゴンは随分な速度で飛んでいるというのに、そよ風程度しか感じない。青年が何か魔術を使っているのだろうか。背中から体温が伝わって来る。いや、寧ろ背中から抱きしめられている状態といって間違いない。馬に二人乗り(タンデム)する時と同じだ。

 

美しい海を見下ろす小高い緑の丘にグレンは降り立つ。太陽の光が、天頂を過ぎた位置から降り注いでいる。

青年の手を借りてドラゴンの背から降り、ヴァレリーは辺りを見回す。コスモスやガザニア、カーネーションなどの生命力の強い花が群生を作って咲き誇っている。

「此処は…?」

『あの国は息が詰まる』

「それで開放的な場所、と?」

『ああ』

顔を摺り寄せてきたグレンを撫でてやりながら青年はヴァレリーに言う。

「とりあえず休憩だ。グレンが見える程度の距離なら見て回ってきてもいいぞ」

「あなたは?」

「俺はこいつを労ってやらないといけない。まあ、何かあったら呼べ」

「…わかったわ」

ヴァレリーは足を踏み出す。図らずも、夢が叶ってしまった。陽の光の下を自由に歩く、という夢が。

振り返ると、青年はグレンに話しかけながら、首筋を撫でてやっているようだった。その瞳が優しい色をしているのが見えて、何故か、ちくりと胸が痛む。

風に乗って、低い歌声が流れてきた。青年が歌っているのだろう。それに耳を傾けながら再び歩き出す。そういえば、ドラゴンは歌を好むのだと聞いたような気がする。

 

「海の方まで降りてみよう。…いや、吸血鬼は流水がダメだというから海はやめた方がいいのか?」

「大丈夫。近づくだけなら別に何ともないし」

「そうか」

グレンは子竜程の大きさになって青年の頭にしがみついている。

「じゃあ、行ってみよう」

にっこり、と青年は笑う。ヴァレリーが差し出された手を取って歩き出す。

まるで、デートみたいだと思って、心臓の音が大きくなる気がする。ヴァレリーは彼の名も知らないのに。知っているのは、彼が城の賓客であるリゼヴィムの孫であり悪魔だということくらいだ。…その羽は悪魔のものには見えなかったが。

「ねぇ」

「何だ?」

「私…あなたの名前を知らないわ」

「そういえば名乗ってないな。俺も君のことをよく知らないが」

『ハーフ同士で気があったとかではないのか』

「違う」

「あなたもハーフなの?」

「ああ。俺はヴァーリ=ルシファー。悪魔と人間のハーフで、白龍皇だ」

「私は、ヴァレリー=ツェペシュよ」

きょとん、とした後、ヴァーリは楽しそうに笑う。

「ヴァレリーか。一文字しか違わないのに、可愛らしい名前だな」

いや、アルファベット表記なら最初の三文字しか合ってないか、と呟いて、ヴァーリはまた楽しそうに笑う。

「ヴァーリ」

「何だ?ヴァレリー」

「何で私だったの?」

「あそこで顔見知りなのは君くらいだし、君を連れ出したらおじいちゃんたちが困るだろう?」

そこで一度言葉を区切り、ヴァーリはにっこりと無邪気に笑う。

「それに、女の子は笑っているのが一番だ。君は何かを諦めているようだったから、気分転換をして少しでも笑って欲しいと思った」

確かに、彼は悪魔らしくない。寧ろ、天使なのだと言われた方が…いや、しかし彼女は吸血鬼なのだから、彼女に手を差し伸べる彼はやはり悪魔なのだろう。

 

 

砂浜まで降りた二人は、季節柄人の少ないそこを並んで歩く。

「綺麗な海だな。グレンがこんなところを知っているとは思わなかった」

『我は何でも知っている』

そう言って胸を張ってみせるグレンにヴァレリーはくすり、と笑みをこぼす。子供が背伸びをしているようで微笑ましい。…まあ、今は小さくなっているが、グレンの本性はかなり大きな竜なのだが。

「…探してくれたのか、ありがとう」

『もっと頼ってもいいのだぞ』

『冗談じゃない。今も微妙な立場だというのにお前がうろちょろしていたら相棒が周囲にどう思われるか…考えたくもない』

「この頃アルビオンには心労ばかりかけているからな…」

『相棒は悪くない。悪いのは赤龍帝とその真龍だ』

ヴァーリは苦笑する。

「まあ…アイツは色々酷いからな…ドラゴンとしては」

「酷いって、どんな風に?」

「…決して悪いやつではないんだが、スケベ心が強くてな…一時期、アイツのせいでアルビオンがおっぱい恐怖症になったんだ」

意味がわからない。

「そうなんだ…」

「それより…ヴァレリーは好き嫌いはあるか?」

「え?…特には、思いつかないけど…」

「そうか…じゃあ、何がいいかな…」

『我はシチューがいい』

「…それは、俺が作る前提で言っているのか」

『勿論』

「…。市場を見て考える事にしよう」

 

活気のある市場の中を二人で歩く。時折立ち止まってはヴァーリが店主と話し、幾らかの食材を購入する。

「…うん、これだけ新鮮な食材が揃っていると作りがいがあるな。後は、パンと調味料の類か」

『調味料は"蔵"に幾らか入れていなかったか?』

「"土地のもの"の方がいい時もあるんだよ。まあ、好みの話にもなるが」

慣れは好き嫌いに関わってくるから、とヴァーリは付け加える。

 

買い物を終え、キッチンのついた部屋にチェックインする。買った果物の内一つをさっとカットして皿にのせて差し出し、ヴァーリは言う。

「じゃあ、今から用意するから暫くグレンと待っててくれ」

ひょい、とグレンも机の上に下ろされる。

『どれぐらいかかる?』

「そうだな…まあ精々一時間程度、というところかな。期待して待っていてくれ」

ヴァーリはキッチンに立って調理を始める。すぐに、リズミカルな包丁の音と共に鼻歌が聞こえてくる。

「ヴァーリは歌うのが好きなのね」

『確かに、よく歌っている』

「グレンはヴァーリのことをよく知っているの?」

『我はヴァーリが赤ん坊だった頃から見守ってきた。直接顔を合わせたのは数える程しかないが』

 

鯛のカルパッチョ、クラムチャウダー、シーザーサラダ、パン、白ワイン。デザートにはフルーツコンポートとワッフル。

「グレン、食器はちゃんと使えるか?」

『問題ない』

「…美味しそう」

「遠慮せず召し上がれ。飲み物もワイン以外の方がいいなら何か出してくるが」

「いいえ、これでいいわ。…いただきます」

「『いただきます』」

どれも美味しく、食べる者への配慮が行き届いていた。

 

食事が終わり、二人はベランダから空を眺めていた。グレンがうたた寝を始めてしまったからである。

「オリオン座があれだから…あれが北極星、そしてあれが小熊座だ」

ヴァーリはそう言いながら星を指差す。

「じゃあ、あれが大熊星座であっちがカシオペア座?」

「ああ。それで、あれがケフェウス座」

北天に瞬く秋の星座を指差し、ヴァーリは星にまつわる話をする。その低い声に耳を傾けながら、ヴァレリーはそっと彼の横顔を見る。楽しそうに目を輝かせている様が少年のようだと思う。

「ヴァーリは、星にも詳しいのね」

「占星術を研究していた事もあるからな」

「占星術?…じゃあ、私の運命なんかもわかるの?」

「ホロスコープは詳しい生年月日がないと作れないからな…直接詠むのも、個人の途まではわからないし」

ヴァーリはそう言って肩をすくめる。

「運命なんて見るものじゃないよ。定まった運命は変えられないものだ。よりよい未来を手に入れたいのなら、可能性を狭めるものじゃない」

 

行きと同じようにグレンの背に乗って城に帰る。

いや、同じようで同じではない。だって、ヴァレリーはヴァーリの事を知ってしまった。彼の笑みを、体温を、優しさを知ってしまった。外の世界を垣間見てしまった。それなのに、それまでのヴァレリーのままではいられない。

陳腐な言い方をするのなら。ヴァレリーは、ヴァーリに恋心を抱き始めていた。寧ろ、この状況で少しもときめかない女の子がいたら、その子は酷い男性不信だろう。彼女は男性不信ではなかった。

空が白み始めた中でグレンは城の庭園に降り立つ。

「堂々と朝帰りか?ヴァーリきゅん」

「不良っぽいだろ?」

ひみつだよ、と小さく囁いてヴァーリはヴァレリーから一歩離れる。

「ヴァーリは女には興味ないらしいって聞いてたが?」

「彼女を連れ出したらおじいちゃんたちが困るだろ?」

「…あ?」

「おじいちゃんが俺のこと悪魔らしくないって言うから、悪魔らしく悪いことしようかと思って」

にっこり、とヴァーリは笑う。リゼヴィムは微妙な表情を浮かべる。

「いや、そういうところがお前悪魔らしくねぇんだって」

「?」

 

 

「ヴァーリきゅんはとことんまで悪魔らしくないなぁ。俺様そっくりなイケメンフェイスがなかったら孫だとは思えないぞ」

「俺も同感だ」

確かに、直系血族であるはずなのに、ヴァーリとリゼヴィムは外見しか似ていない。しかし二人は確かに血の繋がった家族なのである。

 

「…オーフィス?」

「の、八割で作った、新しい無限の龍神(ウロボロス)だ。名前はリリス。俺のママの名をやった」

「おじいちゃんのママって、ひいおばあちゃん?」

そう呟いて目を瞬かせた後、ヴァーリは少し考える素振りを見せる。そして小さく首を傾げてリゼヴィムに問いかけた。

「おじいちゃんってマザコンなの?」

その瞳に侮蔑の色はない。純粋無邪気に、疑問に思ったことを聞いただけ、なのだろう。

「…ああ。死んだママは数少ない俺様が好きだったもの、かもな」

「・・・」

考え事をするヴァーリにリリスが無言で抱きつく。ヴァーリは当然のように考え事を続けながらリリスを抱き上げ、頭を撫でる。リリスは気持ちよさそうに目を細める。リゼヴィムは呆れたような顔をした。

「いつの間にリリスちゃんを手懐けたんだ?ヴァーリきゅんは」

「ん?…あ、いつの間に」

『無意識だったのか?!』

「無意識というか、慣れというか、習慣的なものというか…」

禍の団にいた時はオーフィスによくやっていた事である。まあ、概ね子供扱いみたいなものだが。

「…好き」

「そうか。リリス()甘えん坊だな」

平然と返してヴァーリはまたリリスの頭を撫でる。

「リリスちゃん、俺様は?」

「・・・」

リリスは無言でリゼヴィムを見る。その視線は雄弁にその心情を物語っていた。ぶっちゃけ、Noである。それをしっかり読み取ったヴァーリが少し慌てた様子でフォローをする。

「俺はおじいちゃんも好きだぞ」

「いや、そういうフォローはいらねー」

ひらひらとリゼヴィムが手を振るとヴァーリは僅かにしょぼんとする。それを目ざとく読み取り、リリスはリゼヴィムに非難するような視線を向けた。

「…嫌い」

「うへぇ、そりゃあ贔屓がすぎるんじゃない?リリスちゃん」

「リリス、嫌い、なんて言うものじゃないよ。そりゃあ、おじいちゃんは悪い人だけど、良いところだって………あれ、思いつかない」

「お前フォローしたいのか止め刺したいのかどっちだ」

「フォローしたかったけど、常識的な価値観に照らし合わせた時に良いところと言えるところが思いつかなかった」

ヴァーリは僅かに目を伏せる。

「俺はおじいちゃんの自分の感情とか欲望とかに正直なところとか、自分の論理を持ってるところとか、好きだけど」

「・・・」

不覚にも、可愛く見えてきた。試しにわしゃわしゃと頭を撫でてやると、ヴァーリはふにゃりと嬉しそうに笑う。やはり悪魔らしさの欠片もない孫だ。

 

「お前は本質的に祖父(リゼヴィム)より龍神(オーフィス)に近いんだな」

「そう…か?…見た目以外あまりおじいちゃんに似ていないのは自覚が有るが」

少ししょんぼりとしてしまったヴァーリにクロウ・クルワッハは目を細め、頭を撫でる。

「言ってはなんだが、あの男に似てないというのはいいことだと思うぞ?少なくとも、俺はお前の方がいいと思う」

「・・・」

ヴァーリは僅かに目を伏せて言う。

「…それは、"律する力"があるからじゃないのか?」

「俺が求めるのは闘争だ。"律されたい"とは思わない」

「…だが、この力は、本質的には(・・・・・)…」

言いかけたヴァーリの口を指で押さえ、クロウ・クルワッハはニィと笑う。

「本質的にどうであろうと、お前が他者に従いたいと思わせる存在なのは確かだ。それは"律する力"だけの問題ではないだろう」

「…従ってくれても、別に嬉しくない。俺は、従わせたいわけじゃなくて、傷つけるのが嫌なだけだから」

「強者の傲慢だな」

「代わりに庇護者を勤めている」

『ヴァーリ』

ぴょこん、とグレンが顔を出す。

「どうした、グレン」

『マーキングさせろ』

「…は?」

『無限の紛い物だの、邪龍だの、我のヴァーリに馴れ馴れしくて不快だ。我のものだと匂いと印をつけさせろ』

『巫山戯るな。というか、私の相棒に所有格を付けるんじゃない』

「そういうお前も所有格をつけているようだが」

『私はつけて当然だからいいんだ。…そいつはあくまでも仮契約しかしていないからな』

「ああ、アルビオンは俺の(・・)相棒だな」

『我の方がアルビオンより強い』

「それを言ったら、俺もアルビオンより強いが」

きょとん、とヴァーリは首を傾げる。

「マジか」

「マジで」

『…うむ』

正直、ヴァーリはその気になれば"ムゲン"に届くレベルの実力がある。その気になる可能性はだいぶ低いが。なにしろ、彼は争いを好まない。

「…まあ、その状態が完全ってこともないようだから、そう不思議ではないか。その内完全な本気というやつを見せてくれないか?」

「…疲れるから嫌だ」

「…ぶっ」

何故かツボに入って笑い出したクロウ・クルワッハをヴァーリは胡乱な目で見る。

 

 

 

 




ヴァレリーはValeryかValerie ヴァーリはValiかValle

ヴァーリ√の本編は此処までしか書いてないんでとりあえず此処で打ち止めになります。
番外とかはもうちょっと書いてますけど。
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