「…グレモリー、か」
偶然見かけたその先輩が悪魔なのだとドライグは言った。
一誠もその
もっとも、その知識は別の世界においてのグレモリーのものなので、この世界でもそうかはわからないが。というか、
「…もし見通せるなら、隠せないだろうからな」
この世界のグレモリーにそのような力がないのか、先輩が未熟で使いこなせないだけなのかはわからないが。どちらにしても、関わらないに越したことはないと思う。
「――兵藤君?」
「支取会長」
かけられた声にきょとんとした後、一誠はにこりと微笑む。
「俺に何か用ですか?」
グレモリー先輩という、ほぼ己の悪魔としての力を隠せていない悪魔を見た今ならわかる。この支取という先輩も隠してはいるが悪魔だ。
支取…シトリーか。それも確か72柱の中に
秘密を暴くというその力は警戒に値するが、これまで数度顔を合わせた限りでは真面目で温厚な人柄をしているようだったので、不審なところを見せなければ平気だろう。
「いいえ、特に用という程のことでもないのだけれど…」
言い淀む支取に一誠は僅かに首を傾げる。
一誠の方は特に心当たりはない。"いつも通り"の一日だったし、数日だった。
「兵藤君は校内で色々と雑用を引き受けているそうですね」
「断る理由はありませんし、俺に出来る程度のことばかりでしたから」
支取は少し申し訳なさそうな顔をして言う。
「学生の本分は、学業にあります。雑用にかまけて学業を疎かにしては本末転倒になりますよ」
建前としての言葉だな、と思う。彼女の本心はそこにはない。一誠が雑用を引き受けている事への苦い思い自体は本当のようだが、理由は違うだろう。
「心配してくれてありがとうございます。でも、俺も己の分はわかっているから大丈夫です。己の手に余る程のことはしませんから」
本心である。一誠は親しくもない相手に身を削る程の情熱はない。ただ、手が空いていれば貸すというだけだ。
「しかし、入学一週間でこれでは…」
「そうですね…まあ、中学の時のことを思えば、これから勉強が進んでいけば学業面でも頼られたりすると思いますけど…そういうの、慣れてますから。俺、昔からこんな感じなんで」
「…兵藤君は無償で働きすぎだと思います」
そこが本心か。支取が問題視しているのは、無償奉仕。しかし、一誠は物的な対価を求めようという気はない。
「無償ってことはないですよ」
「え?」
「俺、人が喜ぶのを見るのが好きなんです。俺の行動で喜んでくれる人がいるなら、それが俺にとって何よりの報酬です」
言葉通りの意味である。正確には、喜び以外にも、他者の感情を見て、それが彼の美意識に合致していれば、それが彼の楽しみになる。趣味といってもいい。
にっこり、と笑みを浮かべた一誠に支取は虚を突かれたような顔をしていたが、少し考えて小さく溜息をついた。
「…程々にね。何でもかんでも手を出すのはよくありませんから」
「ただ自分が楽をしたいだけの頼みなら引き受けませんよ。俺もお人好しじゃないんで」
「…そうですか」
一誠も己を安売りするつもりはない。便利な下働きになるつもりはないのだ。
「…兵藤君は、神って信じてる?」
「その神ってどの神ですか?うちは仏教と神道で、俺個人としては空飛ぶスパゲティモンスター教を信じてますけど」
そう言って一誠は悪戯っぽく笑う。支取はそれに面食らったような顔をした。
「空飛ぶ、スパゲティモンスター…?」
「知りませんか?だったら、見えざるピンクのユニコーンでもいいです」
それで、一誠が言ったことがジョークの類であることを察したのか、支取はそうですか、と返した。
「聖書もコーランも法華経も祝詞も、その気になれば暗誦できますけど、殊更どれを信じてるってこともありませんね。日本人ですし」
しいて言えば、全部居てもいいと思っています、と一誠は付け加える。
この世界の神に会ったことはないが、神と呼ばれる者に会った"経験"はある。だから一誠は殊更に神の存在を否定しようとは思わない。それはドライグの話を聞く前からのことだ。
「そうですか…もしかして、教会の信者かとも思ったのですが」
「幼馴染にはいましたけど、俺自身は違いますね」