平行世界のドラゴンたち。   作:ペンギン隊長

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進級前
ソーナ視点


赤き龍帝4

 

ふと、窓の外を見たソーナの視線が、一人の少年を捉える。

兵藤一誠。一つ下の後輩であり、少し変わった人間だ。

初めて彼と顔を合わせた時のことを思い出す。あれは、入学式の日のことだった。

 

低く、小さな歌声が日が陰りかけた教室から聞こえていた。よく聞くと、それはマザーグースのようで、滑らかなクイーンズイングリッシュが静かな校舎の中を響いていた。

「そろそろ下校の時間ですよ」

歌声の元、一年生の教室を覗くと、そこには少年が一人、残っていた。少年はソーナの呼びかけに答えて手を止める。

「すいません、今片付けます」

歌声が止まってしまったのが残念だと、思いかけてそれを打ち消す。そして少年に歩み寄った。

「確か…兵藤一誠君?」

「え、あ、はい」

入試にて、全教科満点という信じ難い成績を残したのだと聞いている。入学式では新入生代表として宣誓を行っていたはずだ。

「私は支取蒼那、生徒会長よ」

「支取会長、ですか」

「兵藤君は、何故入学式の日から早速教室に残っていたんですか?」

「ええと…俺、クラス委員になったんですけど、掲示物の作成を頼まれて…今日中とは言われてませんけど、今出来ることを後回しにするの、嫌いなんです」

丁度手も空いていたし、と兵藤君は付け加えた。

「そうですか…仕事熱心なのはいいですが、時間には気をつけてくださいね」

「はい、次からは気をつけます」

そう言って手早く荷物をまとめた兵藤君が立ち上がろうとした丁度その時、下校時刻を知らせるチャイムの音が鳴り響く。と、同時に兵藤君が椅子ごと派手な音を立てて転ぶ。

「兵藤君?!」

「び、びっくりした…」

兵藤君は転んで尻餅をついた姿勢のまま目を瞬かせる。転んだ時の衝撃で眼鏡が外れ、足元に転がっていた。

「…大丈夫ですか?兵藤君」

「あ、はい。ちょっとドジッちゃいました」

あはは、と苦笑する兵藤君に手を貸して立たせる。眼鏡に隠されていたその瞳は、紫水晶(アメジスト)のような綺麗な紫色をしていた。

ソーナがその目を見ていることに気付き、兵藤君は少し気まずそうな顔で眼鏡を拾い上げる。

「…兵藤君は、ハーフなの?」

人間には稀な色の美しい瞳を見て、ソーナは思わずそう尋ねていた。

「いいえ。俺は父さんも母さんも日本人の純日本人ですよ。…確かに、この瞳色(いろ)は珍しいかもしれませんけど、正真正銘、日本人です」

兵藤君は、自分の瞳の色をあまり好いていないようだった。折角綺麗な色なのに勿体無い、とソーナは思う。

「…そりゃあ、親戚にも父さんの子じゃないんじゃないかって、疑われてDNA鑑定されたりしましたけど」

よく見ると、眼鏡のグラスには薄く色が入っていた。彼の眼鏡は、己の瞳の色を隠すための伊達眼鏡だったのだろう。度も入っていないようだ。

「ごめんなさい、不躾なことを聞いてしまったわね」

「…いえ、珍しいのはわかってますから」

埃を払って眼鏡をかけ直し、兵藤君は苦笑を浮かべる。

 

それ以来、ソーナと彼は顔を合わせれば雑談が出来る程度の仲になっている。

真面目で勤勉、誰に対してもやさしく真摯に接する彼は人々の信頼を得ている。そして、本当に人間なのか疑いたくなるくらい、底抜けのお人好しで、善人だ。実は天使なのだと言われても、信じられる。

 

「どうかしましたか?支取会長」

「えっと…覗き見ようとしてたわけじゃ、ないんだけど…」

一年生の女の子が、兵藤君に告白していた。好きだ、付き合ってほしい、と。

兵藤君の答えは、ありがとう、とごめんなさい、だった。

「俺は別に気にしてませんよ。会長なら冗談半分に変な噂を流したりしないでしょうし」

彼がそれなりにモテているらしいことは知っていた。女の子に告白されるのも、きっと初めてではないのだろう。

「…オッケーしてあげたら良かったのに」

「真剣な想いを向けてくれる相手にいい加減な返事はできません。…俺は、彼女に同じだけの想いを返すことはできないでしょうし」

ストイックな彼らしい、とソーナは思う。彼に好きになってもらえた女の子はきっと幸せになれるだろう、とも。

「それが兵藤君の誠意、ということね」

「付き合っている内に好きになる、なんて楽観はできなくて。…そもそも、俺には友達と恋人の違いというのがよくわからないんですよね」

「恋人と友達じゃだいぶ違うと思いますけど」

「二人きりで出かけるのは友達とだってありうるでしょうし、キスだって親しければアリだと思うんですよね。それ以上のことはそもそも自分のことに自分で責任を持てない学生の身でしてはいけないと思いますし」

「…意外とリベラル派なのね」

「フレンチじゃないキスは挨拶の範疇でしょう」

もっと、貞操観念が厳しいと思っていた。

 

 

 

 

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