「あの、兵藤一誠君、ですよね」
「そうだけど…」
手紙で呼び出された公園で見知らぬ少女に話しかけられ、一誠は困惑する。他校の制服を着ているのだ、転校生などでない限り、同級生とかではないだろう。
…というか、人間じゃないというのが見て取れる。それで差別しようという気はないが、ざらりとした嫌な予感がある。
「私、天野夕麻って言います。…私、あなたが好きです。付き合ってください!」
「何処に?」
「恋人として、です」
「…罰ゲームか何か?」
一誠は片眉を跳ね上げる。
彼には彼女の感情が見えていた。彼女は一誠に好意など一欠片も持っていない。それどころか、彼を侮蔑し見下している。それで何の為に彼に交際を申し込むのか、彼には理解できないが。
「なっ」
「君、別に俺のこと好きだなんて全く思ってないだろ。浮いた話がないから、揶揄うのに丁度いいと思った?それとも、逆恨みからの復讐か何か、とか?…そういうの、俺のこと真剣に好きだって言ってくれた子たちに失礼だからやめてくれないかな」
「…何よ、その反応。私みたいな美少女が好きって言ってあげたのに!」
「俺には、君が美しいとは見えない。寧ろ…」
すっと、一誠は目を細める。
「その他者を見下し侮蔑することで己を上位にしようという思いは醜悪で見苦しい。…上を望むのなら、他者を蹴落とすことよりも己を高めることに取り組むべきだ。その方が建設的だしな」
「私が醜い、ですって…?」
夕麻は怒りに身を震わせ、その本性を現す。己の肉体を強調するような黒いボンテージを身にまとい、背には黒い翼が生えている。
夕麻はその翼で宙に舞い、手の中に光の槍を作り出す。
「死ね!兵藤一誠!!」
夕麻は激昂し槍を一誠に向かって投擲する。
「死ね、とは穏やかじゃないな。気軽にそんなことを言うものじゃないぞ?」
「なっ…」
一誠は片手で槍を掴みとり、それをくるり、と回す。
「天使じゃあ、ないんだよな」
『ああ。堕天使だ』
「へぇ、堕天使。それであんな煽情的な格好してるのか」
サク、と槍を地面に刺し、一誠はにこりと笑う。
「こんな感じ、かな?」
「!」
一誠の手の中に、夕麻が放ったのとそっくり同じ、光の槍が形成される。
「そーれ、っと」
適当に投げられた槍を、夕麻はすっと避ける。
「何処を狙っているの?」
「がっ」
「?!」
「同じ黒い羽だし、君の仲間?」
にこやかに笑って一誠は夕麻に問いかける。堕天使の男が、槍に撃ち落とされていた。
「レイナーレ様!」
「加勢します!」
堕天使が二人、更に加わる。一誠は僅かに肩をすくめる。
「俺、女の子と喧嘩するのは気が進まないんだけど」
『あちらは相棒を殺す気でいるようだが?』
「自己封印を本格的に解くのも面倒だし」
一誠はとりあえず、と槍を再び手に取る。
「なぁ相棒、堕天使に昇天術式って効くと思う?」
『そこはかとなく嫌な予感がするが…やめておけ。"それ"は
「あー、うん…どうしよっかー…」
堕天使たちの手から放たれる光弾を、一誠は全て槍で無造作に叩き落す。
「堕天使って特にこれといった弱点があるわけじゃないんだっけ?」
『ああ。…まあ、なかなか成長できないらしいがな』
「成程ねぇ。本来のシステムを外れてるから、正しく存在の階位を引き上げることができない、ってところかな」
『いや、尋かれてもわからないぞ』
「うん、割とどうでもいい」
一誠はにっこりと笑って槍を堕天使たちに向ける。
「そろそろ終わりにしないか?君たちじゃ俺は殺せないし、俺は君たちを殺すつもりはない。これ以上は無意味だ」
「人間ごときが、生意気な…」
「俺は」
ぞっとする程に低い声で一誠は言う。
「実力行使で止めさせられたくないなら、さっさと自分の意志で止めろ、と言っているんだが?」
「っ」
訳も分からず堕天使たちは己の躯が震えて止まらなくなる。
「レイナーレ様っ…」
「…今日のところは見逃してあげるわ。行くわよ、カラワーナ、ミッテルト、ドーナシーク」
去っていく堕天使たちを見送り、一誠は肩をすくめる。
「…今日はこれで終わり、とはいかないんだろうなあ」
「――兵藤君」
「!」
聞き覚えのある声に、振り返った一誠は僅かに目を見開く。
「…グレモリー先輩が見てるのは気付いてましたけど、支取会長までいるとは」
「あなた、一体何者なの?」
「何者、と言われましても…俺はただの人間ですよ。ちょっと珍しい
「ただの人間に堕天使は撃退できないわ」
「そんなこと言われても…」
「兵藤君、あなたの神器の名を教えてもらってもいいですか?」
「…俺の神器は、
一誠は左手に赤い籠手を出現させる。
「赤龍帝の籠手?ということは、あなたは…」
『ああ、相棒が今代の赤龍帝だ』
「赤龍帝…兵藤君、あなた悪魔に転生して私の下僕にならない?」
「ちょっとリアス?!」
「お断りします。俺は今のところ人間をやめるつもりはないので」
「そう、残念ね」
「…とりあえず、話をしたいのだけど、いいかしら」
真剣な顔をしている支取を見て、一誠は小さく首をすくめる。そして手にしたままだった槍を砕いた。
「会長たちと敵対したいとは思っていませんし、いいですよ」
グレモリーと支取から悪魔について聞いた一誠は僅かに困った顔をする。
どうも、思っていたよりも面倒なことになったかもしれない。いっそ、二人が見知らぬ嫌な奴だったら殺して口封じしていたレベルだ。
実際は敬愛する先輩を手にかけたくないのでやらないが。
「立場上、私たちもあなたのことを上に報告しないわけにはいかないわ」
「…でしょうね。一応、赤龍帝の籠手は神滅具にあたるそうですし。俺に争う意思がないと言っても、自分の陣営に所属していないのなら、潜在的な脅威として捉えざるを得ないでしょう」
「…物分りがいいのね」
「リアス、彼は一年の首席ですよ。頭が回るのはわかりきっています」
「そうなの?…そういえば、去年は一年生の首席は最初から最後まで同じ子で、独走状態だった、って聞いたわね。兵藤一誠君、だっけ」
「リアス…」
少し呆れた視線をグレモリーに向ける支取に、一誠は苦笑する。
「グレモリー先輩は悪くありませんよ。俺は認識阻害を使っていましたから」
「認識阻害?」
「俺の顔と名前の両方を知って顔を合わせた相手以外には、俺のことが路傍の石程度の印象しか残らないようにしていたんです。…先輩は特に、一目で普通の人間じゃないのがわかったので意識的に避けていましたし」
「えっ」
「…ということは、あなたは今まで意図的に自分の正体を隠していた、ということですね」
「はい」
何故、と今更問うまでもない。彼は、"普通の人間"でいたかったのだろう。普通というには少々ズレていたが。
「俺は家族に何かされない限り何処に手を出す気もありません。そちらはどうですか」
「…私としては、あなたには私かソーナの目が届くところにいてほしいのだけど」
「…そうですね。生徒会か、オカルト研究部に籍を置いていただきたいところですが…」
支取の迷いを見て取り、一誠は僅かに首を傾げた。
「…兵藤君はきっと、生徒会に入れば、今以上に人助けに奔走するんでしょうね」
「…まあ、否定はしませんけど」
少なくとも減ることはないだろうし、関わる人が増えればそれだけ頼る人も増えるだろう。
「だから、とりあえず当面はオカ研に所属してくれませんか」
「俺は構いません」
「ということは、兵藤君…いえ、イッセーと呼ばせてもらうわね。あなたは私の協力者、という立ち位置になるわけね。顔合わせや何かは、明日の放課後、でいいかしら。私の下僕の一人を迎えに行かせるわ」
「…わかりました。認識阻害のことはちゃんと伝えておいてください。知っていれば見つけられるように調整しておきますから」
「わかったわ」
何故か機嫌がいいグレモリーと、ぐっと不機嫌になった支取を見て、一誠はまた僅かに首を傾げる。しかし口に出してそれを尋いたりはしない。それが悪手だということはわかっているのだ。代わりに支取に言う。
「俺個人としては、支取先輩が困っていれば助けたいと思っていますから、遠慮せず頼ってください」
にこり、と一誠は微笑む。
「…ありがとう、一誠君」
『あれで良かったのか?相棒。お前なら悪魔につかないままでいる、ということもできたろうに』
お前は"悪魔"があまり好きじゃないんだろう、とドライグは付け加える。
「いや、"僕"が嫌いなのは寧ろ教会…狂信者だよ。お兄ちゃんは"悪魔"だったし、人に害を成さないならそこまで嫌いってわけでもない」
そこで言葉を区切り、一誠は自室の天井を見上げる。
「あれ以外の√となると、戦闘か精神干渉の二択だろ?よく知らないグレモリー先輩だけならともかく、支取先輩にそういうことしたくなかったからさ」
『…お前、やっぱり周囲に思われてるより冷厳だな』
「そうか?」
特に何とも思っていなさそうな顔で一誠は言う。
「別に、人間として普通だと思うけど?誰だって、自分の身は可愛いし、自分に出来ることをするしかないんだから」
『お前は
「ドライグは俺が心にもないことを言ってると思うわけ?」
『そうは言わないが…それは本心の全てということはあるまい』
「んー…やっぱり、相棒に隠し事はできないなぁ」
一誠はそう言って嬉しそうに笑う。
「昨日の夜見えた星の動き…この街で何か起ころうとしているんだ。俺個人で動こうとすれば後手に回らざるを得ないだろう。だったら、少しでも友好的な組織は利用した方がいい」
『…天使みたいな顔しといて結構黒いよな、お前は…』
「そう?」
ちなみに今回最初から最後まで自己封印を解いてないですこいつ。
一応神器を発動すれば自動的に解除される仕様にはなってるけど、出現させただけで発動してないので。