「兵藤一誠君はいるかい?」
クラスメートに尋ねて己に歩み寄ってきた少年を見て、一誠は手にしていた本を閉じて問う。
「君がグレモリー先輩の言っていた迎えか?」
「ああ。ついてきてくれるかい」
「ああ」
女子生徒が何やら騒いでいるのを一誠は意識からシャットアウトする。
木場×兵藤とか兵藤×木場とか聞こえなかった。うん、何にも問題ないな。
『…相棒、目が死んでいるぞ』
「うん、きのせいじゃないかな」
隣で不思議そうな顔をする少年に一誠は苦笑のような表情を返す。
旧校舎の中にオカ研の部室はあった。他にも何かありそうだったが、今は関係ないのでおいておくことにする。
部室の中には幾つもの魔法陣が敷かれており、術具の類も置かれている。おそらく後輩であろうお菓子を食べている少女と、先輩であろう少女を見て、更にシャワーの音がする方向からグレモリーの存在が感じられることに気付いて一誠は僅かに眉をしかめる。
何処から突っ込むべきか。とりあえず、シャワールームの方向から顔を背ける。
「あらあら」
「部長は怒らないと思うから、そんな大げさに考えなくていいよ」
「さして親しくない女性の肌を見るのはマナー違反だろう」
顰め面をした一誠に少年は苦笑し、先輩は面白いものを見つけたというように笑みを浮かべた。
「えーい」
「?!」
胸に顔を埋めるように抱きしめられ、一誠は一瞬硬直したが、すぐ離れる。
「な、何するんですか先輩」
「可愛い反応をしてくれそうだったので、つい」
「何ですか、それ…」
一誠は溜息をついて、眼鏡をハンカチで拭いてからかけ直す。
「あらイッセー、思ったより早かったのね」
「…グレモリー先輩、はしたないです。もっと慎みを持ってください」
「私の都合で呼んだのに待たせちゃ悪いでしょう?」
「そう思うなら最初から待たせる必要がないようにするべきだと思います」
「固いわねぇ」
「自分の価値を貶めるかも知れないような振る舞いは自重するべきだと言っているだけです」
一誠のセリフにグレモリーは目を瞬かせた後、楽しそうに笑う。
「それは、私を心配してくれたってことかしら」
「そうなりますね」
「やっぱりイッセーって可愛いv」
「わっ」
グレモリーに抱きしめられ体勢を崩しかけるが何とか踏みとどまり、一誠は目を細める。湿った香り。髪もちゃんと乾かしていないようだ。
「ちゃんと乾かさないと風邪をひきますよ」
ぱちん、と一誠が指を鳴らすと、魔術が発動しグレモリーの長い髪が一瞬にして乾かされる。
「…なんだか、私の時と反応が違いますね」
「意味合いが違えば対応も変わりますし、窒息愛好趣味はないので」
「部長、イチャイチャしてないで話を進めてください」
一誠は眼鏡を外す。
「あら、どうしたの?」
「この眼鏡、度は入ってないんです。この方が早いんで」
光の下に晒された紫の瞳に悪魔たちは息を呑む。
「俺は兵藤一誠、赤龍帝です。こっちは俺の相棒」
『
「…確かに、強烈ね」
「だから、普段は眼鏡をかけているんです」
一誠はそう言って眼鏡をケースに入れて鞄にしまう。眼鏡を外したというそれだけで存在感が大きく変化したように感じられる。それはある意味で間違っていない。認識阻害がその瞳の特異性によって中和され、弱まっているのである。
その場のメンバーを見回し、一誠は僅かに目を細める。
「ところで、俺は協力者として此処で何をすればいいんですか?」
グレモリーの眷属ではない以上、悪魔としての活動を手伝う事はできない。
というわけで、とりあえずチラシ配りをすることになった。チラシには召喚に必要な魔法陣が印刷されており、これを使うことで対応した悪魔を喚ぶことができるのだという。
「…こういうのも世も末、って言うのかねぇ」
『何やら感慨深そうだな、相棒』
「召喚・転移魔術って言えば、そこそこ上等な魔術だぜ。杖の先に火を灯すのとは話が違う」
『このチラシは一般人でも使えるようだがな』
「世界が変われば魔術のあり方も変わるってことだな」
しみじみとそう言いながら一誠はチラシを郵便受けに突っ込む。
「…しかし、アレだな。グレモリー先輩はシェルターなんだな」
三人とも、心に深い傷を負ってるみたいだ、と一誠は呟いた。
『それを確かめたくて態々あの場で眼鏡を外したのか』
「眼鏡をかけたままじゃ表層しか見えないからな。…部下を見れば上司のことがよくわかる。基本だろ?」
『…だが、事情持ちだというが、その原因が主だとは思わないのか?』
「だったら、グレモリー先輩は彼らに信頼されてないよ。先輩が彼らに深い愛情を持って接している、ってのも見えたしね」
『相変わらず目敏いな…』