「やあ、アーシア」
「あ、イッセーさん」
イタリア語で二人は言葉を交わす。
「買い物?」
「はい。イッセーさんは?」
「散歩。何か予感があってさ。…ところで、一人で大丈夫なのか?日本語ダメなんだろ?」
「あ、あはは…でも、他の皆さんの手を煩わせる訳にも行きませんし…」
「ふーん…じゃあ、俺が一緒に行くよ」
「え?!」
「なんか、アーシアってほっとけない感じがするんだよな…迷惑だったらいいんだけど」
「そんな、迷惑だなんて…でも、本当にいいんですか?」
「ダメだったら最初から提案しないよ。…それで、何処に行くんだ?」
粗方の買い物が終わってお昼時、二人はファーストフード店に来ていた。
アーシアも自分で注文する、と言ったのだが…
「え、えっと…」
「言葉じゃ難しいならジェスチャーを使ってみたらどうだ?メニューを指差して個数を示すんでもいけると思うぞ」
「えっと…じゃあ、これを一つ…」
「ハンバーガーのセットを一つでよろしいですか?」
「ああ」
「お飲み物はどういたしましょうか」
「アーシア、飲み物は?」
「飲み物、ですか…?ええと…」
「オレンジジュース、コーラ、ジンジャエール、コーヒー、ミルク、紅茶、とあるらしい」
「えっと、それじゃあ…オレンジジュースでお願いします」
「オレンジジュースですね」
「はあ、緊張しました…」
「ちょっとずつ慣れていけばいいさ。これから幾らでも機会は作れるだろうしさ」
「少しでも、日本語がわかるようになってから、リベンジしたいところですけど」
アーシアは苦笑する。
「まあ、土地の言葉がわからないと不便だからな」
そう返してふと一誠は首を傾げる。
「食べないのか?」
「えっと…実は、こういうものを食べるのって初めてで…」
「そうか…まあ、特にマナーとかはないから、食べやすいように食べればいいと思うぞ。一般的には、その包み紙を剥がしてそのまま囓るもんだが、気になるなら一口大にちぎって食べるとかでもいいと思う」
「そのまま、ですか」
「そのまま手で掴んで。口元や指が汚れたら紙ナプキンで拭けばいい」
「成程…」
そういう一誠は照り焼きバーガーを一回潰してから食べている。
「イッセーさん、ほっぺにソースがついてますよ」
「んー、このハンバーガー綺麗に食べづらいんだよな…」
食べ終わってからまとめて拭くよ、と一誠は言う。アーシアは小さく笑う。
「イッセーさん、子供みたいですね」
「そりゃあ、俺まだ大人になってないもん」
「…可哀想に」
逆さに磔にされた人間。見るに堪えない下品な表現を交えた祈りの言葉も添えられている。
「しょうがないっしょ?そいつは悪魔と取引していたんだからさ」
神父のような服装の白髪の少年がそう言って下卑た笑みを浮かべる。一誠は紫の瞳を細める。
「だからといって問答無用で殺すのはどうかと思うよ。…エクソシストが殺すのは悪魔であって人間じゃないはずだろう」
一誠は磔にされた人間を下ろし、目を閉じさせる。
「"
十字を切った一誠を見て、少年は笑う。
「なになに?俺っちより神父っぽいじゃん?実は本職だったりする?」
「いや、"俺"は神父になったことはない。っていうか、信仰心自体無い」
すっかりその場の気配は清められている。人一人死んでいるというのに。
「ざぁんねん。まあ、僕も信仰心なんて大してないけど!」
「でも、神の救い自体は求めてる」
「…あ゙?」
「そうだな…エクソシズムは神の御名において行われる。だけど君はそれに疑問を持ってしまった。でも悪魔は殺さなければならない。
哀れだね、と一誠は言う。そして少年に向かって一歩踏み出した。
「君に他者の死を背負うだけの器はない。背負えないものを無理に背負おうとするから無理が生じるんだ。"免罪符"が使いたくないなら罪も犯すべきじゃない。信仰を捨てきれないなら尚更だ」
「…それは、フリード君を馬鹿にしちゃってる感じなわけ?」
「馬鹿にしてはいない。…ただ、君が背負ってしまっているものが見えるだけだ」
ぽん、と一誠は少年の頭を撫でる。
「とりあえず、君が背負ってしまっている
そう言って、一誠は聖書の一節を唱える。少年の目から涙がこぼれ落ちる。
「なっ…何で俺泣いてるわけ?これじゃこいつの言った事が本当だ、みたいになっちゃうじゃん?マジありえねぇ」
『…そうか、これがお前の"
一誠は静かに首を振る。
「神じゃない俺には誰を救うこともできない。ただ、手を貸すか
「俺でよければ話を聞こう。…まあ、場所は微妙ではあるが」
既に抜け殻に過ぎないとはいえ死体があるし、と一誠は呟く。
「そんなこと言われて素直に話すと思うわけぇ?お前馬鹿?」
「愚かと言われても、俺は"自分がしたいこと"をするだけだからな。…今回の件で言えば、俺は君の魂を救いたい。君の魂に
「純粋?俺が?頭腐ってんじゃねぇの」
「自分に素直な人は見ていて飽きないね」
にこり、と一誠は笑う。少年は気分を害したような顔をした。
「お前気持ち悪すぎんだけど」
「だろうね。俺は、"人として何処か壊れている"」
そう返しながらも、一誠は微笑みを崩さない。
「だから、君が俺を得体がしれなく思って気味悪がって怖がるのもわかるよ。それは多分、人として本能的なものだ。…まあ、それに気付けるのはほんのひと握りなんだけど」
俺が救いたい、導きたいと望むが故に、救われたい、導かれたいとのそんでいる人は、俺に惹きつけられてしまうようだから。
「"君に俺は殺せない"。実力というレベルの話じゃない。もっと根本的に…迷いを持ち、救いを求めている者では俺に勝つことはできない。だから」
「…イッセーさん?」
「…ん?アーシアじゃないか。何故こんなところに?」
「それは私の…っ!」
「アーシアちゃんにはちょっち刺激が強かったかな?こういう裏側にはあんまり縁がなかったみたいだし?」
「フリードさん、これは、一体…」
「そいつ、悪魔と契約してたの。だから殺したってわけ。シンプルな理論っしょ?」
「シンプルであることと納得できるかは別だと思うけど。…彼に対してアーシアができることは彼のために祈ってあげることくらいしかないよ。アレは魂の抜けた躯に過ぎないから」
「…そう、ですか…」
「大丈夫、彼の魂はきちんとゆくべきところに送ったから」
「えっ」
アーシアは一誠を見る。一誠は微笑を浮かべたままそれを見つめ返す。
「"そういう方面"に関しては、俺は専門家みたいなものだから」
神父ではないけどね、と付け加えて一誠は外を見る。
「…何か、俺が此処にいると面倒なことになりそうだな。アーシア、それにフリード、だっけ?またね」
ばいばい、と手を振って一誠はゆったりと歩み去る。二人はそれを呆然と見送るしかなかった。
『彼女をあの場に残してきて良かったのか?』
「彼はアーシアに対して害意も敵意も持っていなかったから大丈夫だよ」
もっとも、それで悪意的な行動を取らないかはわからないが。しかし、少なくとも彼がアーシアを手にかけることはないだろう。
「しかし…この世界にははぐれ神父ってのもいるんだね。十字教を離れてなお、
『その辺の事情は俺にはわからないが…
「破門、かぁ…あんまりピンとこないなあ。…"前回"の組織には吸血鬼とか無限転生者だったもの、とかも居たし」
『…地味に気になるな、お前の"前回"』
「そもそも根本的な"悪魔"の在り方が違ってて、エクソシスト…あっちじゃ代行者って呼ばれてたけど…の主な敵も死徒、つまり吸血鬼だったからね。そもそも
『…お前、悪魔に従う人間を殺すのはやりすぎ、みたいなこと言ってなかったか』
「言っただろ、存在の在り方そのものが違うって。"悪魔"は第六架空要素と呼ばれる、人の願いに取り憑く"何か"だ。そして、それに憑かれた人間は最終的には異形になってしまう。それがいわゆる霊障だな。"悪魔"は人の願いを叶えるが、その叶え方が歪んでいるがために、周囲に惨事を引き起こす。…まあ、稀にその定義に当てはまらない"よくわからないもの"もいるんだが」
ちなみに"お兄ちゃん"は定義外のよくわからないものだった。
『…確かに、それはこの世界の悪魔とは根本的に別の存在だな』
「うん。呼び名が同じだけの全然別の存在だよ。…エクソシストの方もシステム的に違いそうな気がするけど」
『根拠は?』
「あちらでは実質的に魔術と教会の秘跡や洗礼詠唱なんかは同質のものだったんだけど…魔術の"強度"を決めるのは"信仰"だったんだよね。本人が信じていることじゃなくて、世界においてその存在を知られていて、それでいて仕組みを限られたものしか知らないこと。神秘、とも言われていたけど、そういう意味で、教会の奇跡に勝る人の行使できる神秘なんてそうなかった」
前世の話はさらっと流していいと思います。何か前回の事引きずってるよこいつ、くらいのノリで