「…あ、イッセーさん」
「アーシア。…どうした?何やら、悩んでいるようだけど」
一度顔を上げたアーシアだったが、一誠の言葉で再び俯く。一誠は少し考え、アーシアの手を引く。
「俺で良ければ話を聞くよ。力になれるかはわからないけど、話をすることで自分の中で整理が付くこともあるしね」
公園のベンチに座って一誠はアーシアの話を聞いていた。
「…つまり、アーシアは不安なんだね」
「不安…そう、かもしれません。私…あんな風に人が殺されるのは…」
「そう思うのは"普通"のことだよ。"どんな相手であれ"相手の死を望むというのは
「私…例え、悪魔と取引している人であっても、殺すのはよくないと思うんです」
「うん」
「でも、私には止めることができなくて…」
「うん」
「私、一体どうすればいいんでしょう…」
「…それは難しい問題だね。その答えを出すには、まず君が具体的にどうしたいのか…何を重視するのかを考えなくちゃならない」
穏やかな声で一誠は問う。
「彼らには彼らなりの理論がある。まあまず言葉じゃ止まってくれないだろう…それで止まるならとっくに止まっている。それこそ、死ななければ…いや、死んでも止めないかもしれない」
「殺してでも、止めたいかい?」
「そんな、それじゃ意味がありません」
「だろうね。じゃあ、次。君は、それを"自分が見たくない"だけじゃないかい?そうであれば話は簡単だ。離れればいい。どうせ、人を殺しているのは彼らだけじゃあないだろう」
「それは…絶対違う、とは言えないかもしれません。でも、知ってしまった以上、放っておけません」
「そうか…じゃあ、最後に、君は彼らが何を考え、どういう思想の元で何故そうしようと決めたのかを知っているかい?」
「…知りません。でも…悪魔は殺す以外の選択肢がないのだと、そう言っていました」
「ふむ…だったら、こういうのはどうかな。彼らに話をじっくり聞いて、それを頭ごなしに否定せず、しかし論破する。とても難しいことではあるけれど、戦わずに止めさせようというのなら、やはり言葉を使うしかない」
「…言葉で」
「そう、言葉で。相手の心に響かなければ言葉は無力だ。だけど、それが相手の心に届いたのなら、何よりも強い力になる。良くも、悪くも」
考え込むアーシアを一誠はやさしく見守る。こういう時は焦ってはいけないのである。
「――こんなところにいたの、アーシア」
「!レイナーレ様」
現れた堕天使の女を…より正確には、女がアーシアに向けている感情を見て、一誠は僅かに眉をしかめる。
「知り合い?」
「…お世話になっている教会の方です」
「そう」
「アーシア、あなたが勝手にいなくなると困るのよ。折角儀式の準備が整ったのに、あなたがいないんじゃ、ねぇ?」
「え、あ、すいません…」
レイナーレは一誠を見る。
「さっさと戻ってらっしゃい。でないとそこの人間を殺すわよ」
「っ…イッセーさんに手を出さないでください」
「…君が俺を殺せるって?」
「いくら"魔法使い"でも、数で掛かられれば無力でしょう?」
ずらり、と神父が姿を現す。一誠は肩をすくめる。
「俺は、"少なくともこの世界の基準では"魔法使いじゃないんだが」
そう返しつつ、神父たちを視線だけで確認する。大して力量は高くなさそうだが、確かにまとめて相手をするというのは大変そうだ。殺される気は全くないが。
ふむ、と呟き、一誠は一度大きく息を吸う。
「♪Amazing grace,how sweat the sound」
脈絡なく賛美歌を歌いだした一誠に一同は唖然とする。伸びやかなテノールが周囲に響き渡る。
誰も動けない。一誠の行動が理解できないのだ。そして、その歌声にはヒトを聞き惚れさせる
結果として、一誠が一曲歌い終わるまで、誰も何もできなかったのである。
「イッセー!」
「…堕天使?」
「あらあら、これは大事ですね」
「これは一体どういう状況だい、兵藤君」
グレモリーとその眷属が駆けつける。一誠は僅かに首を傾げる。
「どうも、俺は殺されそうになっているらしいですよ?」
その左手にはいつの間にか赤い籠手が出現しており、倍加の力を蓄積していた。
『数を揃えた程度では、俺の相棒は殺せんがな』
「その神器、まさか…」
「何時から起動していて、何回倍加していると思う?」
答えは歌い始めてすぐ、である。歌は時間稼ぎのためのものであり、神器の発動から気をそらすためのものだった。…もっとも、彼の
「…悔い改めろ」
魔術によって生み出された光の剣が、倍加によってその数を増やす。
「全く、巫山戯ているにも程があるわ」
グレモリーは憤慨する。自分の管轄で堕天使に好き勝手されることに対して、腹を立てているのだろう。まあ、腹を立てない方がおかしいし、対処しない方が拙いのだが。
「これは私たちが愚弄されているいるのに等しい事態よ。よって、思い知らせて上げなくちゃならないわ。行くわよ、私の可愛い下僕たち」
グレモリーの眷属たちは口々に合意を示す。
「俺も、同行します。あの堕天使は
「…止めはしないけれど、無茶はしないでちょうだい」
「はい」
教会の傍まで来たところで二手に別れることになった。周囲の堕天使を倒すグレモリーと姫島、一足先に中に突入する塔城、木場、一誠である。
別れる直前に一誠は二人に三回分の倍加を二人に一セットずつ譲渡した。塔城と木場にも突入前に同じように譲渡する。
「…その神器は、他者の補助のためのものなんですか?」
「そう使うこともできる、というだけですよ。基本的には己の強化です」
弱いので生かしきれませんけど、と一誠は付け加える。
「弱い…?」
「自分を直接、肉体的に強化しようと思えば、四回五回程度が限界ですから」
突入した教会の中で、数人の神父とフリードが立ちはだかる。
「…あの下か」
「残念ながら、此処は通行止めでーっす。ていうか、お前ら全員皆殺しってやつ?」
「兵藤先輩、下がってください」
塔城が一歩前に出る。
「此処は僕らが行くよ」
木場も剣を構える。
「うーん…じゃあ、俺はあの下に行けばいいのかな」
一誠は僅かに首を傾げ、構えを取る。
「先輩、下がっててって言いましたよね」
「男として、女の子に守られて見てるだけ、ってわけにもいかないし。…それに、あの堕天使、儀式がどうとか言ってたから、とりあえずアーシアの安全を確保しておきたいんだよね」
そう言って一誠は苦笑のような表情を浮かべる。
「どっちにしても、僕ちんが此処を通すとでも思ってるわけぇ?」
「俺が本気になればその意思を遮れるものはないよ」
宣言通り、フリードを突破して地下に降りた一誠は
「…アーシア?」
十字架に磔にされて死んでいるアーシアと、興奮した様子のレイナーレ、そして多数の神父たち。
「手に入れた…私は神器を手に入れたわ!これで私も至高の堕天使に…」
「・・・」
ごう、と風が吹く。
『…相棒?』
「…遅かった」
呆然と、一誠は呟く。
「…間に合わなかった」
『、落ち着け、相棒!お前が此処で取り乱してどうなる!』
「あら、遅かったわね、イッセー君。それとも、私に殺されに来たのかしら?」
一誠の視線がレイナーレを向く。その瞳は何処までも無感動で無機質。まるで
「煩い」
ぱちん、と一誠が指を鳴らすよ、レイナーレの体に重圧がのしかかる。余波のように神父たちも重力に押し潰されそうになる。そうなっていないのは、行っている張本人である一誠とアーシアだけだった。
「これ、ぐらい…」
再び指が鳴らされ、更なる重力がかけられる。
「ぐっ…」
「アーシアに何をした?」
『相棒、聞こえているか?相棒!』
「煩い」
『がっ…おい、相棒、落ち着け!』
「あの子は、あの子の魂は何処にある?!」
悲痛な叫びと共に、また重力が追加される。地面にめり込むレイナーレたちは、しかし気を失うことができていなかった。尋常じゃないプレッシャーと、圧力を受けていてなお、彼らは傷を負ってはおらず、ただ体力を消耗させられていた。
一誠はゆっくりとレイナーレに歩み寄る。そして呟く。
「…ああ、そこか」
レイナーレの両手、
「苦しかったよな、間に合えなくてごめん。でも、助けるから」
そう言うのと同時にレイナーレの指が切断され、その手から神器が転がり落ちる。
絶叫。
その因果は、"切断されたから神器を喪った"というわけではない。"神器を喪ったから切断された"のである。
一誠は神器を拾い上げてアーシアの躯に歩み寄る。十字架から下ろし、目を閉じさせ、胸の上に揃えた手の上に神器を置く。
「ごめん…ごめんな、アーシア。俺、友達なのに、助けになれなくてっ…折角、友達になれたのにっ…笑って、くれたのに…」
『相棒…』
一誠にも流石に、死者蘇生はできない。否、できたとして、人の身でシスターであるアーシアにそれをしていいものなのか。十字教においてそれは、最高位の奇跡なのだ。
「イッセー、無事?!」
「…グレモリー、先輩」
一見して意味のわかる状況ではなかった。それでも、一誠が酷く悲しんでいるということだけはグレモリーにもわかった。彼の瞳から、涙がこぼれ落ちた。
グレモリーの滅びの力によってレイナーレと神父たちは滅ぼされた。
グレモリーは一誠に歩み寄る。
「もう大丈夫よ、イッセー。此処にあなたを傷つけるものはいないわ」
そう言って、抱きしめられた時、一誠の緊張の糸が完全に切れた。子供のように泣きじゃくる一誠を、グレモリーはやさしく抱きしめて宥めるようにその背を撫でる。
『…いい年した男が、そんな風に泣くのはどうなんだ』
「だって…初めてだったんだ」
悲痛な声で一誠は続ける。
「俺は全能じゃない。ちゃんとわかってる。でも…友達と二度と会えなくなった時の気持ちなんて、知りたくなかった」
ぽろぽろと、雫が
『相棒…』
グレモリーはアーシアを見る。どのような死因によってかは見て取れないが、死んでいる少女。
「…イッセー、私はこの子を生き返らせることができるわ」
「………悪魔の駒」
「ええ。悪魔に転生させれば、この子は生き返る」
一誠は涙をぬぐい、考える。
アーシアはシスターだ。それを悪魔に転生させれば、彼女はどう思うだろう?
悪魔になってまで生きたくなかった、と怒るだろうか。それとも、ただただ、己の死が覆され新たな生を得られることを喜ぶだろうか。
もしも、彼を恨んで、袂を分かつことになったとしても…グレモリーは己の眷属となったアーシアを無碍にはしないだろう。
…アーシアは、他者を恨むような性格をしていないけれど。
「…グレモリー先輩」
「何?イッセー」
「俺と、悪魔の取引をしてください」
「…内容は?」
「彼女を…アーシア=アルジェントを、生き返らせてください」
真剣な目で、一誠はグレモリーを見る。
「…取引にするなら、対価は重いわよ」
「男に二言はありません。…これは、俺の我儘ですから」
アーシアは悪魔さえも回復する神器を宿していた。それは貴重な人材だろう。グレモリーにも転生させるメリットはある。
でも、そんな理由で転生させるのは嫌だった。
利用させるために、その価値がある人間だから、というのは嫌だった。あくまでも、アーシアに生きて欲しいから、転生して欲しかった。
「…わかったわ。だったら…イッセー、あなたは私の
「…わかりました」
『相棒、いいのか?』
「二言はないと言った」
グレモリーは己のポーンを全て取り出す。
「…あら」
『…力量が足りないようだな』
役不足というやつだ。
「貸してください」
受け取ったポーンを調べ、一誠はふむ、と呟く。
「先輩、悪魔の駒には"力量の高い相手を悪魔にする"機能もありますね」
「…ええ。
「では、それに変化させます」
一誠の纏う雰囲気が一瞬にして変化する。8つのポーンが、一誠の前に浮かび上がる。幾つもの魔法陣が一誠の周囲に現れる。それらはそこに"場"を作り出す。
ドライグもグレモリーも口を挟めない。
駒は一つずつ変化していく。四つ目まで変化したところで、一旦変化が止まる。
だが、"足りない"。
「…もっとだ。もっと…因果を引き寄せる」
魔法陣に倍加が譲渡される。陣の放つ光が強まり、駒が再び変化し始める。そして、全ての駒が変異の駒へと変わったところで魔法陣が消える。
8つのポーンが一誠を取り囲む。
「…これで準備は出来ました」
グレモリーは受け取った駒で一誠を悪魔へと転生させる。
一誠の背から翼が広がる。コウモリのような黒い翼と、赤い竜の翼。
「これで、あなたは私の下僕よ」
「はい、よろしくお願いします、リアス部長」
「…あれ、私は…」
「アーシア!」
「イッセー、さん…?」
「ごめん、アーシア。友達なのに、俺は君を守れなかった」
「何を言ってらっしゃるんですか?イッセーさん」
不思議そうな顔をするアーシアに一誠は苦笑する。
「…ごめん」
「初めまして、アーシア。私はリアス=グレモリーよ」
「アーシア=アルジェント、です」
「私はイッセーと取引して、あなたとイッセーを私の眷属悪魔にしたの。それが、イッセーがあなたにやたらと謝っている理由よ」
「…それだけってわけでも、ないですけど」
そう言って苦笑して、一誠は真剣な目でアーシアを見る。
「俺の我侭で悪魔にしてしまってごめん。でも、君がこんなところで死んでしまうのが、嫌だったんだ」
「そんな…謝らないでください、イッセーさん。あなたは、私を助けようとしてくださったんでしょう?」
にっこりとアーシアは笑う。
「あなたのその気持ちが、私は嬉しいです」
主に祈りを捧げようとしてアーシアはダメージを受ける。
「…アーシア、今のあなたは悪魔だって言ったでしょう」
「すみません…」
「…まあ、習慣はなかなか変えられないものですし」
寧ろ、なかなか変えられないからこそ、習慣なのだともいえる。
特殊ルート発生フラグ。
ちなみに彼が間に合わなかったのは修正力さんがお仕事したからです。間に合ったら二人が悪魔に転生しなくなっちゃうので