「俺はサイラオーグ=バアルだ」
その青年は迷い子になりながらも一人で歩き続けている子供であるように一誠には見えた。
まあ、口には出さないが。それに、スペック的な意味で対極の位置にいるようでもある。
「
にこり、と一誠は笑う。サイラオーグも小さく口元に笑みを浮かべる。
「噂は幾らか聞いている。歴代最高の赤龍帝だと。…俺も一度戦ってみたいと思っていた」
「あはは…俺は遠慮したいですね。戦ったらどちらかの完封勝ちにしかならさそうですし」
魔術特化型の一誠と肉体特化型のサイラオーグ。遠距離戦なら一誠が有利、接近戦ではサイラオーグが有利。いずれにしろ、相手の領分では手も足も出なくなる。
「そうか?」
「得意分野が正反対なんですから、自明の理でしょう。俺は魔術は得意ですけど肉弾戦は苦手ですから、近接戦闘じゃサンドバッグにもなりません」
「…まあ、俺は魔術の類はからきしだが」
「サイラオーグ、うちのイッセーをいじめないでちょうだい」
「いじめるつもりはない」
「戦うのは勘弁して欲しいですけど、俺で力になれることがあったら言ってください。喜んで協力しますから」
にこりと邪気のない笑みを浮かべた一誠に、サイラオーグは僅かに虚を突かれたような顔をする。その困惑を見て取って、一誠は付け加える。
「俺、人助けが趣味なんです」
「…俺は人ではなく悪魔だが」
「感情があって意思疎通が出来るんだから同じことですよ。姿もそう大きく変わるわけじゃありませんし」
ゆったりとした歩調で青年に歩み寄り、一誠はその頭を撫でる。
「そんなに威嚇しなくても大丈夫だよ。此処に君を敵視しているヒトはいないから」
「なっ」
にっこりと笑って一誠は自分より背の高い相手の頭を撫でていた。その背からは天使の白い翼がのぞいている。
「…ブチ犯すぞ、てめぇ」
「ご機嫌だね、何かいいことでもあったかい?」
「巫山戯るなよ、痛い目にあいたいのか?」
「痛いのは嫌いだから勘弁して欲しいなあ」
飄々とそう言って、一誠はニコニコと笑っている。青年は苛立っているような様子を見せる。
「夢見る乙女「――すみません、失礼ですが気分が悪いので退室させていただいてもよろしいですか?」
よく通る声が男の言葉を遮った。視線が声の主である一誠に集まる。片手を上げた一誠は、上座から見下ろす魔王からもはっきり見て取れるほどに顔色が悪かった。
「この場を中座するのは大変に失礼なことだよ」
「申し訳ありません。まさか、こんなに濃い邪気が生じるものとは思わなかったもので」
僅かに眉をしかめた一誠は小さくたたらを踏む。小猫が支えるように背に手をやると、儚げに微笑した。
「まあ、倒れる方が問題だ、退室の許可を出そう。次からはこのようなことを起こさないように気を付けなさい」
「ありがとうございます。…アメティス」
その名を呼ばれた使い魔が主を支えるように姿を現す。
控え室のソファにもたれ込んだ一誠に、アメティスは心配するように鼻先を摺り寄せる。
『大丈夫ですか?我らが王よ』
「休めば回復するから…大丈夫だ」
『本気でグロッキーになっているな、相棒。そんなに耐え難いものだったか?』
「個々は大したことなくても、数が揃えばね…まさに数の暴力ってやつだよ、うん」
一誠が体調を崩した理由は、会場に漂っていた悪意である。人の感情を見ることができるからか、彼はあまりに強い感情、それも複数人の感情が複雑に絡み合っているような場が苦手だった。
「…あんまり気が進まなくもあるけど」
一誠は籠手から聖剣を取り出し、鞘に包まれたままのそれを抱え込む。剣に込められた浄化の力が一誠を癒していく。
「…はあ」
『それはそうやって使うものではないのではないか?』
「うん。しかも使いすぎると天使化が進んじゃうからね」
『ある意味、完全に天使化してしまうのも一つの手な気もするがな』
「別にそうする必要性はないけどね…」
厄介ではあるが、今のところ現状維持が一番なのである。立場上悪魔をやめるわけにはいかない。
「――赤龍帝」
一誠はゆっくりと声の主を見る。見知らぬ悪魔がそこに立っていた。
「…なんですか?」
「私たちとともに来てもらおうか」
「お断りします」
未だに気分がすぐれないながらも、一誠はすっと目を細める。相手の発言の意図が読みきれない。こうして一誠が一人になったのはアクシデントの類になるわけだが、そんなタイミングで話しかけてくるというのはどのような思惑があってのことなのか。
「知らない相手に意味も分からずついていく程、俺は純真無垢というわけではないので」
『この方に危害を加えようというなら、私も容赦はしない』
アメティスが悪魔の前に立ちはだかり、鋭い視線を向ける。
なお、当人は女の子にやったらセクハラだろ?などと証言しており…