「…眼鏡がなかったら
『まあ、前例があるからな…』
一誠は会場の片隅で小さく溜息をついた。先程まで、リアスに連れられて貴族連中の挨拶回りをさせられていた。
なんだかんだ、一誠がリアスの
「そもそも、利己的な心って、俺には美しいものに見えないんだよな」
かといって、利他的なものが美しいかといえば、そうとも言い切れないのだが。
『それは。美しく見えればそれでもいいということか?』
「どうせ見るんなら美しいものの方がいいだろう」
一誠の中に見ないという選択肢はない。ある意味、これも宿業のようなものだ。
ヒトは理解し合えない。だからこそ、理解しようという努力を怠ってはいけないのだと思う。見ないというのは、理解を放棄するにも等しい行為だと。
「――あの」
少女の声に、一誠は意識を現実に戻し、声のした方に視線を向ける。金色のカールしたツインテールをした少女が立っていた。
「…確か、レイヴェルさんでしたっけ?ライザーさんの妹の」
「ええ。そのレイヴェル=フェニックスですわ。あなたは、兵藤一誠様、でしたわよね?」
「様付けでなくとも、イッセーでいいですよ。そんな大層な悪魔ではないので」
レーティングゲームの際、一誠はレイヴェルと直接相対することはなかったものの、分身が顔を合わせていた。…まあ、レイヴェルはそれが分身だったとは知らないだろうが。
「それで、俺に何か用ですか?レイヴェルさん。君のように可愛らしいお嬢さんに声をかけられるのは悪い気はしませんが、場が場ですから気にかかります」
と、言うよりも、一誠は軽く認識操作をして気配を消していたのである。
「その…見かけたので少し挨拶を、と思っただけですわ。イッセー様とは、またお話をしたいとは思っていましたし」
「話、ですか?」
「何故目が悪いわけでもないのに、そのような眼鏡をかけているのかも教えていただけませんでしたし」
「まあ、これは伊達眼鏡ですけど」
一誠は少し考え、眼鏡を外した。はっきりと見える位置で一誠の紫の瞳を見たレイヴェルが息を呑む。
「少々、
苦笑のような表情を浮かべ、一誠は再び眼鏡をかけ直す。
「…小猫ちゃん?」
足早に会場を出て行く小猫を見て、一誠は片眉を上げる。
「イッセー様?」
「ごめんなさい、どうやら何かあったみたいです。この続きは機会があればいずれまた」
「はい、楽しみにしていますわ」
一誠はレイヴェルに会釈すると小猫を追いかける。一誠の感覚は小猫の居場所を正しく捉えていた。どうやら、建物の外へ出ようとしているらしい。
「イッセー!」
「リアス部長。…部長も小猫ちゃんを?」
「ええ。イッセーこそ、目敏いわね」
「偶然ですよ」
「リアス部長、イッセー先輩」
姿を現した一誠は眼鏡を外していた。そして、美猴と黒歌を見てふむ、と呟く。
「"悪い人"ではなさそうですけど…そちらの彼は、確か禍の団の方でしたね。ということは、そちらのお姉さんも同じく禍の団の方でしょうか」
「…イッセー、彼女は…はぐれ悪魔よ」
「"見れば"わかります。小猫ちゃんが
独り言のように呟いて、一誠は目を細めた。
「相対したら一目で色々情報持ってかれるとは聞いてたけど…これはもしかしてガチで手強い相手にゃん?女の子の秘密を勝手に暴くなんて、無粋にも程があるにゃん」
「ええ、だから普段は必要以上に見ないようにしているんです。プライベートに干渉するのはマナー違反ですからね」
にこり、と一誠は笑う。
「でも、"幾ら愛情があろうと"、友人をテロ組織に無理やり連れて行こうというのは見過ごせませんから」
「…赤龍帝ちんは嫌な奴にゃん」
「家族が仲違いをしているというのは、悲しいことです」
「…イッセー先輩」
小猫に微笑みかけ、一誠は黒歌を見る。
「悪ぶっても優しい人ってのはすぐわかってしまうんですよ。本気で憎んでる相手以外には悪に徹しきれない方が多いですし」
「あんたに何がわかるって言うにゃ!」
「何も。俺に判るのは自分の目に映るものだけですから、あなたが何を考えているのかとかはわかりません。推測することは、できないこともないですが」
「・・・」
「理解を求めるなら、情報の開示をしなければただの駄々っ子の我儘ですよ。例え悪魔でも、意思の疎通なしに互いの理解は望めないんですから」
もっとも、本当の"理解"を他者との間ですることは、例え一誠とドライグのような関係であっても、まず不可能だと一誠は思っているが。
一誠は、時折冗談に聞こえない冗談を言って場を和ませようと(して失敗)することもあるが、基本的に真面目な悪魔である。冗談を言って間に受けられればすぐ冗談だと訂正する。
だから、黒歌が小猫を連れて行こうとしたのが"愛情に由来している"というのはおそらく事実なのだろう。一誠は時々人の心を見透かしているかのようなことを言う。だから、そういうことが分かってもおかしくないのだろう、と思う。
「…でも、私は姉様と一緒にはいけません」
なんだかんだいって、小猫はリアスとその眷属の皆が好きなのだ。今居る場所が居心地がいいとも思う。離れたくないと、思う。
「そう言われても、私も白音ちゃんを悪魔に任せてはおけないにゃん」
「私は、塔城小猫。リアス=グレモリー様の戦車、です」
一誠はカラドボルグとアスカロンの二刀流で美猴と相対していた。補助魔術を使って身体能力を引き上げた上で、相手の動きを読むことで無傷を保っている。
「くそ、厄介な相手だな。流石ヴァーリのライバルだけあるってことか」
「三回しか顔を合わせてない相手のことを出されても…」
まあ、ライバルではあるのだろうが。
「…イッセー、聞きたいことがあるのだけど」
「俺に見えるもの、ですか?」
「…ええ」
「一言で言うなら、俺は他者の魂が見えます。感情、魔力、気、特性、意識を向けている対象、嘘の有無…何でも見透かしているみたいに見られるのは、それにコールドリーディングが加わるからですかね。俺にも流石に考えていることが読めるわけじゃあありません」
一誠は少し困った顔をする。
「…それは、どんな風に見えているの?」
「どう、と言われても…逆に、"全く見えない視界"をあなたは説明できますか?」
「え、うーん…どう説明していいかわからないわ」
「俺も文字通り"見える"としか言いようがありません。…強いて言えば、実相世界に
困ったような顔で一誠は微笑う。
「俺には、部長やアーシアたちの
精神世界。いつもの如く一誠とドライグが相対していた。
「適当にはぐらかす、というのは相棒らしくないな」
「だって、説明できないものは説明できないんだから仕方ないだろう。人の視覚に映るものと映らないものは区別できるけど、どう見えていると聞かれても、ただ見えているとしか言えないんだから」
実のところ、一誠に見えているのは、"能力"で干渉できるものである。赤外線などの可視領域外の実態も見えているし、大気に満ちる力の類も見える。相手の思考が見えないのだって意図的に己の能力に制限しているから、というのが正確なところだ。見たくないから見ないのである。
「単眼に複眼の視界がどうなっているかはわからないし、その逆でも多分そうだ。事実として見えているものが違うのはどうしようもない」
「理解できないから説明しない、と?」
「どう説明したって、実際に見えなきゃ理解はできないよ。…ドライグだって俺の視界がどうなってるか、理解してるわけじゃないだろ。ただ、経験則としてなんとなくわかるだけで」
「…まあ、俺もイッセーの視界を直接覗けるわけじゃないからな。理解は出来ていないのだろう。こうだろう、と想像しているものはあるが、合っているかはわからないしな」
ただし、力の流れくらいはドライグにも一誠と同じように見えているらしい。
「…それに、なんとなく、部長には知って欲しくなかった」
漠然と嫌だと思ったその理由は、一誠自身よくわからない。追求したいとも思わない。
「イッセー、お前…」
ドライグが訝しげな顔をして口篭る。一誠はその反応に首を傾げた。
「…いや、今までのパターンからして、つついても不毛だからな。相棒に
「何かよくわからないが貶された気がする」
「何か最近、お前ブレてないか?」
「…否定はしない。天使と悪魔を行ったり来たりしてるような現状は、俺の精神に深く影響を与えているようだから」
そもそも、一誠の素の思考はどちらかといえば天使寄りなのである。信仰心は皆無だが、それを除けば殆ど天使みたいなものだと言っていい。自己中心的なところはあるが、それが表に出る時には他者奉仕になっていたりするから性質が悪い。
「いっそ天使になってしまった方が安定するんじゃないか?天使要素を排除するのは不可能なようだしな」
「だから、部長の