青と蒼 フォークのあとで   作:ハマジロウ

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第8書 角石の悩み

 

 

10月。

 

大学では後期の講義が始まり、

 

キャンパスは夏とは違う落ち着いた空気に包まれていた。

 

 

 

青と蒼太が暮らすアパートにも、

 

肌寒い風とコーヒーの香りが流れ込む午後。

 

 

 

アパートの部屋。

 

 

机に向かう蒼太は、

 

タッチパッドをカチカチと忙しなく叩きながら、

 

必死にレポートを書き進めていた。

 

 

 

隣では青が古びた野球ノートと文献を読み比べ、

 

静かに集中している。

 

 

 

「……ふぅ、あと千文字……」

 

 

 

「蒼太、授業…忙しくないか?」

 

 

 

顔を上げた青の表情には、

 

どこか気遣いと心配が混ざっている。

 

 

 

「はい、ちょっと忙しいです。

 

 でも落とした単位、

 

 取り戻さなきゃいけませんし。

 

 必修はひとつも落とせませんから」

 

 

 

苦笑しながらも、その目はまっすぐだった。

 

 

 

「ところで、先輩はどうですか?」

 

 

 

「そうだな……

 

そろそろ卒論をまとめていかないと。

 

 でも、他の単位は全部取り終わったし、

 

 卒論だけに集中できるから……

 

 なんとかなるよ」

 

 

 

「さすが先輩ですね。

 

 卒論のテーマは決まってるんですか?」

 

 

 

青は少し照れくさそうにノートを閉じ、

 

ゆっくり言葉を選ぶように答えた。

 

 

 

「『高校野球における

 

捕手の配球判断が投手の心理的安定に与える影響』

 

 ……って考えてる」

 

 

 

蒼太の顔がぱっと明るくなる。

 

 

 

「先輩らしいです。

 

だから今、その野球ノート見てたんですね。

 

懐かしいです……そのノート。」

 

 

 

「ああ。いろいろ思い出すよ」

 

 

 

ページの端が少し擦り切れたノートを

 

指先でめくりながら、

 

青はふっと小さく笑った。

 

 

 

「先輩の配球ノート、

 

僕……けっこう好きでしたよ。

 

読み返すと、

 

胸がぎゅっとする感じがして」

 

 

 

 

「……そうだな、このノートは宝物だよ」

 

 

 

短い沈黙。

 

けれど嫌な空気ではなく、

 

柔らかく温かい時間が流れる。

 

 

 

「次の週末、角石のところに行って、

 

 いろいろ意見収集しようと思ってる。

 

 一緒に行くか?」

 

 

 

蒼太は一度きっぱりと首を振り、微笑む。

 

 

 

「角石さんは優秀な投手だから、

 

 きっと良い意見がもらえると思いますよ。

 

 ……僕はレポート仕上げないといけないの

 

 で、留守番します。

 

 先輩、ゆっくりしてきてください」

 

 

 

「……わかった。

 

 じゃあ、行ってくるよ」

 

 

 

「はい。気をつけて行ってきてください」

 

 

 

青がそっとノートを閉じる音。

 

蒼太がキーボードを叩く音。

 

ふたりの生活の音が、

 

秋の夜に静かに溶けていく。

 

 

 

* * *

 

 

 

土曜日・立川駅前のカフェ

 

 

 

土曜の午後。

 

秋の陽がガラス越しに差し込み、

 

カフェにはゆったりした音楽が流れていた。

 

 

 

俺は立川駅周辺の複雑な構造に軽く迷いながら、

 

ようやく待ち合わせの店にたどり着いた。

 

 

 

角石はもう席に座っていて、

 

アイスコーヒーを片手にスマホを眺めていた。

 

相変わらず明るくて、

 

どこか都会に馴染む雰囲気だ。

 

 

 

「角石、ごめん、待たせたな。

 

 駅広くて……ちょっと迷って」

 

 

 

角石はぱっと顔を上げ、

 

白い歯を見せて笑った。

 

 

 

「初見じゃぜってぇ迷うって。全然大丈夫。

 

それより――教員採用試験、

 

合格おめでとう!

 

受かると思ってたけどな、俺は」

 

 

 

「ああ……ありがとう、角石」

 

 

 

自然と頬が緩む。

 

かつてのライバルから、

 

こう祝いの言葉を言われるのは、

 

なんだかくすぐったい。

 

 

 

しばらく近況報告や大学の話で和やかな談笑が続いた。

 

 

 

その後、俺は本題に入り、

 

卒論のための質問を次々と投げかけた。

 

 

 

角石は真剣に、

 

でも時々いつもの軽口を混ぜながら答えてくれた。

 

俺はパソコンを開き、

 

返答をその場で入力していく。

 

 

 

タイピング音が一定のリズムを刻む中、

 

角石はまっすぐに俺の言葉を受け止め、

 

丁寧に話してくれた。

 

 

 

大学野球のトレーニング環境、

 

投手から見た捕手の配球への信頼、

 

配球が崩れた時の心理の揺れ――。

 

 

 

どれも現場の生の言葉で、

 

非常に価値があった。

 

 

 

ひと通り質問が終わり、

 

コーヒーを飲みながらひと息つく。

 

 

 

「角石……やっぱお前はすごい投手だな。

 

 尊敬するよ。

 

 大学野球の話もすごく参考になった。

 

 これで卒論、かなり形になりそうだ。

 

 本当にありがとう。

 なんかお礼させてくれ」

 

 

 

角石は照れたように鼻をこする。

 

 

 

「大したことしてねぇって……。

 

 でもさ、佐伯――」

 

 

 

ふいに言葉を切り、

 

コップを指でコツンと叩く。

 

 

 

「今日、まだ時間あるか?

 

 ちょっと……俺の話、聞いてほしい」

 

 

 

その表情はいつもの明るさとは少し違っていた。

 

笑顔に影が差すというか、

 

どこか“相談したいことがある”人間の顔だった。

 

 

 

「……ああ。もちろん聞くよ。

 

 角石の話なら、いくらでも」

 

 

 

角石はほっとしたように息をつき、

 

ゆっくりと前屈みになって声を落とす

 

 

 

「実はさ……最近、俺ちょっと悩んでて。

 

 高橋のこととか……ジムのこととか……

 

 まぁ、いろいろよ」

 

 

 

カフェの柔らかい空気の中、

 

角石が抱える“意外な悩み”が

 

ここから少しずつ明らかになっていく――。

 

 

 

角石はストローをぐにゃっと曲げる勢いで

 

ため息をついた。

 

 

 

「……でさ、佐伯。

 

 ちょっと聞いてほしいんだよ。

 

 智也が……最近やばい」

 

 

 

「やばいって……怪我でもしたのか?」

 

 

 

「いや違う。人気がやばい!

 

 人気が尋常じゃない!!」

 

 

 

「人気……って、高橋の?」

 

 

 

「そう。あいつ、

 

 バイト先のジムで

 

 女性会員からの指名が雪崩みたいに

 

 来てるんだよ!」

 

 

 

「お前、

 

ジム行ってないのに何でそんな詳しいんだよ」

 

 

 

「智也からいろいろ聞いてんだよ!!」

 

 

 

(いや、それお前が高橋大好きだから

 

聞き込んでるだけだろ…)

 

 

 

角石は話を止めず、勢いのまま続ける。

 

 

 

「でな、女性会員の距離が近いんだよ。

 

 フォーム見てもらうついでに

 

 智也の腕触ったり、肩触ったり、

 

 背中ポンってしたり……」

 

 

 

「え、それヤバくないか?逆セクハラだろ!」

 

 

 

「だろ!?

 

 俺もそう思って

 

 “それ逆セクハラだから言ってやれ”って

 

 言ったのに、

 

 高橋は“何とも思わないから大丈夫”って

 

 さ!!」

 

 

 

「まぁ高橋らしいちゃ、高橋らしいな」

 

 

 

「だから危ねぇんだよ!!

 

 あいつ、はっきり断わらないし、

 

 いつも澄ました顔してるから、

 

 勘違いした女が、さらに勘違い。

 

 さらに人気爆上がりで、

 

 女性会員からの 個人レッスン希望が殺到!

 

 予約開始1時間で埋まってるからな!」

 

 

 

「お前がジムの予約状況を把握してる方が怖いわ」

 

 

 

「そんなことは、どうでもいいんだよ!」

 

 

 

(そんなことかな……?)

 

 

 

「しかもだな?この前なんて――」

 

 

 

声をひそめ、やたらと深刻な顔つきになる。

 

 

 

「退勤時間に、

 

 通用口で女性3人が出待ちだぞ?

 

 これもうアイドル扱いだろ!?」

 

 

 

「……高橋、そんなに人気なのか」

 

 

 

「俺はな!心配なんだよ!!

 

 あいつに、

 

 変な女が言い寄られたりでもしたら!

 

 ジム内の立場もあるしよ、

 

 せっかく来年から正社員になれるのに!」

 

 

 

(心配という名の嫉妬100%だな……)

 

 

 

しかし角石の勢いは止まらない。

 

 

 

「極めつけは、

 

 この前……街中で高橋が

 

 女性会員と並んで歩いてるの見たんだよ!」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「それがだな、

 

 あの女……

 

 高橋の肩とか腕とか普通に触ってんだよ!

 

 あれ完全に逆セクハラ通り越して

 

 ストーカーだろ!!?」

 

 

 

「まぁ……高橋も困るだろうな」

 

 

 

「困ってるとかの問題じゃねぇ!!

 

 俺が!!困ってんだよ!!」

 

 

 

「お前が困ってるのかよ」

 

 

 

角石は両手をわしゃわしゃと髪に突っ込んで叫ぶ。

 

 

 

「もう俺……我慢の限界なんだよ!!

 

 なんで智也が他の女と歩いてんだよ!!

 

 なんで俺が胸苦しくなんだよ!!

 

 なんでこんなにムカつくんだよ!!

 

 なんで智也の帰り道まで把握してんだよ

 

 俺!!」

 

 

 

「最後のは自白しただけだからな?」

 

 

 

「佐伯……俺、どうかしてんのかな……?」

 

 

 

「……角石。

 

 お前、間違いなく――」

 

 

 

一拍置いて、

 

 

 

「高橋のことが好きすぎるだろ。」

 

 

 

「!?!?!?」

 

 

 

まるでカフェ中に響き渡るような(実際は響いてない)

 

全力の驚き顔をした。

 

 

 

* * *

 

 

 

角石の大騒ぎをいったん落ち着かせるため、

 

俺たちはカフェを出て、

 

駅近くの落ち着いた洋食屋に移動した。

 

 

 

ハンバーグの香ばしい匂いが漂う店内。

 

料理が運ばれ、軽く食事を済ませたあと──

 

 

 

食後のコーヒーを飲みながらも、

 

角石のテンションはまだ“最高潮”のままだった。

 

 

 

「だからよ!

 

 あの女が智也の腕触ってんの

 

 マジでムカついて──!」

 

 

 

「ちょ、ちょっと待て角石」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「落ち着いて聞いてくれ。

 

 さっきからの話ぶりだと……」

 

 

 

青はじっと角石の目を見る。

 

 

 

「……お前、

 

 まるで“実際にジムで見た”ような語り方

 

 してるんだけど」

 

 

 

「…………はっ」

 

 

 

角石、固まる。

 

 

 

次の瞬間──

 

ゴソゴソとポケットをまさぐり、

 

無言でテーブルにカードを置いた。

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

角石

 

「………………」

 

 

 

そこに置かれていたのは──

 

 

 

『PLATINUM MEMBER』

 

(プラチナ会員)

 

 

 

「お前……通ってたのかよ!!!」

 

 

 

「いや、ちがっ……説明すると長いんだけど

 

 ……いや違くはないんだけど……」

 

 

 

「いや違くないよな!?

 

 めちゃくちゃ通ってんだよな!?

 

 “プラチナ”って書いてあるし!!」

 

 

 

角石は観念したように天を仰ぐ。

 

 

 

青が呆れながらカードを手に取る。

 

 

 

「……で、この“プラチナ会員”。

 

 料金いくらなんだ?」

 

 

「月2万9800円ッ!!」

 

 

「高っ!!」

 

 

「いやでも聞いてくれ佐伯……!

 

 “特権”があるんだよ……!」

 

 

 

「特権?」

 

 

 

角石、誇らしげに胸を張って列挙する。

 

 

 

《プラチナ会員特権》

 

① レンタルタオル無料

 

 

「毎日フッカフカのタオルが使い放題!!

 

 俺、週5で使ってる!!」

 

 

② 指名料 半額

 

 

「トレーナー指名料が“半額”なんだ!」

 

 

③ 指名の優先権

 

 

「レギュラー会員より 1時間早く予約できる!!

 

 智也を狙うなら、

 

 この枠じゃないと無理なんだよ!!」

 

 

 

「……お前、よく知ってるよな」

 

 

 

④プレミアム会員専用トレーニングルーム

 

 

「やべぇぞあれ。

 

 ダンベルが金色なんだよ。

 

 プレートも黒じゃなくて“黒光り”なんだよ!!」

 

 

 

「黒光りって何だよ。怖いわ」

 

 

 

⑤ プレミアム会員専用ラウンジ

 

 

「無料Wi-Fi完備!

 

 最新マッサージチェア使い放題!

 

 ドリンク・プロテイン飲み放題!!」

 

 

「お前、もはや住んでないか?」

 

 

⑥ プレミアム会員専用シャワールーム

 

 

「水圧がヤバい!!

 

 “滝の修行”みたいだぞ!!」

 

 

 

「修行目的じゃないよな?」

 

 

 

「筋肉は心も鍛える!!」

 

 

 

「意味が分からねぇ……」

 

 

 

「……角石。

 

 お前、どんだけ通ってんだよ……」

 

 

 

「月に20回は行ってる!!」

 

 

 

「ほぼ毎日じゃねぇか!!!」

 

 

 

「……お前が高橋の帰り道まで詳しい理由、

 

 完全に分かったわ」

 

 

 

「…………言うな」

 

 

「言うよ。角石、お前……

 

ガチで高橋の追っかけじゃねぇか。」

 

 

 

「違う!!!(違わない)」

 

 

 

・・・・・

 

 

 

「……で、そのことは高橋は知ってるのか?」

 

 

 

角石は、

 

ドリンクのストローをくるくる回しながら首を振った。

 

 

 

「知らん。仕事の邪魔しちゃダメだろ。

 

 だから俺は……遠くから見てるだけだよ」

 

 

 

「いやもうそれ 監視 だろ」

 

 

 

「見守りだ!」

 

 

 

「同義語だわ」

 

 

 

一呼吸置く。

 

 

 

「角石……ちょっと心配しすぎだって。

 

 高橋なら大丈夫だよ。

 

 高橋はお前のことにしか興味ないんだから、

 

 堂々としとけよ。」

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

一瞬固まり、じわっと表情が変わる。

 

 

 

「なぁ佐伯……

 

 俺さ……お前は俺の同士だと思ってんだよ……。

 

 俺の気持ち、

 

 よく分かるのはお前しかいねぇって……!」

 

 

 

「は??」

 

 

 

角石が急に身を乗り出してくる。

 

 

 

「もしお前が俺の立場だったら

 

どうするよ!!?」

 

 

 

「…………(‼️‼️⚡️)」

 

 

 

青の脳内に電撃が走る。

 

話の矛先が急に自分に向けられ、

 

心臓が跳ねる。

 

 

 

「岡谷はカフェのバイトだろ?

 

 あいつは絶対モテる!

 

 あの感じは女子ウケすんだよ……!」

 

 

 

(ぐっ……!!痛いとこ突かれた……!!)

 

 

 

「もしカフェの常連に

 

 岡谷狙いの女 がいたらどうする!?

 

 バイト終わりの

 

 岡谷の出待ちする女がいたら

 

 どうする!!?」

 

 

 

「………………」

 

 

 

青はしばらく無言。

 

コーヒーを置く音すらやけに大きく聞こえる。

 

 

 

「な?どう思う?」

 

 

 

青、ゆっくり息を吸って──

 

 

 

「…………角石。

 

 お前の気持ち、分かるぞ。」

 

 

 

角石はガタンと椅子から腰を浮かせる勢いで喜ぶ。

 

 

 

「だよな!!!

 

 やっぱりお前は俺の親友だ!!!

 

 同志だよ同志!!」

 

 

 

(いや俺は蒼太に関して

 

 いろいろ自覚してるつもりなんだけど……

 

 何か変な方向に巻き込まれた気がする……)

 

 

 

「よし佐伯!!俺たちは今、同じ戦場にいる!!」

 

 

 

「いや戦場って……」

 

 

 

「守りたい人がいる!!だから焦るんだ!!

 

 だからモヤモヤするんだ!!

 

 だから……嫉妬すんだよ!!」

 

 

 

「お前、すげーいいこと言ってるようで、

 

 全部勢い任せだぞ……?」

 

 

 

「勢いこそ正義!!」

 

 

 

「いや違うだろ……」

 

 

 

だが不思議と、

 

角石の言葉は青の胸にも妙に刺さっていた。

 

 

 

蒼太が誰かに好意寄せられたら──

 

蒼太が誰かと歩いていたら──

 

自分はどこまで冷静でいられるだろうか。

 

 

 

* * *

 

 

 

会計を済ませ、店を出ると、

 

夕方の立川駅前はオレンジ色の光に包まれていた。

 

 

 

人の流れの中を歩きながら、

 

改札前で自然と立ち止まる。

 

 

 

「今日はありがとうな。

 

 なんか……かなり話が脱線したけど」

 

 

 

角石は、さっきの悩んでいた顔が嘘みたいに

 

晴れやかな笑顔を見せた。

 

 

 

「いや~俺も楽しかったわ!

 

 また話しよーぜ 同士よ!!」

 

 

 

「……お前、まだ言うのかよ。

 

 まぁいいけどさ。

 

 また連絡するよ」

 

 

 

「おぅ!任せとけ!

 

 卒業までにはみんなで集まろうぜ……

 

 あっ!!」

 

 

 

突然角石の目が輝く。

 

 

 

「ジム行かなきゃ!!!」

 

 

 

「……は?」

 

 

 

「今日の『ZUMBA(ズンバ)上級クラス講座』

 

 智也の担当なんだよ!!

 

 じゃあな佐伯ーー!!!」

 

 

 

「あ、おい……!」

 

 

 

角石は手を振りながら、

 

そのまま駅前を全力疾走していった。

 

 

 

周りの通行人がちらりと視線を向けるほどの、

 

意味のわからないテンションだった。

 

 

 

青はぽかんとしながら、その背中を見送る。

 

 

 

「……あいつ、キャラ変わったな」

 

 

 

少し笑いながら、

 

青は静かに改札のほうへ歩き出した。

 

 

 

* * *

 

 

 

帰宅

 

 

 

玄関のドアを開けると、

 

夜の柔らかな灯りとともに、

 

蒼太が振り向いた。

 

 

 

「先輩、おかえりなさい。

 

 なんか……疲れてません?」

 

 

 

「ただいま、

 

 ああ……なんか、別の意味で疲れた……」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

青は靴を脱ぎながら深いため息。

 

角石の高速ジェラシートークが頭に残っている。

 

 

 

二人でテーブルにつき、

 

青が買ってきたケーキとコーヒーを並べた。

 

 

 

「このケーキめっちゃ美味しいですね!

 

 先輩、ありがとうございます」

 

 

 

パソコンを横に置いて、

 

幸せそうに口いっぱいに頬張る蒼太。

 

その笑顔だけで一日の疲れが軽くなった気がした。

 

 

 

「……なぁ、蒼太」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

「今度さ‥‥、

 

 蒼太のバイト先のカフェ……行こうかな?」

 

 

 

蒼太の目がぱぁっと輝く。

 

 

 

「ええ!!ほんとですか!?

 

 嬉しいです!ぜひ来てください!!」

 

 

 

その喜びようが本当に可愛い。

 

蒼太は鼻歌を歌いながらパソコンに向かい、

 

レポートを再開する。

 

 

 

「ふんふ〜ん♪ よし、あと二ページ……♪」

 

 

 

青はケーキをつつきながら、ふと思う。

 

 

 

(……いや待てよ。

 

 蒼太、あんなに可愛いのに……

 

 カフェで働いてるってことは……

 

 絶対……モテるよな?)

 

 

 

角石の言葉が脳内リピート再生される。

 

『もしカフェの常連に

 

 岡谷狙いの女 がいたらどうする!?』

 

『バイト終わりの

 

岡谷の出待ちする女がいたらどうする!!?』

 

 

 

「…………急に不安になってきた‥‥」

 

 

 

ケーキの甘さより、胸がざわざわする。

 

 

 

誰にも気づかれないように、

 

 

 

青はひとり、そっと息を吐いた。

 

 

 

 

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