比翼暴征木樵無欠宣誓婚連理 作:蘇民将来
※作劇の都合上、エーデルワイスさん関係はだいぶ捏造設定入ります
どうしようもない壁にぶち当たった時。
ヒトがする選択は大体二つに集約される。
その場に留まるか、どうにか乗り越えようとするか。
表現は様々になるだろうが、壁の向こうに行こうとするか、しないか。
結果として乗り越えられる、乗り越えられずに死ぬ、諦めるといった違いはあるかもしれないが、とはいえ最初に出てくる選択は二つに一つ。
幼馴染だったアイツは乗り越えようとして、俺は諦めた。
ただそれだけの違いだった、はずなんだけどなァ…………。
まあ、そんな雑な感想が特に今の自分の生活に影響があるわけではない。
今日も今日とて、
ごつん、ごつん、と鈍い音を立て傾いていく木を
北欧の某所この山峰。現在俺が住んでるこの地域で、今日も飽きずに俺は木を伐採していた。
伐採しても伐採しても決して減らない木々……、というのは比喩表現じゃない。
この現代、この山の一帯だけ、明らかに木々の何かがおかしい。樵っても樵っても気が付けば前生えていたところに新しい木々が生えてるのは、何かしらの物理法則とか時間とか、因果が崩壊してるんじゃないかと思う。
雪が明けると、まるで数百年たった後のように当たり前のように木々が復活しているのが、この山だ。
まあ、おかげで無計画に伐採しようが何しようが問題がないので、職業・
とりあえず伐採した木を木材と薪に解体。これもまた慣れたものだ。
運搬用の大型キャリーに雑に乗せて、縛ってから山頂目指して歩いていく。
……流水とか集積車で運べれば良いんだが、あいにく川とかは普通に凍るし、車も温度次第では不調になるのと
まあ、仮にも
特に苦も無く、途中途中伐採しながら切り開いた獣道を、軽快に登っていった。
……まあ、とはいえ寒いものは寒い。
とにかく傾斜が急かつ、山自体も高い。
普通にヒマラヤとかに迫る(追い越してる?)くらいの滅茶苦茶な高さを誇るのが、このエーデルベルクの山。
雑に山が急すぎるせいで、地図を見るとバグってるようにしか見えない描き方にならざるをえない、というのが、アイツから教わったちょっとしたトリビアだ。
……まあ、そんな斜面に大斧(俺の
身のこなしについても空気の薄さには普通に慣れてるし、唯一文句があるとすればやっぱり寒いということになるんだろうが、こればっかりはもはや仕方ない。
オーバーオールの上に羽織ったダウンを魔力集積して
垂直じみた崖を登り終えた後、自宅である石造りの小屋へと向かい────。
そして、足が止まる。
「…………」
何だろう、うまくは表現できない。
だが唯ひたすら感じるのは、自分が先端恐怖症になってしまったような恐ろしさというか。
常に自分に向けて、刃の切っ先を突きつけられているようなそんなピリピリとした緊張感。
そして感じる、まるで見えない壁のような、家を中心に張り巡らされたそんな領域────。
「……何だ、帰ってきてるのか」
こればっかりはいつも、慣れない。
ただ、そうやってヘタれてるこっちのことを、アイツは当然のようにわかっていやがる。
だから当たり前のように、小屋の戸が開かれて。
現れたのは、白。
山の雪みたいに白い髪に、血色が薄いことでより白く……白すぎるせいで赤らみがなく下手すると黄色人種より純度の高い黄かもしれないが、きめこまかな肌。
すらりと無駄をそぎ落としたような体のラインの美しさに、
小洒落た格好で俺を見て、アイツは余裕をもって微笑んだ。
「お帰りなさい、リュカ=ルチア。
アイリスたちは先ほど帰りましたから、今日は二人きりですよ?」
「……おう。あー、お帰りなさい────エーデルワイス」
「ふふ、何です?
そう言う俺に、まるで少女のように無邪気に、楽しそうに、アイツは、エーデルワイス・サーレマは笑った。
※ ※ ※
自分自身の魂を武装として顕現させ、魔力を用いて異能の力を操る者。
千人に一人の特異な──人口比率から言えば結構存在している──人間のことを、
いわゆる魔法使いとか超能力者とか、そういう類のアレそれだ。
その中でも最強の剣士と言われるのが“比翼”とか二つ名をもらっているエーデことエーデルワイスだ。
今ちょうど、いそいそと鼻歌交じりにお茶を入れて、切り分けられたアップルパイの一つを俺の目の前に置いている。
「さあ、食べてください。ケーキはアイリスたちが食べきっちゃったのでありませんけど、アップルパイは残っていますから」
「……もらうけれど、あー、二人? からは何か言われなかったかい? 今日はチーズケーキも奮発して作っていたみたいだけれど」
「あ、あは…………、まあ、その、いつものことなので」
来客があるとつい作りすぎちゃうのは、と、頬を赤く染めながら笑う。血色が薄い分、照れたりといったこと一つであっという間に顔色が変わる。
怜悧さや神聖さの欠片も無い、地に足の着いた、照れた苦笑いだった。
まあ、付き合いの長さもあって俺はエーデにそういった神秘的なものとかは感じたことがないのだが。
まあ、とりあえずは一口。
……味はよくわからないが、こう、とんでもなく口の中が「林檎!」という感じだ。
相変わらず香りが強いというか、濃縮された燻製でも齧ってるような強い「林檎!」というか。
そんな子供みたいな感想を出来るだけうまく伝えようと試みるが、エーデはくすくすと苦笑いする。
「リュカ=ルチアも、もう少し
「うるせぇやい」
「あらあら」
くすくすと微笑むエーデの顔は、昔に比べてたいそう綺麗になったこともあって苦手だ。
嫌っているって意味じゃなくて、きれいすぎて、照れてしまいそうで直視できない。
まあ中身がふわっふわしてるのとか、残念なところも色々知ってるからこうして付き合っていられるんだけれど。
それにしても本当にきれいになった。
小さいころとは大違い、という意味で。
「………リュカ=ルチア、何か変なこと考えました?」
「考えてないから殺気を抑えてくれないかな? あー、ほら、ね?」
ちゃきり、と、いつの間にか顕現させてた
そう、昔からエーデは変わってない。
俺たちがまだ十歳くらいのあの頃からずーっと。
『サーレマ、もっとおかし、食べるのやめなよ。もっとぶくぶくするから。風船みたいに空とべそうだし』
『ぬなな! フィッシャーは失礼です! レディーに失礼ですよ!』
『僕も乗せてほしいな、空とぶなら』
『だから失礼だといってます!』
十歳ごろの俺……、当時はまだ僕と言っていたかな? ともかく、俺はエーデをそう言ってからかっていた。
別に好きだったとか、そういうわけでもない。
クラスの中でも軽く
あの当時、エーデは綺麗じゃなかった。
今ほど綺麗じゃないとかじゃなく、身体も普通に太っていた。
少しだけ太ってたとか、小太り、とか今のエーデ本人は、あの頃の自分についてそう言うけれど……。
後が怖いから、詳細を思い出すのはぼかすとして。
他のクラスメイトほどじゃないにしろ、俺も彼女のことはいじっていた。
正直に言ってそういうことに対して興味もなかったし、忌避感もあった。
けれども、仲間じゃなければお前は無宗教者だ、神をも恐れぬ蛮族だと。
そういう風に次のターゲットになるのは明白だったから、逃げ場はない。
ただ、そういう内心が出ていたんだろう。エーデいわく、俺のいじりは他のクラスメイトに比べてだいぶ軽いものだった、とのこと。
クラスの女子生徒たちがこぞっていじめていたり、男子から色々と
『まったく、何がおもしろいのですか』
『おもしろくはないけど、心ぱいはしてる。からだにはよくないでしょ? あと、やせてた方がきっとかわいいし』
『…………』
『サーレマ?』
『じゃ、じゃあ、もし私がかわいくなったら、なんでもいうこと聞いてもらいますからねっ』
『えー?』
『やくそく! やくそくですよ!』
『してもいいけど、できるつもり? そんなにおかし大好きで毎日ばくばくしてるのに』
『うっ!』
『やっぱり風船────』
『じゃありません! もー!』
それはそれで、まあエーデのリアクションは楽しかった。
肩入れするわけでもなく、体型をいじればきゃんきゃん負けず嫌いな感じで反発してきて。
そういう意味だと、ケンカ含めてまともに会話や交流が出来ていたクラスメイトは、当時、俺だけだったのかもしれない。
俺としては「まだ小さいんだから、もうちょっと今の内から食生活に気を遣えば将来そんなにいじめられないで済むのでは?」というニュアンスも込めてのいじりだったが、本人にどれくらい伝わってたかはよくわからないが……。
まあ、お菓子が大好きで自分で作るのも好きで、だからとにかく作っては食べてたらしいのもあって、彼女の何かが変わるわけもない。
そんなエーデが変わったのは、義務教育が終わる前。
中等教育前に俺も彼女も伐刀者だと分かった頃には、すっかり体型は見違えていた。
何でも有名な極東の剣士がたまたま来てたので、家族のすすめでダイエットのために戦い方を習ったのだとか。
無駄をそぎ落としたようなアスリートのような細さを身に着け、自信満々に俺に文句を垂れるエーデ。
『これに懲りたら、レディーに対してそういう物言いをしてはいけませんよ!』
『うん、うん、健康的で何より』
『って、フィッシャーは反省しているのですか!? このこのっ』
怒りに任せて、軽くチョップを叩き込んできた当時のエーデ。
子どもがぽかぽか殴るようなノリで案外エグい威力の手刀を打ち込んでくる彼女にちょっとびっくりはしていたけど、これだけ(物理的に)強く、体型も改善されたならそう簡単にクラスのカーストにも負けはしないだろうと。
一体何目線なのかわからないけど、謎の感動をしながら俺は腕を組んで頷いていた。
そんな俺の対応が気に入らなかったのか、何か負けず嫌いのスイッチが入ったのかぴーぴー騒いでいたエーデ。
一度、彼女の剣の先生らしいご老人と会ったことがあったけど、そっちも俺みたいな感じで腕組んで「うん、うん」と頷いていて、二人そろってエーデに怒られたこともあった。
まあそうやって、仲良く……とは言わずとも、一定の距離を保っていた影響だろう。
養成学校卒業前後、祖国での本土決戦を起点に始まった第三次世界大戦一歩手前の時期。
その戦争の火種を
文字通りそれまでの何かを突破して、戦場の軍隊を薙ぎ払い続けたエーデ。
次元を超えた力強さを前に────
流石にこの頃になっては、もう誰もエーデをいじることは出来なかった。
たとえ痩せようと過去が消えるわけじゃない。かつてクラス内のカーストで下層の扱いを受けていた彼女は、たとえ
身に染みたトラウマは抜けきらず、その影響もあって彼女も委縮していた。
その全てを過去のものとしたエーデは…………、良好ながらも恐れを抱かれた家族に寂し気に微笑んで、そして、あの日、俺の手を取った。
『リュカ=ルチアーノ・フィッシャー。……綺麗になったら、なんでも言うことを聞いてもらう約束でしたもの。ひとまずは、私についてきてください』
『……えっ? いつの話だい、その約束って』
『約束は絶対、守ってもらいます。私の
別に彼女の
だがそれでも、あえて昔の約束に対して、絶対順守の約束を強要するそれを口に出したエーデ。
俺は……、逆らわずについていくことにした。
傷ついた家族を前に、それでも何かを守ろうと
もう指一本動かせず、呼吸すら忘れて、すべて諦め絶望した俺の横で、なんのために戦うかなんてことを全く考えず、
どんなに高尚な願いも、掲げたところで忘れてしまうほどに、何も守り切れず、残らなかった俺にとって……、多分その姿だけが、一つの理想で、真実で。
死ぬほど妬ましく。
死ぬほど悔しく。
それでも……、壁にぶつかって、身動きがとれなくなった俺にとって、もう忘れてしまったものを、俺が魔導騎士として、伐刀者として守りたかったものを守ってくれたはずの彼女は、尊敬に値する一人の人間に違いなかったのだから。
「……それがどうして結婚に至ったのやら」
「どうしました? リュカ=ルチア」
衛星ラジオの音楽番組を聴きながらそれぞれ適当にくつろいでいる俺とエーデ。つい、昔の話を思い出して呟いた俺に、エーデはにこにこと笑顔を向けてくる。
エーデは変わった。人間ではなく、
そんなエーデを流石に昔ほどからかえるわけもなく。
だけど、それにほんの少し寂しそうな笑顔を浮かべるエーデを放っておけるわけもなく。
「あれから十何年だっけ。エーデが人間やめてから」
「
…………いえ、寂しくはないですよ? 友達と言って良いかは微妙ですが、知り合いも増えましたし。南郷先生との知古だってありますし、完全に社会から断絶されてもいませんし。
リュカ=ルチアには苦労をかけていますけど」
「いや、そこまでは色々言ってないから。ただふと、なんとなくな」
「なんとなくですか」
「ああ」
俺の言葉に、エーデは少しだけ頬を赤くして、腹のあたりをさする。
「………………その、子供もまだ育てられるような社会情勢じゃないので、その、こっちについては申し訳なく思っています」
「だから何も言ってないって……。魔力が続く限りは産めるって、自分で言ってたじゃないか」
「いえ、それはそうだけど、でも、帰ってくるたび
「うん、それは気にしてくれ」
基本は弱いくせに下手に負けず嫌いな分、一度火が付くと人外のスタミナで際限がないのだ。
自分で話題をふったくせに、エーデは困ったように照れて微笑む。
……この手の話題については、まだ揶揄えるポイントは多い。
それこそ以前カルヴァドス(りんごの蒸留酒)でべろんべろんに酔った時「ずっと一緒にいてくれますよね!? リュカ=ルチアは私から絶対離れないですよね!!?」と涙ながらに縋りつかれて。
どうやら知人から年齢のことを揶揄われて、生涯意識することもないだろうと思っていた婚期のことが脳裏を過ったらしく、ちょうど手近にいた俺に縋りついたということらしかった。
で、こっちの話なんて聞かずそのままなし崩しのように転がり落ちて、形式上、夫婦となった現在だったりする。
そんなことを思い出して、もう口酸っぱく言ってることだけど、それでも思わず言わずにはいられない。
「…………あと、いい加減あの鎧装備、どうにかしない? ちょっとお腹とか胸元とか背中とか開きすぎ」
「っ!? と、年甲斐もないということですかッ! リュカ=ルチア、久々に失礼ですよ!」
「いや普通に、自分の嫁さんが何かあったら痴態さらしそうな恰好してるのは思う所あるでしょ」
独占欲、独占欲、と軽く言えば、「くっ」とか何かをこらえるような呻き方しながら、顔を真っ赤にするエーデ。
……戦地に向かうときの戦乙女がごとき装束は。エーデの剣と相性が良い衣装を見つくろっているからこそ、
それはそうとして、中等教育がわりに入った騎士養成学校時代に「綺麗になりましたよ! もう馬鹿にされませんから!」とか言ってビキニの水着にくわえて腕とか脚に鎧装備をしただけの恰好で斬りかかってきたことがあったのも、俺は忘れてない。
負けず嫌いが変に出力されて、エーデは、けっこう自分の身体を見せびらかしたい
旦那さんとしては、色々心配である。