初めて会ったときの彼女は、まだまだ未熟な存在だった。
「おまえが親玉……クイーン・セレスティアル……!」
「いかにも」
ついに地球側は、自力でこちら側への門を開くことに成功したらしい。そこで発案されたのが逆侵攻作戦。精鋭の魔法少女をこちら側に送り込む起死回生の……無謀な作戦だった。
こちらへ攻め込まれてしまっては、人間の恐怖を集めエネルギーとする我々の第一目標が達成できない。逆に言えば、わざわざ戦闘を長引かせる必要もないということ。攻め込んできた身の程知らずに対して、私は自ら動き一瞬で対処することに決めた。
とはいえ、魔法少女というのは我々の真の敵というわけではない。命を奪う必要もなく、適度に叩き潰して撤退させる。その目論見は、一人の少女によって阻まれた。
「くっ……まだまだ!」
「……なぜ立てる? キミだって、もう限界のはずだ」
倒れ伏す仲間たちを背に、一人立ち続ける勇敢な少女。
「お生憎様! 私は最強なの! この子たちの理想で居続ける責務があるのよ!」
「ヒナ、せんぱい……」
「……おねえさま」
たしかに、言うだけのことはあると思った。実力はもちろん、彼女の言葉で倒れたはずの少女たちの瞳にもふたたび炎が宿っていく。
「……王たる才、か……」
私はその姿に感心した。そしてそれは、僅かな隙を生んだ。
「でも! 今日のところは勘弁してあげる!」
「!」
目くらましの魔法。それを発動するや否や、凄まじいスピードで倒れた仲間を回収する少女。……だが、私の前でそれは、あまりに悠長だ。
「……っ!」
逃げ道を塞ぐように、私は仲間を抱えた少女の前に立ちはだかった。客観的に見て、この状況は詰みだ。それは分かっているだろうに、少女の瞳から強烈な意思が消える気配はない。“そこ”に失ってしまった何かがあるように思えて、自然と口が動く。
「……キミの名前は? 勇敢なお姫様」
「はぁ?」
「答えてくれたら、見逃すよ」
舐められた、と思ったのだろう。少女の顔がみるみる朱に染まっていく。普段の彼女なら、おそらく素直に答えてはくれないのだろう。でも今は、仲間の命を背負っている。生き残る確率の高い方に賭ける他はない。
「~~~~~っ! 一ノ瀬ヒナ! この借りは必ず返すわ!」
そう吐き捨てて、ヒナは逃げていった。名前を聞いたのは、単なる気まぐれだ。元々見逃すつもりではあったから、結果は変わらない。けれど──
「……ヒナ、か」
──既にこの時から、一ノ瀬ヒナの姿はしっかりとこの眼に焼き付いていた。
次に会ったとき、ヒナは素晴らしい成長を遂げていた。
「借りを返しに来たわ! クイーン・セレスティアル!」
「……驚いた。単身で来たのかい?」
そしてなんと、今回彼女は独断で乗り込んできたらしい。それもただのリベンジではなく、組織の人間と意見が合わずなかったが為の独断専行。更に言うなら今の一ノ瀬ヒナは、その無茶を可能にする実力を手に入れていた。
「言ったでしょう? 私は最強なの! 私一人が戦えば、それで済むのよ!」
「それは……」
もはや一ノ瀬ヒナは、人類の絶対的最強。その立場は、私にはとても思うところのあるものだった。
「寂しくは……ないのかい? ついてこられる者が誰もいない、というのは……」
自分と重ねるように、私は彼女に問いかけていた。女王たる宿命を背負い、いつしか並ぶ者のいなくなった、ただのセレスティアル。そんな少女の亡霊を吹き飛ばすように、ヒナは笑う。
「まさか! 私より弱いみんなの想いは、全部まとめて受け取り済みなの! せいぜい覚悟することね!」
「──!」
そうして襲いかかってきたヒナとの戦いは、熾烈を極めた。私がギアを上げる度に、その場で成長し食いついてくるヒナ。私は既に、彼女と二人の時間に酔いしれていた。
「……ところで、話は変わるけど」
「なによ!? お喋りね!」
「調べたよ。キミは……私の部下を一人も殺していないそうだね」
「そうだけど! それがなに!?」
「どうしてかな?」
気になっていたことだった。一ノ瀬ヒナという少女は、今日この日まで不殺を貫いていた。その疑問に、やはりヒナは笑う。
「そんなの、あんたと同じよ!」
「私と……?」
「あの日、私たちを見逃したでしょ!」
確かに前回、私は攻め込んできた彼女たちを見逃した。だがそれは……。
「そんなもの、キミたちを脅威と判断しなかったからで……」
「同じよ! 私は最強なの! 選びたいもの全部選ぶ余裕があるの! 味方の命も敵の命も、勝利も全部選ぶ力があるの!
「──」
言うほど、余裕ではなかったはずだ。彼女は確かに人類最強だが、我々との戦いにおいては、苦戦もしている。決して、私などと同じではない。ヒナは最強たらんという強靱な決意を貫き通しているのだ。
「だからっ! 私はあんたたちも選びたい! いい加減喋りなさい! あんたたちの本当の目的を……!」
彼女の言葉に、手が止まってしまった私は、ヒナに武器を突きつけられる。敗北だ。もっとも、もはや抵抗する理由もないが。
なんとヒナは、我々側の事情を聞き出すという目的のために、反対を押し切ってここまで来ていたのだった。すっかり彼女を認めてしまった私は、洗いざらいすべてを話した。地球に、近隣世界すべてを滅ぼす邪神が潜んでいること。そのために、人類を利用して対抗するためのエネルギーを集めていたこと。
すべてを知ったヒナは、自力で地球に潜む邪神を見つけ、引きずりだし、最終決戦の舞台を整えて見せた。我々の悲願を、容易く王手まで進めて見せたヒナに、私はもう夢中になっていたというのに、極めつけは決戦前の言葉だ。
「まさか、あんたに背中を預けることになるとはね」
「私も万感の思いだ、ヒナ」
「ま、私一人でも十分だけど、あんたが隣にいれば尚更負ける気がしないわ。……ある意味、一番信頼してるかもね、
「……ヒナ……」
セレス……セレス。そう呼ばれるのは、一体いつぶりだろうか。かつて友であった部下たちが、もう口にしてくれなくなった呼び名。何も知らせていないはずなのに、自然とその名を口にしたヒナの声が、脳内で反響する。
「……セレス? どうかした? まさか、怖じ気づいたわけじゃないでしょ?」
「いや……いや、なんでもないさ。すべては勝ってから、だね」
その時、未来は確定したのだ。
一ノ瀬ヒナこそが、私の伴侶であると。
☆
「……とりあえず、公開処刑じゃなさそうね」
アナザーワールドに来て早々、セレスにプロポーズみたいな冗談(多分)を言われた私は、いつか来たセレスの城に案内された。そこで、私は妙に恭しいメイドたちに着替えさせられた。セレスのものと対になるような、絢爛なドレスだ。まぁ……綺麗だ。最強の私が何着てもかっこかわキレイになってしまうのは当たり前なんだけど、服の質もめちゃくちゃ良い。
さすがに死に装束ではないと思う。あとなんか、私の手を握って涙を流すメイドはなんだったんだろうか。まさかとは思うけど、既にこっちにもファンができてしまっているのだろうか。まぁ私なら無理もないか……。
「悲しいな……まだそんな疑いを持っていたのかい?」
「セレス……そりゃ、私の身柄なんて要求されたら警戒するわよ」
「もっと私を信頼してほしいものだな……未来を共にする仲だろう?」
「またそれ?」
こっちに来てからの様子のおかしいセレスは、ずっとこういう冗談(多分)を言っている。考えてみるとこういう冗談(多分)を言ってくる子はたくさんいるので慣れてはいるんだけど、キスを匂わせてくるのはさすがにやりすぎだと思う。
「式はいつにしようか、ヒナ。王都中を凱旋して、我々の仲睦まじさをアピールするんだ」
「や、女の子同士だし。結婚ってできないんじゃないの?」
ピシリ、と固まるセレス。まぁ、知らんけど。興味ないし。
「……って、いつまで固まってんのよ。変なセレスね」
私の言葉になぜか石になってしまったセレスを突っついていた、その時だった。
「ヒナちゃん……」
「え……冬歌?」
背後から、よく知る声がかけられた。そこには、大人しそうでいて、その瞳に深い闇を宿した少女が立っていた。
梨地冬歌。人類最悪の裏切り者。かつての私の相棒にして、元第一世代の魔法少女。
たしかに、よく考えてみれば彼女がここにいるのは当たり前だ。離反してこっちの幹部に迎えられたらしいし。うーん、ちょっと気まずいなぁ……なんて考えていると。
「ヒナちゃん!」
「わっ!?」
冬歌は、縋るように私の胸元にしがみついてきた。よく見れば、その瞳は今にも溢れ出しそうなほど潤んでいた。
「やっと……やっと、わたしと同じところまで堕ちてくれるんだね、ヒナちゃん……」
「え、違うけど……」
違いますけど……??