全方位脳焼き英雄、停戦条件に身柄を要求される。   作:鐘楼

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罪状その2

「あはは、それでね~」

「マジ? ウケる~」

 

 クラスメイトの派手めな子二人が、楽しげに談笑している。

 

「え~っと……」

 

 わたしの机に座りながら。

 

 トイレから戻ってきたら、こうなっていた。邪魔をして、二人の楽しげな空気に水を差すのも悪い気がするし、どうしようか。

 

 別に大したことでもないし、わたしが我慢すれば全部丸く収まる話だ。そう結論づけて、次の授業が始まるまでどこか別の場所で時間を潰すことに決めた、その時だった。

 

「ちょっと、伊月に美千留。この子困ってるわよ。どいてあげなさい」

「え……」

 

 横から、二人に対してそんな声がかかった。見れば、そこにはどこまでも自信に満ちあふれた少女がいた。友達というわけではないけれど、知らない相手じゃない。

 

 クラス中心、皆をまとめるまでもなく、勝手に皆がついていくような魅力を持った有名人、一ノ瀬ヒナ。彼女に咎められたクラスメイトは「あ、ごめんごめん~」「ごめんな、梨地~」と言ってあっさりと場所を譲る。

 

「あ、ううん。全然大丈夫だよ……」

 

 特に気に障った様子もなく去って行くクラスメイトたちにお礼を言って、感心する。わたしがどいてくれと頼んだとして、彼女たちはこうも後腐れなく場所を譲ってくれただろうか。……それは、わたしには分からない。あの二人は、そんなことを一々気にするようなタイプではないのかもしれない。でも、拗れてしまう可能性を一切恐れずに割って入った一ノ瀬さんは、凄いと思う。少し……憧れてしまう。

 

「あの、一ノ瀬さん。ありがとね……」

「あんたも!」

「えっ……」

 

 助けてくれた一ノ瀬さんにもお礼を言おうとすると、言葉を遮られてビシリと指をさされる。

 

「言うべきことはちゃんと言うようにしなさい。じゃないと余計な損をするわよ」

「あ、うん。そうだよね……」

 

 たしかに、彼女の言うとおりだと思った。今回のことは、別に大したことではない。ただ、わたしが数分椅子に座れないというだけのこと。こういう時、わたしはいつも我慢してきた。周りの空気を壊す可能性を重く見て、わたしが損をするだけで済むのならそれでいいと考えていたのだ。

 

 でも、それはわたしが衝突を怖がりすぎるがあまり逃げてしまっていただけで、ちゃんと話をしていれば、わたしも他の人も損をしない道が開けていたんじゃないか……一ノ瀬さんの姿を見て、わたしはそう思い直したのだ。

 

「……分かれば良いの。気にしすぎなのよ、冬歌は」

 

 そう言って、彼女は微笑んだ。どうしてか、胸が高鳴る。

 

「え……な、名前……」

 

 自分の記憶が正しければ、わたしと一ノ瀬さんは特に親しい関係ではないはずだ。わたしが一方的に、有名人の一ノ瀬さんを知っているだけ。なのに、彼女は今、わたしのことを冬歌と……。

 

「ん-、ダメだった? 私、名前呼びがデフォルトなんだけど」

「イヤじゃない、です……」

 

 そうじゃなくて……いや、それもだけど、どうしてわたしの名前なんかを覚えているのか……なんて、改めて聞く気にもなれなかった。

 

 だってもう、梨地冬歌の頭の中は一ノ瀬ヒナから名前を呼ばれた事実に夢中になって、彼女の声を噛みしめるだけになってしまっていたから。

 

 

 それからというもの、日常の中で彼女の姿を目で追うようになっていたわたしは、ある日非日常に巻き込まれた。

 

 ──魔獣。

 

 当時はまだ、アナザーワールドによる侵攻は一般に認知されていなかったし、その規模もずっと小さいものだった。だからこそ、襲われたわたしにとってその事態は完全な未知のもので、とてもとても怖かった。死が頭をよぎり、身が竦んで動けなくなった。

 

「こ、来ないで……」

 

 いまにもわたしを丸呑みしそうな化け物に、腰が抜けてしまったわたしは這いずって距離を取ることしかできない。いつ殺されても不思議じゃないのに、延々と追い詰められ続けるのは、命を弄ばれているような気分だった。

 

 この恐怖から解放されるなら、もういっそ……なんて、馬鹿な考えが脳裏に浮かんだ、その時だった。

 

「──私が来たわ!」

 

 勝ち気な声を響かせ、可憐な衣装で宙を舞う、勇敢な女の子。

 

 その子は、なんでもないように恐ろしい化け物を手玉に取ると、あっという間に動けなくなるまで叩きのめしてしまった。

 

 目まぐるしい戦闘を、まるで準備運動を終えたかのように済ませ、彼女は気持ちよさそうに身体を伸ばす。そして、動けないわたしの前までやってきて、手を差し伸べた。

 

「だいじょぶ? 立てる?」

 

 そうして、やっとはっきりと見ることができた、その子の顔は……。

 

「……一ノ瀬さん?」

「あれ? 冬歌?」

 

 一ノ瀬ヒナ。わたしを助けてくれたのは、一ノ瀬ヒナその人であったのだ。

 

 その時わたしは、確信した。どこまでいっても、なにがあっても。一ノ瀬ヒナこそが、わたしのヒーローなんだと。

 

 

 異世界からの侵略者。それに抗う力を持った、魔法少女。一ノ瀬ヒナはその魔法少女として、ひとりで戦い続けていた。

 

 できるなら、助けになりたい。支えてあげたい。そして叶うのなら、隣に立ちたい。一ノ瀬さんの話を聞いて、そう思い続けたからだろうか。

 

「……冬歌!? なんで……」

「わたしも……わたしも戦う! 戦う力を手に入れたの! 行こう、()()()()()!」

 

 望みは叶い、わたしは二人目の魔法少女として覚醒した。こんなわたしでも、戦える。人々を守れる。ヒナちゃんを支えられる。その事実に、わたしは果てしない高揚感と幸福感に包まれた。

 

 それからの日々は、充実していた。わたし以外にも仲間の魔法少女が増えていって、二人きりではなくなってしまったのはほんの少しだけ寂しかったけど、みんな良い人たちで、お友達にもなれた。それに、どれだけ仲間が増えても、変わらずわたしはヒナちゃんの隣で戦うことができて、それだけで満足だった。

 

 ……でも、そんな日々は長くは続かなかった。

 

 アナザーワールドの侵攻は、わたしたちの手が及ばないくらいに規模が増していき、世間に事情を明かさざるを得ないほどに被害が拡大してしまった。

 

 そして、ついにわたしたちに脱落者が出てしまった。敗北した魔法少女が醒めない眠りに囚われることを、わたしたちはこの時知った。ヒナちゃんは強く前を見続けていたけれど、わたしも含めた他のみんなの空気に、暗い影が差した。

 

「ヒナちゃん、大丈夫……?」

「別に、平気よ? 私の心配なんかしてないで、冬歌こそ寝てきなさい。ひどい顔してるわよ?」

「ヒナちゃんだって……! もうずっと寝てない……」

「大丈夫。私、最強だから。なんだったらみんな休んでても良いわよ?」

 

 わたしたちのモチベーションとパフォーマンスが低下する中で、ヒナちゃんの負担はどんどん増えていった。

 

 さらに……魔法少女の存在が明るみになって、中でも一番活躍しているヒナちゃんの顔は広く知れ渡ることになった。

 

 だから、だろうか。

 

 被害の不満を、ヒナちゃんにぶつける人間が現れ始めたのは。

 

 ネットはひどいものだった。

 

『魔法少女なんかがいるせいで狙われてるんじゃないの?』

『一ノ瀬ヒナってやつが遅れたせいで実家が被害に遭った。なんで他を優先なんかしたんだよ』

『目立ちたがりの英雄気取り。付き合わされる身にもなってくれ』

『あんなガキが力を持って、どうなるか分かったもんじゃない。国はさっさと管理すべき』

『つーか、魔法少女がいるせいで狙われてるんじゃないの?』

『マッチポンプだろ。ふざけんな』

 

 そんなふざけた言葉を目にしてしまったわたしは、気が狂いそうになった。守られてるだけのくせに。ヒナちゃんの頑張りも知らないで。あなたたちに何が分かるの。こんな人たちのために、わたしの友達は眠ってしまったの。なんのために、わたしたちは戦っているの。

 

 そんな思いが、唸るように頭の中で渦巻いていた。それが、いけなかったのだろうか。戦いに集中できなかったわたしは、ヒナちゃんのいないところでまた一人仲間を眠らせてしまった。

 

「ひっ、ヒナちゃん……! ごめ、わたし……わたしのせいで、彩芽ちゃんが……!」

「違うわ、冬歌」

 

 泣きじゃくるわたしを、ヒナちゃんは抱きしめてくれた。そして、言うのだ。

 

「私が、遅れたのが悪いの」

「ちがっ……!」

 

 そんなわけがない。ヒナちゃんが一番頑張っていて、一番大変なのに。わたしは、彼女を支えることすらできていない。もう、隣に立つことができていない。失意の底、ヒナちゃんの今日はもう帰りなさいという言葉に甘えて、わたしは帰路についた。

 

 その道中、だった。

 

 

「おい、見たか? 魔法少女の……一ノ瀬ヒナってやつ、顔はいいよな。あの衣装もエロいし」

「あれなぁ〜、絶対見せ物としてやってるよな? だったらもっとサービスしてほしいわw」

 

 

 そんな会話を、耳にしてしまったのは。

 

「は……?」

 

 何を言っているんだろう。

 

「最近は魔法少女も負けが込んできたらしいしさ〜、どうせ死ぬのが決まってるんだったら、味見とかさせて欲しいよなぁ〜」

「はは、敗北ヒロインってやつ? いーなー、どうせ世界は終わりなんだし、今度戦いがあったら行ってみるか? ワンチャンあるかもしれねーしな! ハハハハ!」

 

 

 ()()は、何……?

 

 わたしには、()()が、あまりにも気持ち悪くて、許せなくて、我慢ができなくて、思い知らせてやりたくて、それで──

 

 

 

 

 

「……何やってるの、冬歌……?」

 

 珍しく焦った顔のヒナちゃんが現れたとき、わたしの手は血に濡れていた。敵のではなく、人間の血に。

 

「この人たちがいけないんだよ」

 

 今の自分をヒナちゃんに見られても、不思議と後悔はなかった。むしろ、どこか清々しい気さえしてくる。

 

「ヒナちゃんに守られているだけの分際で、ヒナちゃんのことを罵るの。ヒナちゃんがいなきゃとっくになかったはずの命で、ヒナちゃんをバカにするの。ゴミのくせに、分かったみたいにヒナちゃんを語るんだよ。許せないよね。死ぬべきだったから、その通りにしたの」

「私のためだってこと……?」

 

 わたしの言い分を聞いたヒナちゃんは、みるみるうちに怒りの表情に変わっていく。

 

「頼んでないのよ! 言ってくれれば、私が殴ってそれで終わりだったのに! 私のために、なんで冬歌が……!」

「わたしが、許せなかったからだよ……!」

「っ……」

 

 わたしの大声が、珍しかったのだろう。ヒナちゃんもまた珍しくたじろぐ。普段と違うヒナちゃんが見れて、わたしはどこか嬉しくなった。

 

「ねぇ、ヒナちゃん。もうやめようよ。こんな世界なんて、ヒナちゃんがボロボロになってまで守る価値なんかないよ。ふたりで、違う場所に逃げよ……?」

「冬歌……」

 

 わたしはヒナちゃんに縋り付いて、望みを口にする。……ヒナちゃんなら断るだろうなぁ、なんて確信をどこかで感じながら。

 

「イヤよ。それじゃ、私が逃げたみたいになるでしょ。そしたらまるで私が最強じゃないみたいになりそうだし」

「……ヒナちゃん」

「冬歌。言っておくけど、私は知らない誰かを守ろうと頑張ってるわけじゃない。自分を貫くために戦ってるの。弱いのが後ろからなんて言っていようが気にしてないわ。……分かってるでしょ、冬歌なら」

「……そっか」

 

 完璧だった。完璧な、わたしのヒーローとしての回答。でも……全部曝け出した今のわたしは、その答えに満足ができない。悪い子のわたしは、ヒナちゃんの理想を否定してでもヒナちゃんを自分のものにしたい。そんな醜いわたしを、わたしは受け入れてしまっていた。

 

「ヒナちゃん。わたし、あきらめないよ」

「あ、ちょっ……冬歌!」

「かっこよくてかわいくて完璧な、わたしのヒナちゃん。いつか絶対、わたしと同じ悪い子になってもらうから……ね?」

 

 名残惜しさを胸にしまって、わたしはヒナちゃんから逃げるように夜の闇に消えた。

 

 それから、わたしはアナザーワールドに自分を売り込んで、魔法少女の敵になった。幹部として、度々ヒナちゃんと戦って、彼女の足を引っ張る人間たちを利用して、こちらにつくよう促し続けた。

 

 わたしは、最悪の裏切り者だとか言われているみたいだけど、気にならなかった。

 

 必ず、最後にヒナちゃんを手に入れる。それ以外のことは、どうでも。

 

 

 

「ヒナちゃん、ヒナちゃん、ヒナちゃん」

「はいはい、久しぶりね」

 

 いかにも感動の再会みたいな感じで、私にくっついてくる冬歌。この子が精神を病んで闇に堕ちた件に関しては、正直少し責任を感じている。もっと早く休ませるべきだった。うん。

 ちなみに、あくまで私自身はだが、冬歌の過ちに関してはあんまり気にしていない。私も冬歌も自分の好きにしているという点では変わらない、それが私の考えだからだ。なおその考えが衝突した場合、強い方が優先される。なので、冬歌の一番の望みである私の裏切りは叶えてあげられなかった。私の方が強いから。

 

「まぁ、でも……」

「ヒナちゃん、ヒナちゃん、ヒナちゃん……?」

 

 なんか誤解されてそうとはいえ、見知った相手との再会なのは確かだ。私にだって、ちょっとは思うところもある。徐に、私は冬歌の前髪をかき上げて、隠れ気味だった眼をじっと見る。

 

「久しぶり。元気そうで良かったわ、冬歌」

「ヒナちゃん………………お嫁さんにしてください……」

「もー、冬歌もそれ?」

 

 まったく、セレスといい後輩といい、こういう冗談(多分)が流行りなんだろうか。と考えていると、ガシッと冬歌の肩に手が置かれた。セレスである。

 

「……冬歌。そこまでだ。ヒナは私の妻になるためにここまで来てくれたのだ。キミの出る幕はないよ」

「……冗談でしょう、陛下? ヒナちゃんがぽっと出の陛下を選ぶわけないじゃないですか」

「どっちも選んでないけど」

 

 私の目の前で、バチバチと喧嘩を始める二人。険悪ではあるけど、どこか遠慮のなさが感じられて、多分普段の仲は悪くなさそうだ。うん、冬歌がうまくやれていて良かった。

 

「ヒナちゃん! わたしといっしょに、悪い子になろ……? ね……?」

「ヒナ。キミは我が国の繁栄の象徴として、私の妻として君臨するべきだ。そうだろう

?」

 

 なんでその二択みたいになっているんだろうか。というか、二人ともよく冗談(多分)の話で言い争いができるものだ。私が適当にあしらおうとした、その時だった。

 

「──ふざけないで」

 

 まるで本当に辺りの温度が下がるかのような、冷たい一声。

 

「イミスティル……」

 

 イミスティル・ドゥーチェス。そこにいたのは、幹部にして私が何度も戦った相手である、まさに氷の女王といった雰囲気の美女だった。

 

「王妃だなんて馬鹿げているわ。そいつに何度苦汁をなめさせられたのか、女王サマは忘れてしまったの?」

「……イミスティル。だが彼女は……」

「そいつに相応しい身分は、奴隷よ」

 

 セレスの言葉を遮り、有無を言わせぬ態度で私を睨むイミスティル。たしかにまぁ、一時期アナザーワールド側にとって私は目の上のたんこぶだっただろう。彼女の言うことは妥当、か……? いや、個人的に彼女と戦ったときは調子に乗って遊んでしまったこともあったので、まさかそれを根に持って……?

 

「そいつには奴隷として、私と寝食を共にして毎日添い寝をさせるわ」

「…………?????」

 

 奴隷とは……?

 

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