雑事だ。
地球の人間から恐怖を搾取するため、適度に街を襲う。殺戮はせず、入念に、周到に、いたぶるように追い詰める。
そんな仕事は、このイミスティル・ドゥーチェスのすることではない。そんなことすら分からない腹違いの妹、クイーン・セレスティアルのことがなにより苛立たしい。
大体、こんな面倒なことをせずとも、この地球ごと邪神を滅すればそれで済む話だ。それを証明すべく、私は一切の手加減も慈悲もしなかった。
──まるでそこにだけ氷河期が訪れたかのように、その街は氷に覆われた。
「……こんなものね」
私が少し力を解放するだけでできたこの領域には件の魔法少女とやらも、近づけないようで、為す術なく撤退していった。一応は唯一のまともな敵対勢力であるらしい存在でも、この程度。案の定、戦いにすらならなかった。
向こうでもそうだった。どいつもこいつも、私が少し力加減を間違えれば簡単に壊れるような矮小な存在ばかり。例外はあの女王くらいで、その女王も持った力を弱者のために使おうと努力するなど、ハッキリ言って理解しがたい考えをしている。
……まったく、付き合っていられない。この世界の貧弱な命を奪わないように加減するなど、面倒にも程がある。いっそここに眠る邪神ごとすべて氷漬けにしてやろうかと、一歩足を踏み出した、その時だった。
「ったく、やたら寒いわね……」
まるでただ防寒具を忘れただけみたいなセリフが、背後から響いてきたのは。
「……なに、あなた」
そこにいたのは、どこか超然的な雰囲気をまとった魔法少女。当たり前のように浮遊するその少女は、当然のごとく私を見下ろしていて……気に食わないと思った。
いや……そもそも、ここまで私に近づいてきて、どうして平然としている? 普通の生き物なら呼吸もままならないほど、この場の冷気は強い。この私こそが冷気の中心なのだから。それがどうして、この女は……。
そこまで考えたところで、少女は私を見据え不遜な笑みを浮かべた。
「一ノ瀬ヒナ。知らないの? ダメじゃない、こっちに来るなら私に返り討ちに遭う覚悟をしてからじゃなきゃ」
「……もういいわ。堕ちなさい」
ふざけたことを口にする少女めがけて、溢れんばかりの冷気を飛ばす。眼前の少女が、何もせずとも氷漬けになるような惰弱な存在でないことは認めよう。けれども、この私の怒りを買って平気でいられる存在なんて、いるはずが──
──────負けた。一ノ瀬ヒナに、イミスティルは敗北した。
私の冷気に迅速に適応し、足下を丸ごと氷結させようが力業で突破し、最後には私の油断を突く形で接近戦に持ち込み、撤退に追い込んでみせた。
ありえない。認められない。だけれど、現実を認めないわけにはいかない。
「一ノ瀬、ヒナ……っ!」
次は、必ず殺す。たしかに、私の中には油断があった。傲りもあった。或いは、今まで必要がなかったが故に本気で戦うという行為そのものに不慣れでもあった。それらを潰せば、負ける道理などない。
……その日から、私の頭の中は一ノ瀬ヒナのことばかりになっていた。
「なに、リベンジ? 案外骨があるのね。え~っと……」
「イミスティル。イミスティル・ドゥーチェス。この名を抱いて死ぬことね、一ノ瀬ヒナ……!」
二度目の戦い。他の人間も、魔法少女も無視して、一ノ瀬ヒナただ一人に挑みかかる。
私は進歩してきた。初めて鍛錬というものに精を出し、自分の伸びしろに、そして一ノ瀬ヒナを打ち倒す未来に心が躍った。だというのに。
「……悪いわね。最強は私って、決めたことだから」
こんなこと、負け惜しみのようで自分でも反吐が出るが、接戦だった。以前の一ノ瀬ヒナであれば、勝てる見込みだった。だが現実は、一ノ瀬ヒナの成長速度は私の躍進の先を行き、ギリギリの勝負で打ち負けた。
『……っ! やるじゃない……! 私と戦うために磨いてきたの、伝わってくるわ! その姿勢は好きだから、認めてあげる!』
悔しい。敗北そのものも、あろうことか敵に実らなかった努力を褒められたことも。
……嬉しいはずがないというのに、なぜ一ノ瀬ヒナのこの言葉が、頭から離れないのだろうか。
「懲りないわねぇ、あんたも」
「チッ……」
それでも、私は諦めなかった。一ノ瀬ヒナに挑み続けた。けれど、私がどれだけ積み上げても、一ノ瀬ヒナはその先を行く。差は突き放されるばかりで、もはや軽くあしらわれるだけになってしまった。
「あんたと戦うと寒いし、こう何度も来られると……ねぇ?」
「そう思うのなら、殺せばいいでしょう? 腰抜けのあなたにはできないのでしょうけど」
得意の氷漬けを逆利用され、四肢を拘束されながらも、視線だけは屈さずに一ノ瀬ヒナを睨み続ける。情報によれば、この女はこれだけの力を持ちながら不殺などということに拘っているらしい。そんなところも、あの女王のようで気に食わない。
「あんたこそ、私にそうさせたいなら私から選択肢を奪うくらいには追い詰めてみることね」
「……くっ……」
私は、自分と命のやり取りに持ち込めるレベルにない。そう言外に告げる一ノ瀬ヒナに、思わず下唇を噛む。
「でも、そうね……このまま帰すっていうのも……」
何やらブツブツと呟いている一ノ瀬ヒナを前に、私は屈辱で視線を外し、地面を睨む。それが、いけなかった。
「……えい」
「ひゃあっ!?」
衝撃。物理的なものではない。予期せぬ場所に、予期せぬ感覚が、予期せぬタイミングで訪れたことによる反射。今までの生で聞いたことのないような悲鳴が自分の口から漏れたことを理解するのに、数秒。何が起きたのか理解するまで、さらに数秒。
「意外と身体はあったかいのね……」
「な、なっ……あ、あなた、何を……!?」
なんと一ノ瀬ヒナは、私の服の隙間に不躾に手を突っ込んできて、直接脇腹を握るように触ってきていたのだった。
「なにって、さすがに手がかじかんできたから……あとお仕置き?」
「や、やめなさい……! やめなきゃ、殺……んぁっ!?」
「へぇ、かわいい顔もできるのね。ここが弱いの? ふふ~ん、くすぐり攻撃よ!」
「は、はぁ!? 弱くなんて……ひぃ!? ……や、やめ……お願い、だからぁ……!」
そうして、その日私は一ノ瀬ヒナに玩具として弄ばれた。
この屈辱は、絶対に忘れない。必ずや、一ノ瀬ヒナに同じ目に遭わせると、この時誓ったのだ。
「……なに、また来たの? イミスティル」
「当然でしょう。私は受けた屈辱を忘れないわ」
「相変わらず、心意気は良いわね。さて、と。……? なによ、その手は」
「私は、受けた屈辱は同じ屈辱で返す主義なの。……くすぐらせなさい」
「え、やだけど……」
☆
イミスティル。アナザーワールドの幹部で、中々骨のある奴。何度叩き潰しても諦めなかったこいつのことは、正直私も嫌いじゃなかった。……最後の方は、段々様子のおかしい奴になってた気がするけど。
「そいつには奴隷として、私と寝食を共にして毎日添い寝をさせるわ」
やっぱり様子のおかしい奴なのかもしれない。奴隷と聞いて身構えたけど、私の知る奴隷とは全然違っていた。
「イミスティル、あんた……」
「……それよ、一ノ瀬ヒナ」
意図が読めなさすぎて問いただそうとすると、イミスティルはいきなり私を睨んで指をさしてくる。
「なぜそこの女王サマは愛称で呼んで、私はそのままなのかしら」
「……イミスティル。それは私とヒナの絆の証であって……」
「黙りなさい」
……なんか、イミスティルもセレスに遠慮がない。セレス、女王様なのよね……?
まぁでも、たしかにイミスティルだって知らない仲じゃない。長いし、省略しても良いかもしれない。
「んー、じゃあイミーとか?」
「許すわ。奴隷の分際で私の名を口にできること、せいぜい感謝するのね」
「いや、奴隷にはなんないけど」
そっちは承諾してないし。というか、身柄を要求しておいて私の処遇について意見がまとまっていないのはどういうことなんだろうか。
と、そこでイミーの両肩が背後からがっしりと掴まれる。セレスと冬歌だ。
「……イミスティル。少し話をしようじゃないか」
「イミスティル様? ヒナちゃんを奴隷にだなんて、どういう了見ですか?」
「女王サマこそ、とうとう頭がおかしくなってしまったの? 王妃に人間を、だなんて認められると思っていて? それに冬歌。裏切り者がよく大きな顔をできたものね」
バチバチバチと、何やら不穏な会話が眼前で繰り広げられる。私の奴隷扱いに反対してくれるのはありがたいけど、なんだか喧嘩の方向性がよく分からない。なんなんだ。
「……大変っすね、ヒナさんは」
「あ、サンゾラスじゃない」
背後から控えめに話しかけてきたのは、確かアナザーワールドのマッドサイエンティストというか、こっち側に送り込む生体兵器の管理を担当していた女、サンゾラスだった。
陰気な眼差し、猫背に白衣といつも通りの格好だ。彼女とも、それなりには因縁がある。
「ねぇ、サンゾラス。なんであんな喧嘩になってるか、分かる?」
「さて、自分にはどうにも……ただ、ヒナさんが最強すぎるせい……かもしれないっす」
「たしかに私は最強だけど……」
最強だと周りが喧嘩になるの……? 逆に争いが減ると思ってたんだけど……あ、とりあえず私が最強だと素直に認めるサンゾラスが良い奴なのは確かだ。
「ところで、そんな最強なヒナさんに自分から一つお願いがあるんすけど」
「なに? まさか、あんたも変な冗談言わないわよね?」
「えぇ、えぇ。自分は冗談苦手なんで、本気のことしか言いません」
そう言って、サンゾラスは私の手を掴み、そっと自身の下腹部にあてがった。
「ただちょっと……自分にヒナさんの子種を恵んでほしいなぁ、と」
「こだね……?」
なにそれ?