ファンタジー世界の廃坑。
そこでゴブリンの群れに追い詰められたパーティー。
女剣士、女エルフ、女僧侶。
舌舐めずりをするゴブリンたちを前に、彼女たちは死よりも恐ろしい末路を想像する。
だが、そこへ何者かが現れた。堂々と立ちはだかった鎧の男は雄々しく宣言する。


『覚悟完了!!!!!』

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当方に迎撃の用意あり!!


その言葉、宣戦布告と判断する!!

暗闇の洞窟に一本の松明の明かりがぼんやりと灯っている。

 

そのパーティーは、今まさに死に瀕していた。

 

(ああ……どうして)

 

前衛兼盾役の剣士、回復兼攻撃の白魔道士、索敵兼牽制の弓使い。3人とも女性。見目麗しく、若々しく、そして───絶望していた。

 

(どうしてこんなことに)

 

もともと炭坑だったそこは立坑で、降りていくごとに狭くなり、空気は湿気を伴い、ヒンヤリと冷たくなっていた。かなり涼しく、外の密林と比べるとむしろ寒いくらいだった。何年も前に石炭掘りたちが放置していった台車やシャベルやツルハシの木材は高い湿度のせいですでに腐っていて、踏みつけるとなんとも言えない不快な感触が脚を這い上ってきた。だが、常に鼻孔を貫く腐臭の原因はそれだけではない。

 

「カレルレン……まずいです」

「わかってる……わかってる」

 

優秀な白魔道士、サンサールが押し殺した声を震わせてリーダーの背中を見つめた。ふうふうと浅い呼吸が華奢な肩を上下させている。人の手が入らなくなった炭坑はいつ頭の上から崩れ落ちてくるかも分からない。生き埋めになるかもしれない……。その懸念が常にパーティーでもっとも若い───まだ17歳───サンサールの生存本能を押し潰さんとしていた。

水を向けられた女剣士───カレルレンは、何度目かもわからない空虚な言葉を繰り返して応答するしかなかった。いつも自信に満ち溢れていた彼女らしからぬ、鬱々と沈んだ声だった。

目の前には二つの方向に枝分かれしたトンネルが開けていた。どちらかが外界に通じているはずだった。問題は、どちらが通じているかわからないことだった。いや、もしかしたらどちらとも通じていないかもしれない。

奇跡をたぐり寄せようと松明をそっとトンネルの入り口に掲げる。

 

「……」

 

どちらに向けても火は揺れめいてはくれなかった。空気の流れを教えてはくれなかった。松明からの据えた臭いだけが鼻孔をツンと刺激する。疲労で落ちくぼんだ目が我知らず足元を見下ろす。

 

(ジリ貧だ)

 

背筋を這い登る緊迫感の痛みから逃れようと無意識に腰の水筒に手を伸ばし、思い留まる。水筒が空になって久しいことを忘れていた。水分不足の筋肉が突っ張って不平の痛みを発している。自己嫌悪がくたびれ果てた脳を幾重にも突き刺す。

 

「カレルレン、私のを飲んで」

「ラシャヴェラク、それは」

「私は大丈夫。盾役(タンク)の貴方には少しでも体力が必要よ」

 

この暗闇のなかでもカレルレンの小さな動作を察したらしく、半ば押し付けるようにして弓使いのラシャヴェラクが自らの牛革の水筒を差し出した。チャポンという水音に自然と意識が引き寄せられ、ゴクリと喉が期待に震える。気が引けたが、悠長に譲り合いをしている余裕はない。

 

「すまない」

 

意志の強さがハッキリと現れている怜悧な目元を申し訳なさそうに伏せて、カレルレンが一口だけ口に含んだ。人肌の生ぬるい水が無性に美味く、ありがたかった。緊張で限界まで張り詰め続けていた精神がほんの少しだけ緩み、カレルレンはほうと小さく息を吐いた。ため息の音が辺りの静寂に飲み込まれる。大雪に覆われた大森林を思わせる静寂───故郷の静寂。帰りたい、と心から願った。そのためなら冒険者など辞めてもいい───。

 

「カレルレン!」

 

ラシャヴェラクの切羽詰まった警告がカレルレンを一瞬にして現実に引き戻した。静寂を薄紙のように切り裂いて、坑内に多勢の足音と金属音が反響した。ペタペタという足音、見窄らしい武器の音、いやらしい笑い声。破滅の三重奏が迫っていた。

 

ゴブリン(・・・・)どもめ!女の匂いを追ってきたか!」

「ああ……女神様。どうか御慈悲を、御慈悲を」

 

ラシャヴェラクがさっと瞬きのような速さで弓に矢をつがえて背後の暗闇に狙いをつけた。炭塵と岩屑の靄の先から、グギャグギャと喉の潰れたカラスのような声が何重にも重なって坑道を近付いてくる。その数は50を軽く超えていそうだった。全身の筋肉が引き攣り、恐怖が肺を握り締める。カレルレンの脳裏に、暗黒神が全員の肩に手を置こうとしている様子がハッキリと描写された。

 

「サンサール、松明を持っていてくれ!それとバフを頼む!」

「ええ、でも、大したバフは……」

「わかってる。出来る限りでいい……」

 

消え掛けの松明を受け取ったサンサールの魔力は、すでに底をつきかけていた。魔力回復剤などとうの昔に使い切った。

パーティーが炭坑に突入した当初、準備は万全だった。心身のコンディションも装備も潤沢そのものだった。新進気鋭、されど経験と修練は十分に積んだ彼女たちにとって、『ゴブリンの巣穴を見つける』という任務は容易に思えた。もっと大きくて恐ろしいモンスターを倒したことがあった。パーティー発足からたった2年と6の重ね月で、銀狩級(シルバー)への昇級すら視野に入るほどだった。皆の羨望と嫉妬を一手に集める優秀なパーティーだった。

事実、巣穴は見つけた。そこまでは順調だった。……拐われ、無理やり孕まされ、精神的にすでに死んでいた若い女がカレルレンたちを見て発狂の悲鳴を叫ぶまでは。

そこから状況は斜面を転がり落ちるように悪化していった。狭小かつ暗い坑道内は、小柄で夜目が利くゴブリンにとって絶好の狩り場だった。しかも獲物は若い女たちだ。美貌を引っさげ、丈夫な子宮を持ち、幾度の出産にも耐えらることは確実な屈強な女冒険者……ゴブリンはより強い己の子を孕ませようと雲霞の如くそれぞれのテリトリーから飛び出してきた。想定より遥かに多勢だった。いくら斬り伏せようと、何匹矢で射殺そうと、ゴキブリのように湧いて出てくるモンスターの群れにたまらず撤退を選択したカレルレンたちは、気が付けば帰り道を見失い途法に暮れることになってしまった。

そして今、どこに繋がるともしれぬ坑道に追い立てられた彼女たちには終わりの時が近付いていた。生命の終わりではなく、人生と尊厳の終わりが。

女として、人間として、彼女たちはここで最期を迎えるのだ。獣欲をぶつける肉の袋と成り果て、ゴブリンの子を幾度と出産させられ、母乳を根こそぎ吸われ、女性器と内臓の劣化により子を産めなくなれば殺されて、喰われ、骨までしゃぶられて打ち捨てられる。

 

「サンサール」

「はい」

「ラシャヴェラク」

「うん」

 

いや、そうはならない。自分たちはヒトとして死ぬのだ。負けることが恥ではない。戦わぬことが恥なのだ。冒険者として、戦士として、誇り高く死ぬのだ。

各々が壮絶な覚悟を心に決めて、アイスピックのような小さな短剣を懐に握りしめた。いざとなればこれで己の喉を突くのだ。だが、今ではない。

 

「サンサール、いざとなれば火球を使ってくれ。死体を奴らの慰み者にされるのは御免極まる」

「わかってるわ。私たちの死を汚させはしても、私たちの“魂”は穢させない」

 

カレルレン、ラシャヴェラク、サンサールの決死の視線が交わる。

 

(一匹でも多く道連れにしてやる!)

 

抵抗するのだ。最期の、さらに最後の瞬間まで。『覚悟』とは、苦痛を回避しようとする生物の本能さえ凌駕する『魂』のことなのだから。

ぼんやりとした松明が照らす明かりの半径にゴブリンの群れがついに足を踏み入れた。卑猥な表情で舌舐めずりをするモンスターを睨みつけ、カレルレンは使い物にならなくなった片手盾(バックラー)をかなぐり捨てる。刃毀れした愛剣を正眼に構えたカレルレンは全身の骨を震わせ、威嚇する獅子の如き雄叫びを坑道内に横溢させて、

 

 

『落ち着け』

 

 

背後からポンと投げかけられた野太い声に、思わずキャアと甲高い悲鳴が漏れた。

弓使いであると同時に生粋の深森狩人族(エルフィー)でもあるラシャヴェラクは驚愕に目を剥いて硬直した。祖先から受け継いだ彼女の長耳は伊達ではなく、人間族とは一線を画する索敵能力を誇っていた。また、サンサールも常時近接索敵魔法(エリアレーダ)を展開し、死角を補っているはずだった。

各々の武器の切っ先がグルリと180度回頭し、背後の声に向けられる。そして目と鼻の先というその意外なまでの近距離に唖然とし、さらにその姿に驚きが重なった。

 

漆黒の全身鎧。

偉丈夫だ。カレルレンは手足も優美として長いがそれに見合うだけの身長を有している。市井の男に肩を並べるほどの背丈がある。その彼女ですら首が痛くなるほど見上げる、大男だった。

見慣れぬ意匠の鎧は一切の装飾がない。輝きを反射しない漆黒の外見は攻撃を受け流すように丸みを帯びて、機能最優先の思想がありありと見て取れる。兜には視界を確保するために当然そこにあるはずの目庇がなく、昆虫のような巨大な一対の複眼が埋め込まれていた。その朱玉(ルビー)のように鮮烈な複眼はかなり目立つが、なにより目を引かれるのは、

 

(どうして鎧の上から首巻き(マフラー)を……?)

 

場違いなまでに純白のマフラーが背にたなびいている。黒、赤、白の奇妙なトリコロールカラーが際立つ、不可思議な大鎧の男だ。腰にも背部にも武器は携えていない。背嚢(リュック)もない。彼の後ろに目をやるが、他に仲間がいる気配もない。単身で、武器も装備もなしに、ここまで?どうやって?なぜ?なにをしに?

突然の鎧男の出現に対し、警戒心が最大限に高められていたカレルレンたちの思考は飽和し、驚天動地として動けなかった。

 

『よく今まで堪えた。あとは任せろ』

「え?あ、は、はい……」

 

勢いに推されるようにしてカレルレンは素直に道を譲った。坑道の脇に背を押し付けるようにして身を引いた瞬間、ほんのわずかに指先が鎧に触れる。

 

(冷たい、けど、温かい……?)

 

不可思議な感覚だった。鋼の城門のような重金属の感触と、子を慈しむ両親の腕のなかのような温もりが同居していた。まるで鎧の形をした生命体だという直感がカレルレンの脳裏に閃いた。ラシャヴェラクがサンサールの手を取ってカレルレンの傍まで後退する。それを見届けて、鎧男がグッと腰を落として徒手空拳の構えを取った。戦う腹積もりだ。そして───勝つ(・・)つもりだ。

 

覚悟(・・)完了(・・)

 

決然とした宣言と堂に入った構えに、カレルレンの腹底にストンと納得が落ちて収まった。戦闘を生業とするカレルレンだからこそ肌で理解できた。この鎧男は、武の極致(・・)にいるのだと。この者こそ、全ての武芸者が望む到達点なのだと。 剣も盾も彼には必要ない。肉体こそが究極の防具、精神こそが至高の武具。理不尽に忍耐することを良しとしない。理不尽に勝利することを己の血の宿命と定めた益荒男の姿なのだ。

 

「───??───?」

 

ゴブリンたちもまた混乱していた。言葉は解らなくとも、否、解らないからこそ、理解して、混乱した。自分たちの巣という圧倒的なホームグラウンドで、多勢に無勢という圧倒的な戦力差で、満足に戦えるのは唐突に横入りしてきたこの男だけという圧倒的な不利で、だというのにどうして鎧の男はこうも───自信満々(・・・・)なのか。

 

───この人間は、危険(・・)だ。

 

地下深い坑道には風もないのに、純白のマフラーが勝利の旗のようにはためいている。獣の本能が、鎧の男の肩から、背中から、ゆらゆらと蜃気楼のように揺れ立つ闘志をたしかに知覚した。天地がひっくり返ろうと必ず勝利を掴み取るという金剛(ダイヤ)のような頑強無比の意志が煉瓦のような拳に握り締められていた。

 

『当方に迎撃の用意あり!!』

 

怒涛として放たれた咆哮を聴いたのは前列のゴブリンたちだった。そして、それが彼らの生命の最期に五感を機能させた音となった。

無敵の格闘術、(ゼロ)式防衛術が火を吹いた。死神の鎌のような強烈なハイキックが唸りを上げ、次の瞬間にはゴブリン20体の骨肉を構成していた組織が粉微塵となって坑道の壁を青緑色に染め上げた。先ほどまで肩を触れ合わせていた同じ氏族が突然炸裂して血の霧となったことに、ゴブリンの群れに雷のような驚愕が走った。集団としての自失の1秒後、勘の良いゴブリンリーダーが即座に合図を送る。それに弾かれるようにして、坑道を塞ぐほど巨体のホブ・ゴブリンが丸太から荒削りした棍棒を振り乱して襲い掛かった。このボブ・ゴブリンこそ、ゴブリンリーダーの弟であり、このモンスター集団における切り札だった。

銅鑼を叩く如き勢いで振り下ろされた一撃が鎧の男の胸部を真正面から打ち付ける。その威力はなんと2000ジュール───ライフル弾クラス───を軽く超えていた。

だが。

 

「───!!!???」

 

返って来たのは己の骨身を砕く激痛だった。胸くそ悪い音と同時に、骨折した骨が肘から突き出て間欠泉のような勢いで血しぶきが飛び散る。傷ついた雄牛のような悲鳴が坑道に響く。それだけの犠牲を払っても、展性チタン合金の複合装甲は傷一つ受け入れることは無かった。瞬間的な衝撃に対して無類の耐久力を誇るこの生体強化外骨格は13万ジュール───戦車砲クラス───ですら耐えうるのだ。

もちろん、優れているのは甲冑だけではない。本当に恐ろしいのは着装者の実力だ。

踏み込んだ脚部が土くれを蹴立て大地にめり込んだかと思いきや、鎧の男はまるで水面を滑るようにしてゴブリンの群れに颯爽と突入した。竜巻(ハリケーン)のように猛回転する腰の勢いをさらに増幅させた正拳突きがボブ・ゴブリンの胴体に突き刺さる。いかな達人の技をもってしても一刀両断の叶わぬ分厚い筋肉と脂肪の積層体は、しかし、大気を捻り切る右ストレートによって胴に大穴を穿たれて爆散した。バッファローよりも遥かに太く硬い骨が乾いた小枝のように無残に砕かれ、青紫色の臓腑があたり一面にまき散らされる。

強化外骨格を着装するから強くなるのではない。強い者だからこそ強化外骨格を着装出来るのだ。強化外骨格は意志を持つ鎧であり、相応しい戦士のみが着装を許される。そうでない者は鎧の生贄(にえ)とされる。

ビシャッと粘着質な水音を立てて自らの全身に降りかかった血のりに、ゴブリンリーダーの脳は驚愕と恐怖で飽和した。自慢の切り札が瞬殺されたことを受け入れられなかったからだった。野性的な本能に遅れることコンマ1秒、ようやく知性が眼前の危機的状況を許諾しようとしたが、それは叶わなかった。統率と士気を失って蜘蛛の子を散らすように逃げ出した同族たちと同時に、ゴブリンリーダーの頭蓋も叩き潰されたのだから。

 

………

……

 

 

『助かった。感謝する』

「は?」

 

もう見ることは叶わないと思っていた暖かい太陽のシャワーのなか、鎧の男がカレルレンに唐突に告げた。その言葉の真意が理解できず、九死に一生を得たことで半ば呆然としていたカレルレンは思わず非礼な反応をしてしまった。どう客観的に捉えても助けられたのはカレルレンたちだというのに逆に感謝されたのだから、その反応は当然と言えば当然だった。

「あ、いや、すまない」

『なぜ謝る?』

 

ルビーの複眼を見つめても何の感情も見通せないが、怒りを覚えた様子は無さそうだった。むしろ、”怒り”という感情の認識が常人とはかけ離れているような、どこか浮世離れした感覚さえ垣間見えた。怒りは胸に沈めるものではなく両足に込めて己を支える礎とすべき、と心に決めているような頑なな素振りさえあった。

 

『まさか婦女子が捕らえられているとは想定していなかった。君たちがいてくれたおかげで救出できた。あらためて礼を言う。ありがとう』

「ああ……そういうことか」

 

カレルレンとラシャヴェラクの背中にはゴブリンに攫われていた女性が背負われていた。無論、鎧の男の背中にも。サンサールが癒しの魔法を何度か授けたおかげで、少しずつだが回復傾向を見せている。硬派な立ち振る舞いからして女の扱いには慣れていないようだし、そういった意味でも同性のカレルレンたちがいたことは彼にとっては僥倖だったのだろう。

あれから、参集していたゴブリンの群れは瞬く間もなく殲滅された。まさに瞬殺だった。カレルレンたちを狙って我先にと巣穴から一箇所に集まっていたことが災いし、ゴブリンの群れは彼の膂力と体術によって一網打尽にされた。

無論、幾本にも枝分かれした坑道内に潜む小さな躯体のモンスターであるからして、狩り尽くせなかった生き残りはまだいるだろう。

 

『心配無用』

 

生存者の女たちを無事に救出した───残していった死体には合掌して祈りを捧げた───鎧の男は、そう言うと坑道の入り口におもむろに立つ。そしてすっと伸ばした指先から乳白色のガスを噴出させた。ガスは目的意識を付与されたかのように空中に真っ直ぐな尾を引いて廃坑の奥へと伸びていく。

 

『致死性の毒ガスだ。都市のすべての住人の息の根を瞬時に止めるほどの殺傷能力がある』

「ひえっ」

『念のために入り口も潰しておく』

 

物騒な発言に息を呑むラシャヴェラクの目の前で、今度は違う指先から竜の息吹のような大火炎(ナパーム)が放たれた。魔法の火弾(ファイヤ)とは次元が違う爆炎の渦が坑道を蹂躙し、木製の支保───掘削後の坑道を支える構造物───があっという間に炭化して焼け落ちて、廃坑の入り口は長さ数十メートルに至るまでが轟音を立てて圧潰した。凶悪な武装を見せつけられて、カレルレン一向は瞠目して立ち尽くすしかない。

 

「……あの、最初からその炎の……魔法?で焼き尽くせばよかったのでは……」

 

サンサールがおずおずと問う

 

『それでは坑道の崩落を招く。また、酸素を根こそぎ焼いてしまう。強化外骨格を装着している私は問題ないが、無辜の人間が酸欠死することになる。君たちを巻き込むわけにはいかない。それに、』

「それに?」

『手を触れずに相手を堕とすなど我がとるべき道にあらず』

 

サンサールはそれ以上なにも言えなかった。思考が追いつかなかったからだし、追いつくことを諦めたからだった。

 

 

結局、鎧の男とはそれ以降出会うことは無かった。是が非でも礼をしたいと食い下がるカレルレンたちの申し出をきっぱりと固辞した彼は、避けられない使命があることを背中で示すと己に休む暇を与えることなく彼女たちの前から去っていった。

 

「……ハガクレ・カクゴ……」

 

その名を決して忘れまいと、カレルレンは口中に硬く呟いた。一人で国家一つを壊滅させられるだけの殺傷兵器を満身に装備しながら、正々堂々と殴り合うことを己に課す克己の男。恋心を超えた崇敬の念の発現を胸中に感じ、彼女は純白のマフラーが地平線に隠れるまでひたすら身動ぎせず見送った。ふと気が付けば、彼女の肉体はなにか大いなる意志に導かれるようにして身に覚えのない所作をピシリと決めていた。それは『敬礼』だった。

 

葉隠覚悟。異世界から現れた無双の戦士。

彼はどこへ向かい、誰を探して、何を為すのか。

それは誰にも分からない。




カレルレン、ラシャヴェラク、サンサールの名前の由来はSF小説『地球幼年期の終り』(1953年発刊 アーサー・C・クラーク著)からです。ファンタジー小説を書くときはSF大作小説から、SF小説を書くときはファンタジー大作小説から登場人物の名前を借りてくるようにしています。誰かが気付いてくれたら嬉しいな。

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