斉木楠雄の災難 〜魔法少女が生まれる前から、僕の日常は終わっていた〜 作:saiki!!
第2話をお読みいただきありがとうございます。
前回のプロローグでは、楠雄が海鳴市に現れ、高町家と出会うまでを描きました。
今回は、楠雄がいかにして「翠屋」のコーヒーゼリーの虜になり、そして「高町家」や「月村家」の面々に外堀を埋められていくか……という、彼にとっての本格的な『災難』の始まりを描きます。
・作者より: > 読者の皆様からいただいた「地の文」や「台詞」へのアドバイス、非常に参考になります!今回は斉木楠雄らしいシュールなテンポを意識して構成しました。
魔法が始まる前の、まだ少しだけ平和な海鳴市の日常。
栗入りゼリーを賭けた楠雄の戦い(?)をどうぞお楽しみください。
やれやれ、それでは本編をどうぞ。
(……やれやれ。物語を始める前に、少しばかり僕の説明をしておく必要があるな)
僕の名前は斉木楠雄。超能力者だ。
テレパシー、サイコキネシス、透視、瞬間移動、千里眼……まあ、およそ人類が夢見る力は大抵持っている。
「……おーい、斉木! またそんなところで石像のように固まって、深い瞑想にふけっているのか!」
背後から飛んでくる、鼓膜を震わせるほど熱い声。
声の主は高町恭也。この街に来て以来、僕を「隠れた剣の達人」だと勘違いして付きまとってくる、この物語における「燃堂力」枠……いや、燃堂よりはるかに質が悪い。
(……改めて説明するが、僕はこの奇抜なピンク色の髪も、頭のアンテナのような制御装置も、緑色のメガネも、すべて『マインドコントロール』という超能力で『普通』だと思わせている。だが、そんな僕の理屈が通じない相手が、この海鳴市には多すぎるんだ)
【喫茶「翠屋」:午後3時】
僕は今、放課後の翠屋で、目の前の漆黒の宝石——コーヒーゼリーと対峙している。
だが、その平穏を邪魔する雑音が三方向から押し寄せていた。
士郎(霊):『ねえ斉木くん、今日のゼリーはどうだい? 桃子が、リキュールの配分を少し変えたんだ。……あ、なのは! ほら、斉木くんの横に座りなさい』
(……幽霊、黙れ。あと勝手に席を指定するな)
なのは:「おにいちゃん、今日もゼリー食べてるね! あのね、なのは今日、学校で『すごいきれいなおはな』見つけたんだよ!」
幼い高町なのはが、僕の膝をトントンと叩きながら報告してくる。……この無垢すぎる瞳に見つめられるのは、透視能力を持つ僕でも少しばかり調子が狂う。
恭也:「斉木! さっき廊下で会った時、俺の気配を完全に無視して通り過ぎただろう! 気配を消した俺に気づかないフリをする……あれこそが、相手の戦意を削ぐ『虚』の極意か!」
(……ただ、**『君に絡まれるのが面倒だから気づかないフリをして素通りした』**だけだ。深読みしすぎて僕を達人に仕立て上げるのはやめてくれ)
そんな騒がしいテーブルから少し離れた窓際の席。
月村しのぶが、優雅に紅茶を啜りながら、じっとこちらを観察していた。
しのぶ:(……不思議ね。斉木くんの周りだけ、空気の密度が違う気がする。恭也がどんなに騒いでも、なのはがどんなに甘えても、彼は一切の動揺を見せない。……まるで、この世界の喧騒とは無縁の場所にいるみたいに)
(……やれやれ。月村しのぶ。君のその鋭すぎる洞察力は、僕にとっては不発弾を抱えて歩いているようなものだ。……というか、今の思考、テレパシーで丸聞こえなんだよ。勘弁してくれ)
高町母(桃子):「はい、斉木くん。おかわり持ってきたわよ。なのはを相手してくれてありがとうね」
高町母が、慈愛に満ちた笑顔で二個目のゼリーを置いていく。
これだ。これがあるから、僕は逃げ出せない。
(……結論を言おう。幽霊に懐かれ、剣術バカに付きまとわれ、鋭すぎる令嬢に観察され、幼い子供の遊び相手をさせられる。これほどの災難が、コーヒーゼリー一個で相殺されると思っているのかい?)
僕は、プルプルと震える二個目のゼリーにスプーンを突き立て、口に運んだ。
(………………。……まあ、今日くらいは、このまま座っていてもいいかもしれないな。……あくまでゼリーを完食するまでの話だが)
(……やれやれ。ゼリーの二個目も完食した。これ以上ここに居ては、恭也の修行に付き合わされるか、なのはに絵本を読まされる未来しか見えない。僕は帰らせてもらうぞ)
僕は立ち上がり、カウンターの高町母に向かって会釈した。
高町母:「あら、斉木くん、もう帰っちゃうの? 明日は限定の『栗入りゼリー』を作る予定なんだけど……」
(……栗入りだと? …………。……いけない、今一瞬、脳内の『帰宅ルート』が『翠屋への再訪ルート』に書き換わった。自制しろ、僕の胃袋よ)
士郎(霊):『いいじゃないか斉木くん! 明日も待ってるよ。……あ、そうだ。ちょうどいいところになのはが。ほら、斉木くんの横に来なさい』
なのは:「おにいちゃん、なのはとおはなししよ?」
(……幽霊、君の指示に合わせてなのはが動いているように見えるのは、偶然か、それとも親子の血か。どちらにせよ僕にとっては災難以外の何物でもない)
結局、高町母に「なのはを公園まで連れて行ってあげて」と(士郎の独り言に背中を押されたようなタイミングで)頼まれ、僕は夕暮れの公園にいた。
しのぶ:「……斉木くん、本当にお人好しなのね」
隣のベンチには、なぜか当然のように月村しのぶが座っている。彼女は相変わらず、僕を計るような冷ややかな視線を崩さない。
しのぶ:「高町家の人たちは、少し無防備すぎるわ。……今の世の中、何が起きるか分からないというのに」
(……月村しのぶ。君がそう言うと、ただの心配性には聞こえないな。君の家系が裏で何を抱えているかは知らないが……その警戒心の強さは、普通の女子高生のそれではないぞ)
しのぶ:(……最近、この公園の周りに嫌な視線を感じる。このままでは、あの連中が動く。……もしもの時は、私がなのはちゃんを守らなきゃ。……隣のこの、ゼリーにしか興味のなさそうな少年には期待できそうにないけれど)
(……やれやれ。期待されていないのは好都合だが、君が『守る』ために動けば、事態はさらに目立つ方向へ転がる。それは僕の望むところではない)
その時、公園の入り口に、ガラの悪い男たちが数人現れた。
黒いスーツにサングラス。彼らは、周囲に一般人がいないことを確認すると、懐からスタンガンを取り出した。
男A:「……いたぞ。月村のところの嬢ちゃんだ。……それと、高町のガキも一緒か。まとめて連れて行けば、いい交渉材料になるだろう」
男たちが距離を詰めてくる。その手には、バチバチと不吉な音を立てるスタンガン。あれを幼いなのはに押し当てれば、泣くどころか怪我をする危険すらある。
しのぶ:「……っ! なのはちゃん、こっちへ!」
月村さんの横顔は、高校生とは思えないほど覚悟が決まっていた。彼女は、僕がただの「巻き込まれた一般人」だと思っている。
(……やれやれ。君一人でこの人数を相手にするつもりか? それに君達が傷つけば、高町母が心配して、明日のゼリーどころではなくなるんだ)
僕は男たちに向かって、一歩前へ出た。
男B:「あ? なんだこのピンク頭。テメェから先に痺れたいのか?」
(……僕からすれば、君たちの脳の構造の方がよほど痺れているように見えるがね。……さて、どうやって片付けようか。派手に吹き飛ばせば目立つし、死なせても後味が悪い。……ああ、ちょうどいいのが落ちているな)
僕は、ポケットの中で指を動かした。
次の瞬間、男たちの足元で、何もない空間から突如としてバナナの皮が滑り込んできた。
男Aが踏みしめ、盛大に宙を舞う。
それに巻き込まれるように、男Bが空き缶に足を取られ、その衝撃で持っていたスタンガンが男Cの顔面に直撃。
そして男Dは、突然現れた猫に驚き、仲間の背中に激突して全員がドミノ倒しになった。
「いってぇ!」「なんだこれ!?」「俺のスタンガンがー!」
全ての出来事が、月村しのぶが「どうする!?」と息を呑む、その一瞬の間に起きた。
しのぶ:「…………え?」
男たちは、まるで自分たちで勝手に転んで、勝手にスタンガンをぶつけ合ったかのように、公園の砂場で悶絶している。
なのはは、何が起きたのか分からず、ただ目を丸くして男たちを見つめていた。
(……やれやれ。これでよし。誰にも気づかれずに事態を解決する。それが僕のモットーだ。
これで明日の栗入りゼリーも、安心して食べられるというものだ。
……あとは、この男たちの記憶を消しておくか)
僕は、呆然と立ち尽くす月村しのぶを一瞥し、そして意識を失った男たちに、気づかれないようにバナナのようなもを振った。
彼らは目を覚ませば、ただ『なぜか全員で盛大に転んでしまい、恥ずかしくて逃げ帰った』という記憶しか残らないはずだろう。
(……さて、仕事は終わった。あとはこの場を月村さんに任せて、僕は一刻も早く帰宅してテレビでも見るに限る)
しのぶ:「……斉木くん。あなた、今、何をしたの?」
(……何も。ただ、あまりのドジな集団に呆れて見ていただけだ。それより早く帰らないとだぞ。)
なのは:「おにいちゃん、バナナさん、ポイしちゃダメだよ?」
(……分かっている。このバナナの皮は僕が責任を持って異次元に廃棄……いや、ゴミ箱に捨てておくから。……さあ、なのは。高町母が待っている。帰るぞ)
僕は無表情を崩さず、なのはの手を引いて歩き出す。
背後で、しのぶが「……信じられない。あんなこと、偶然で起きるはずが……」と呟く声が聞こえたが、僕は全力で無視することにした。
(……疑うのは勝手だが、証拠は一切残していない。
何せ、彼らの記憶はすでに『バナナ』によって上書きされているのだから。)
夕暮れの公園に、男たちの情けない呻き声だけが虚しく響いている。
僕の平穏な日常が、バナナの皮一枚で首の皮がつながった……そんな放課後の記録。
(……やれやれ。明日の栗入りゼリーは、大盛りにしてもらわないと割に合わないな)
第2話、最後までお読みいただきありがとうございました!
今回は『斉木楠雄のΨ難』らしい、シュールな解決法(バナナ)を描いてみました。
超能力者にかかれば、スタンガン持ちの男たちも、ただの「よく転ぶドジっ子集団」に早変わりです。
執筆にあたり、斉木と高町家の距離感や、時代背景の整合性など、自分なりにブラッシュアップしてみました。
特に高町恭也の「勘違いの加速」や、月村しのぶの「鋭すぎる観察眼」は、書いていてとても楽しかったです(笑)。
楠雄が守ったのは、海鳴市の平和……というよりは、「明日の栗入りゼリー」。
そんな彼のブレない動機を、これからも大事に描いていきたいと思います。
次回、第3話。
高町家と月村家、それぞれの家族が抱える「魔法以前の問題」に、楠雄が(ゼリーのついでに)どう介入していくのか……。
どうぞ、お楽しみに!