初恋に囚われている   作:ユープケッチャ

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やがては消える足跡の連なり

「自殺しちゃったんだってさ」

「え?」

 

 明るい気色を含んだ声色と言葉の内容との乖離に最初戸惑った。この子は何を言っているんだろうって。

 一瞬理解ができなかった。

 

「自殺!うちみたいな女子校って、年上の先輩に憧れてとかそういうので同性と付き合ってみて、結局苦しくて病んじゃう子が多いみたい。やっぱりさ、そういうお付き合いって同性だけしないこの学校の中だからこそ成り立ってる関係なわけじゃない?社会に出ちゃえば通用しないんだなあ」

「……。あぁ、うん。そうなの、かなぁ」

「千枝はこの話もう聞いてた?」

「一応、ね。あんまり詳しい話は聞かなかったけどね。やっぱりショックな話だから」

 

 嘘だった。

 本当はその先輩たちの名前も、境遇も、残されたもう一人の先輩がいまどうしているのかだって知っていた。

 

「でね、その先輩たちはね、親にカミングアウトした結果許してもらえなかったみたいなんだよね。あ、卒業した後の話だよ?で、結局。片方の人が、その、ね?」

「そう、なんだ」

 

 きゅっと胸を押さえた。

 

 女子校に広まったセンセーショナルな事件は、世間的には名門中の名門とも謳われる友澄女子学園ということもあって開けっ広げに語られることはなかったようだった。

 けれど、或る生徒にとっては胸を深く痛めることになったし、或る生徒にとっては同性愛というものに対する偏見を深める一因となっていた。

 肌感として、私にはそう見えた。

 

「千枝は最近、どうなの?」

「ん、なに?」

「……勉強、とか?」

 

 中学3年生の1月。

 中高一貫の学校だから内部進学だ。もちろん、進学テストは存在するけれど、ここ数年を聞く限りは不合格による他校進学が起きていない。

 

 友澄という()()()()()に馴染めなかった子が年に1人出るか出ないか。

 もちろん私は友澄女子高等部に進学するつもりで、勉強なんてしなくてもよい身分だった。

 

「とか、って何なの。勉強はね、ちゃんとやってるよ。受験はほら、内部だし実質パスしてるけど、結局大学受験が重要なわけでしょ?ちゃんとコツコツ積み重ねていかないとねっ!」

「あのゆるキャラの千枝さんが、こんなに現実的に動いてるなんてねえ。私も勉強しなきゃダメかぁ」

「ゆるキャラってなによ。あまり良い意味で言われてないことくらい、わかるんだからね」

「ちょっと()()()()()()だよ」

 

 そう言って笑われた。

 まだ心臓はドキドキしていた。

 

 

「さーやかちゃん。お待たせー」

 

 私は背後から沙弥香ちゃんに抱きついた。

 

「わっ。先輩?!……えっと、待ってませんよ。というか、わざとですよね」

「だってこういう、ドッキリ?っていうのやってみたかったんだもの。イヤだった?」

 

 じとーっと疑いの目を向けてくる沙弥香ちゃんに、努めて無垢そうな瞳で見つめ返し続けると、次第に沙弥香ちゃんも

 

「別に、イヤじゃないですけど。でも、そうですね。ドッキリを仕掛けようって無駄な時間使うよりは、もっと早く会えた方が普通に考えれば良いに決まってますよね」

 

 と、冷静な口調で捲し立てるけれど、受容してもらえているのは確かだった。

 

 沙弥香ちゃんの顔は少しだけ赤らんでいた。

 常に冷静そのものの沙弥香ちゃんが、時々こうして年相応の表情を見せてくれるのが嬉しかった。

 

 にこーっと沙弥香ちゃんを見ていると、どうせくだらないことでも考えているんだろうなという表情で沙弥香ちゃんがため息をついた。

 もう少しだけ、顔を赤くしていた沙弥香ちゃんを見ていたかったので残念だ。

 

「校舎から最短距離で旧校舎に来るのなら、確かに、渡り廊下の途中で右の木立を抜けて柵に沿って進んだ方が早いよね。でも、最近ね。秘密の通路を見つけちゃったの。こんな道があるんだーって思ってね」

 

 沙弥香ちゃんにも見せてあげたいなー。

 なんて言っていると、沙弥香ちゃんは、先輩、スカートの端に埃が付いてますよ。

 と、言い出して、

 

「道はわからないですけど、埃のある場所を通るんでしょう?私はいいですよ。行きません。汚いところを通るとくしゃみが止まらなくなるんです」

「くしゃみをしてる沙弥香ちゃんも見てみたいかも」

「あのですね、先輩」

「はーい!」

 

 そういうことじゃないぞ先輩と、再び呆れた顔をした沙弥香ちゃんだった。

 沙弥香ちゃんはかがみ込み、私のスカートの端をパシパシと叩いて埃を叩いてくれる。

 面倒見が良すぎるよ、沙弥香ちゃん。

 

「でも高校に入ったら校舎が変わるから、集合場所とかもどうしようね。そもそも前まで使ってた中庭も目立つもんね。なるべく人目につかないところがいいかなって思うの」

 

 沙弥香ちゃんに付き合ってくださいなんてことを告げたとき。

 

 つまりは秋のこと。

 

 こんなに現実的な考えで沙弥香ちゃんとの関係を守っていこうとしているだなんて考えなかった。

 好きだから、もっと特別な関係になりたくて、だから。

 

 けれど世間っていうのはもうちょっと厳しい場所だっていうこと、能天気な私は付き合ってから噛み締めていた。

 

「先輩が高校に入ったら、校舎が変わるじゃないですか」

「遠距離恋愛みたいだね。ロマンスな感じがするって思わない」

「先輩はそう思うんですね」

「沙弥香ちゃんはどう思うの?」

「私は、その……。近くなら近くの方がいいと思います」

 

 合理的に考えれば、ですよ?一応付き合ってるわけですし。会うなら近くの方がいい。当たり前ですよね。

 と、思い出したようにまたまた早口で付け加える沙弥香ちゃんなのだった。

 

「でもさ、会おうと思えばいつだって会える距離なんだし、きっとだいじょうぶだよ」

「んー、そうです、ね。同じ敷地内ですもんね」

「うんうん、そうだよ。……って、降ってきたね。って急に雨強すぎるよ!」

「天気予報だと今日はずっと晴れだったと思ったんですけど。傘持ってきてないです。帰るときどうしましょう」

「とりあえず旧校舎に入ろう?」

「危ないから入るなって言われてますけど……仕方ないですよね」

「夕立かもしれないし!」

「夕立は夏、ですよ」

「そうだった?」

「ええ」

 

 濡れた制服。被害は少ないから問題はない。

 数分もすれば雨もぽつぽつとした弱まり様で、遠く晴れ間が見える。

 

「ずっと雨がやまなければよかったのに」

 

 顔は動かさずに目だけで沙弥香ちゃんの横顔を見れば、滑らかなフェイスラインに頬に張り付いた亜麻色の髪の毛。滴る水。

 

「何か言った、沙弥香ちゃん?」

「いいえ。大したことは。少し寒いなと思っただけです」

 

 聞こえていた、本当は。小声だったけれど。

 雨の雑音に映えて、歌うような音節の連なりに。その横顔のあまりの美しさに。

 まるで位相のズレた世界の狭間を覗き見てしまった心地がして、息もできず、なんて返せばいいのかわからなかったのだ。

 

 けれどそれは、初めての私の「なかったことにするべきではなかったこと」をなかったことにしてしまった後悔の最初の1ページだった。




きみは終末。おもしろいので読みましょう
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