先の見えない世界で、二人。   作:いみご

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戸を叩く音がする。

時刻はおよそ2時頃、深夜帯である。

寝支度を進めていた私は、シーツの裾を掴んだ手をそのままに、じっと音のする方を見つめ、

固まっていた。

こんな時間、こんなところに尋ね人など、来るものだろうか。なぜここがわかったのだ、なんの用があるのか。

様々な疑問が視界に浮かんでは、戸の下からくる隙間風に煽られて、頭の横を掠めてゆく。なおも叩かれるそこからは、今にも割れぬばかりの大きな音がする。

振動の羅列は不規則ながらも強い意志を持って、こちらに助けを訴えかけているに思えた。

しかし、音に気付いてから、歩をそちらに向けるまでの数瞬、私は確かに、完全に硬直していた。

突然のことに驚いたのもある。が、この世界の常識に、照らし合わせるのならば。

あれが襲いに来たのかもしれない。私は、そう感じていた。

部屋の天井に一つだけ設置された照明は、真暗な玄関を照らし、戸に落ちた影が、打ち付けられる衝撃に合わせて揺れている。

近づくたびに、音はより鋭く耳に響き、頭の中が真っ白に吹っ飛び、緊張と恐怖が溜まって足が震える。

———突然、音が止む。戸の周りを漂うぴりりとした空気が肌に触れ、立ち上がる産毛の一本まで正確に捉えられるほどに、感覚が研ぎ澄まされる。

ノブに伸ばしていた左手は掴もうとしていたのがせき止められ、行き場を失って空を切る。

護身のためと握り込んだ拳銃に、汗が滲んでいる。

がちり。私は息を吸い、吐き、銃口を先に覗かせて、外の様子を伺った。

開ける視界には朧げながら人型の影、金属の反射と、赤黒いものが固着した衣服。

甲高い悲鳴と、鈍い殴打音が聞こえ、状況が理解できてくる。

女性が、襲われている?

私は即座に扉から身を乗り出し、拳銃の照準を合わせる。

狙うは女性に覆い被さるモノ。

おそらくは…アンドロイド。

衣服は着ておらず、右腕から首にかけて、露出した内部構造が音を立てて、軋んでいる。

おそらくは破損した、脆い箇所。

私はそこに狙いをつけて、努めて冷静に、引き金を引いた。

 

 

 

三発ほど撃ち込むと、アンドロイドは女性にしなだれて、崩れ落ちた。

女性は、下敷きになって倒れてしまっている。

恐怖で力が抜けていたためか、鉄の塊が倒れてくるのを避けきれなかったようだ。

未だ銃口を向けつつ、私は目下を見やる。

どうやら機能は停止したようだ、アンドロイドが動く様子はない。

 

「大丈夫か、襲われたのか?」

 

女性に話しかけるが、反応はない。失神したのか。

側に駆け寄り、銃をしまいつつ、アンドロイドのパーツをどかす。撃たれた拍子に体の部位が外れたらしく、体を持ち上げると腕やら足やらがポロポロと抜け落ちる。

頭が落ちて転がり、こちらに眼球パーツが向いた時は思わず動き出すんじゃないかと勘繰ったが、落下の衝撃でたまたま視線が向いただけだろう。

どかし終わった私は、今度は、女性の方に目を向ける。

肩までの黒髪が顔にかかって風貌はよくわからないが、

華奢な体躯に少しの膨らみ、背丈は大人のそれよりは少女に近い印象を受ける。が、その肌は暖色系の照明で照らされてなお病的な白さで、とても血の通った人間に見えない。胸を見るとわずかながらに上下しているので、死んでいるわけではないのだろうが、怪我はしているだろうし、少なからず手当は必要だろう。

ともかく、肌着の他に何も着ていないので、これ以上あまり観察をするのはよろしくない。それに、長居をする理由もないし、ここにいては危険だ。

私は彼女を抱き上げる。外見に似合わず重い。落としてしまってはいけないと思って胸元までその体を寄せると、お腹に乗せていた腕が垂れ下がって、彼女の腹部が目に入る。血に濡れている。その染みの中央は服が破れ、細い管のようなものが覗く。なかなかにグロテスクだが、内臓の類なのだろうか。

それに気づいた私はぞくりとして、視線を自宅にそらし、喉に競り上がる嫌なものを飲み込んだ。

 

 

 

この世界は、ゆったりと終わりに向かっている。

度重なる戦争で人口は減少の一途を辿り、自然破壊や気候変動によって地球は最早限界を迎えていた。

これ以上戦争による戦死者を増やすわけにいかないと感じた各国は、新たなる戦力としてアンドロイドを採用。痛みを感じない彼らは怯むことなく進撃し、瞬く間に世界中で標準化され、いつしか、戦場から兵士たちの叫び声は途絶えた。

しかし、機械の体であるとはいえ、より効果的に戦争を進めるため一体一体に知能や思考を持たせたのが不味かった。アンドロイドたちは徐々に自律的な思考を深め、果てに人類への反逆を誓うようになった。

人が作り出したものが、人に罰を与え、そして今。

皮肉にも、人口が著しく減少したことで文明レベルは後退し、自然は本来の姿を取り戻しつつある。街のアンドロイドたちは、何をしているのかはわからないが、街を闊歩しては人を襲っている、というのが私の所見だ。

私は目の前の少女を見つめる。ベッドに横たえ、私のシャツを着させて、安静にさせている。応急処置を施したのがよかったのか、幸い出血はすぐ治ったようだった。

 

(人が襲われているところは初めて見た…しかし、なぜこの家がわかったんだ。)

 

襲われて、偶然迷い込んだのか。と考えて私は、すぐにこの説を否定する。それは、この家が入り組んだ森の深奥に位置しているからである。人の活動拠点からも遠く、周辺に休める場所などもない。だからこそアンドロイドからも察知されずらく、これまで平穏に暮らせていたのだが。

聞きたいことが山積みだ。

直接問いただしたいところなのだが、叩き起こすわけにもいかない。

私はため息をひとつ、どっと疲れたために残ったソファに向かおうと立ち上がる。

すると、私の視界を陽の光が覆って。

もう一度、大きなため息を吐き出した。

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