先の見えない世界で、二人。   作:いみご

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あれから結局眠ることも億劫になっていた私は、せめて少しさっぱりしたいと思い洗面所で顔を洗っていた。ボロボロの空き家を少し改築した程度の家でも、電気や水道は通っている。とは言っても、いつ止まるかわからないのだが。

いつ何が起こっても不思議じゃない。現に、通常人がたどり着くことのないであろう場所にきた人を助けているのだから。

まずは腹が減ったので食事を準備しよう。

私は気分をリフレッシュした後、部屋に戻って食料を取り出す。

普通、朝のブレイクファストといえばパンやベーコン、卵で。

もし日本の朝食ならばパンが米にすげ変わっているだろう。しかし、そんなものは最早幻だ。私も書物の中でそういうものがあるらしいことを知ってはいるが、実際に見たことも食べたこともない。あるものは、長期保存用の非常食位だろうか。

カンパンなどは保存はかなり効くスグレものなのだが、水分がことごとく持っていかれるのが玉に瑕と言ったところだろう。傍に水がなければ大変な思いをするほど、かなりモソモソとしている。

分かりやすく顔が引き攣るが、これを食べねば腹は満たされんのだから全く仕方がない。

私はカンパンを二人分もち、片方を彼女の寝るベッドの傍に置いておく。

——まだ、起きないのだろうか。

失神しているとはいえ少し心配になる。

ロングスリーパーか、などと茶化す自分を遠ざけて、私は彼女を軽く揺すぶってみる。

反応はない。せめて意思疎通ができる状態になってくれれば、質問の一つもできるのだが…

(カンパンを無理くり突っ込んでみるか?)

考えて、少し笑う。どうやら眠れていないのが相当効いているようだ。

私はしばらくカンパンをかじっては水を含み、穏やかに腹を満たしていた。

 

 

 

栄養補給もひと段落ついて。

ふと私は、彼女の額に手を伸ばす。そういえば、顔を見ていなかった。

そも顔も知らぬ他人を家に入れ、治療をして寝床まで与えていたのか、と自分に驚きながら。

そっと前髪に手を差し入れて、ゆっくりと掻き上げる。

見えるのは、ハッとするような美しい顔と。

『シ608』

”アンドロイド”の機体番号が、額に刻まれていた。

即座、私は飛び退く。と同時に、座っていた椅子に足を取られたために転倒してしまう。

カンパンが、空を舞う。

私は先刻使ったばかりの拳銃を取り出し、恐る恐る彼女に向ける。

心臓がバクバクと早鐘を打ち、呼吸が乱れる。

残弾は今入っているマガジンが最後だ、あと四発程度しかない。

先の手負のアンドロイドにも三発使った。倒し切れる保証なんてない。

 

(…思えば)

 

おかしな話だ。突然のことで気が動転していたのか知れないが、違和感しかなかった。

なぜノックができた?不規則に繕っていたとはいえ、明らかにあれは余裕がある叩き方だった。それに、音がしなくなって、私が開けた時には襲われていたが、なぜわざわざドアから離れて襲われていたのだ。

なぜたどり着けた?この家がばれたとはたとえアンドロイドでも不可能に思えるのだが、少なくとも人間よりは可能性がある。

なぜバラバラになった?撃った衝撃でパーツが外れる。あり得る事かも知れないが、足まで取れることは考えられないだろう。そもそも、襲われている時だって、冷静でなかったから気づかなかったが、まるで人形のように関節がぷらぷらと揺れていたし、全身も固まって、撃つ前から動いていなかったではないか。

退けようと思えば十分に退けられる状況で、あのように叫び助けを乞うことなどありえない。

そして、少女の腹部から覗いていたあの管…

人間にあんな器官は存在しない。あのように太い血管なんぞありはしない。真鍮線の入った、あれは間違いなく、

 

(...コードだ)

 

危うく、騙されてしまうところであったと、私は安堵する。

今ここで気づくことができてよかった。危険な状況に陥ることなく、処理することができるかも知れない。同時に、ここまで気づくことができなかった私に失望もする。

しかし、なぜ。

なぜこんなことをしたのだろうか。

このような小芝居を打ってまで、私に接近したのか。襲うのが目的なら、真正面から襲えば最も簡単に人間など殺すことができるというのに。

それに、”これ”は少女の姿をしている。それに、呼吸らしき動きも確認できる…一体どういうことなのか。

疑問が解決したと思えば、また新たな疑問が浮かんできてしまった。

どうにかして聞き出す必要がある。しかしながら、どうやって聞き出そうか。

ひとまず私は銃口を下げ、逆立つ気持ちを抑え冷静に努めつつ、散らばったカンパンを拾い集める。

 

「…貴重な食料が」

 

もちろん食べるのだが、どっちにしたって一度床に落ちたものを食べるというのにはいささか抵抗があるわけで。

私は今日、何度目かのため息をついた。

 

 

 

少女の瞼が持ち上がるのが見える。私は、ひとまず銃口を向け脅してみることにした。危険なことに変わりないが、超至近距離であればたとえ拳銃でも一発で仕留めることができるであろうことを願って。

少女は、目をしっかりと見開いて銃口を注視したかと思うと、訝しむような表情をした後、私の顔に視線を移し。

 

「なんだお前」

 

予想外の反応をした。

 

「っえ」

 

「なぜ銃口をこちらに向ける」

 

「…いやだって、あの。君は…」

 

「私がなんだ」

 

「……ア、アンドロイド…だろう」

 

私がそういうと、少女は銃口が向けられているにもかかわらず、気にしていない様子で悠々と姿勢を整え、ストンと座り直してから。

口角をほんの少しあげて、私を上から見下ろすように、

 

「そうだが?」

 

そう、言ってのけたのだ。

 

(どういうことだ?こいつはなぜ私を襲わない?どうして笑う?目的は?)

 

もうすでに眠気と疲労でパンク状態の私は、今にも卒倒しそうだった。

困惑する私を見て、なおも彼女は続ける。

 

「…冗談だ」

 

「少しからかってみたくなったんだ、他意はない」

 

「だから、銃を下せ。私はお前を襲わない。殺さない」

 

敵意がない。そう言いたいのだろうが、およそ信用に足る発言とは思えない。

それに、からかう、だと?

この少女のことがますますわからなくなってきた私は、ひとまず、超法規的措置として。

疑問を晴らしてみることにした。会話ができるようだし。

 

「…信用できん。いいか、今からする質問に答えろ」

 

「妙な気を起こすなよ」

 

「わかった、質問に答えよう」

 

少女は聞く体勢になり、私の次の言葉を律儀に待っている。

 

「…まず。どうしてお前は、少女の姿をしている」

 

「ふむ。…あぁ、そうか」

 

わざとらしく納得した様子の少女は、語り始める。

 

「今も頭の片隅に残っている記憶がある。それによると、どうやら私は」

 

「戦争における諜報の役割を持ったモデルとして試作された機体、だそうだ」

 

「それゆえ体は小さく、より柔軟に働けるよう、女性の肢体に近づけたモデリングがされているのだろう」

 

前髪を持ち上げ少女は額を晒す。

 

「この『シ』は文字通り試作機の意味だ。つまり私は、試作機の608番目ということになる」

 

「…試作機がなぜそんなに大量生産されている」

 

「私たちの型は試作が20を超えたあたりで既に完成品として十分に運用可能な状態だった。が、戦争の激化か、あるいは私たちの需要が増えたか。試作機でありながら、私たちは戦場に姿を現すようになったんだ。」

 

「普通はその過程で正規の生産ラインに切り替えるはずだが、それを省略できるほど完成度の高いモデルだったのだろうな」

 

(自分で言うか)

 

私は心の中でシ608にツッコミを入れる。

どうやらこいつ、これまで相対してきたアンドロイドよりも随分対話を好むらしい。現に、質問に対しても(いつ打たれるかもわからない状況でありながら)律儀に答えてくれている。

まだ銃口は下げられない。

だが、私はこの時確かに。ほんの少しながらも、このアンドロイドに興味を持ち始めていたのだ。

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