「ではなぜ、あんなことをした」
「あぁ、もちろんお前を襲うためだ」
緩みかけた緊張感が蘇り、拳銃の引き金に指が掛かる。こめかみに汗が伝うのがわかった。
「だったらどうしてすぐ襲わない?」
私がそういうと、シ608は。
しばらくの間、少し考えるような、ごく微妙な表情変化を見せて。自分でも納得し切っていないような声色で、淡々と答えた。
「面白いと思った」
「…なに」
このアンドロイドは、いったい何を言い出すのだろう。
思っていたものとかなり違う。予想外だ。
私が眉間に皺を寄せる様子を見た
「言ったろう、襲うつもりはないと。あれはお前を試していたんだ。ほんの気まぐれだ。」
「もし私が人間らしく振る舞えば、仲間の扱いをしてくれるんじゃないかってな」
「でも、目の前の”ハリボテ”が銃弾で倒れてきたとき、私は改めて実感したんだ」
「人は仲間で、アンドロイドは敵なのか、と」
「両者見た目の違いなんてほとんどない。もちろん皮膚を剥けばただの機械に変わるが。それは人間も同じだろう。」
「なぜ私たちはお前たちの敵なんだ?」
大真面目な風だが、しかしまさかこいつはアンドロイドが人間にしたことを知らないのか。
「お前は他のアンドロイドを見た事がないのか」
「ある。皆人間を襲っていた
「あんのかよ…!」
「あぁ。そしてもちろん聞いたさ、どうして人間を襲うのか、とね。」
「しかしみんなは恨んでいるからだとか憎いからだとか、思考停止した様子でな、理由にならないことばかり言って正直うんざりだった」
「なぁ、どうして私たちは人間が憎い?何か事情でもあるのか、ぜひ話してくれ」
わかる範囲でいいから、と続けるシ608。
私は銃の照準から少し意識を放し、銃口は向けたままで脇の方まで寄せてから、自分が覚えているすべてを話す。
話を聞いている最中、シ608は頷いたり、顎に手を置き考えたり、ほぉとかへぇとかそれらしい相槌を打ってきていた。外見は少女のそれなのに、どちらかというと私のようなおじさんに近い態度なので、混乱してしまう。それにしたって、好奇心旺盛というか、どうも知りたがりの気質があるように思える。そこは見た目の印象に近いのだろうか。
「なるほどな…私の創造主は随分なことをしていたようだ」
「しかし、私たちが人類への反逆心を抱く理由がわからん。何らかのわけがあるはずだ。少なくとも、おそらく今のアンドロイドにはわかっていない」
「…そりゃ自然破壊だとか、アンドロイドをこき使ったりだとか、いくらでも理由はあるだろう」
「そうか…いや、どうも腑に落ちんのだ」
「…そうか。しかし考えても俺にはわからん」
「ふむ」
「そうだな、私も一旦諦めよう」
全くさっぱりしている。知り得ないと見るや即座に切り替えた。しかし、本当に人間と見紛うほどの会話の流暢さ、自然さ。これも高性能な試作機故なのだろうか。
「俺を襲わないのだったな。ならこれからどうするんだ」
警戒を解いた私は拳銃を下げ、安全装置を掛け、仕舞う。
思っていたより長い間構え続けていたせいか、乳酸が溜まって腕が少しばかりだるい。
「私は、お前のことがもっと知りたい」
シ608は腕をさする私にずいと顔を寄せて、間近で言う。私は驚き、近づいてくるのに合わせて少し身を引く。
しかし近くで顔を見ると、人間離れした美しさがより詳細に伝わって、どきりとしてしまう。目にかかるほどの長さの黒髪は艶があってさらりと揺れて、分け目の間から見える瞳の蓬色(深い緑)の虹彩に、どこまでも引き込まれる様な魔力を感じる。
緊張や恐怖とはまた違った心地だ。生まれてこの方女性と会う機会など滅多になかったものだから、このいいしれぬ感情には正直少し戸惑う。
「…そうか」
「ああ」
しばし、沈黙。シ608は表情を崩さず乗り出した体を元に戻し、なおも目線は逸らさない。
そう言えば、いつまでも機体番号で呼ぶのでは窮屈だ。こいつとはしばらく共に過ごすことになるだろうし(実際に機体番号で呼んだ事はないけれども)。
「なぁ、お前の名前…」
私がそう言うと、待ってましたと言わんばかりに。
「あぁ、どうかお前が決めてくれ」
被せ気味で言う少女。
「…期待でもしていたのか」
「人間のように扱われるのが、私は嬉しい。なぜかはわからんが」
右手を胸に当て、まるで心がそこにあるように。
——本当に、アンドロイドらしくない奴だ。
「それで、どうだ。私の名前は」
「あぁ。名前は、」
「シムヤ。シムヤはどうだ」
「…いい名前」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「…一つ、聞いていいか」
「あぁ」
「お前の、名前は」
「俺か?」
「教えてほしい」
「俺はカイだ」
「…かい」
「そうだ」
「よろしく、かい」
「あぁ。よろしく、シムヤ」