あれから、しばらく経った。
こいつ——シムヤは、時々アンドロイドらしくないアンドロイドだ。
朝は私が起きてもまだ、彼女は横たわり眠っている。エネルギーの充電なのか、データの整理なのかは分からない。しかし、「それは寝ているのか」などわざわざ聞かぬでもいいかと思って聞いていない。何処となくぐっすりと心地よさげにしているので朝はなんとなく起こさないよう気を配り過ごすことにしている。
私が食事をしている時にはそばに座り、その様子を興味ありげにじいと見つめているので、少々食べづらい。視線に見かねて一度要るかと聞いたことがあるのだが、訝しげな様子で私アンドロイドだぞと言わんばかりの顔をされてしまったことがある。そもそも食べることができるのかと聞いてみると、それ自体は可能らしい。貴重な食料を食べるわけにいかないだろうと言って断ってくるのだが、目は期待と好奇心で輝いている、物理的に少し眩しいのでやめていただきたい。
それと、シムヤには基本何かしら雑用を任せる様にしている。掃除や食事の準備、寝支度の手伝いなど様々を頼むのだが、人のやっている事に関心が深いためか、大抵のことは喜んで承諾してくれるのだ。
つい任せきりになってしまうので私がやるといえば、途端にしゅんとして俯き、悲しげな(大変微妙)表情をされる。
「カイ?」
金属を弾いたような澄んだ声が右耳から聞こえる。視線を少し下に落とすと、光沢のあるなでやかな黒髪が見えた。ちらと見えたつむじが、控えめに主張してくる。
「あぁ、シムヤ」
「食料が減ってきた。近々取りに行かなくては行かないな」
「ん…そうか」
シムヤが指差す方を見ると、食料の備蓄が底をつき始めていた。以前調達に行った時は潤沢にあったわけだが、シムヤはほとんど食べない(興味本位でいくつかたべただけで、基本的に食事を必要としない。)ので、毎日少しづつ食べていくうちにジリジリ減っていたのだろう。
「シムヤ、お前も共に」
「あぁ」
毎度遠征に行く時は入念な準備をしてから向かっていた。勿論今回もそれは変わらないわけだが、シムヤがいる。
二人ならより多くの食料を運べるし、アンドロイドに会敵した際も、同じアンドロイドのシムヤならば対処できるかもしれない。しかしシムヤは体も小さく、男性型のアンドロイドなどを相手にすれば簡単に組み伏せられてしまう可能性もある。これはひとまず状況を見て可能なら試してみるとして、作戦はこれまで通り、安全第一で進めよう。
「ひとまず現状の戦力を確認したい。近くの食料は取り尽くしてしまったから、今回は少し遠出をしなければならない。」
「拳銃はあとマガジンに四発のみか。武器になるものは他にないのか、カイ?」
「そうだな…」
使えそうなものを引っ張り出して、私はそれらを机の上に雑多に並べてみる。拳銃の他にはサビついたナイフ、竹製の箒、園芸用の支柱が何本かある程度。元々アンドロイドとの交戦はなるべく避けて、運よく食料の調達に成功していたケースが多かったために、そんなに集まるもんじゃないだろうとは思っていたが。こうして並べて見てみるとなんとも頼りがいのないラインナップだ。
「よくこれで幾度も外に出て帰って来れたものだな」
「照れるな」
「突っ込まないぞ」
「まぁ、運が良かっただけさ。実際何度もダメかと思ったよ」
「しかし、これでは不安だな。二人で外に出れば、一人の時よりも見つかる可能性はかなり大きくなる」
「今まではどんなところを探索していたんだ?」
「基本的には屋内だな、乱立したコンビニエンスストアの中や大型の商業施設が多い。時々一軒家のような建築物にも足を運んだが、あまり残ってはいない。」
「閉所で遭遇すると、長物は扱いにくいな。ナイフや支柱も縮めて短くすれば使えるか」
私はシムヤと共に明日の準備を淡々と進め、その日はそのまま、夜を迎えた。
部屋には金属の音が鋭く、小さく響くのみ。シムヤが寝ている傍らで、私は持っていくものの手入れを行なっていた。
銃は簡単に分解して、各パーツに不調がないか確認し、組み直してから装填、構え、照準といった一連の動作を、改めて体に覚えさせる。銃に関する知識や技術は、すべて本を読み得た知識が源流だ。
ナイフは鞘から刀身を出し、錆びをなるたけこそげとり、鈍く反射するまで磨いてやる。持ち手の根本から多少曲がっているのが心配な要素ではあるが、切れ味は申し分ない。
ぼんやりとした部屋の照明が、シムヤの顔に当たって、伸びやかに影が落ちているのが見える。長いまつ毛に細くすらっとした鼻筋。厚みのあるぽてっとした唇は力が抜けていて、無防備に開き、その間からは、可愛らしい歯が姿を見せている。
明日に向けて一通り作業が済んだ頃には、目を閉じればすんなり眠れて、心地よく明日を迎えられる、そのような程よい眠気が覆い被さって来ていた。
「そろそろ、寝るか」
呟くようにでた言葉だったが、シムヤは敏感に反応して、むくりと体を起こし、私を視界にとらえる。
「…まだ起きていたのか」
「あぁ、いつもこうさ」
「あまり遅くまで起きると体に障るぞ」
「わかっている、もう寝る」
ふん、と一息漏らすシムヤは、視線を私の顔から、手首に巻かれた腕時計にそらし、止まる。
「…私とお前が会ったのも、この時間だったな」
時刻は2時を示している。
「そう、だったか」
「出会ってからまだ…一ヶ月も経っていない」
「確かに、言われてみればそうだな」
「なぁカイ」
「なんだ」
「一人でいる時、寂しくはなかったか」
「…いいや、そんなことは」
「そうか。私はな、お前といると楽しいと思うよ」
「私をまるで人間のように扱ってくれるし」
「私を色々なことで誘って、その楽しさを共有してくれる」
「それは…」
「それなら、よかったよ」
「ああ」
「お前と会えて、嬉しいよ」
ありがとう、と。たった一言が、何か気恥ずかしくて、口の中で突っかかって出てこない。
シムヤと共に過ごしてみて、1日がとても充実したものになっていると実感している。もともと一人でしていたことが、他人がいると全く感じが違う。話し相手になってくれるだけで、相談相手になってくれるだけで、同じものを共有できるだけで、それまでなんでもなかったものが特別に思えてくる。これに気づいた時、私はいつの間にかシムヤが私の中で大きな存在となっていたことを実感した。
私は一人が寂しかったのだろうか。
思えば、記憶に残っている一番昔の時点で、頼れる人など周りには一人としていなかった。別にそれでも辛いなんて考えなかったし、思わなかったが。
これを好きというのか。大切にしたいと思う、失わないようにしたいと思う、共に居たいと思う、この感情は。
わからない。答えの出ない迷路のような場所で一人、私は彷徨う。
眠気が増して、思考がまどろんで、まもなく私は意識を手放した。
この日、私は夢を見た。
一匹の獣が死ぬ夢を。