装甲騎兵ボトムズ -蒼の記録-   作:ジミーボーイ

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装填

D.U.でのパトロール業務を終えた夜

 

シャーレのオフィスには、コーヒーの香りと静かな疲労感が漂っていた

 

「治安維持支援、お疲れ様です、タグさん。ヴァルキューレのカンナ局長からも、貴方の働きを高く評価する報告が届いていますよ」

 

デスク越しに座る先生が、コーヒーの入ったマグカップを差し出しながら労いの言葉をかける

 

「慣れない仕事だ。何かあればすぐに言ってくれ、直す努力はする」

 

タグは赤い耐圧服のままソファに深く腰掛け、差し出されたマグカップを受け取った

最初の一杯は角砂糖を五つ放り込む――そして一口すする

 

「キヴォトスでの生活にも、少しは慣れましたか?」

 

「ああ。ここの食事は格段に美味い。それに……」

 

タグは言葉を区切り、窓の外の煌びやかなD.U.の夜景に視線を向けた

 

「平和な街並みだ。銃弾が飛び交うとはいえ、人死にがないのは気分がいい」

 

「――それは何よりです。……あ、そういえば、ミレニアムの黒崎コユキという生徒が、D.U.で貴方に絡んでいたという情報がユウカから入っているんですが……大丈夫でしたか?」

 

先生が苦笑交じりに尋ねる

 

「……騒がしい小動物のようなものだ。放っておけば勝手に喋って、勝手に消えていく」

 

タグは表情一つ変えずに答える

キリコの無軌道さに比べれば、コユキ程度の騒々しさは気にもならなかった

 

「それより、先生。俺を呼んだ用件は世間話だけじゃないはずだ。どこもかしこも、同じ噂話しかしない」

 

タグの鋭い視線が先生を射抜く

 

その言葉を受け、先生はゆっくりとマグカップをデスクに置き、表情を引き締めようとして――締まらない顔になる

 

「ええ。その件ですが実は、トリニティ総合学園で大きな動きがありました。……ティーパーティーの一人であった聖園ミカが、ゲヘナとの平和条約を破棄するために、裏でアリウス分校という組織と結託し、クーデターを企てていたことが発覚したんです」

 

「……身内の裏切りか。よほど何か腹に据えかねたことでもあったのか」

 

「当たらずとも遠からず、という感じですね。ミカはすでにトリニティのシスターフッドによって拘束され、アリウス分校の部隊も姿を消しました。これで調印式を脅かす最大の懸念は排除され、無事に式は執り行われるだろうと……ナギサやトリニティの上層部は安堵しています」

 

そこで先生は言葉を切り、深く息を吐き出した

その瞳には、隠しきれない不信感と疲労の色が浮かんでいる

 

「……タグさん。貴方は、どう思いますか?」

 

本来であれば、先生はこうした大人の世界の謀略や懸念を、生徒たちに相談することはない

彼が背負うべき「大人の責任」だからだ

 

しかし、目の前にいる小柄な大人――いや、幾多の死線を潜り抜けてきた歴戦の兵士である彼ならば、この得体の知れない違和感の正体を見抜けるのではないか。先生はそう考えたのだ

 

「……あっけなさすぎる」

 

タグは手元のコーヒーを見つめながら、静かに断言した

 

「巨大組織のトップの首を狙い、平和条約という歴史的転換点を壊すクーデター。それが未遂で終わり、実行部隊の主力は姿を消した、か」

 

「ええ。だからこそ、危機は去ったと上層部は判断しています」

 

「……俺はトリニティの事情もアリウスの思想も知らない。だが、行動だけを見て評価するなら、それは撤退ではなく潜伏だ」

 

「潜伏……?」

 

「本気で条約を潰す気なら、首謀者が捕まろうが作戦は続行する。消えた部隊が完全に沈黙しているなら、そいつらの真の目的はミカという女のクーデターを成功させることじゃない」

 

タグの言葉に、先生は表情一つ変えない。どうやら同じ結論に至っているようだ

 

「同じだとしたら、こちら側に都合が良すぎる。こういうことで楽観的な観測は、するべきもんじゃない」

 

タグの脳裏に、神が企んだ数々の謀略と裏切りの記録が蘇る

都合の良い状況の裏には、決まって別の悪意が潜んでいるものだ

 

「アリウスの真の狙いはわからない。だが先生、あんたは俺より情報を持っているはずだ。もっと明確な違和感に心当たりがあるんじゃないか?」

 

タグの分析は、先生の胸の奥で燻っていた不信感を、確信へと変えた

 

「……結論は出せない。しかし、油断する理由はどこにもありませんね」

 

「ああ。相手がどんな手を使ってこようが、対応できる準備をしておく必要がある」

 

タグは空になったマグカップをテーブルに置き、立ち上がった

 

「先生、これは俺の経験なんだが、この手の陰謀はあらゆる方向から仕掛けられるものだ。トリニティ以外にも手が伸びているんじゃないのか?」

 

その言葉に、先生は目を見開いた

 

「……もっと早く貴方に相談するべきだった。そちらに手を伸ばす余裕は、もう無くなってしまったかもしれない」

 

「覚えがあるんだな……今から、調印式に顔を出さないという選択肢はとれないのか?」

 

首を振り、拒否を示す先生

 

「それは出来ない。土壇場でシャーレの顧問が顔を出さないなんてイレギュラーが起きた場合の波紋が読み取れない」

 

「先生、俺たちは神じゃない。こうなってはもうしょうがない、互いに最善を尽くすだけだ」

 

「……本気の準備をするということですね」

 

「平和を語る場所に、敵は必ず銃を持ち込む。……俺は、あんたに死なれると困るんだ」

 

タグは背を向け、オフィスを出ようとする

 

その小さな、しかし誰よりも頼もしい背中を見つめながら、先生は静かに声をかける

 

「……わかりました、貴方が必要だと思う準備をしてください」

 

「了解した」

 

短いやり取りを残し、タグは自分に割り当てられた部屋に戻る

 

 

 

数日後

 

シャーレ格納庫、AT専用メンテナンスハンガーには、規則正しい駆動音と電子音が響いていた

 

定期メンテナンスのためにミレニアムから訪れていたエンジニア部のヒビキは、スコープドッグの脚部装甲を開き、タブレットと有線で接続して各部の数値をチェックしている

 

その傍らで、タグはオイルで汚れた手をウエスで拭きながら、彼女に向かって静かに口を開いた

 

「ヒビキ。エデン条約の調印式前日までに、ターボカスタム仕様への換装準備を頼みたい」

 

ヒビキはピタリと手を止め、保護ゴーグル越しにタグを見上げた

 

「……封印しているターンピックのロックを外して、ミッションパックと全武装を積むということ……かな」

 

「ああ。その日はそれで出撃する」

 

タグの言葉に、ヒビキは視線をタブレットに戻し、画面上でいくつかのシミュレーション数値を打ち込む。表示された結果を見て、彼女はボソボソとした声で懸念を口にする

 

「……もう気付いていると思うけど、代替PR液のままターボカスタムの極端な機動と火器管制を行うと劣化速度は跳ね上がる。通常なら10時間持つけど……フル装備の場合、戦闘可能時間は実質3時間半前後まで落ち込むと思う。……技術者としては、お勧めできないかな」

 

――たったの3時間半

 

それは一人の兵士が戦場を生き抜くには、あまりにも心許ない数字だった

だが、タグの表情に揺らぎはない

 

「構わない。何が起きるのか予想が立たない以上、火力は最優先だ。稼働時間の短さは、戦術とマネジメントでカバーする」

 

その場にある手札だけで最悪の事態を乗り切ると宣言するタグに、ヒビキは小さく息を吐き出した

 

「稼働時間が極端に落ちるのは、マイスターとしても見過ごせない。前々から考えていたけど……これを提案する」

 

ヒビキはタブレットの画面を切り替え、タグに見せた

映し出されたのは、ミレニアムの大型配送ドローンに、予備のPR液が充填された缶とヘヴィマシンガンの弾倉を懸架した改修図面だった

 

「空中補給システム。……先生とセミナーから許可をもらって、当日、D.U.の上空にこの補給ドローンを複数機待機させておく。タグの機体から要請信号(シグナル)を出せば、指定した座標に物資を投下する。これなら、稼働時間の短さはカバーできる……と思う」

 

タグの瞳に、明確な感嘆の色が浮かんだ

 

――最低野郎(ボトムズ乗り)のために、わざわざ専用の兵站システムまで構築してみせる

必要であれば味方から奪ってでも補給をするのが常識だった彼にとって、それは眩暈さえ覚えるほどの手厚い支援だった

 

(……発想の根幹が違う。この世界の常識に、俺の感覚を合わせていく必要があるな)

 

命や機体が無惨に使い捨てられる戦場とは違う

このキヴォトスでは、パイロットを生還させるための努力が当然のように払われているのだ

 

「継戦能力の確保は、生存に直結する。その提案に乗ろう」

 

「ん。なら、ドローンの制御プログラムを組んでおく。それと……もう一つ」

 

ヒビキは作業用ワゴンから、分厚く透明なプレートを取り出した

ほどよく湾曲したそれは、スコープドッグの特徴的な三連ターレットレンズを覆い隠すように設計された、外付けの防弾レンズガードだった

 

「先日の銀行強盗のログを見て……レンズ部分への被弾が少し多かったから。タグも気にしているように見えたし……作ってみた。どうかな」

 

差し出されたレンズガードを受け取りながら、タグはヒビキの顔を見た――そこには(余計なことしたかな)という微かな怯えを見せる少女がいた

 

頼まれる前からログを分析し、パイロットの生存率を僅かでも増やすために努力した少女にかける言葉は一つしかない

 

「助かる、ヒビキ」

 

確かな気遣いがこもった声で告げた

 

「……与えられた時間と予算内でベストな結果を出すこと。それがマイスターというもの、だから」

 

ヒビキは少しだけ視線を逸らし、ボソボソと呟いた

 

「それに……タグに、無事でいてほしいから」

 

タグは短く「俺は墜ちない」とだけ返し、ターレットレンズの周囲の採寸を彼女に任せた

来るべき決戦の日に向け、装甲騎兵にありったけの火薬と備えを施すための、静かで熱を帯びた準備が進められていく

 

 

 

エデン条約調印式、前日

 

D.U.の路地裏にあるホットドッグスタンドで、タグは指定された休憩時間を過ごしていた

 

「――でね! だから私は『そんなの聞いてませんよ〜!』って言って、窓から飛び降りて逃げてやったんです! にゃははは! 私ってば本当に天才的というか、幸運の女神に愛されてるっていうか!」

 

隣のベンチでは、すっかりここを自分の「安全地帯」だと認識した黒崎コユキが、身振り手振りを交えて騒ぎ立てていた

休憩時間近くになると必ず姿を現すコユキ

その無邪気な姿に、タグは無意識のうちに過去の幻影を重ねていた

 

(俺もそうだ――両親の手伝いを終えた後、必ず彼女に会いに行った)

 

いつもなら、タグは「ああ」「そうか」とだけ返し、適当に相槌を打ってやり過ごす。そして最後に「好きにしろ」と突き放すのが常だ

 

だが、今日のタグは違った

手元のプラコップに残ったコーラを無言で飲み干す。ベンチに深く腰掛けたまま、隣で笑い転げるピンク髪の少女へ冷たい視線を向けた

――冷徹に振る舞おうとする己の胸に、微かな痛みが走るのを感じながら

 

「……コユキ」

 

そのしゃがれた声には、いつも以上の重く、暗い響きが込められている

 

「へっ? なんですかオジサン、急に真面目な顔して」

 

首を傾げるコユキに対し、タグは一切の感情を交えずに告げた

 

「明日は、ミレニアムから出るな。学園の中でじっとしていろ。……必ずだ」

 

「えっ……? あ、明日はエデン条約の調印式で、D.U.はどこもお祭り騒ぎだって聞いてますけど……ダメなんですか?」

 

不満そうに口を尖らせるコユキ。平和な学園で育った彼女の目には、明日の歴史的行事がただの「大きなお祭り」にしか見えていない

残酷なまでに何も知らない、その無邪気な顔を見続けていると、脳裏で何かが焼ける感覚がする

 

(……何を思い出したかった? それとも、思い出したくなかったのか? わからない。……キリコ、お前は思い出したくないほうだったな)

 

「……オジサン? どうしたんですか、顔色が……」

 

「……」

 

タグは無意識のうちに、耐圧服の胸ぐらを強く握りしめていた

浅くなった呼吸を瞬時に整える――戦場での必須技能だ

再び目の前のコユキに焦点を合わせるが、耳の奥にこびりついた『あの声』が離れない

 

争いと、それに便乗する巨大な悪意は、ただ命を奪うだけではない

 

『平和? 尊厳? 生命の尊さ? それは試行回数を増やすことに必要なのか?』

 

――絶対的な神の悪意。その底知れない深淵に、自分は一度完全に跪き、精神を破壊されたのだ

 

(……こいつは知らなくていい。あんな存在など、一生知る必要はない)

 

「オジサン……?」

 

「……遊びじゃないんだ、コユキ」

 

タグの口から、微かな震えを帯びた、絞り出すような声が漏れた

 

「……明日は、本当によくない日だ。……だから、絶対に出歩くな、頼む」

 

それは命令というよりも、哀願に近い響きを持っていた

いつも感情を見せない得体の知れない大人が、ただならぬ切実さで自分を案じている

生来の図太さを持つコユキでさえ、その異常な気迫と、底知れない恐怖の感情に呑み込まれていた

 

「……は、はい。わかりました。明日は、セミナーの反省室でおとなしくしてます……」

 

「……ああ、そうしろ」

 

コユキは怯えたように何度か頷くと、いつもよりずっと静かな足取りで、逃げるように路地裏から去っていった

 

一人残されたタグは、いつかまたあの悪意が目の前に現れるのではないかという拭い去れない恐怖に、正気を失いそうになっていた

 

“♪~”

 

胸ポケットの通信端末から、着信音が鳴る

 

「タグだ」

 

『タグさん、僕です。……ウタハから、兵装と各パーツの最終チェックが終わったと連絡がありました。格納庫にヒビキとコトリもいます。戻り次第、作業を開始すると。……明日は、よろしくお願いします』

 

「了解した」

 

タグは短く返し、通信を切る

誰かの声を求めているのに、いざ声を聞くとひどく億劫になる。ぐずぐずに溶けかけた自らの精神を持て余し、タグは深く息を吐き出した

 

傍らに降着状態で待機している、緑の装甲騎兵を見上げる

頼りになるはずの鉄の塊が、今の彼にはひどく薄っぺらく、頼りないものに見えてしまう自分が憎かった

 

嵐の前の静けさは、もう終わりを迎えようとしていた

 

 

 

――翌日、エデン条約締結日

 

D.U.地区外縁――ヴァルキューレ警察学校の管理下にある、人気のない広大な予備倉庫

 

倉庫の闇の中、降着状態にあるスコープドッグ。その狭いコックピットの中に、タグは押し込められるようにして座っていた

頭上の暗がりには、カモフラージュされたミレニアム製の大型輸送ドローンが複数機、いつでも射出できる状態で息を潜めている。弾薬、そして代替PR液の補給缶――タグの指示一つで、これらが戦場へ空中投下される手筈になっている

 

周囲に満ちるのは、重苦しいまでの静寂。聞こえるのは、自身の呼吸音と、コンソールの微かな電子音だけだ

 

両腕を組んだタグの視線は、目の前の二つの光に向けられている

 

一つはシャーレ支給のタブレットからの中継映像。もう一つはコンソールの立体ホロ通信機に投影される、先生のバイタルサインと位置座標だ

 

『――あ、タグさん! 見てください、この雲! クジラさんに似てませんか?』

 

タブレットの画面片隅に、アロナがひょっこりと現れて話しかけてくる

先日、俺が彼女を認識できるという事実が判明して以来、このAIは積極的に声をかけてくるようになった。なんでも、先生以外で彼女と会話が成立するのは俺が唯一の存在らしい

 

「……あいにくだが、ここから空は見えない」

 

『むー、素っ気ないですねえ。緊張してるんですか? 心拍数が平時より少しだけ下がってますよ。戦闘モード、というやつですか?』

 

「モニターのしすぎだ」

 

そう憎まれ口を叩きながらも、タグは彼女を邪険にはしなかった

これから始まる死地を前に、この無垢な電子の精霊の声は、皮肉にも精神を現実に繋ぎ止めるアンカーになっていた

 

それにしても――と、タグはバイザー越しにコックピット内を見回す

 

(……寒いくらいだ)

 

環境温度は常に適温に保たれている。オイルの焼ける匂いも、むせ返るような熱気もない。新設された空調機構が、皮肉なほど完璧に仕事をしているからだ

 

『パイロット保護を放棄した兵器が成功した事例はありません! 論理的に考えて、環境改善はスペック向上に直結します!』

 

数日前、エンジニア部のコトリに理詰めで説得された記憶が蘇る

 

彼女の手による数々のアップデート――空調設備、自動消火装置、各装甲厚の向上、電装系のミレニアム製パーツへの換装等々……

 

俺が「重量と電源はどうする」と懸念を口にした時、彼女は待っていましたとばかりに比較データを突きつけてきた

 

『その質問は予測済みです! これを見てください』

 

データによれば、代替PR液が高い不燃性を得たことによって、本来必須だったいくつかの安全機構や冷却装置が不要になった

さらに、生産コストダウンを理由として敢えて精度と品質を落として作られていた駆動系パーツを、ミレニアム製の精密パーツに置き換えることで、性能を維持したまま軽量化に成功したというのだ。電源に至っては、高効率の交換式バッテリーで駆動可能と来た

 

『……スコープドッグ、調べれば調べるほど謎が多い機体です』

 

作業の合間、コトリは不思議そうに首をかしげていた

 

『動力機構や整備性は素晴らしい完成度です。でも、それ以外の居住性や生存性……パイロットに関する部分だけは、まるで「わざと」性能を抑えたような、欠陥を残したような意図が見え隠れします。まるで、使い捨ての消耗品のような……タグさん、何か覚えがありますか?』

 

――鋭い指摘だった

この機体が生まれたアストラギウス銀河において、ATとはまさに「鉄の棺桶」。パイロットごと使い潰すための数合わせに過ぎない

 

「……すまないが、俺はただのパイロットだ。開発者の意図までは知らない」

 

俺はそう答えるしかなかった

 

どの子も、本当に賢く、優しい

彼女たちが、ATが生まれた本当の理由――神の名のもとに、数百億の命を犠牲にして行われる選定という事実にたどり着く必要などないのだ

 

その時だった

 

プツン、と中継映像が唐突に途切れる

 

『――え?』

 

アロナの驚きに満ちた声

 

その数秒後――

 

“ズゥゥゥゥゥン……!!”

 

分厚い倉庫の壁を隔ててもなお、腹の底に響くような重低音が届く

4m、8トンを超える重い金属の塊であるスコープドッグが、衝撃波で僅かながら縦に揺れた

 

「……!」

 

タグの視線が鋭く走る

タブレットの中継画像は砂嵐のままだ。だが、先生のバイタルサインは――

 

「……不安定だが、ロストしていない」

 

アロナからの連絡はない。おそらく、先生を守るために全リソースを割いている

ならば、ここから先は俺の仕事だ

タグは静かな動作でゴーグルアイを装着する――レンズの奥、歴戦の兵士の冷徹な光が宿った

 

「……先生、今行く」

 

コントロールスティックを握り直す。フットペダルを踏み込み、スイッチを入れる

 

“キュイィィィン……”

 

マッスルシリンダーにPR液という血が流れ込む

降着姿勢から立ち上がる緑の巨体。三連ターレットレンズが、不気味な赤い光を放って回転する

 

飼い主の危機に、犬は首輪を引きちぎってでも駆けつける。その牙で、敵の喉元を喰い破るために

 

――犬は、恩義を忘れない

 

 

 

 

炎と灰に包まれる祈りの場

平和の象徴たる古聖堂は、悪魔が嘲笑う悪夢の罠へと変貌した

次々と崩れ落ちる少女たち、そして大人すらも地に伏す

完璧な筋書きと共に現れる、アリウスの冷徹なる狩人たち

だが、予定調和の絶望を打ち破る無骨な駆動音が響く

「来たか、シャーレ唯一の実戦部隊」

業火の中から姿を現すのは、一騎当千の赤い肩

 

次回「強襲」

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