装甲騎兵ボトムズ -蒼の記録-   作:ジミーボーイ

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後悔

ガァァァンッ!!

 

分厚い金属を無理やり抉じ開けるような、鼓膜を破るほどの甲高い激突音が狭いコックピット内に響き渡る

タグの視界を覆うゴーグルモニターが激しく明滅し、赤い警告光が点滅する

 

(――俺は生きている)

 

まだタグは確認していないが、先端が潰れた徹甲弾がスコープドッグの頭部正面装甲を突き抜け切れず、停止している

 

ヒビキがお節介呼ばわり覚悟で用意した外付けのターレットレンズ保護プレートは、徹甲弾によって蜘蛛の巣状にひび割れ、粉々に砕け散っていた

ウタハが指摘し、改善が行われた頭部前面装甲は、コトリの後押しによって、複合装甲化がされていた

結果、徹甲弾の運動エネルギーは、幾重にも重ねられたミレニアムの防壁を砕き、削り、そして――タグの頭部から十数cm先の、コックピット内壁を少しだけ貫通した状態で停止していた

 

呼吸は一瞬荒くなるものの、タグの表情に変化はない。離脱が最優先という状況は変わらないのだから

まず左腕コントロールスティックの薬指部分のトリガーを押し込む

左肩の3連装マルチディスチャージャーからポン!という軽い音が三回鳴り、弾頭がスコープドッグのすぐ前に放たれる

すると「プシュゥゥゥッ」という排気音とともに、放たれた三つの弾頭から高濃度の白煙が噴き出し、緑の装甲騎兵の姿を瞬時に隠す

同時に、着弾の角度と衝撃から逆算した射線めがけて、温存した武器を放つ

――ターゲットは、半壊した古聖堂の尖塔

 

「……」

 

右肩の6連装ショルダーミサイルランチャーのトリガーを引く

連続する点火音。6発のミサイルが白煙を突き破り、オレンジ色の尾を引いて尖塔へと殺到する

直後、連続する着弾。鼓膜を震わせる轟音とともに、石造りの尖塔が根元から爆発し、黒煙と赤い炎を吹き上げる

数トンものコンクリートと鉄筋の瓦礫が崩落し、重力に従って地面へと降り注ぐ

外部集音マイクが、崩落音に混じって、甲高い悲鳴を拾う

 

『ひぃぃっ!? 終わりです! 完全に終わりですぅぅぅっ!!』

 

土煙と瓦礫の中から、小柄な少女が転がり出てくる

身の丈ほどある狙撃銃を抱え、制服は爆風でひどく破れている

落下してきた鋭利な鉄筋かコンクリートの破片が掠めたのか、彼女の白い太腿と肩から赤い血が流れ落ち、土に染み込んでいる

皮膚が深く裂け、肉が見える重傷だ――しかし、彼女は倒れない。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、血を流す足で地面を強く蹴り、凄まじい速度で瓦礫の陰へと逃げ込んでいく

 

(つくづく恐ろしいな――対人戦術を1から考え直す必要がある)

 

ヘイロー持ちの歩兵という兵器カテゴリーの評価を、改め直す必要があるとタグは考えた

 

それ以上は追撃せず、右半身のトリモチによる可動不全を補うため、フットペダルを踏み込み左半身のローラーダッシュのみで移動を開始する

稼働が制限されるとはいえ、右足という補助輪があるので、タグにとっては難しい操作ではなかった

 

 

濃密な硝煙と、土埃、そして生温かい血の匂いが大気を満たしている

 

崩落した古聖堂の瓦礫の裏。ハスミは、煤で汚れた黒い翼を壁にもたせかけ、激しく肩を上下させていた

彼女の足元には、純白の制服を泥と血で汚し、完全に意識を失った桐藤ナギサが横たわっている

ハスミの護衛のもと、ヒナタがようやく瓦礫を全てどけ終えて、ナギサの救出に成功したのだ

 

そこに最初に会ったときの勢いはなく、平時の半分以下の速度で移動を行うスコープドッグが近づく

 

『すまない、やられた。相手の策にはまって無力化された』

 

得意の機動戦闘は不可能、主兵装は失い、他の武装は空。唯一使えるのは左腕アームパンチのみという状況はほぼ無力化に等しい

 

「ハァッ……ハァッ……タグさん、でしたら撤退する前に、お願いがあります」

 

ハスミの口から、血の混じった荒い呼吸が漏れる。額から流れ落ちた血が顎を伝い、彼女の豊かな胸元へポタポタと落ちていく

 

少し離れた瓦礫の向こうでは、剣先ツルギが「キエェェェェッ!!」と甲高い金切り声を上げながら、両手のツインショットガン――を乱射せずに、逆手にもって修道女たちをなぎ倒していた。もう弾がないのだ。その狂気を孕んだ咆哮も、普段のような鼓膜を突き破る圧はなく、疲労でひどく掠れていた

 

右半身の駆動系がトリモチ弾によって完全に硬化している緑の装甲騎兵は、左足のグライディングホイールのみを駆動させ、引きずるような重い金属音を響かせながらハスミの前へ近寄る

 

「ナギサ様を……頼みます。シスターヒナタと、一緒に……学園の方へ……」

 

ハスミが震える腕でナギサの身体を持ち上げようとする

タグは無言で左腕の操縦桿を倒した。キュイィン、とマッスルシリンダーが低い唸りを上げ、スコープドッグの巨大な左手が、ナギサの身体をそっと包み込むようにすくい上げる

傍らに駆けつけたヒナタが、ナギサの身体が鉄の指からこぼれ落ちないよう、機体の腕に寄り添いながらしっかりと支える

 

『そちらはどうする』

 

外部スピーカーから、平坦な声が響く

 

「私たちは……貴方がここを撤退するまで死守します。一歩も、通しはしない……ッ!」

 

ハスミは自らの血で濡れた狙撃銃を杖代わりに立ち上がり、ヒナタへ向けて小さく、しかし力強く頷いた。彼女もすでに弾切れだ。狙撃銃を逆手にもち、それをもって修道女に立ち向かうつもりだ

 

ツルギが最後とばかりに笑い声を上げながら、迫り来る青白い修道女の群れへと身を投じていく

 

『了解した。少しだけ時間を稼げばいい、そっちもすぐに逃げろ』

 

「お二人ともご無事を祈ります」

 

タグの短い言葉と共に、ローラーダッシュの駆動音が跳ね上がる

ヒナタは、ナギサがスコープドッグから零れ落ちないように、体を寄せて支える――ヒナタの手はボロボロだ。よく見れば骨が見えるほど肉が削れている。瓦礫をどれだけの量、どかし続けたのだろうか?

だというのに泣き言一つ言わず、ナギサの身を案じる

 

右半身を引きずるような不格好で重苦しい足取りのまま、スコープドッグはヒナタとナギサを伴い、トリニティ方面への離脱を開始する

 

背後からは、途切れることのない修道女の銃砲撃の嵐と、ツルギの狂乱の叫びが延々と響き続けている。限界状態のまま、血反吐を吐きながら肉弾戦を仕掛ける二人の姿が、濛々と立ち込める白煙の向こうへと消えていった

 

 

 

――トリニティ総合学園の敷地内

 

広大な芝生の上には急造の白いテントが隙間なく張られ、鼻を突く強烈な消毒液と血の匂いが充満している。大理石の床にまで敷かれた毛布の上で、制服を赤く染めた多数の生徒たちが苦痛のうめき声を上げている

 

正門の前に接近するスコープドッグに、警備やまだ戦える生徒達が一瞬殺気だったものの、ヒナタが「ナギサ様を連れています!道を開けてください」と、

大声を上げてくれたおかげで、問題なく、むしろ優先して道を開けてくれた

意識のないナギサが、スコープドッグの左手から救護騎士団の担架に乗せられ、分厚い木製の扉の奥――警備の厳重なVIPルームへと運ばれていった

 

 

右半身の関節部にべったりと付着し、石のように硬化した灰色のトリモチを身にまとったままのスコープドッグは今、敷地の隅にいる。降着姿勢も取れないので直立のままである

 

”キキィィィッ!”

 

中型トラックがタイヤを焦がして急停車した。開いたドアから、巨大な工具箱や溶接機を抱えたミレニアム・エンジニア部の三人が飛び出してくる

彼女達も先生とタグの依頼に応じ、複製に成功したマッスルシリンダーユニットや交換装甲、修理器具を積載したトラックに乗り合わせて待機をしていたのだ

空輸ドローンからスコープドッグの撤退信号を受け取ったので、迷わずここに来られた

 

「タグさん!」

 

コトリの甲高い声。しかし、スコープドッグの頭部を見た瞬間、三人の足音と声がピタリと止まる

 

頭部前面の複合装甲に目立つ直撃痕。そして中心から蜘蛛の巣状に砕け散っており、両端の接続部のみが残っている状態の防弾レンズガード。それを引き起こした徹甲弾は未だ頭部に、貫通した状態で刺さり続けたままだ

 

「……っ」

 

ヒビキの手から工具箱が滑り落ちる。ガチャン、と重い金属音が響き、スパナやドライバーが地面に散乱する。彼女はふらふらと歩み寄る。大粒の涙が彼女の瞳から次々と溢れ落ち、緑の装甲をぽたぽたと濡らしていく

――この騎兵が主を無事に返してくれたことに感謝を込めて、その脚部装甲を撫でる

 

「……よかった。……本当に、生きてて、よかった……」

 

ボソボソとした、しかし激しく震える声。嗚咽が漏れる

隣でコトリが両手で顔を覆い、「う、うわああああん!こ、こんな感情説明なんて……できません」と大声で泣き崩れ、その場にしゃがみ込む

 

スコープドッグのハッチが開く。見た目は無傷のタグ――死が鼻先まで迫ったはずだが平素と変わらない様子で、ゆっくりと機体を降りる

 

「かなり壊した、修理を頼む。明日、間違いなくもう一度出撃がある」

 

タグはヘルメットを脱ぎつつ、泣いているエンジニア部相手にいつも通りの様子で接する

――このような時に伝えるべき言葉を知らない彼は、いっそのこと平素と変わらない様子でいるべきだ、と判断した

結果から言えば怪我一つなく彼は帰還したのだ。取り乱す理由は一切ない

 

ヒビキが、作業用ゴーグルを押し上げ、目元を腕で乱暴に拭って鼻をすする。まだ涙が止まらない

 

「お疲れ様。帰ってきてくれてありがとう……次は、私たちマイスターの仕事」

 

その瞳は赤く充血し、涙の跡が残っていたが、声には技術者としての力強い情熱が戻っていた

 

「君の機体は、今から全力で私たちが直す。君は今は休みたまえ」

 

「……ん。与えられた時間で完璧に元に戻す。……だからタグは、休んで」

 

「今日のためにみんなで修理シミュレーションはしっかりとやってあります、何も心配する必要はありません!」

 

ヒビキが赤い目をこすりながら涙を拭い、地面に落ちた工具類を拾い上げて強く握り直す

コトリもこういう時が私たちの出番です、と気力十分に宣言する

 

「……頼む」

 

タグは短く返し、三人の技術者に背を向けて歩き出した。背後からは、まずトリモチをどう剥がすかの相談が始まっていた

 

 

 

病院の個室の中、鼻を突く消毒液と、鉄錆のような血の匂いが充満している

 

「ピッ……ピッ……」という心電図の規則的な電子音だけが、病室に響いている。

 

外では「正義実現委員会のツルギ委員長、ハスミ副委員長、救護騎士団により回収! 両名とも戦闘継続不能!」という声がどこからか上がる

 

白いシーツのベッドの上に、腹部周辺に包帯を巻かれ、チューブを繋がれた先生が横たわっている

その脇の丸椅子に、ヒナは座っていた

 

風紀委員長の制服はひどく破れ、黒いコートの裾は焼け焦げている。露出した白い肌には無数の擦り傷と打撲の痕があり、赤黒く固まった血と泥がべったりと張り付いている

長い髪は埃にまみれて絡まり、頭上の特徴的な大型ヘイローは力なく明滅を繰り返していた

 

そこに一人の来客――タグだ

彼は救護騎士団に案内を頼み、撤退したはずの先生がこの病室にいるという事実を前に、一度だけ深呼吸をしてから、足を踏み入れた

 

重いブーツの足音に気づいたヒナが、ゆっくりと顔を上げる。その大きな瞳からはポロポロと透明な液体が零れ落ち、泥で汚れた頬に筋を作っていた

 

「……タグ」

 

掠れた、震える声だった

面識はないはずだ。しかしヒナは目前の男が、一度背中合わせになった緑の騎兵のパイロットだと直感した

 

「私が……悪いの。私が、先生をセナの救急車に乗せた直後……アリウスの生徒の銃撃から、守りきれなかった……」

 

ヒナは両手で自身の破れたスカートを強く握りしめる。指の関節が白く変色している

 

「私のせいで、先生は……」

 

「違う」

 

ヒナの弱々しい懺悔を、タグの平坦な、一切の感情を交えないしゃがれ声が遮った

 

ヒナの肩がビクッと跳ねる。タグはベッドの上の先生に近寄る。そしてモニターの数値と先生に交互に視線を向ける

 

「奇襲を受け、圧倒的不利な状況下で、護衛対象を死なせずに味方の陣地まで連れ帰った。……それは軍事行動において、文句なしの“成果”だ」

 

タグの口から紡がれるのは、慰めの言葉ではない。戦場における絶対的な事実の提示だった

 

「ドクターから内臓にダメージはないと聞いた。ならば、時間が経てば目を覚ます。……そちらは自分の仕事をやった、最悪の事態は回避された。誇れとは言えないが、自分を貶す必要は無い」

 

ただの事実確認――しかし、その言葉の裏にある「お前の責任ではない」という明確な肯定が、病室の静寂の中に落ちる

 

ヒナの大きく見開かれた瞳から、再び大粒の涙が溢れ落ちる

しかし、その呼吸の震えはわずかに収まっていた

彼女はスカートを握りしめていた手の力をゆっくりと緩め、小さく、何度も頷いた。鼻をすする音と、規則的な心電図の音だけが、再び空間を満たしていく

 

「……おそらく先生は諦めない、この状況をかならずどうにかするだろう。備えておけ、俺は休む。そちらも怪我を処置してもらえ」

 

タグはそれ以上は何も言わず、病室の入り口から背を向け、静かに歩き出した

 

 

分厚いマホガニーの扉の奥。本来は高級な紅茶の香りが漂うはずの空間は、今は微かに消毒液の匂いが混じっている薄暗いVIPルーム

 

救護騎士団から

「ナギサ様を救ってくださった貴方は、先生と同様に最重要防衛対象です。今の状況でしたら、ここが最も安全です」

と案内された部屋はナギサが療養する部屋であった

 

その部屋に置いてある革張りのソファに、タグは寝転がる。そして深く身を沈めていた

 

「……俺にこの女を害する理由はないのは、確かだが」

 

となんともいえない苦笑を交えてつぶやく。まさか最上位責任者と同室で休んでくれ、などという状況は今後来るだろうか?

タグは赤い耐圧服の胸元を緩める。今は極度の疲労による身体の重さに逆らわず、目を閉じて意識を手放した

 

 

――数時間後

 

 

「……」

 

外は夜を迎えていた

タグの喉から、ひび割れたような唸り声が漏れる

額から脂汗が大量に吹き出し、首筋を伝って耐圧服の襟元を濡らす

異常に速く、浅い呼吸が続く。彼の指先が少しだけ震えている

 

「……ここ、は……?」

 

そのうめき声に目を覚ましたのか、白い天蓋付きのベッドで、桐藤ナギサが微かな声を発した

側頭部の鈍痛に顔をしかめながら、彼女は暗がりの中で震える誰かの姿を視界に捉える

そこには見慣れぬ男性の姿。一瞬悲鳴を上げようとして――明らかに苦しそうな表情と呻き声の前に、押し黙る

ナギサは困惑に瞳を揺らし、わずかに迷った後、枕元にあるナースコールボタンを指で押し込んだ

 

数秒後、音もなく扉が開き、救護騎士団の鷲見セリナが足音を全く立てずに室内に滑り込む

 

目を覚ましたナギサの姿に喜びを表すが、ナギサの目線の先を追いかける――そこには何かに苦しむタグの姿

彼女はタグの顔色、発汗量、そして異常な呼吸音を即座に視覚と聴覚で確認し、一切の躊躇なく医療キットから無針注射器を取り出した

 

「……睡眠不足の傾向が見えていましたが、悪夢障害だったんですね、タグさん」

 

セリナの声は静かだが、有無を言わさぬ医療従事者としての絶対的な圧があった

 

タグの首周辺の耐圧服を緩めようとして――セリナの動きが止まる。若干の間、彼女の手を止める原因となった首の爆傷跡をじっと見つめていたが、やがてアルコールティッシュで周辺を消毒する

次に無針注射器に薬剤を込め、注入口をタグの首元に押し付ける

 

“プシュ”

 

「……っ」

 

タグの身体がビクンと大きく跳ねる

若干の空気音と共に薬剤がタグの体に打ち込まれる。鎮静剤が含まれているのか、タグの表情は和らぐ。異常に浅かった呼吸が、ゆっくりと深く、規則的なものへと変わっていく。震えていた指が完全に力が抜け、だらりと下に垂れ下がった

 

彼女はベッドのナギサに向けて

 

「ナギサ様、ご安心ください。彼は貴方を古聖堂から救い、ここに運んできてくれた方です。害を為す方ではありません。お休みになられたいということなので、この緊急時で一番安全な場所であるここを案内しました。――ナギサ様も、今は睡眠が最優先のお薬です。状況は気になるでしょうが、まずお休みなさいませ。何かあればまたお呼びください」

 

そうしてまた足音一つ立てず、セリナは室外へと消えた

 

ナギサは目前の男が命の恩人である、という事実に若干困惑した

が、セリナの言う通りに再び目を閉じる――ナギサもまたすぐに穏やかな呼吸をしながら寝入った

 

 

消毒液の匂いが鼻腔を突く

 

暗闇の病室の中、シーツの上で、先生のまぶたが微かに震え、ゆっくりと開かれた

ぼやけた視界が徐々にピントを結び、白の天井を映し出す

全身の筋肉を覆う強烈な鈍痛と、喉の張り付くような渇き。そして、シーツから投げ出された右手に、ずっしりとした重みと、柔らかな温もりを感じる

 

彼は軋む首をゆっくりと右へ動かした

 

丸椅子に座ったまま、ベッドの縁に上半身を突っ伏して眠るヒナの姿があった

泥と血で汚れ、裾の破れた風紀委員長の制服。怪我を負っているはずだが、そちらはちゃんと処置は済んでいるようだ

埃にまみれた長い髪が、先生の右手を覆い隠すように散らばっている

頭上のヘイローは消えており、「すぅ……すぅ……」という、かすかで規則的な寝息が聞こえてくる

 

激闘の疲労と、タグの言葉によってかろうじて保たれた精神の糸が切れ、泥のような眠りに落ちている状態だ

 

先生は、呼吸を整えながら、点滴の繋がれていない左手をシーツの上でゆっくりと滑らせた

痛む腕を持ち上げ、泥と埃で汚れたヒナの頭にそっと触れる

冷たくなった髪の感触――そのまま、決して彼女を起こさないほどの弱い力で、ゆっくりとその髪を数回撫でる

 

「……ん……」

 

ヒナの口から、小さな吐息が漏れる。

彼女は目を覚ますことはなく、無意識のうちに先生の右手に頬をすり寄せるように頭を動かし、再び深く静かな寝息を立て始めた

 

まず眼鏡を探す――あった、横の引き出し付テーブルの上だ。いつも通りにかける

眼鏡の横にはシッテムの箱。あの爆発の時から未だに画面は黒一色のままだ

――待つ余裕はない。悲鳴を上げる肉体を強靭な意志で押さえつけ、繋がれていた点滴の針を静かに引き抜く。痛みに顔をしかめながらも、両足を冷たい床へと下ろした

夢で見たセイアとの会話は明確に覚えている。まずはミカの元へ向かわねば

 

(最悪が続く中で、生徒達やタグさんがこの状況に繋いでくれた。であるならば僕がやることは変わらない)

 

椅子で眠るヒナの身体をそっと抱き上げ、自身がいたベッドに寝かせると、 上掛けのシーツを彼女に被せる。彼女がパニックに陥らないように、メモに「起きたらモモトークで呼んで」と書き残す

 

一瞬の迷いもなく、彼は歩き始めた

 

 

 

 

救護の天使により、兵士が目を覚ます

己の過ちを悔い、怯える孤独なままの権力者

震える問いに、兵士は返す

過ちを犯さぬ上官などいない

そして少女たちの懸けた想いは安くない、と

反撃の狼煙が上がり、狂気の芸術家が切り札を場に晒す

大人がカードを切ろうとした時、犬が叫ぶ

 

次回『総力』

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