装甲騎兵ボトムズ -蒼の記録-   作:ジミーボーイ

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総力

薄暗いVIPルームで衣擦れの音が鳴る

 

セリナの打った鎮静剤が的確に作用したのだろう、タグは深く濁りのない覚醒を迎えた

 

重い身体を起こし、首元を軽く回して骨を鳴らす

 

わずかな衣擦れの音に反応するように、部屋の反対側に置かれたベッドでシーツが揺れた

 

桐藤ナギサもまた、ゆっくりと身を起こす

 

まだ顔色は優れないが、その双眸は確実にタグの姿を捉えていた

直接言葉を交わすのはこれが初めてだが、互いに相手が何者であるかは理解している

 

タグは一瞥だけをくれ、無言でベッドから立ち上がる

 

赤い耐圧服の胸元を引き締め、次なる戦闘への準備を進めようと踵を返した

 

「待ってください」

 

背後から掛けられた声は、ひどく掠れていた

タグは足を止め、振り返らずに耳を傾ける

 

「一人の大人として……貴方にお聞きしたいことがあります」

 

ナギサは自身の膝の上で、力なく両手を握りしめる

 

自らが張り巡らせた疑心暗鬼の糸が、結果としてミカを孤立させ、エデン条約を最悪の破局へと導いた

 

自身が選んできたあらゆる手段が間違いだったのだと、彼女の心は深い悔恨に沈み切っている

 

「間違いを犯したリーダーは、どうすればいいのでしょうか」

 

懇願にも似た問いかけ。一介の兵士に問うべき内容ではない

だが、震える両手でシーツを握りしめ、縋るようにタグを見上げる彼女は、極限の重圧の末に為政者としての正常な判断力すら失っていた

 

対するタグにしても、打ちひしがれる権力者の懺悔に付き合う義理などない

 

だが、泥と血に塗れながらも彼女を救い出そうと足掻いた三人の少女の姿が脳裏を過る

 

タグは小さく息を吐き、静かに振り返って見下ろした

 

「エデン条約のことを聞いているのか。協調という選択は、組織運営においてごく当たり前の行動だ」

 

淡々とした、一切の感情を交えないしゃがれ声が部屋に響く

 

「結果として裏目に出たにせよ、どの角度から見ても悪意を持って罠を仕掛けた第三者が悪い。そもそも、間違いを一切犯さないリーダーなど、俺はただの一度も見たことがない」

 

タグは視線をわずかに外し、かつて自身を使い潰してきた戦場の記憶を脳裏の隅へ追いやる

 

「己のミスを認めず、部下に責任を擦り付けて平然としている腐った上層部ばかりを見てきた。だから、全てを自分の責任だと抱え込んで怯えるトップの姿は、俺にはひどく奇妙に見える」

 

突き放すような言葉選びとは裏腹に、決してナギサから視線を外さないその姿に、彼女はハッと息を呑んだ

 

「だが、責任感があるだけ随分と上等だ。自分のミスを数え上げて立ち止まる暇があるなら、今やれる最善をやろうとする意識を持て」

 

タグは視線を扉の方へ向け、死線を越えた少女たちの姿に思いを馳せる

 

「ツルギという女は、己の身体が壊れるのも厭わず、単騎で敵軍を引き付けた。ハスミは盾となって一歩も引かずに戦い続け、俺に託した。ヒナタは指の肉が削れるまで瓦礫を退け、アンタを救い出した」

 

ナギサは震える唇をきつく噛み締め、膝の上のシーツを握る手に限界まで力を込める

 

彼女のプライドと責任感が、タグを前にしてかろうじて涙を堰き止めていた

 

「三者三様、やれる最善を尽くして死地から帰ってきた。次はアンタがそれに報いるべきだ」

 

それ以上語る必要はないと判断し、タグは再び背を向ける

 

「俺は出る。先生が待っているはずだ」

 

重いブーツの足音が、VIPルームの扉の向こうへと消えていく

 

完全に気配が遠ざかり、部屋に再び静寂が降りた瞬間――ナギサは耐えきれずに顔を伏せ、声を殺しながら大粒の涙を零し始めた

 

 

 

野戦の仮設ドックと化した敷地の隅へ戻ると、けたたましい金属音と青白い火花が飛び散っていた

 

緑の装甲騎兵――スコープドッグは、エンジニア部の手によって修復作業の最終段階に入っている

 

ヒビキが溶接機のバーナーで火花を散らし、コトリがタブレットを片手に数値を早口で読み上げている

 

「あ、タグさん! ちょうどあと少しで完了するところです」

 

コトリが額の汗を手の甲で拭いながら声を張り上げる。夜通し作業を続けていた少女たちの顔には疲労が濃く見えるが、その瞳の輝きはタグにはまぶしいほどだ

 

「関節部にこびりついていたトリモチは、溶剤で完全に除去しました。ヘヴィマシンガンは現状修理は不可ですので、タグさんがこちらに持ち込んでいた武装を用意しました。ウタハ先輩が最終チェックをしています」

 

ヒビキも作業用ゴーグルを額へ押し上げ、小さく息を吐いてタグを見上げる

 

「徹甲弾が直撃した頭部装甲も、応急処置だけど溶接した。マッスルシリンダー、電装、その他一切チェックは完了してある」

 

タグは無言で機体に近づき、新しく溶接された装甲を軽く叩いて強度を確かめる

 

重く鈍い音が響き、応急処置とはいえ彼女たちが持てる技術のすべてを注ぎ込んだことが伝わってくる

 

「お前たちの技術には助けられる」

 

タグの短くも確かな感謝の言葉に、ヒビキは照れくさそうに視線を逸らし、コトリはえへへと誇らしげに胸を張る

 

その時だった

 

朝焼けに染まりつつあったトリニティの空に、強い風が吹き抜ける。次に眩いほどの陽光が真っ直ぐに差し込んできた

顔を上げた少女たちの瞳に、澄み切った鮮やかな青色が反射する

それはただの天候の変化ではない

どれほどの絶望の淵にあっても決して諦めない、生徒たちの祈りと意志がもたらした奇跡――この世界が彼女たちのものだと宣言するかのような、圧倒的な青空だった

 

「青空……」

 

ヒビキが眩しそうに目を細め、ぽつりと呟く

 

タグもまた、コックピットの昇降ペダルへ足を掛けながらその空を見上げる

微かな吐き気と、何かが自分を塗り替えようとする感覚――これから向かうのは、死地だからだろうか?

だが、この世界の空は、どこまでも青く澄み渡っていた

 

タグはヘルメットを深く被り、エンジニア部の三人に短く頷いてから、静かにハッチを閉めた

 

重低音の駆動音が響き渡り、蘇ったスコープドッグが大地を蹴る

ターボカスタム用のミッションパック、ジェットローラー機構などは外されている

右腕にショートバレルマシンガン、左腕にソリッドシューターを構える――どちらもサンサで譲り受けたものだ

 

代替ポリマーリンゲル液の循環は正常、グライディングホイールの回転も異常なし

エンジニア部の応援を背に、再び騎兵が戦場へと進む

 

目指す先は先生のシグナル――そこは崩落した古聖堂の最深部、広大なカタコンベに続く地下道の入り口だった

 

 

少し出遅れたらしい。進行ルート上にはいくつもの戦闘痕と、傷を負った生徒達が休んでいる姿がある

瓦礫が散乱する地表を突破する緑の装甲騎兵の頭上から、二つの影が舞い降りる

風を切る音と共に、機体の左右の装甲に軽い衝撃が走った

外部モニターが捉えたのは、小柄な体躯に不釣り合いな重火器を抱えた二人の少女の姿だ

 

「いや~、これ揺れるけど早いねぇ」

 

左肩に掴まったアビドスの小鳥遊ホシノが、強風に髪をなびかせながら口角を上げる

彼女の瞳には普段の眠たげな色はなく、獲物を狙う猛禽のような鋭い光が宿っている

 

右肩にはゲヘナの風紀委員長である空崎ヒナが、巨大な機関銃を片手で器用に支えながら機体に身を寄せる

彼女は乱れた髪を直すこともせず、ターレットレンズ越しにタグへと視線を向けた

 

「周辺の掃討は落ち着いた。――先生が地下に進んだと聞いてるわ、私たちは気にせず急いで」

 

左肩に掴まるのは世話になったアビドスの少女、右肩の風紀委員長については語るまでもない

タグは操縦桿を強く握り込み、フットペダルをさらに深く踏み込む

機体が跳ねるほどの急激なGがかかるが、両肩の二人は微かに膝を曲げて衝撃を殺すだけで、その姿勢を寸分も崩さない

甲高いモーターの駆動音だけを残し、騎兵は最高速のまま、地下への入り口へと滑り込んだ

 

 

下へ続く階段を、ローラーダッシュで踏みつぶしながらスコープドッグは進む

 

太陽の光が届かない地下空間は、冷たい空気とカビの匂いに満ちていた

だが、タグの注意を引いたのはその不気味な雰囲気ではなく、通路そのものの異常なスケールだ

スコープドッグがフルスピードで疾走し、両肩に生徒を乗せている状態でも、天井や壁には圧倒的な余裕がある

本来、人間が身を隠すためや秘密の儀式を行うためのカタコンベにしては、あまりにも巨大すぎる設計だ

まるで最初から、装甲車両やそれ以上の巨大な何かが通行することを前提に造られたかのような空間がどこまでも続いている

タグは操縦席のコンソールから目を細め、戦場特有の嫌な予感を覚える

モニターの光源を頼りに暗闇を睨みつけ、外部スピーカー越しに肩の二人に警告を発した

 

「大物がいるかもしれん」

 

武装の点検を済ませた二人の少女が、静かに武器を構え直す気配が装甲越しに伝わってくる

暗闇の奥深く、先生が待つ最深部へと、騎兵は爆音を轟かせながら一直線に駆け抜けていく

 

 

巨大な地下通路を抜けた先、視界が唐突に開けた

 

そこは古聖堂の真下とは到底思えない、異常な空間の広がりを持つ地下大聖堂だった

最深部に鎮座する巨大な祭壇。その前に立つ先生と見知らぬトリニティの生徒を見下ろすように、予感を裏付ける『大物』がそびえ立っていた

顔のない司祭と呼べばいいのだろうか――4本の腕で祈り、杖を構えている

 

オーラを放つ異形の巨体を前に、トリニティの生徒が銃を構え直す

そこへ重低音のローラーダッシュ音が鳴り響き、緑の装甲騎兵が合流を果たす

機体の両肩からヒナとホシノが軽やかに跳躍し、先生を護るように両脇へと着地した

 

「間に合ったね、先生」

 

ホシノがショットガンを構え、ヒナも巨大な機関銃の銃口を司祭へと向ける

窮地に駆けつけた最高戦力たちを前に、先生が安堵の息を吐き出そうとしたその時だった

 

底抜けに明るい、歓喜の笑い声が反響する

 

「素晴らしい、実に素晴らしい展開だ」

 

空間の奥底から姿を現したのは、頭が二つ、どちらにも顔がない異形のマネキン人形だった

 

タグがターレットレンズを向け、その正体を認識しようとした思考の隙間――あるいはこの場を俯瞰する「何者か」へ向けて、芝居がかった声が滑り込んでくる

 

「マエストロとお呼びください」

 

鼓膜ではなく脳髄を直接揺らしたその名乗り――ゲマトリアの一角、マエストロだ

 

彼の視線は先生と、異邦の技術の結晶である鉄の騎兵に釘付けになっている

 

「未知の美学、泥臭くも完成された機能美……予定外ですが、それもまた芸術に必要なものだ。本当に半端な作品でお相手することを許していただきたい、せめて舞台だけでも喝采に相応しいものを」

 

マエストロが両腕を大きく広げると同時に、先生の胸元で青白い光が脈打ち始める

 

「お代は不要。ここは私が支払いましょう」

 

何を対価としたのかわからない。しかし何かをマエストロは支払ったのだ

 

先生が取り出した大人のカードが放つ強烈な輝きと、マエストロの持つ力が空間そのもので共鳴を起こした

激しい地鳴りとともに地下大聖堂の床が再構築され、暗闇の底から巨大な一枚の円盤のごとき石造りの闘技場が浮かび上がる

外部から完全に隔離されたその円盤の上に取り残されたのは、五人の挑戦者と一体の怪物のみだった

 

タグはターレットレンズを鋭く回転させ、眼前の巨大な標的に照準を固定する

スコープドッグはマシンガンを、ヒナとホシノ、そしてアズサも己の武器を構えて、一斉に戦闘態勢をとった

 

「勝とう、みんな」

 

先生の静かで力強い決意の声が、闘技場に響き渡る

 

鉄の騎兵と少女たち、そして指揮官たる大人の五人による総力戦が幕を開けた

 

 

今の共鳴の影響か、シッテムの箱が再起動に成功したようだ。先生のタブレットと、スコープドッグのコックピットに用意したタブレットが同時に復帰する

 

『先生、正体不明の強大な神秘を検知しました! 解析……間に合いません、気をつけて!』

 

こと、現象の解析においては万能であるはずのアロナが悲痛な叫びを上げる

 

 

ヒエロニムスが左腕の巨大な杖を闘技場の石床に深々と突き立てる

 

直後、アズサとホシノの足元から赤黒い呪いのオーラが間欠泉のように吹き上がった

 

「散開して」

 

アズサが鋭く叫び、身を翻して爆発から逃れる

ホシノはバリスティックシールドを展開し、正面から吹き上がる爆炎を強引に耐え凌いだ。盾の表面が赤熱し、ホシノはブーツで石床を激しく削りながら後退した

 

『敵意を引き付けるか試す』

 

機動戦を仕掛けるスコープドッグは、ローラーダッシュの滑走で次々と足元から迫る爆炎を置き去りにしていく

車輪が石床を焼く焦げ臭い匂いが大気を満たす

ヒエロニムス周辺を円を描くように高速移動しつつ、右腕のサブマシンガンを浴びせる

30mm弾がヒエロニムスの装甲を叩くが、火花を散らすだけで分厚い防壁に阻まれ致命傷には至らない

 

『硬いな』

 

「先生、あそこ! なにか光ってる!」

 

ホシノの切羽詰まった声に、先生が視線を走らせる

闘技場の片隅に浮かび上がった奇妙な緑色の物体――聖遺物

先生の手の中にあるシッテムの箱が一筋の光の帯を伸ばし、激しく共鳴していた

 

「あの緑の物体に、箱のエネルギーを流し込む。みんなはヒエロニムスの注意を引いて!」

 

先生がタブレットの画面を強く叩き、大人のカードの力を聖遺物へと注ぎ込む

 

緑色の光が満ちて聖遺物が輝きを放つと同時に、ヒエロニムスの巨体が苦痛に身をよじり、その強固な装甲に明らかな亀裂が走った

 

「よし、今なら通る。畳み掛けて」

 

先生の指示に呼応し、ヒナが機関銃の銃身を唸らせ、弱体化した装甲めがけて猛烈な弾幕を浴びせかける

 

しかし、異形の人工天使は悲鳴の代わりに、自身の周囲を不吉な赤色に染め上げた

 

“ウルガータ”――呪いの言葉が紡がれ、最前線に立つホシノの身体に禍々しい赤い紋章が浮かび上がる

 

「うへ、なんだか息が苦しいよ……」

 

ホシノが片膝を突く。彼女の強靭な肉体を以てしても、皮膚の表面から命そのものが削り取られるような激痛に顔が歪む

さらにヒエロニムスが杖を掲げ、体力を減らして動けないホシノを正確に捕捉した

 

「ホシノを移動させて!」

 

先生が額に汗を滲ませながら、通信越しにタグへ怒号に近い指示を飛ばす

 

『備えろ』

 

猛烈な排気音と共にスコープドッグが突進し、ホシノの身体を機体の左腕で強引に掬い上げ、ヒエロニムスの攻撃範囲から退避させる

背中を見せる騎兵をアズサがカバーし、弾幕でけん制する

直後、先ほどまでホシノがいた場所を極大の爆発が飲み込んだ

その爆発が闘技場を揺らす中、シッテムの箱の権限による集中治療の光がホシノを完全に満たし、赤い呪いの紋章がガラスのように砕け散る

 

「助かったよ、先生、タグさん」

 

ホシノが荒い息を吐きながら立ち上がる。その額にはべっとりと汗が張り付いていた

 

スコープドッグが再度アタックを仕掛ける。今度はサブマシンガンと抱えたソリッドシューターによる同時攻撃だ

さしものヒエロニムスもソリッドシューターの直撃は危険と判断したのか、明確な殺意を生徒から騎兵へと移す

騎兵の予測進行ルート上に、先回りのように爆発を“置く”

対し、騎兵はターンピックを駆使するスライドロールを繰り出す

装甲の軋む悲鳴と、飛び散る火花。苛烈なGがタグの肉体をシートに押さえつけるが、彼は奥歯を噛み締め、霞む視界をものともせずにサブマシンガンで反撃を繰り出す

 

騎兵が囮となるおかげで、生徒達は思い思いにヒエロニムスに火線を集中させる

ヒナの機関銃、ホシノのショットガン、アズサのアサルトライフルの銃撃がヒエロニムスへと何度も叩きつけられる

次第に人工天使のヘイローの輝きが鈍り始めていた

 

だが、戦闘が長引くにつれ、空間全体に呼吸すら焼かれるような熱波が満ち始める

死を覚悟したヒエロニムスが臨界に達し、すべてを塵に帰さんと莫大な力を胸部に集中させ始めた

大気がチリチリと焼け焦げ、このまま一撃を撃ち込まれれば灰すら残らないことは誰の目にも明らかだった

 

「なら、やられる前にやろう」

 

先生が視線を向けた先には、禍々しい紫色の聖遺物が浮かんでいる

シッテムの箱が警告音と共に、あの紫の物体を指し示している。あれを壊せばこちらの守りも消え失せるかもしれないが、限界を超えた力を引き出せるはずだ、と指揮官の勘が告げていた

 

一切の躊躇なく紫色の聖遺物を指差す先生

 

「全火力でアレを壊して、そのままヒエロニムスを撃ち抜こう」

 

生徒達の集中砲火が、不浄なる光を放つ紫の聖遺物を粉砕した瞬間、彼女たちの身体を強烈な力の奔流が包み込む

 

ここからは一切の妥協が許されないチキンレース――敵を破壊しきるか、それともこちらが破壊されるか

 

『合わせろ、ガードを下げさせる』

 

騎兵が正面からヒエロニムスの懐へと肉薄する。ヒエロニムスが決死の反撃として、両手の杖を振り回す

 

一撃目、右上段からの大振りにアッパー気味に放った右腕アームパンチを重ねる――砕け散る杖の破片と、ひしゃげる騎兵の右腕

ヒエロニムスと交差して通り過ぎたスコープドッグは、直後にターンピックを起動。即座に180度回頭して背後から仕掛ける

金属の杭が石床を深く抉り、凄まじい摩擦熱で白煙が噴き上がった

今度は左からの横薙ぎ――直撃コースのそれを、スコープドッグは全身をスライディングさせることでやり過ごす。ターレットレンズ先端を僅かに掠る杖

そしてヒエロニムスの足元に滑り込んだ騎兵は最大の火力、ソリッドシューターの砲口を心臓部へ掲げる

 

『終わりだ』

 

ゼロ距離で発射された60mm弾頭が、ヒエロニムスの最後の装甲を吹き飛ばす

装甲が完全に砕け散ったその瞬間を、生徒達の銃口が逃さない

アズサ、ヒナとホシノの全火力が一斉に殺到する

――狂気の芸術家が用意した舞台の上で、人工天使の巨体がゆっくりと崩れ落ちていった

 

 

 

 

狂気と奇跡が交錯する舞台は、幕切れを迎えた

切り札と騎兵が、芸術家を底なしの歓喜へと叩き込んだのだ

再演を約束し、主は喝采と共に闇へ消える

茶会に秩序が戻り、少女たちは穏やかな日常へと帰還していく

だが、破滅の果てに帰る場所を失った者たちがいた

彷徨うアリウスの狩人たちを射抜く、二つの冷徹な視線

一つは底知れぬ悪意、もう一つは騎兵の目

 

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