装甲騎兵ボトムズ -蒼の記録-   作:ジミーボーイ

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結成

青白いホログラムの光が、薄暗い作戦室に無機質な影を落としている

 

シャーレの地下に設けられた区画で、先生は目を血走らせながら無数のモニターを睨みつけていた

 

画面に映し出されているのは、キヴォトス全域の監視カメラ映像、各地のブラックマーケット内に埋伏させた監視ドローン、ヴァルキューレ警察学校をアロナがハッキングして入手したデータなど、決して表に出してはいけない情報の数々である

 

あらゆる合法、および違法すれすれの手段を講じているにもかかわらず、指名手配犯である錠前サオリと秤アツコの足取りは完全に途絶えていた

 

『ダメですね、先生。顔認証システムも、すべて空振りです』

 

シッテムの箱の向こう側で、アロナが申し訳なさそうに眉をハの字に下げる

 

エデン条約調印式の襲撃以降、あの二人はまるでキヴォトスの影に溶け込んだかのように一切の痕跡を残していない

 

アリウスで培われた隠密行動の技術は、最新の電子網すらも容易く欺くほどに洗練されていた

 

「……焦っても仕方がないか」

 

先生は深く息を吐き出し、目頭を強く揉みほぐす

 

傍らでモニターを観察していたタグが、腕を組んだままぼやく

 

「プロのゲリラ程度という認識でいたが、想像以上だな。アリウス分校の最精鋭と呼ばれるわけだ」

 

かつて反政府ゲリラとして身を投じていたことがあるタグの目から見ても、彼女たちの逃亡スキルは舌を巻くレベルだった

 

「敵も苦労しているようだな。あちらも血眼になって二人を探しているはずだが動きがない」

 

タグは顎に手を当て、キヴォトス全域の何割かを占める空白地帯を見つめる

 

追う者が二組いるにもかかわらず、標的は依然として暗闇の中だ

 

この静寂は、いつ破られるのか誰にもまだわからない

 

 

 

 

――アリウス自治区内、バシリカ

 

冷たく淀んだ空気が支配する堂内で、ベアトリーチェは扇子を弄りながら不機嫌さを隠そうともしなかった

 

「……未だにサオリの行方が知れないと?」

 

主への定期報告に訪れたアリウスの生徒は、恐怖に肩を震わせながら深く床に額を擦り付ける

 

エデン条約の襲撃が失敗に終わり、裏切り者となったスクワッドの残党――とりわけアツコは必ず生け捕りにするよう命じてから既にかなりの日数が経過している

 

にもかかわらず、彼女たちの足取りは全く掴めていない

 

それどころか、重傷を負って死に体であったはずのミサキとヒヨリの死体すら、キヴォトスの貧民街や裏路地のどこからも発見されていなかった

 

ベアトリーチェは扇子をピシャリと閉じ、怯える生徒を待たせたまま昏い瞳を細める

 

帰る場所を失った重傷者が、誰の助けもなしに生き延びることなど不可能だ

 

キヴォトスにおいて、明確な敵意を持ってトリニティとゲヘナを火の海にしようとしたテロリストを保護するような「狂人」など、たかが知れている

 

「古聖堂に現れたあの緑の騎兵、たしかシャーレの所属でしたね」

 

苛立ち気味だった彼女の声色が、ふと粘着質な愉悦を帯びたものへと変わる

 

点と点が繋がり、魔女の底知れぬ悪意がひとつの仮説に行き着いたのだ

 

「死体がないということは、どちらもあの甘ったるい偽善者……先生が拾い上げたということですか」

 

口元を歪め、ベアトリーチェは暗い虚空を見つめる

 

群れは散り散りになったが、弱い個体が保護されたとすれば群れの長はどう動くか

 

サオリは徹底的に兵士として育て上げたが、その根底には仲間への執着という愚かな弱点がある

 

「路地裏のゴミを漁るのはもうやめなさい。これからはあの先生の動向のみを徹底的に監視するのです」

 

跪いていた生徒が弾かれたように顔を上げる

 

「サオリはいずれ、仲間の安否を探るために、あるいは自身が生き延びるために、必ずあの『大人』の元へ接触を試みるはず」

 

ベアトリーチェは再び扇子を開き、口元の凶悪な笑みを隠す――罠を張る蜘蛛のように、彼女は次の獲物が網にかかるのを待つ構えに入った

 

 

シャーレの居住区画に設けられた医療用の個室

 

清潔なシーツの上に身を起こすミサキと、隣のベッドで縮こまるヒヨリの前に、先生とタグが丸椅子を引き寄せて腰を下ろした

 

サオリとアツコ、二人が潜伏すると思われる場所をシラミ潰しに探しているが、足取りが全く掴めないという現状を、先生が重い口調で告げる

 

「……身軽になったあの二人を、この広いキヴォトスでこちらから見つけ出すのはほぼ不可能だと思う」

 

ミサキは包帯の巻かれた腕で自身の前髪を乱暴に掻き上げ、思考の末の結論を口にした

 

「かといってマダムが二人を、特にアツコのことは絶対にあきらめない。何故なら生贄にするんだから」

 

生徒を生贄にする――その最悪の結末を阻止することこそが、彼らが血眼になって二人を探す最大の理由だった

 

最初にそれを聞いた時、先生は一切の感情を顔に出さなかったが、その瞳の奥にはかつてないほどの怒りが渦巻いていた

対してタグは冷静に評価する――まるで先生に冷や水をあびせるかのように

 

「生贄、か。オカルトが一現象として成立しているこのキヴォトスの場合、政治的儀式ではなく何かの力を得るためと見たほうがよさそうだな」

 

「だから急いでほしい。私たち二人を囮に使ってもいい、例えば私たちが生きているという情報や、公開処刑されるという噂でも流せば、リーダーは必ず接触してくるはず」

 

ミサキの口から出たあまりにも自己犠牲――というよりは虚無主義的な提案に、病室の空気が一瞬で凍りつく

 

タグは表情を崩さぬまま、その眼光だけでミサキを鋭く射抜いた

 

「そんな無駄な真似は無しだ」

 

その声には、怒りとも呆れともつかない感情が滲んでいた

 

「お前たちを生かしてここに匿うために、俺と先生がどれほど手を尽くしたのか忘れるな。こちらの苦労をドブに捨てる気か」

 

ヒヨリがビクッと肩を跳ねさせ、シーツを握る手にぐっと力を込める。ミサキもタグの気迫と庇護の意志に押されて、無意識に視線を逸らした

 

「タグさんの言う通りだよ。苦労はともかく、君たちの命を囮にするような作戦は絶対に却下だ」

 

先生は立ち上がり、二人のベッドの傍らへ歩み寄ると、怯える彼女たちの手を順番に優しく握った

 

「今はただ、しっかりと休んで怪我を治してほしい。君たちが安全な場所で元気になってくれることが、サオリたちに対する一番のメッセージになるんだからね」

 

どこまでも優しく、アリウスの常識からはかけ離れた大人たちの言葉

 

タグもそれに同調するように、気配を緩めて病室のドアへと背を向ける

 

「体を治すことを考えろ。今の状態で生意気なことを言っても説得力はない」

 

有無を言わさぬ大人たちの決定に、ミサキとヒヨリは反論の言葉を飲み込むしかなかった

 

 

 

トリニティ総合学園、ティーパーティーの執務室

 

 

いつものように用意された見事な茶器を前にして、桐藤ナギサは重苦しく、ひどく熱を帯びた溜息を吐き出した

 

目の前に座るタグは、出された紅茶の香りを静かに楽しんでいる

 

「……ヒヨリさんの件ですが、やはり不安が拭いきれません」

 

ナギサはティーカップの縁を指でなぞり、視線を落とす

 

彼女が恐れているのは、自学園の医療施設にアリウスのテロリストを極秘裏に匿ったという事実だ

もしそれがゲヘナ学園、とりわけ万魔殿の議長であるマコトの耳に入れば、トリニティを政治的に失陥させる絶好の口実として利用されるのは火を見るより明らかだった

 

「今更何を言うかと思えば」

 

その点を懸念するのは為政者として当然のことだが、タグはカップをソーサーに戻し、極めて平坦な声で返す

 

紅茶を目当てに定期的に訪問する彼に対し、ナギサは公的な事に関して様々な相談を行っている。時にはボイスチャット越しに先生を交えてのディスカッションに発展することもあった

 

タグの微塵も焦りを感じさせない態度に、ナギサは無意識に自身の指先をきつく握り込む

 

「その件については後始末がついている。……シャーレで確保した二人のアリウススクワッド、その片割れであるミサキの治療をどこで行ったと思う?」

 

「……それは、シャーレの設備か、あるいはどこか別の場所ですか?」

 

「ゲヘナの救急医学部だ」

 

あっさりとした答えであったが、その言葉が持つ圧倒的な質量に、ナギサの身体が完全に硬直する

 

手にしたティーカップの中で琥珀色の水面が大きく揺れ、微かに数滴がソーサーへとこぼれ落ちた

 

「な、ゲヘナで? 正気ですか、よりによってあの万魔殿のお膝元に引き渡したのですか!」

 

「ゲヘナがアリウスと手を組んでいる、と当然想定はするか」

 

静かな問いかけに、ナギサは急激な喉の渇きを覚えて唾を飲み込む

 

「……証拠が、掴めませんでした」

 

「結論だけ言おう、その思考は正しい。確保したミサキから証言が取れた――マコトはアリウスと密約を交わしていた」

 

タグは淡々と事実を突きつける

 

「条約の場ですぐ裏切られる程度のお粗末さであったわけだが、おかげで利用する隙があった」

 

「利用ですか?」

 

喉から絞り出すようなナギサの問いに、タグは無表情のまま言葉を続ける

 

「先生が密約の裏付けを取り、ヒナが極秘裏にミサキをゲヘナの救急医学部へ運び込んで治療の事実を作り上げた。それだけのことだ」

 

(……なんという恐ろしい真似を)

 

ナギサは脳内で散らばっていたパズルのピースが組み合わさっていくのを感じ、背筋にぞくりと冷たいものが走る

 

エデン条約を破綻に追いやった主犯の一人であるマコトへの意趣返しとして、ゲヘナの風紀委員長とシャーレの先生が結託し、あろうことか万魔殿のお膝元にテロリストをねじ込んだのだ

 

「ゲヘナにも、自陣営でテロリストを匿っていたという十字架を背負わせた。もしどんな形であれヒヨリの件が流出した場合、自分たちの失態も同時に世間へ暴露される仕組みだ」

 

相互確証破壊――その血も涙もない政治的抑止力の構図を完全に理解し、ナギサの指先が微かに震える

胃の痛みが消え去る代わりに、目の前の男と、その後ろにいる先生の底知れぬ狡猾さに圧倒されていた

 

「主犯は先生だ。俺は手を貸しただけの兵士だ」

 

ナギサは震える手でティーカップを口に運び、ようやく渇きを潤した

 

上質な茶葉の香りは、極度の緊張で全く感じられない

 

目前の自称兵士は、そんな彼女の内心など気にも留めず、表情一つ変えずに紅茶を楽しんでいる

ナギサの胸の内に芽生えたのは、清濁併せ呑んで盤石な交渉札を叩きつける大人たちへの、底知れぬ畏怖と確かな信頼だった

 

 

 

シャーレの執務室、深夜の静寂の中で先生は専用の通信端末に向かっていた

 

モニターの向こう側に映る空崎ヒナの目元には、濃い疲労の色が滲んでいた。エデン条約の事後処理に追われていることは想像に難くない

 

「……本当にそれでいいの、先生」

 

ヒナが画面越しに、念を押すように問いかける

 

「ああ。シャーレは当面、ゲヘナ学園との公式な交流窓口を風紀委員会に限定するという噂を流す」

 

先生はキーボードに置いていた手を離し、モニター越しにヒナの目を真っ直ぐに見つめ返した

 

マコトがアリウスと結んだ密約は、キヴォトス全体を巻き込む大惨事を引き起こしかけた

その責任をうやむやにしたまま、万魔殿と平時のように関わることはできないという、先生なりの明確な線引きの提示だった

 

「マコト議長が自身の非を認め、あの密約の件を謝罪するまで、万魔殿とは一切の会合を持たない。この姿勢は崩さないよ」

 

重圧を分かち合うような先生の言葉に、ヒナは小さく息を吐き、強張っていた口元を少しだけ緩める

 

「わかった。風紀委員会としても、その方が動きやすいわ」

 

「致命的なすれ違いが起きてはいけないから、イロハ達にはいつでも相談においでとは伝えてるよ」

 

先生のこの立ち回りは、ヒナへの負担を軽減すると同時に、万魔殿に対する強烈な政治的圧力となる。ミサキを使って万魔殿と結ばせた共犯関係のカードと合わせれば、当面の盤面はシャーレが握れるはずだ

先生は小さく息を吐き、通信端末の電源を落とした

 

 

 

シャーレのロビーに、甲高い声と軽い足音が響き渡る

 

「ねえねえオジサン! あの鉄の塊のブラックボックス、触りたーい!」

 

黒崎コユキが、タグの背後にぴったりと張り付くようにして矢継ぎ早に言葉を投げかけていた

 

彼女の目は、未知の技術の塊であるスコープドッグ――未だにアストラギウス製のままとなっている一部の電装に対して、純粋な好奇心を発揮していた

 

タグは手元のタブレットから視線を外さず、まとわりつくコユキを完全に無視して歩みを進める

 

「ちょっとだけ!ほんのちょっとだけ中身を見せてくれるだけでいいんです! 私、絶対に壊したりしませんから!ちゃんとあの日、反省室で一日中じっとしていたんですよ!」

 

コユキはタグの前に回り込もうと、小動物のようにぴょんぴょんと飛び跳ねる

 

「――ミサキとヒヨリに構ってもらえ。俺はまだ仕事が残っている」

 

「そしたらオジサン、お小遣いください! 外に遊びに行こうにも、二人とも一円も持ってませんから、私が案内して奢りますよ!」

 

他人の金を使って奢るという図々しい提案だったが、タグは足を止めると、懐から一枚の電子マネーカードを取り出してコユキの額に押し付けた

 

「……上限設定済みのプリペイドだ。好きに使え」

 

「わぁい! オジサン太っ腹ー!」

 

「ただし条件がある。D.U.からは絶対に出ないこと。それと、あいつらに妙なものを食わせるな」

 

「まっかせてくださーい!」

 

コユキはカードを奪い取るように受け取ると、病室で辛気臭くなっている二人を連れ出そうと、鼻歌交じりにエレベーターへと駆けていった

 

その背中を少し離れた場所から見ていた先生が、コーヒーの入ったマグカップを片手に苦笑を浮かべる

 

「あの子の扱い、手慣れていますね。……それに、タグさんが自分の財布からお小遣いをあげるなんて珍しい」

 

先生の言葉に、タグはエレベーターの扉が閉まるのを無言で見届けた

 

無意識のうちに、手に持っていたタブレットの硬い縁を指の腹でゆっくりとなぞる

 

「……昔の俺を見ている気分になるだけだ」

 

「タグさんも、昔はあんな風に暗号解読なんかを?」

 

「いや、ただ自分の知らない理屈を知っている年上の知性ある女性に、しつこく付き纏っていた程度だ」

 

タグのしゃがれた声に乾いた響きが混じる

 

それは彼が兵士になる前の、平和な一般家庭の子供であった頃の遠い記憶だった

 

「戦争なんて自分には関係ない、そう思ってた頃のな」

 

先生はマグカップを持つ手に力を込め、タグの横顔を静かに見つめた

 

「昔の自分に重ねている、と?」

 

先生がその不器用な優しさに寄り添おうと、言葉を紡ぐ

 

しかしタグは小さく息を吐き出し、否定も肯定もしなかった

 

「――どうだろうな。ただ、俺みたいになってほしくないのは確かだ」

 

 

 

シャーレの居住区画の一室、真新しい支給品が並べられたテーブルの前に二人の少女が立っている

血と泥にまみれたアリウスの戦闘服と使い古した下着類は、廃棄ボックスに捨てられてから久しく時間がたっていた

代わりにヒヨリが身を包んでいるのは、支給された機能的なタクティカルジャケットと、サイズの合った清潔なインナーだ

 

「これ……本当に私たちが着ていいんでしょうか」

 

痛々しい太ももの裂傷跡を隠すための黒のコンプレッションタイツを纏い、その上からミニスカートを穿いたヒヨリは、真新しい生地の感触を確かめるように自身の袖口をそっと撫でた

 

隣に立つミサキも、まだ残る全身の銃創を隠すために動きやすさを重視した長袖のタクティカルシャツに腕を通し、下半身にはヒヨリと同じタイツにショートパンツを合わせた

そして自身の愛用武器であるロケットランチャーのメンテナンススリングを、慣れた手つきで肩に掛け直す

 

「着るしかないでしょ……他に選択肢はないんだから」

 

ミサキは平坦な声で返しつつ、銃身についた細かな傷を指先でなぞる

彼女たちに与えられたのは、ただの衣服や弾薬ではない。それは「シャーレ直属の生徒」という、キヴォトスにおいて最も強力な庇護を示す身分証でもあった

 

「あの人たちを信じるのは、まだ難しいです。けど……私の命を救ってくれたことの、お礼はしたいです」

 

ヒヨリは顔を上げ、かつての絶望に染まりきっていた目とは違う、微かな光を帯びた瞳でミサキを見つめる

その手は、もう怯えからパニックを起こすような無様な震え方をしていない

ミサキは小さく息を吐き出し、整備を終えた武器を背中に背負い直した

 

「……そうだね、恩知らずなんて思われるのは私も嫌だ。だからまずサオリとアツコを見つけ出す。あの大人に借りを作ったままじゃ、死ぬに死ねないからね」

 

「はい!」

 

今度は小さく息を吸い、ミサキは部屋のドアを開け放った

新しい装備と、ほんの少しの希望を胸に抱き、ミサキとヒヨリは部屋の境界を越えてシャーレの明るい廊下へと足を踏み出した

 

廊下では、普段とは異なる姿――赤い耐圧服を身にまとい、右手には耐圧服用のヘルメットを掴んでいるタグが待っていた

タグは二人の姿を認めると、無言で背を向けて歩き出した。ミサキとヒヨリも遅れまいと、その背中を追う

 

進んだ先は先生の執務室だ。中では、デスクの奥で椅子に腰掛けた先生が彼女たちを待っていた。デスクの上には、IDカードホルダーと最新モデルのスマートフォンが、それぞれ二つずつ用意されていた。タグはデスクの横に控える

 

「サイズは問題ないみたいだね、二人とも。じゃあまずはこれ、身分証。各種公共交通機関の利用や電子支払いが出来る。ここの入場証としてはもちろん、一般生徒が立ち入れないセキュリティが厳しい場所への立ち入りも可能になるから覚えておいて」

 

先生はまず、二人にカードホルダーを手渡した

ミサキとヒヨリはそれを受け取り、首から下げる。胸元でシャーレのエンブレムが微かに光を反射した

 

「それとこれはプレゼント。僕とタグさんが共同で買ったスマートフォンだよ。通信費はシャーレの経費で落ちるようになっている。何かに課金するときはちゃんと利用目的を申請してね」

 

次に手渡されたのは真新しい端末だ。丁寧に画面保護フィルムと本体保護ケースまでセットになっている

ヒヨリは手渡されたそれを、まるで起爆装置でも扱うかのように両手でこわごわと握りしめる

 

「こ、こんな高価なもの……もし落として割ってしまったら、弁償するしかっ」

 

「ヒヨリ、深呼吸。……先生、私たちはこんなの貰う理由がない」

 

ミサキが鋭い視線を真っ直ぐに先生へ向ける

先生は困ったように眉を下げ、隣の赤い耐圧服を着た男へ視線を流した

 

「僕もそう言ったんだけどね。タグさんが『情報弱者の歩兵はどこだろうが足手まといだ』って言って聞かなくて」

 

視線を向けられたタグが短く鼻を鳴らす

 

「スマホは先生、保護ケースは俺が用意したミレニアムの特注品だ。製作者のヒビキ曰く、装甲車に轢かれても安心らしい」

 

「……っ、ありがとうございます」

 

ヒヨリが胸元に抱え込むようにして深く頭を下げる

それを聞いたタグは背を向け、出撃の合図のように短く告げて歩き出す

 

「行くぞ」

 

ミサキはスマホの冷たい感触を手のひらで確かめると、ヒヨリを連れ、タグの後を追って歩き出した

 

 

 

 

目覚めたはずの預言者、その瞳に映るは曖昧なる現像

敗残兵を従え、犬は泥濘の日常を駆ける

奇妙な共闘の噂は、虚無を彷徨う孤独な刃の耳を打つ

大人の端末に届いた、暗闇からの招待状

希望の合流点、それは魔女が待ちわびた破滅の顎

 

次回「陥落」

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