装甲騎兵ボトムズ -蒼の記録-   作:ジミーボーイ

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聖堂

――カタコンベ、地下深部

 

スコープドッグが、低い駆動音を唸らせながら狭い石造りの回廊を進んでいた。

 

装甲のあちこちに刻まれた無数の弾痕と、ひどく剥がれ落ちた塗装の白い傷跡が、つい先ほどまで繰り広げられていた死闘の凄惨さを物語っている。

 

左腕の装甲は半壊し、内部の機構がむき出しになっている。しかし修理をするための材料、工具はない。

 

(……とはいえ、よく生きていたものだ)

 

タグは、コントロールスティックを握る手袋に、微かに滲んだ自身の血を見下ろした。

 

胸部装甲を貫通した弾丸や破片が身体を掠め、全身に打撲と浅い裂傷を負ってはいるが、動きを阻害するほどの怪我はない。

機体の損傷具合からすれば、自分自身が肉塊になっていないのが不思議なほどだった。

 

あの狂気の中にあってなお、彼女の放つ弾丸は無意識のうちにコックピットの急所――タグの命を奪う決定的な軌道を逸れていたのだ。

どれほど絶望に呑まれ、世界を壊そうと叫ぼうとも、彼女の魂の根底には“一線を越えること”を強烈に拒絶する心が残っていた証拠だった。

だからこそ、あの捨て身の説得が通用したのだとタグは改めて痛感していた。

 

ターレットレンズが、前方の澱んだ暗闇を見通す。

壁面を這う菌類が発するぬらりとした燐光と、足元を流れる腐敗した泥水が、機体の重々しい金属音を反響させて四方八方へと散らしていく。

 

「右に曲がって。次の分岐で左。……その先の石柱が見えたら、そこで一旦止まって」

 

コクピットの外壁を軽く叩きながら、聖園ミカが明るい声をかけた。

 

彼女は長時間ミッションパックに設けられている、金属パイプとパイプクッションで出来た仮設シートに座っていた。

片手には青白い光を放つスマートフォン。もう一方には、使い込まれた黒革の装丁に金箔の装飾が施された、相当な年代物の分厚い手帳が握られている。

スコープドッグが進路を変えると、ミカはスマホのライトの光を頼りに、手帳に書き込まれた緻密な地図を指先でなぞった。

 

『……その本、どこで手に入れた』

 

外部スピーカーから、タグの平坦な声が降ってくる。

 

「んー、借り物」

 

ミカは軽く肩をすくめ、口元にだけ小さな笑みを浮かべた。

 

「トリニティの図書館、そのまたずっと奥の立ち入り禁止区画に眠ってたんだ。

私がアリウスと……前にサオリたちとコソコソ連絡を取り合ってた頃の話なんだけどね、いつも向こうから接触してくるばっかりで、私がアリウス自治区の場所すら知らないのはなんだかフェアじゃないなって思って、調べ尽くしたの。

そのせいで図書委員会の子と揉めちゃったけど、取引を条件に貸してもらったの」

 

『それだけの労力とリスクをかけた理由は』

 

少しの、重い間があった。水滴が泥水に落ちる音だけが響く。

 

「――いざという時は、私から自治区に乗り込んでやろうって考えたの。だからトリニティ中の古い記録をひっくり返して……結果、図書館を出禁になりかけたんだけどね」

 

『それだけか?』

 

「……あの子たちと、上手くやれるかもって期待してた時の準備。いつかみんなとお茶会が出来ればいいかな、って」

 

『……』

 

エデン条約破綻の真相を知っているタグは何も言わない。ミカもそれ以上は語らない。

スコープドッグのローラーダッシュによる摩擦音だけが、二人の間に落ちた沈黙を埋め続けた。

 

「地図アプリの方は、私が組んだの」

 

やがて、空気を切り替えるようにミカが言ったが、すぐに小さく舌を出して訂正した。

 

「……ううん、ちょっと見栄張っちゃった。一から作ったわけじゃないんだ。ベースになる経路計算のプログラム自体は、ミレニアムの子にお金払って組んでもらったの。私、そういう頭を使うことは苦手だから」

 

ミカは照れ隠しのように笑う。

 

「でも、手帳の暗号みたいなアナログデータを一つ一つ解読して、全部手作業で入力したのは私だよ。カタコンベの構造変化のパターンも、記録通りにきっちり反映してあるしね。動作は問題なし……これさえあれば、どこの出口へでも誘導できるよ」

 

そしてスマートフォンの画面をスワイプし、複雑に絡み合う線図を呼び出す。

 

「私自身がアリウス自治区の中に入ったことは一度もないけどね」

 

『分かった。手札としては十分だ』

 

タグは端的に答え、コントロールスティックを操作した。

 

幾つもの分岐を抜けるうち、空間がより古く、湿ったものへと変わっていく。

人工的な臭いは消え、土と石灰岩、そして長い年月そのものが堆積したような重い匂いが鼻腔を突き始めた。

 

「もうすぐ出口。……このカタコンベ、本当に生き物みたい。手帳とアプリがなきゃ、絶対に迷子になってたよ」

 

『先生たちが無事に抜けられていればいいが』

 

「……多分大丈夫だと思うよ。スクワッドの子たちは何度も出入りしてたから、間違うことはないと思う」

 

『ならいいが……』

 

 

やがて、前方の暗闇の奥に、僅かな青白い光が滲み始めた。

 

――それは月光。

 

石造りの分厚いアーチをくぐった瞬間、湿った夜の空気と、むせ返るような土と木々の匂いが一気に押し寄せてきた。

 

カタコンベを抜けた先に広がっていたのは、鬱蒼とした深い森だった。

タグは機体を停め、GPSで位置を確認しようとするが……反応がない。正常に動作していないようだ。

 

『ハッチを開ける。注意しろ』

 

念のためにミカに注意するとコクピットハッチを跳ね上げる。そして冷たい夜気に包まれながら周囲を観察する。

巨大な樹冠が頭上で重なり合い、星の光を遮っている。

足元は湿った腐葉土で、スコープドッグの8トンを超える重量に耐えられないようで、脚部がずぶりと深く沈み込んだ。

 

コックピット内壁にマウントしてあるタブレットを起動したタグは、その画面を見て眉を微かにひそめた。

衛星マップの更新が完全に停止している。GPSの座標値が、不自然な数値で固定されたままピクリとも動かない。

 

「電波が遮断されているな」

 

「認識阻害のせいだと思う」

 

ミカは涼しい顔で答えた。スコープドッグの肩にちょこんと腰掛け、森の暗闇を見渡す。

 

「アリウス自治区はね、誰にも見つからないように作られてるの。衛星の目からも、探知機からも。長距離の通信電波だってここじゃ届かない。……この自治区が、長い間、外から手を出されなかった理由の一つ」

 

「先生との通信は?」

 

「そっちは問題ないと思う。カタコンベの中では遮断されてたけど、向こうも自治区周辺に到着していれば繋がると思うよ」

 

タグは無言でタブレットを操作した。

 

1コール……2コール……3コール目、繋がった。

 

『……隊長!?』

 

直後、スピーカーから飛び込んできたのは、まずヒヨリの悲鳴だった。

 

――コールが入った瞬間、先生に「私が受けます!」とヒヨリが申し出たことを、タグは後で知った。

 

「俺だ」

 

『よ、よかったぁぁっ……! 通信が途絶えてからずっと心配していたんですぅ! 隊長、生きてますよね!?幻覚じゃないですよね!?』

 

「生きている。足もある」

 

『隊長ぅ……』

 

鼻をすする激しい泣き声が通信越しに響く。そのヒヨリの泣き声を押しのけるように、ミサキのひどく冷めた、だが微かな安堵を滲ませた声が割り込んできた。

 

『隊長、そっちの状況は?』

 

「一時的な通信空白があっただけだ。今は問題ない」

 

続いて、先生の声が聞こえた。

 

『タグさん。……そっちのスコープドッグの損傷状況とナギサとの交信、断片的にだけど届いていました。かなり激しい交戦だったのはこちらでも確認しています』

 

「諸々解決した。詳細は後で話す」

 

『――わかりました。今必要なことじゃないですからね』

 

タグはそれだけ言い、一瞬だけ画面の外側――自身の機体に腰かけるミカへと視線をやった。

この場でミカが反転寸前まで追い詰められたことを話すのは、戦術的にも心理的にも得策ではない、とタグは判断した。

 

「そっちの状況を聞かせてくれ」

 

『……僕たちは今、カタコンベを抜けた先の地下水路の出口付近にいます。サオリが少し熱を出したので仮眠をとってもらっています。僕の傷のほうは落ち着きました』

 

「そうか。ならばまずミサキとヒヨリの情報、ミカの持つ情報をすり合わせよう」

 

『そうですね。ではまず目的地のほうですが……』

 

 

――10分後。

 

樹木の隙間からこぼれ落ちた月光が、森の地面にまばらな白い斑点を作っていた。

スコープドッグはその陰に、降着状態で潜んでいる。

騎兵の正面装甲に背を預けたタグは、通信越しの先生との間で作戦を組み上げる。

 

先生たちはアリウスの旧校舎に隠された地下通路を経由してバシリカへ向かう予定だ。それは地下からの完全な隠密侵入。

 

というのもメンバーが客観的に見れば、無事なのは前衛とは言い難いミサキ、後衛のヒヨリ、指揮官とはいえ怪我人の先生。

唯一の前衛であるサオリは疲労困憊しきっており、仮眠による回復を考えても、強攻はとても無理だ。

 

よってタグとミカが取る役割は「陽動」。

正面から、あるいはアリウス自治区の廃棄区画を派手に突き崩しながら前進し、ヘイトを限界まで引きつける。

陽動であるからには、先生たちより早く行動をとる必要があった。

 

「バシリカへの進入時刻は、儀式決行の時間とされる夜明けの1時間前にする。それまでにこちらに注目を引き付ける」

 

『それで行きましょう。……タグさん、あまり無理をしないでください』

 

「先生こそ」

 

通信を切るとタグはタブレットを収め、機体の側面に回った。

 

コックピットの後方、長時間用ミッションパックのラックから圧縮された野営用の寝袋を外すと、無造作にミカの足元へと投げ落とした。

 

「これ、何?」

 

今まで縁がなかったのか、ミカは足元に転がってきたものを寝袋だとわからないようだ。

 

(当然か、ナギサと似たようなお嬢様だからな)

 

「それは梱包された寝袋だ。それを使ってお前も休め」

 

ミカはきょとん、と目を丸くした。

 

「え、今から?」

 

「お前の消耗は相当なはずだ」

 

「……私は平気だよ。トリニティの生徒は頑丈なんだから」

 

「肉体だけの話じゃない。お前は、俺との戦いで激しいパニックを起こし、精神面にダメージを受けている。それに、慣れない行軍は無意識に神経をすり減らす。

……気づいていないようだな、手がすこし震えている」

 

容赦のない指摘にミカはビクッと肩を跳ねさせた。

 

人に言われたことで、ようやく自分の手が微かに震えていることにようやく気付いたようだ。

 

「……ごめんなさい」

 

「謝るな、素直に寝ろ。サオリほどではないがお前も休む必要がある」

 

ミカは素直に寝袋を拾い上げ、巨木の根本にある比較的乾いた土の上へと腰を下ろした。

 

彼女が休む態勢に入ったのを確認すると、タグはミッションパックの開閉カバーを開けるために、スコープドッグの側面から背中へ移る。

 

「俺は機体のメンテをする。周囲はこちらで見張るから安心しろ」

 

「人に寝ろって言っておいて、そっちは作業するの?」

 

「舐めるな。せめて一日不休で戦えるようになってから言え……それともお嬢様には、寝袋はきびしいか?」

 

腰部後方のPR液注入・排出口のカバーをスライドさせて開けながら、タグは生意気な口を叩くミカに返事をする。

まずミッションパックから空のジェリ缶を一つ、代替PR液が充填されたジェリ缶を取り出せるだけ取り出す。最大積載数は20缶、そのうちの10缶を出す。

 

むー、っと唇を尖らせるミカを横目にして作業を進める。

 

上の排出口に空のジェリ缶、下の供給口に新品の代替PR液が充填されたジェリ缶をつなぐ。あとは供給口横のスイッチを押すだけで自動的に古いPR液が空のジェリ缶のほうへ移り、新しいPR液がスコープドッグに注がれる。

 

もう一度ミカの方を見ると、そこには寝袋に身を包んだミカがいた。思ったよりは快適だったのか、ミカの表情が和らいでいる。

それを確認するとタグは作業に集中しはじめた。

 

 

「……ねえ、タグさん」

 

どれほどの時間が経ったか。

寝袋の中から、ミカのくぐもった声が聞こえた。

 

「まだ起きているのか」

 

「……少し」

 

眠りについたかに見えたが、意識はまだ浅い波間に漂っていたらしい。

 

「どうしてタグさんは、私とナギちゃんを助けてくれるの」

 

「――ナギサに借りを返すためだ」

 

「そうじゃなくて」

 

ミカの声は、ひどく静かだった。

明るい強がりも、見栄を張るような装飾も、その声の中には一切なかった。

 

「私……本当に酷いことをしようとしてた。タグさんのこと、何も知らずに殺そうとしてた。それなのに、あなたは向き合ってくれた。そしてナギちゃんと繋いでくれた」

 

「……」

 

「どうして、私やナギちゃんのためにそこまでしてくれるの? シャーレの仕事だから? それとも大人の責任、だから?」

 

タグは充填作業の手を止めた。

 

ジェリ缶を置き、夜空を見上げる。樹冠の隙間から、冷たく瞬く星が一つだけ見えた。そしてタグは目線をミカへとずらす。

 

「……俺には、たった一人だけ、友と呼べる奴がいた」

 

ひどくしゃがれた、過去の血と硝煙の匂いがこびりついているような声が、冷たい夜の森に落ちる。

 

「最初はそいつの監視役として、次は任務として友のふりをして、傍にいた。……ところが、いつの間にかそれが“本物”になっていた」

 

ミカは何も言わない。ただ、息を潜めて耳を傾けている気配だけが伝わってくる。

 

「俺はそいつを死地から助けるために……絶対に逆らってはいけないものの命令に背いた」

 

淡々と語るタグの横顔に、一瞬だけ、拭い去れない深い恐怖と後悔が過る。

それはミカが知るどんな大人も、悪党たちも決して見せたことのない、魂の底からの怯えだった。

 

「友を助けることは出来た、しかし裏切り者に居場所はない。そして逃げた結果がこの見知らぬ世界だ。……世界を違えた俺は、もう二度とあいつには会えない」

 

『二度と会えない』――その重く冷たい響きに、ミカの胸がざわつく。

 

「お前たちはそうなるな。そうならないように手を貸せるなら……俺は、それをするだけだ」

 

ミカの細い肩がビクッと跳ねた。

喉の奥から、ヒュッと空気を引き裂くような短い嗚咽が漏れる。

脳裏に、病室で錯乱するセイアの悲鳴と、自分の癇癪に怯えるナギサの顔を思い起こした。

 

――もしあの地下広間で、タグが自分を止めてくれなかったら。

 

自分は取り返しのつかない失敗で、大切な親友たちを「自らの手で」永遠に失っていたのだ。

喪失を経験した男の実体験が、ミカの胸の奥底で燻っていた罪悪感を、逃げ場がないほど真っ直ぐに打ち抜いた。

寝袋の縁を握りしめるミカの指先に力が入る。布越しに伝わる乾いた土の冷たさが、今の彼女には罰のように鋭く感じられた。

彼女はギュッと唇を噛み締め、ポロポロと滲み出そうになる涙を必死に堪えるように、何度も、何度も瞬きを繰り返した。

 

「……うん。……そうだね。助けてくれて、ありがとう」

 

震えを押し殺した、涙声の小さな呟き。

ミカは寝袋のジッパーを首元まで引き上げ、土の上に体を横たえた。

 

「……おやすみなさい、タグさん」

 

「ああ。時間になったら起こす」

 

タグはそれ以上何も言わず、ただ黙々とPR液の交換作業を続ける。

 

 

――助けてくれてありがとう

 

その言葉に、胸の奥のずっと乾いたままでいた場所が、ほんの僅かだけ、湿りを帯びたような気がした。

 

 

そしてミカのヘイローが、微かに明滅を繰り返し、やがて消失した。

規則正しい少女の寝息と、冷たい機械のメンテナンス音だけが静かに交差していた。

 

 

 

ピピッ、ピピッ

 

タイマーをセットしたタブレットが短く電子音を鳴らす。

 

きっかり二時間後――寝袋の中で丸くなっていたミカが、小さくあくびをして身を起こした。

 

「ふぁ……よく寝たかも。なんだか、すっごくスッキリしてる」

 

ミカは大きく伸びをし、固い体をほぐしていく。その瞳には明らかに英気が戻ってきていた。

 

「起きたか。水を飲め」

 

タグが軍用水筒をミカの横に置く。

ミカが水筒に口をつけながらスコープドッグを見ると、10個のジェリ缶が一か所にまとめて置かれている。

 

「ねえ、タグさん。これ置いていくの?」

 

一息ついたミカが尋ねる。

 

「ああ。機体を動かす人工筋肉の作動液……要は燃料の残骸だ。積む理由が無い」

 

ミカはジェリ缶を一つ拾い上げ、手の中で軽く振ってから、中身を確かめるように鼻先へ近づけた。

ツンとする、揮発性の強い化学臭が彼女の顔をしかめさせる。

 

「燃料……ってことは、ガソリンみたいなものか。随分臭うけど……これ、結構引火しやすい?」

 

「引火点は高めてあるが、燃焼物としてみればガソリン以上に危険だ」

 

ミカの瞳が、ゆっくりと、だが確かな熱を持って輝き始めた。

それは下水道の広間で見せた、自暴自棄な狂気の輝きではない。頭の回転が速い悪戯っ子が、とびきりの悪巧みを思いついた時に見せる、純粋で危険な輝きだった。

 

「ねえ。アリウスの廃墟区画、いくつかあるよね」

 

「あるな」

 

「廃墟にこれを撒いて……それで、火を点けたら」

 

「盛大に燃える」

 

「やりすぎない程度に、やってもいい?」

 

タグは少しの間、眼前の少女を見下ろした。

そこに破滅願望はない。あるのは、陽動作戦の手段として手元のカードを最大限に活用しようとする、合理的な戦術思考だ。

 

タグ自身も、その考えを肯定していた。

 

「……少し待て。こっちには元住民が三人いる、まずそちらに狙い目の場所を聞くのがいい」

 

「オーケー」

 

ミカは夜闇の中で、にっこりと完璧な笑顔を作った。

 

「火あぶりの魔女、やってみようかな」

 

「なら俺は魔女の飼い犬にでもなろうか」

 

「あはは、タグさんの機体の名前そのまんまじゃない!」

 

そして再び先生に連絡をつなぐタグはミカの案を伝えるのだった。

 

 

 

――深夜。アリウス自治区、外縁廃墟群。

 

 

最初の炎が上がったのは、自治区の東端にある、かつて資材置き場として使われていた石造りの廃屋だった。

 

スコープドッグの背中にいるミカが、ミッションパックから取り出した廃棄予定の使用済みジェリ缶を、まるで手榴弾でも扱うかのように無造作に投げつける。

ミカの常軌を逸した膂力によって放たれたジェリ缶は、目にも留まらぬ速度で空を裂き、激しい破砕音と共に分厚い石壁へ深々とメリ込んだ。

歪んだ装甲の割れ目から、揮発性の高い化学臭を放つ代替PR液がドクドクと零れ落ちていく。

 

その着弾地点へ向け、タグは一切の感情を交えずにヘヴィマシンガンを2発打ち込んだ。

空気を震わせる重い爆発音と共に、暴力的な青色の炎が吹き上がった。

肌を焦がすような猛烈な熱波と、ツンと鼻を突く化学的な燃焼臭が周囲の酸素を喰らい尽くし、石造りの廃屋を一瞬にして火柱へと変える。

 

『次』

 

「了解☆」

 

スコープドッグがローラーダッシュの摩擦音を響かせ、燃え盛る廃墟群の影を縫うように滑走する。

 

ミカはミッションパックの仮設シートに座り、突風と熱波を受けてなびく髪を片手で押さえた。

タグから借りたタブレットに映る、ミサキ手書きの地図を参考にして次の目標を指し示す。

 

「あの骨組みだけ残ってる建物、ミサキちゃんの注意書きそっくり! あそこも無人だけど、パトロールの経路だから燃やせば注目度アップするよ♪」

 

『では投げろ。また俺が撃つ』

 

「いっくよー!」

 

ミカの細い腕が空を切り、ジェリ缶が砲弾のごとき威力で建物にぶつかる。

再び放たれるヘヴィマシンガン、そして鼓膜を叩く爆発が再び起こる。

 

夜の闇を塗り潰すような二度目の爆発が、廃墟群を鮮やかな朱色に染め上げた。

アリウス自治区の内部から、けたたましい警報のサイレンと、恐慌状態に陥った守備隊の慌ただしい靴音が響き始める。

 

「三か所目、あの石造りの監視塔の跡地! あそこに火が回れば、バシリカへの主要な増援ルートを一本完全に塞げる!」

 

『投げろ』

 

「えいしょー!」

 

そしてまた一つ、巨大な青い火の手が上がった。

 

夜の廃墟の中を、地響きを鳴らして爆走する緑の騎兵。そしてその背中に乗り、星空のように輝くヘイローを揺らしながら無邪気に笑う一人の少女。

それはまさに理解不能な恐怖――『火あぶりの魔女』の降臨そのものだった。

 

青い火柱が次々と打ち上がるたびに、熱波に煽られた守備隊のアリウス生徒たちの怒号と悲鳴が廃墟に響き渡る。

 

「……タグさん」

 

機体の駆動音と炎の爆ぜる音の中で、ミカが風に負けない声で呼んだ。

 

「なんだ」

 

「楽しいかって聞いたら、怒る?」

 

「怒らない。……だが、俺は楽しいとは思わない」

 

「そっか」

 

ミカは、赤く染まった夜空を背景に、憑き物が落ちたような柔らかい微笑みを浮かべた。

 

「私は……ちょっとだけ、楽しいかも。こうやって、自分の頭でちゃんと考えて、前を向いて動けてる感じが」

 

タグは何も答えなかった。

ただ、肯定の代わりのように、ローラーダッシュの回転数をもう一段階引き上げた。

 

 

使用済みジェリ缶がとうとう無くなる頃、タグのタブレットが振動した。

画面には先生の名前。タグはコントロールスティックを握ったまま通信を開く。

 

『タグさん』

 

息を切らした先生の声。

 

「繋がる。状況は」

 

『今ちょうどバシリカの真下にきたみたいだ、地下から施設内部への階段を駆け上がっている』

 

「了解した。こちらは今から、正面突破に切り替える」

 

『火には気を付けて』

 

「先生もな」

 

通信を切る。そしてミカに声をかける。

 

『聞いていたな』

 

「うん」

 

『ここからは正面突破だ。何が出るかはわからない、備えろ』

 

ミカはスコープドッグの肩口に手をかける。

 

炎の猛烈な照り返しが、彼女のヘイローを鮮烈に照らし出す。かつてあの広間で見せた禍々しい暗赤色は、もうどこにも存在しなかった。

 

手にしたサブマシンガンのボルトを引き、ミカは不敵に笑う。

 

「準備完了、いつでもいいよ」

 

『行くぞ』

 

フットペダルを目一杯踏み込む。

 

スコープドッグが巡航速度から最大戦速へと加速、敵の待つ暗闇の中へと突入していった。

 

 

 

 

バシリカでね、タグさんは自分の過去に出会うの

といっても、タグさんにとっては道の石ころにもならないんだけどね

けど、私が出会ったのはよりによって相性最悪の聖女ってわけ

タグさんに助けてもらったけど、どうにかしないと先生が危ないじゃん

そこで私とタグさん、同じことを閃いちゃったの

 

次回、装甲騎兵ボトムズ 蒼の記録

「コンタクト、ウィズユー」

 

タグさん、私の手を取ってもらっていい?

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