装甲騎兵ボトムズ -蒼の記録-   作:ジミーボーイ

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猟犬(前編)

事の発端は、シャーレ執務室でのことだった。

 

深夜のカフェでの直談判を経て、RABBIT小隊のシャーレ加入が正式に決まった翌日。

先生とタグは、彼女たちの実力を測るための試験の内容について協議していた。

 

『実力を見るなら、実戦形式が手っ取り早い。……この際だ、他にもいくつかの演習を兼ねる。防衛側にはアリウススクワッドとミカを配置して、見えない敵への対応力と小隊の連携を測るとしよう』

『……RABBIT小隊には荷が重くないかな?』

『条件に差をつけることにする。今回はあくまで性能確認だ、多少の不平等は問題にならない』

 

タグの提案に先生が頷き、試験の骨組みが決まりかけたその時、タグがふと書類から目を離して疑問を口にした。

 

『人が増えてきたな。……ところで、先生。そのシッテムの箱を利用した戦術指揮は、同時に何人まで可能なんだ?』

 

『……何人だろ?』

 

『……』

 

答えの内容にタグの目つきが鋭くなり、眼力が強まる。

 

『すみません、ちゃんと確認します』

 

先生は自身の失言を認めた。

 

 

アリウススクワッドに加え、新たにRABBIT小隊の四人が加わり、シャーレの実働戦力は拡大しつつある。

それに伴い、指揮官である先生自身のキャパシティの限界を正確に把握しておく必要があるとタグが指摘したのだ。

またアリウス自治区で大破したスコープドッグが修理完了し、動作テストが必要なこともあった。

その結果、RABBIT小隊の試験フィールドとして、ミレニアムサイエンススクールが保有する廃墟区画を用いることになった。

同時に大規模な戦術指揮の限界測定テスト、スコープドッグの試運転も兼ねて行われる運びとなったのである。

 

 

 

――廃墟区画

 

 

廃墟の中心に位置する、比較的原型を保ったビルの一室。

先生はデスクに広げた2台のタブレット端末とシッテムの箱を操作し、画面に映る無数の光点を指揮していた。

光点の正体は、ミレニアム製の模擬オートマトン。

先生はそれらを動かし、大規模作戦の演習テストを行っている真っ最中だ。

一つ目のタブレットは周辺マップと、選択したオートマトンの視界を表示させている。

二つ目はコンディションモニター。オートマトンの状態や装備、残弾などが選択した人数分表示されるように調整されている。

彼の意識は完全にその作戦指揮のみに没入している。これから自分を狙って送り込まれる「暗殺部隊」の対処など、護衛に丸投げして一切反応しないにせよ、異常なまでの集中状態だ。

 

周囲を徘徊するオートマトンたちは、先生の指示通りに廃墟内を作業・巡回しているだけで、防衛には参加しない。

ただ「目の前に敵対者が現れれば自動的に発砲する」という環境ギミック程度の反応しか示さないように抑えられている。

 

そして先生がいるビルから少し離れた管制室。

多数のモニターが並ぶ薄暗い部屋で、タグはエンジニア部のウタハ、ヒビキ、コトリと共に通信機の前へ立っていた。

 

『……こちらRABBIT小隊。全員、初期配置に付きました』

 

通信機から、月雪ミヤコの張り詰めた声が届く。

先日シャーレへの加入を直談判してきたSRT特殊学園・RABBIT小隊のリーダーだ。

 

彼女たちに課せられた試験の勝利条件はただ一つ、『ビル内で戦術指揮を執る先生に、手で直接触れること』である。

 

 

「手で触れる……ですか?」

 

というミヤコの問いにタグはこう返した。

 

「先生には、所有しているシッテムの箱の機能により、銃弾や多少の爆風等を防ぐ防護壁がある。だが刃物等での攻撃は有効だ。なので先生に直接触れることで代替とする」

 

実際に確認するわけにはいかないので、ミヤコはその条件を飲んだ。だが、瞳の奥には「SRTが手加減をされた」という静かな屈辱と反発の色が滲んでいた。

 

 

 

「RABBIT小隊、待機せよ」

 

タグは無表情のまま短く応じ、通信を別の回線へと切り替えた。

繋いだ先は先生のいる指揮室に控えているミカとアリウススクワッドの計五人。

タブレットの画面越しに見える指揮室では、先生が額に脂汗を滲ませながら無数の端末と格闘している。自身の指揮限界に挑んでいる彼は、すでにこちらへ意識を向ける余裕すらなさそうだった。

 

「間もなく開始だ。今回の状況では、先生の指揮を受けることは期待するな。先生の手を煩わせないために、お前たちはいるということをよく覚えておけ」

 

タグは通信機を操作し、インカム越しにしゃがれた声を響かせる。

 

「管制塔の真似事は俺とエンジニア部でやる。発見の報告が上がり次第、先生を狙う刺客を討て」

 

刺客の人数、所属、装備――タグはそれらの情報を護衛組に一切与えなかった。

与えられた情報は「先生が狙われている」という一点のみ。純粋な対応力が試される過酷な状況設定だ。

 

『じょ、情報はそれだけなんですね……。 これってもしかして、敵の数がものすごく多いとか、私たちの手に負えないようなバケモノが来るっていうことですか? わかっています……私たち全員ミンチにされて、完全に終わりです……』

 

『……ヒヨリ、演習なんだからそんなことが起きるわけないでしょ。とはいえ油断する理由にはならないか』

 

ヒヨリのパニック気味な悲鳴とミサキのなだめる声、そして久しぶりにスクワッドを指揮するサオリの静かな声が返ってくる。

 

『……内容は把握した。手段は選ばなくていいのだな?』

 

「不要だ。好きにしろ」

 

『きゃは☆ 先生には指一本触れさせないよ。か弱い乙女の護衛にお任せあれ!』

 

ミカの発言に、タグを含めた何人かが失笑しかけたが、何とか耐え切る。

 

素手でコンクリートを粉砕し、伝説の聖女を蹴り飛ばせる「か弱い乙女」がどこにいるのか、とタグは内心で毒づいた。隣で通信を聞いていたエンジニア部も、微妙に顔を引き攣らせている。

 

ミカはトリニティ総合学園から派遣されたティーパーティの一員であり、奉仕活動として先生の護衛を務めるという立場だ。

その政治的扱いの難しさ故、先生の傍から一歩も離れることなく、最終防衛ラインとして指揮室に陣取ることになった。

 

「ミカ。お前は先生へ判断を仰ぐことを許可する。今回はルール上禁止だが、場合によっては先生を抱えて逃げるのも選択肢に含まれる。そこは自己判断に任せる」

 

『了解! いざって時は先生をお姫様抱っこして逃げるね』

 

モニターの中で、ミカの言葉を聞いたアツコが、羨ましそうにマスクの端を軽くつまむ動作を見せた。

先生の傍で直衛に回っているミカのポジションが羨ましいのだろう。

その様子を見たタグはインカムのスイッチを切り替え、アツコに声をかける。

 

「ミカは立場上動かしづらい部分がある。適材適所だ、そこは飲み込んでおけ」

 

その言葉に納得したのか、アツコがカメラに向かって一度頷く。

 

 

「……随分と容赦のないブラインドテストだね、ミスター・タグ」

 

傍らでモニター群を監視していたウタハが、苦笑混じりに呟く。

 

「互いに情報が不明の敵にどう対処するか……両チームとも能力を測るには丁度いい機会だ」

 

 

そして両チームに演習のルール説明が完了すると、タグはストップウォッチを作動させる。

 

「RABBIT小隊、状況開始。残り時間60分」

 

 

 

――無人区画の入り口

 

 

ひび割れたアスファルトの上を、冷たい風が吹き抜ける。コンクリートの破片が転がる乾いた音が響いた。

ミヤコが、ペイント弾を装填したサブマシンガンを構える。

彼女の視線の先には、規則的なモーター音を響かせながら徘徊する複数のオートマトンたちの姿があった。彼らは先生の架空の大規模作戦の駒として動いているだけで、ミヤコたちを積極的に索敵しているわけではない。

 

ミヤコはハンドサインを出し、後続の二人に声をかける。

 

「再確認します、目標は先生への接触。ルート上に徘徊しているオートマトンは、目の前の敵を撃つだけの単純なアルゴリズムです。無駄な戦闘は避け、最小限の交戦とスモークで切り抜けます」

 

『……ねえ、ミヤコ。それって本当に効率いいわけ?』

 

風倉モエが、廃墟ビルに仮設した通信室で、気怠げな声で疑問を投げかけた。あえてコールサインではなく名前で呼んだのには、微かな意図が滲んでいた。

 

『学園はもう閉校になったんだよ? いつまでお堅い教範通りのチマチマしたやり方にこだわるのさ。私がドカンと一発派手にやっちゃえば、オートマトンごと吹き飛んで道が開くでしょ』

 

「キャンプRABBIT。学園がなくなっても、私たちはSRTのエリートです。無用な破壊による位置の露呈は、教範から大きく逸脱します。小隊長の指示に従い、電子戦でカメラの死角を作ってください」

 

ミヤコの張り詰めた声に、モエは短く鼻を鳴らし、面白くなさそうにキーボードを叩いて通信を片切りにした。

 

「……周辺に、敵影、ありません」

 

霞沢ミユが、コンクリートの瓦礫の隙間に身を潜め、スナイパーライフルのスコープ越しに周囲を警戒している。彼女の迷彩効果と隠密技術は高く、呼吸音すら周囲の風の音に完全に溶け込ませていた。だが、インカム越しに流れるピリついた空気に怯えるように、冷たいコンクリートの壁へさらに身を縮こませていた。

 

「了解。RABBIT4はそのまま左翼のカバーを。RABBIT2、ポイントマンとして先行してください。私がタイミングを指示しますから、それまでは待機を」

 

「……了解した。RABBIT2、待機する」

 

空井サキは、コンクリートの壁に身を隠しながら、小さく息を吐いた。

サキ自身、規則や教範を絶対視する性質だ。だからこそ「ポイントマンは小隊長の指揮に従う」というマニュアルの基本則を重んじ、渋々ながらもミヤコの指示を受け入れている。

 

しかし――待機時間は、サキの想定をはるかに超えて伸びていった。

目の前のオートマトンは規則的な巡回を続けており、最前線に立つサキの感覚から見れば、とうに安全に突破できる隙は生まれていた。

 

(どうした、ミヤコ。いくら教範通りとはいえ、慎重すぎるだろ……!)

 

ミヤコの過剰なマイクロマネジメントが、明確な「遅れ」を生み出し始めている。

 

「……あーもう、いちいち指示を待ってたらマトモに動けないだろ!」

 

ついにサキの苛立ちが表面化し、コンクリートの壁を軽く蹴り上げた。靴底が硬い石を叩く乾いた音が鳴る。

 

「なあ、RABBIT1! お前の慎重さは認めるし、教範に従って指示を待つのが基本だってことも分かってる。けどな、今は時間制限があるんだ! 相手はただの機械だろ、私が前に出て蹴散らせば済む話だ。教範通りに固まって細かい指示を待つラグのほうが、よっぽど隙になるって分かんないのか!」

 

「RABBIT2! 個人の勝手な判断は小隊を危険に晒します。私についてきてください!」

 

ミヤコの顎が僅かに上がり、サキを真っ直ぐに見据える。その両手は、サブマシンガンのグリップを血の気が引くほど白く握りしめていた。

――彼女は焦燥感という名の炎に焼かれていた。

 

(ここで結果を出さなければ、私たちは本当に『不要な存在』として終わってしまう。シャーレに……あの大人達に、私たちの価値を証明しなければならないのに……!)

 

絶対に失敗は許されない。完璧な戦術で、完璧な結果を出さなければ。

エリート特殊部隊としてのプライドと、小隊の未来を背負う小隊長としての重すぎる重圧。

それに加えて彼女の胸の奥には、拭いきれない負い目があった。先日、他の三人に秘密にしたまま、自分一人の独断でシャーレへの参加を直談判してしまったことだ。

 

(みんなは、勝手に小隊の進路を決めた私に反発しているのかもしれない……)

 

その勘違いが、彼女をさらなる焦燥へと駆り立てる。「結果を出して、自分の選択が正しかったと証明しなければ」という思い込みがミヤコの視野を狭め、心の余裕を完全に奪い去り、極端なワンマン指揮へと走らせていた。

 

サキはもう一度大きく舌打ちをし、ヘルメットの鍔を乱暴に押し下げた。

二人の間には、冷たい風よりも冷え切った、決定的な不和の沈黙が落ちていた。

 

 

互いの意識のズレ、そして指揮系統の機能不全――その様子を、ビルから少し離れた管制室のモニター越しに、タグとエンジニア部の三人が見つめていた。

 

分割されたモニターには、前進を止められたサキ、後方で孤立気味のミユ、そして絶え間なく指示を出し続けるミヤコの姿が映し出されている。

モニターの青白い光が、タグの無表情な顔を照らす。

 

「……部隊として機能していない」

 

タグはタブレットに記録を打ち込みながら、極めて平坦な声で事実だけを口にした。

 

「小隊長がすべての判断を下そうとするあまり、前衛の現場感覚を殺している。指示のラグが致命的な遅れを生み、無駄な隙を晒し続けているだけだ」

 

「……確かに。素人の私から見ても、ノイズが多すぎる」

 

傍らでデータを見ていたウタハが、腕を組みながら同意する。

 

「パーツは優秀でも、制御OSが噛み合っていなければ100%の性能は発揮できないようなもの……という認識であってるかな?」

 

エンジニアの視点から疑問を呈する。

 

「その通りだ。その点は人間と機械は同じだ。ましてや強固な結束がない状態でのワンマン指揮という問題まで抱えてしまっては、な」

 

タグは視線をモニターに向けたまま、タブレットに評価を書き込んでいく。

 

そこに「減点」といった学生の試験のような甘い言葉はない。

 

「判断の遅延」「現場との乖離」「不和による機能停止」――実戦であれば即座に部隊の全滅に直結する『致命的なエラー』のログとして、今後の指導に向けた冷徹な事実だけが淡々と蓄積されていった。

 

 

現場では、ミヤコの指示でサキが瓦礫の陰から飛び出した。

直後、作業ルート上の目と鼻の先に現れた敵対者に対し、複数のオートマトンの銃口が機械的な駆動音と共に一斉にサキへ向く。防衛の意図はない、ただの「自動反撃」だ。

 

「敵確認!」

 

サキの足元のアスファルトを、ペイント弾が塗りつぶしていく。

 

「RABBIT2、 カバーします!」

 

ミヤコがマシンガンの引き金を引き、カバー射撃を行う。金属の薬莢が地面に落ちる高い音が連続して鳴る。

しかし、数が多い。先生の指揮下で規則正しく動くオートマトンの群れは、結果として分厚い弾幕の壁を形成していた。

 

「ジャミングかけるよ! ……って、あれ? 防壁が固い」

 

モエが持ち込みのキーボードを素早く叩き、タブレットの画面を見ながら舌打ちをする。

ただの模擬オートマトンを繋ぐ簡易ネットワークのはずだ。しかし、彼女が流し込んだ侵入プログラムは、まるで見えない巨大な壁にぶつかったかのように悉く弾き返されていく。

 

(なんだよ、この異常な演算能力とセキュリティ網……! ミレニアムの最高機密レベルの防壁でも、ここまで理不尽じゃない!)

 

ハッカーとしてのモエのプライドをへし折るような、次元の違う“何か”が背後でシステムを統括している。それに気づき、モエの指先から先程までの気怠げな余裕が完全に消え去った。

だが残酷なことに、その“何か”――シッテムの箱のメインOSは、先生の指揮をサポートするのに精一杯であり、モエの決死のハッキングなど“皮膚に落ちた綿毛”程度の処理として無意識に弾き返しているに過ぎなかった。

 

「キャンプRABBIT、早く!」

「分かってるっての! 規格外のシステムが裏で回ってんの、急かさないで!」

 

ミヤコの焦燥が混じった指示に、モエが苛立ちを返す。サキは飛んでくる弾幕に対し、無理やり前進しようと身を乗り出した。

 

「待って、RABBIT2! まだタイミングじゃありません!」

「時間制限が迫っているんだろ!?」

 

ミヤコの制止を振り切り、サキが単独で牽制射撃をばら撒きながら前に出る。

統制の取れていないRABBIT小隊の動き。ただの障害物に過ぎないオートマトンの群れに気を取られ、周囲への警戒がおろそかになっている。

 

 

その様子をモニターで監視していたタグが、インカム越しに低く告げた。

 

「敵を発見した。アリウススクワッド、行動を許可する……残り時間30分」

 

先生のいる指揮室。壁際で待機していた彼女達が、その言葉を受けて静かに立ち上がる。

サオリは、先生の傍らで護衛に就くミカへ向けて、短くアイコンタクトを送った。

ミカもいつもの無邪気な笑みを消し、真剣な瞳でその視線に頷き返す。「あとは任せて」という無言のやり取りだった。

 

それを確認したサオリは、アツコ、ミサキ、ヒヨリの三人にハンドサインを送る。

指揮室で待機状態だった四人の狩人たちが、一斉に廃墟へと駆け出していった。

 

 

――数分後

 

 

強引な突破の末、なんとかオートマトンの密集エリアを抜け切ったRABBIT小隊。

息を整えながら、目標である先生が待つビルが立ち並ぶ区画へと足を踏み入れていた。

 

「……周囲のオートマトン、追撃は無し」

 

ミユが瓦礫の陰から息を潜めて報告する。

ミヤコは小さく安堵の息を吐いたが、その表情は険しいままだった。サキやモエとの連携の乱れが、小隊の空気をひどく重くしている。ミユもその空気に当てられてか、明らかに動きが悪い。

 

「このままビルへ向かいます。RABBIT2、前へ」

 

「……言われなくても行く」

 

苛立ちを隠せないサキが、再びポイントマンとして路地裏を強行突破しようと歩み出した。

だが、その致命的な隙を、狩人たちが見逃すはずがなかった。

 

指揮室から迎撃に出たサオリたちは、最短ルートでRABBIT小隊の進行を予測し、すでに完璧なキルゾーン……十字砲火陣形を構築して待ち伏せていたのだ。

 

――サキの足元、コンクリートのひび割れと土埃によって巧妙に偽装され、ピンと張られていた即席の極細ワイヤーに、彼女のブーツが触れた。

 

ぷつん、と。微かな糸の弾ける音が足元で鳴る。

 

「え――」

 

気付いた時には遅い。足元に仕掛けられていた無数のペイント地雷が連続して炸裂し、強烈な破裂音と共にサキの下半身を真っ赤な塗料で染め上げた。

 

「くっ……! トラップ!? オートマトンがこんなものを……!」

「RABBIT2、すぐ下がりなさい! それは――」

 

ミヤコが「オートマトンにトラップなど仕掛けられない」と直感し、叫んだ直後だった。

頭上の半壊したビルの暗がりから、ヒヨリの容赦のない狙撃が降り注いだ。

ペイント弾とはいえ、大口径のスナイパーライフルから放たれたそれは強烈な運動エネルギーを持っている。一撃を肩に受けたサキの体勢が大きく崩れた。

 

(狙撃手……!)

 

防衛側に生徒が配置されていること自体は、当然のケースとして想定していた。だが、その相手が自分たちに対し、これほど完璧な奇襲を成功させるほどの“精鋭”であるという想定が完全に抜け落ちていた。

思考を立て直す間もなく、さらに退路を完全に塞ぐように、ミサキのロケットランチャーから放たれたペイント弾の雨が頭上から降り注ぐ。

弾幕の雨がRABBIT小隊の陣形を分断したその刹那、死角となっていた瓦礫の陰から、音もなくサオリとアツコが滑り出た。

互いに言葉を交わすことすらない。ただのアイコンタクトとハンドサインのみで完璧に統制された二人の射線が、パニックに陥る獲物を正確に切り裂いていく。

 

(ただの護衛じゃない……小隊としての連携が完全に仕上がっている。装備とこの練度から考えるに、彼女達はアリウススクワッド! ……最悪のケースでしたか)

 

侮ってはいなかったつもりだ。しかし心のどこかで、テロリストというレッテルで見下していたのではないか。ミヤコはぐちゃぐちゃになりかけた思考の中で、自らの驕りを思い知る。

相手の脅威を正確に測り損ねた代償。それが、精鋭達によって成す術もなく仲間が狩られていくという最悪の形で、小隊長である彼女の喉元に突きつけられたのだ。

 

『場所把握されたので一回移動しますね』

『……了解。リーダー、すこし手薄になるよ』

 

インカム越しに聞こえる、ヒヨリの抑揚のない声とミサキの気怠げな声――その動きに一切の淀みはない。

ヒヨリが狙撃ポイントから素早く撤収するのに合わせ、ミサキが息を吸うのと同じ自然さでカバーの弾幕を張り、サオリとアツコがその隙を埋めるように前線を押し上げる。

 

忌まわしきベアトリーチェによって行われた過酷な訓練の日々を生き抜いてきた猟犬たちの狩り。

練度、連携、戦術理解――その全てにおいて隔絶したレベル差を保有するアリウススクワッドの奇襲によって、RABBIT小隊は完全に崩壊した。

 

 

「RABBIT4、煙幕! キャンプRABBITは爆音で敵の聴覚を!」

「だから遅いっての! 自分で考える!」

 

ミヤコの指示を無視し、サキが単独で牽制射撃をばら撒きながら前に出る。モエも「もう勝手にやらせてもらうからね」と、自身の判断で狙撃手がいたであろうポイントへと爆撃を放った。

 

ミユは、瓦礫の陰でスナイパーライフルを抱えたまま完全に硬直していた。

前衛のサキと後方支援のモエが独自の判断で動き出したことで、当初想定していた陣形とカバーすべき射線が完全に崩壊してしまったのだ。

 

(ど、どうすれば……! 私はどこを狙えばいいんですか……!?)

 

パニックに陥りながらも小隊長であるミヤコからの次の指示を待つが、急激な戦況の変化にミヤコの指示が追いついてこない。

結果として、彼女はただ戦場にぽつんと取り残され、狙撃手にとって致命的とも言える“判断の停止による孤立”という最悪の状態に陥っていた。

 

(待って、それじゃ陣形が完全に崩れる……! ポイントマンが先行するなら、スナイパーを急いで右翼に再配置して……!)

 

これほどの窮地に陥っても、ミヤコの心はまだ折れていなかった。

小隊長としての強烈な責任感から、彼女は思考を立て直し、崩壊した部隊を立て直すための次なる指示を構築しようと頭をフル回転させる。

しかし、彼女がそれを口にするよりも早く、仲間たちは個々の判断で勝手に動き、敵の弾幕を散らしていく。

いくら彼女が完璧な戦術を思いつこうとも、それに従ってくれる者がすでに誰もいない。

ミヤコが必死に維持しようとしている“指揮”というシステムそのものが、この場において完全に無意味なものへと成り果てていた。

 

 

――それでも彼女たちは腐ってもSRTのエリートだ。個々の意地と技量だけで強引に血路をこじ開け、ミヤコは先生のいるビルのエントランスへと飛び込んだ。

 

「ハァッ……ハァッ……!」

 

息を切らしながら、ミヤコは単独で目標階へと続く薄暗い階段を駆け上がっていた。

制服は土埃と赤いペイント塗料で汚れ、短時間とはいえ激しい消耗に肉体が悲鳴を上げる。

後方の階下では、サキとミユがアリウススクワッドの激しい追撃に対する足止めを引き受けている。連携は崩れ、自己判断に基づくしんがりだ。

 

しかし、ミヤコの耳を打つインカムからは、残酷な結果だけが淡々と流れてくる。

 

「RABBIT4、行動不能」

 

タグのしゃがれた声――ミユに行動不能判定が下されたのだ。ヒヨリの位置を捉えられぬまま、彼女に頭部狙撃された結果だった。

 

「RABBIT2、無力化」

 

次にサキが無力化判定。背後からアツコによって取り押さえられ、ゼロ距離からサブマシンガンを1マガジン分浴びた結果である。

 

「キャンプRABBIT、大破」

 

さらに追い打ちをかけるように、後方で電子戦と支援を行っていたモエの拠点陥落が告げられる。

狙撃手がいたであろうポイントへ爆撃を放った直後、ミサキによって発射位置を特定されたのだ。

彼女のロケットランチャーによる精密攻撃によって、仮設司令部もろともモエはペイントまみれとなった。

 

 

通信の向こうで仲間の息遣いが次々と途絶え、インカムは無機質なノイズだけを残して完全に沈黙した。階段を駆け上がる自身の荒い呼吸音と、硬いブーツがコンクリートを蹴る足音だけが、孤独な空間に虚しく反響する。

 

(私が……私が、みんなを捨て石にしてしまった……!)

 

仲間を無惨に散らせてしまった圧倒的な罪悪感が、ミヤコの胸を鋭く締め付ける。だが、彼女はその絶望を無理やり喉の奥へと飲み込んだ。

 

自分がここで立ち止まれば、彼女たちの犠牲は本当に“ただの無駄死に”になってしまう。

小隊の仲間を全滅させてしまった愚かな指揮官だとしても、最後に目標である先生にたどり着きさえすれば、性能試験の勝利条件は満たせる。

結果さえ出せば、シャーレに、ひいては大人二人に、自分たちSRTの存在意義を証明できるのだ。

 

「必ず、私が……!」

 

極限のプレッシャーと焦燥感が、彼女を狂気にも似た自己暗示へと追い立てる。悲鳴を上げる肉体に鞭を打ち、ついに指揮室のあるフロアへと到達した。

 

仄暗い廊下の奥に、目標である先生がいるはずの扉が見える。

ミヤコがサブマシンガンを構え、その扉へ向かって駆け出そうとした――その瞬間だった。

 

「……!」

 

背後に、音もなく気配が降り立った。

振り返るよりも早く、ミヤコは反射的に銃口を後方へ向ける。

 

そこには、アサルトライフルを下段に構えた錠前サオリが立っていた。

息一つ乱さず、鋭い目線でミヤコを見据えている。

 

(追いつかれた……!)

 

ミヤコは奥歯を噛み締め、即座にトリガーを引こうとした。

だが、相手の動きがおかしい。彼女はミヤコを完全に必殺の射程に収めておきながら、一向に発砲してこないのだ。

ただ、絶妙な距離感を保ったまま、ミヤコを廊下の右壁側へとじわじわと追い込むように立ち塞がっている。

 

(なぜ撃たない……? これではまるで、私が“別の何か”の射程に入るのを待っているような――)

 

凍りつくような不気味さ。ミヤコの戦士としての直感が、目に見えているサオリ以上の“脅威”を激しく警告した。

咄嗟に右壁から離れようとした時――

 

 

 

――ミヤコが階段を駆け上がる頃

 

 

指揮室で防衛ラインを固めていたミカのインカムに、サオリの声が届く。

 

『ミカ、標的を追いかけている。あと少しで廊下の右壁に追い込む……スイッチしてくれ』

 

「了解」

 

ミカは短く答えると、指揮に没頭している先生の肩を軽く叩いた。

 

「先生、サオリと交代するね!」

「えっ……? ミカ、何を――」

 

先生が驚愕の声を上げるよりも早く、ミカの身体が指揮室の内壁に向かって弾かれたように動いた。

 

 

ミヤコのすぐ真横にある分厚いコンクリート壁の奥から異変は起きた。

なんの予備動作もなく放たれたミカの正拳突き一発によって、鼓膜を物理的に殴りつけるような轟音が響いた。それと共に壁が内側から爆発したように通路奥へと弾け飛ぶ。

衝撃波と砕け散ったコンクリート片の雨が直撃したミヤコは、廊下の反対側へと吹き飛ばされる。

 

「かはっ……!」

 

背中から床に叩きつけられ、むせ返るような土煙とセメントの粉っぽさが鼻腔と喉を焼く中、ミヤコは必死に身を起こそうとする。

だが、視界を覆い尽くす分厚い粉塵を切り裂くように、ぬるりと、一本の細く白い腕が伸びてきた。

 

「……!」

 

反応する暇など、コンマ一秒すら与えられなかった。

伸びてきたその華奢な手が、ミヤコの頭部を顔面ごと、逃れようのない万力のような力で鷲掴みにした。

ヘイローによる強靭な耐久力があるはずのミヤコの頭蓋が軋み、その音が頭の内側から鼓膜を叩く。それは、絶対に抗えない純粋な暴力だった。

 

「つかまえたー!」

 

粉塵の向こう側から、あまりにも明るい声が響く。

ミヤコの頭を掴んだまま、ミカがゆっくりと土煙の中から姿を現した。声のトーンとは裏腹にその目つきは、兎を刈り取る猛禽類のごとく細く絞られている。

左手の圧倒的な握力でミヤコを完全に縫い留めつつ、右手に握ったサブマシンガンの銃口を彼女の胸元にピタリと突きつける。

 

(頭から骨の音が鳴るのは制圧に効果的っと……。バルバラ様の真似してみたけど、なかなかいいかも)

 

 

一方、指揮室の中からその様子を見ていた先生は、分厚い壁を素手で粉砕するというミカの常軌を逸した膂力に背筋を凍らせていた。

 

(あの壁抜き……工具や爆薬も無しで生身で出来るのは、敵対する側からしたら理不尽すぎて頭抱えたくなるよ)

 

「あ……くっ……!」

 

ミヤコが完全に制圧され、身動き一つとれない。その傍らを、サオリが静かに通り過ぎていく。

彼女はそのままミカが粉砕した壁の穴を抜け、先生の背後へと音もなく立ち、ミカに代わって直衛のポジションへと収まった。

歩みを進めながら、サオリは崩落したコンクリートの断面を横目で見て、小さく息を呑む。

 

(……勝つ手段が湧かないな)

 

もしあの時、タグではなく自分がこの規格外の少女と真っ向から死闘を繰り広げていたとしたらどうなっていたか。サオリは自身の背中に冷たいものが走るのをはっきりと感じていた。

 

『RABBIT1、無力化。試験終了』

 

スピーカーから、タグの声がフロアに響き渡った。

 

 

 

――試験終了から十分後

 

 

 

「こんなの、無理難題です!」

 

ペイント弾と汚れにまみれ、額にミカの指の痕を微かに残したミヤコが、指揮室にやってきたタグに向かって声を荒げた。彼女の表情には、強い不満と屈辱が滲んでいる。

指揮室の一角でサキたちも合流しているが、全員が苦々しい顔を浮かべている。

 

「あんな規格外の戦力が最後に控えているなんて! ましてや壁を素手で突き破って奇襲をかけてくる……こんなの理不尽すぎます!」

 

タグは表情一つ変えない。彼は白衣のポケットから自身のスマートフォンを取り出すと、無造作にミヤコへと投げ渡した。

 

「画面を見ろ」

 

ミヤコがキャッチした画面には、シャーレの広報掲示板が表示されている――ネットにアクセス出来る者なら誰でも閲覧可能な情報だ。

本日の各員の業務予定を記した一覧にこう記されている。

 

『本日の業務予定:先生(出張)、タグ(出張)、聖園ミカ(随行・先生)、錠前サオリ・戒野ミサキ・槌永ヒヨリ・秤アツコ(随行・タグ)、黒崎コユキ(不在)』

 

「なっ……」

 

「試験開始前から情報収集をしてはいけないなどと、俺は一言も言っていない」

 

ミヤコは絶句し、唇を強く噛み締めた。

 

「定規対応だ」

 

タグの冷徹な声が、兵士としてミヤコに現実を突きつける。

 

「先生の傍にアリウススクワッドがいることまでは予測できていたようだが……初歩的なリサーチ不足だ。もし開始直前まで情報収集を行っていれば、ミカまで護衛に加わっている可能性にたどり着けたはずだ。であれば、別のやりようもあっただろう」

 

「……っ」

 

重い沈黙の中で一度言葉を切り、次にサキ、ミユ、モエの顔を順番に見据えた。

 

「もっとも致命的なのは、お前たちの指揮系統の崩壊だ」

 

「「「「……」」」」

 

死んだ魚のような暗い瞳が、小隊の不和を正確に射抜く。

 

「小隊長であるミヤコがすべての判断を下そうとし、他のメンバーはそれに不満を抱いて独断で動いた。突破できたのは、単に個々の技量が高かったからに過ぎん」

 

ミヤコは反論できず、深く俯いた。サキたちも気まずそうに視線を逸らす。自分たちの不和と意識のズレが、この敗北の要因であることを痛感していた。

 

「そして最後だ。時間制限に追われた結果、『後退して陣形を立て直す』という選択肢を完全に捨てたこと」

 

しゃがれた声が、室内の空気を一段と冷たくする。

 

「ヘイローという加護に胡座をかき、被弾を前提とした強行突破に終始したな。結果として他のRABBITを捨て石にし、隊長であるお前一人が目標へ到達しようとした。……結果は作戦失敗、参加人員は全滅。兵力運用としては疑問が多い。……本来ならそこまで視野が狭くはないだろう?」

 

「……」

 

ミヤコが強く唇を噛み締める。SRTのエリートとしての自負を真っ向から否定された屈辱と、図星を突かれた動揺が顔に滲む。

 

「お前たちの感覚では、撃たれても痛いで終わるのかもしれん。だがそれを前提とした戦術を組む部隊は、いずれ取り返しのつかない破綻を迎える」

 

タグは言葉を切り、傍らで静かに見守る白衣の大人――先生の方へ視線を向けた。

 

「何より、ここはシャーレだ。今日のような動きは、指揮官である先生が望まない。厳しい発言に終始したが、今後はその点を含めて教育する」

 

ミヤコの瞳が揺れ、同じ指揮室にいる先生を見る。

先生はタグの辛辣な言葉を否定せず、ただ静かに、しかし真剣な眼差しでミヤコたちを見つめ返していた。

その表情が、タグの言葉が先生自身のスタンスと完全に一致していることを無言で肯定している。

ミヤコはついに一つも反論の言葉を見つけられず、深く頭を垂れた。小隊の仲間たちも、シャーレの実働部隊としての決定的なミスの重さを痛感し、重苦しい沈黙に沈んだ。

 

タグはそこでRABBIT小隊から視線を外し、今度は指揮室に整列しているアリウススクワッドとミカの方へ語りかけた。

 

「……防衛側に関してだが。アリウスとミカ、お前たちの連携自体は問題なく機能していた。特にミカとサオリ、あのスイッチは見事だ」

 

その言葉に、防衛側の少女たちの肩からふっと力が抜ける。しかし、タグの次の言葉は懸念点を挙げた。

 

「だが、お前たちの連携は攻めの志向が強い。今回は防衛戦だということを忘れるな。先生を守り抜き、敵を“近づけさせない”ための立ち回りには向いていない。確実に仕留めようと引き付けた結果、指揮室の壁一枚隔てたフロアまで敵の侵入を許した。もし相手が自爆覚悟のテロリストなら、あの距離で壁越しに爆発されれば護衛対象の安全は保障できないな。……守り手としての経験が決定的に足りていない、今後の課題だ」

 

その容赦のないダメ出しに、ミカは「えー、ちゃんと守ったのにー」と口を尖らせ、サオリ達は神妙な顔で頷いた。

最後にタグは、先生へ直接声をかけた。

 

「先生、まだいけるか?」

 

「……最初はすこし疲れたけど、今なら問題ないかな」

 

端末から顔を上げた先生の声は、不慣れなマルチタスクによる疲労を滲ませつつも、確かな熱と余裕を帯びていた。

タグはそれを聞き届けると、RABBIT小隊、そしてアリウススクワッドとミカに向けて追加指示を言い渡した。

 

「では次のプログラムを行う。全員、メディカルチェックと装備チェックを行え。その後は管制塔で見学を命ずる」

 

「じゃあ今度は大人の演習、といこうか」

 

先生の声に応じるように、廃墟に待機していた無数のオートマトンたちが、一斉に駆動音を響かせた。バラバラだった機械のカメラアイが同時に赤い光を放ち、一切の無駄がない完璧な陣形へとシームレスに移行していく。先程までの「ただ目の前の敵を撃つだけの環境ギミック」から、明確な戦術目標を持った「軍隊」へとその挙動を変える。

 

そして先生対タグの演習が始まる。

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