――管制室
ウタハたちエンジニア部の面々と共に、モニターの前に並んだ少女たちは、画面越しに繰り広げられる光景に目を向けていた。
モニターには、先生の指揮下に入り、有機的な陣形を組んで布陣するオートマトンの大群と、それに対峙する緑の装甲騎兵――スコープドッグの姿が映し出されている。
『マッスルシリンダーの全交換から装甲の再溶接まで、大手術だったが……約束通り、君の愛機は完璧に直させてもらったよ』
ウタハが通信機越しに、自信に満ちた声で問いかけた。
「……また色々と改善してくれたな。コトリ、主な改善点を説明してくれ。3分以内だ」
タグの平坦な声がインカムから響く。
その指示を待っていましたとばかりに、コトリの丸い眼鏡がキラリと光った。
『説明しましょう! まず、肩の可動機構を胴体ブロックの中から、外に移しました。胴体と腕の間に段差が増えているのはそれが原因です。これによる整備性の向上と、腕軸の強化によって機体不調率の低下に成功しています!
さらにローラーダッシュ機構も見直し、踵部分に大型ドライブホイール、足先に空転ホイールを追加することで、走行安定性と旋回性能を大幅に上げてあります!
また、ローラーダッシュの心臓部である駆動源のコアレスモーターをミレニアム製の新型にしてありますので、走行速度は以前より10%の向上を保証します!』
息継ぎも忘れたような早口でまくし立てるコトリ。
3分どころか、わずか数十秒で要点を叩きつけるそのマシンガントークに、管制室で見学している少女たちは呆気にとられていた。
「……了解した。申し分ない」
タグは短く応じ、コントロールスティックを握り直す。
『じゃあ、始めようか。タグさん』
先生の静かな合図と共に、廃墟の静寂が破られた。
勝敗条件、それはスコープドッグに撃墜判定が下される、もしくは先生のいるフロアにヘヴィマシンガンの直撃判定が下されるかのいずれかである。
モニター越しに繰り広げられる光景に、管制室の少女たちは言葉を失っていた。
先生の指揮するオートマトン部隊は、一切の無駄がない。完璧な十字砲火、退路を断つ包囲網、死角を補い合う有機的な陣形をリアルタイムで構築していく。
それは、RABBIT小隊が教範で学んだ「理想の戦術」を、洗練・最適化したものだった。
オートマトン6機を1小隊とし、その小隊を複数同時に指示に出していく――その秒間入力数はおおよそ3から4。理論値で語れば、先生は一分につき200回近くの操作指示を行っている。
恐ろしいのはその入力数を維持しつつ、命令に“手抜き”が一切ないことだ。
A小隊に10M前進、B小隊にリレーポイント3か所を経由して50M迂回移動、C小隊に最寄りビル3階移動後索敵、D小隊に定点防御、A小隊再度前進指示、被撃破によって定数割れした小隊を統合・再ナンバリング……
――シッテムの箱、もといアロナという優秀な入力補助機器を介しているとはいえ、今の操作を先生は3秒前後で終わらせている。
操作と並行して、先生の目はスコープドッグの挙動、各小隊のコンディション、アロナが収集したあらゆる戦場情報を素早く巡回し、処理していく。
『先生の速度に追いつけないなんて。サポートAIを自称する私としては悔しいですね』
超高性能AIであるアロナ――彼女の能力をもってしても先生の指揮能力を完全に発揮出来ているとは言い難い。
アロナは、自分自身が先生にとってボトルネックとなっていることをこの時、自覚した。
彼女たちの度肝を抜いたのは、それだけではない。
その完璧な包囲網の中を単機で駆け抜ける緑の騎兵――スコープドッグの動きも凄まじかった。
「あれが噂に聞くスコープドッグ……」
サキが信じられないものを見るように呟く。
スコープドッグは、コトリの言った通り強化された足回りを活かし、常識外れの挙動を見せていた。
廃墟ビルの合間をローラーダッシュで高速移動していく。決して背面を取られないようにポジションを何度も変える。
大通りに出た瞬間、待ち構えていたオートマトン小隊が放つペイント弾の雨がスコープドッグを襲う。
高速移動状態のまま左足ターンピックを起動。硬質な作動音を響かせ、射出された鉄杭が一瞬だけアスファルトの表面を引っ掻き、激しい火花を散らす。
右足ホイールと左足ホイールに発生した速度差によって生じたスピン回転を利用して、ドリフト状態に移行――焦げたアスファルトの臭いと、鼓膜を劈くようなスキール音を撒き散らしながら、
スライド移動で射線軸から機体を外していく。
緑の装甲には、ただの一発も塗料が付着しない。
そして続けさまにヘヴィマシンガンを斉射し、待ち伏せ小隊を撃破する。
「今度は左翼から三機、対装甲用のバズーカ持ちが来るぞ。どうする?」
ウタハがモニターを見つめながら呟く。
画面の中のタグは、回避すら選ばなかった。先ほどの斉射で機能停止させたオートマトンを左腕で拾い上げると、それを物理的な盾として前方に構えながらローラーダッシュで突撃したのだ。
着弾したペイント弾がオートマトンの装甲を重く叩き、ベチャリと塗料が弾ける。その無骨な盾で弾幕を防ぎ切り、地響きを伴ってそのまま距離を詰める。
――右腕のヘヴィマシンガンには、実弾ではなくレーザー発信装置が取り付けられている。
銃口から不可視の判定レーザーが発振され、オートマトン側のセンサーが赤く点灯する。オートマトンは次々と「撃破判定」を受けて機能停止していく。
「隊長は強い……それを知ってて先生はえげつない手段を取ってる。それは隊長の弾切れ狙い」
ミサキが、声に微かな戦慄を交えて指摘した。
その言葉通り、先生の指揮はタグの「次の一手」を完璧に先読みしていた。
タグが眼前の敵にレーザーを照射し沈黙させた直後、その死角となる崩れ落ちる残骸のすぐ背後から、別のオートマトンが滑り込むように現れてペイント弾を放つ。
スコープドッグはそれを的確な被弾傾斜で受け止める。そして反撃を行う。
対して先生はオートマトンの「撃破」など一切意に介さない。ただひたすらに射線を誘導し、実弾と同数に設定されたレーザーの発振可能回数を削るべく、オートマトンを絶え間なく展開し続けていた。
「すっご……先生、あんなにマクロな視点で盤面を支配できるなんて……」
モエがタブレット片手に息を呑む。
「それはそれとしてあのおじさんヤバすぎ。あの弾幕の中で、有効な被弾判定0ってダメコンうますぎでしょ……」
さすがのスコープドッグも装甲表面にいくつかペイント弾が付着しているが、装甲貫通には至っていない。
先生の敷いた完璧な網の目を、合理的な動きで的確に、そして無慈悲に破っていくスコープドッグ。
しかし、大群を突破するための設定残弾はゴリゴリと削られる。逆に先生側も、スコープドッグを完全に塗装まみれにして撃破判定を取ることまでがあまりにも遠い。
「これが新しく登録された兵器カテゴリ、“アーマードトルーパー”……」
ミヤコのつぶやきが管制室に響く。
圧倒的な物量と精密な指揮で盤面を制圧する先生と、個の暴力と極限の生存能力で理不尽を食い破るタグ。
いかなる戦場であろうとも必ず勝利してきた「先生の指揮」、幾多の戦場を生き抜くことで死なずの不敗を誇る「兵士の戦い」を観察するという未曾有の経験にRABBIT小隊は完全に言葉を失っていた。
エンジニア部とミカ、サオリたちもまた息をするのも忘れたかのように、大人と兵士が繰り広げる攻防から目を離すことができなかった。
そして、演習開始から十数分後。
スコープドッグのヘヴィマシンガンの銃口が下げられる。設定されたレーザーの発振可能回数を完全に撃ち尽くしたのだ。
周囲にはまだ数十機のオートマトンが取り囲んで銃を構えているが、タグはスコープドッグを廃墟ビルに潜ませる。そして完全に沈黙して隙を見せない。
『……先生、演習終了でいいか。互いに埒が空かない』
『うん、お互いの火力が致命打にならない以上、ただの時間の浪費かな』
スピーカーから響く息を切らした二人の声で、廃墟区画での大規模な性能確認試験はノーコンテストとして幕を閉じた。
一方の先生も手元のタブレットを置き、大きく、長く息を吐き出した。アロナがボトルネックになるほどの超高速思考を維持した代償か、眼鏡の奥の目は微かに充血し、額にはびっしりと脂汗が浮いている。
タグは、コンソール群の片付けを始めていたエンジニア部の三人に連絡を送る。
『演習区画の片づけと、オートマトンの回収を頼めるか。俺と先生は後の処理がある』
『了解した。データ回収と清掃は我々マイスターの管轄だ、任せておきたまえ』
ウタハがコトリとヒビキに指示を出す。彼女たちは管制室から直接体を動かしていないため、汗や汚れとは無縁だった。
一方、ペイント弾の直撃を受けたRABBIT小隊や、廃墟を駆け回ったアリウススクワッド、そしてミカの制服や肌には、土埃と汗がべったりとこびりついている。
『ペイントと泥を落とせ。ミレニアムの施設を借りてある、シャワーを使ってこい』
タグの指示を受け、少女たちは連れ立ってミレニアムサイエンススクール本校舎のシャワー施設へと向かっていった。
――ミレニアムサイエンススクール、貸し会議室
空調の効いた清潔な室内。二人の大人は、感想戦を行っていた。
「……正直に言うと驚いた。あんたの指揮があるか無しかは戦略レベルの影響がある」
タグが、備え付けの紙コップに注がれた水に口をつけながら、切り出した。
「戦場の俯瞰、リアルタイムでの部隊再編、そして射線の誘導。シッテムの箱という補助ありきとはいえ、あんたは一人で司令部をしてるようなものだ」
「この箱の凄いところは相手の状態を見通せる点です。装備している兵装や残弾はもちろんですけど、相手の耐久を数値にして表示までしてくれるんです」
先生は苦笑交じりに言うが、その瞳の奥には底知れない冷たさが沈んでいる。二人が語っているのは、感想戦だけではない。
「今回は対歩兵を主としてテストしました。今後は車両やヘリコ、パワードアーマーなども演習に含めます」
「となれば、次回は重装備にしておこう」
「そうしてください。……やはりスコープドッグ単機では計算された飽和攻撃は対処が厳しいですね」
「そうだな、ATはやはり複合兵科で運用するべきだ。今日のように統制の取れた軍隊レベルの物量を相手にするならば、同機種を複数か、戦車と共に運用するのが正しい」
「対PMC、あるいは正規軍を想定した飽和攻撃相手だと生徒が必要という結論は崩せませんか……」
先生は椅子の背もたれに深く体を預けて、背筋を伸ばす。
「重火器と装甲車両で武装し、明確な戦術目標を持った軍隊……それらと真っ向からぶつかるつもりか?」
「……もうしています」
左手で眼鏡を外し、右手で目頭をほぐす。
「……彼女たちは戦車砲を撃ち込まれても容易には死なない。正規軍やPMCの大人たちも、平然と生徒を重火器で撃ちます。それがこのキヴォトスのルールのようですが……僕は、それに慣れたくない」
先生の吐き出すような声に、タグは腕を組みながら答えを返す。
「だが、現実はあんたの感傷に合わせてはくれない。彼女たちを前線に出さずに、何かの成果を得ることは不可能だ」
「ええ、わかっています。だから、僕は彼女たちに戦うことをお願いしている。……大人の責任だと言いながら、結局は彼女たちの力に縋っているんです」
“――この学園都市における莫大な権力と権限。そしてこの学園都市に存在する神秘。その全てが、一時的にとはいえあなたの手の上にありました”
かつて対峙した、黒服の言葉が不意に脳裏をよぎる。
(軽率に手放してしまったのかもしれない)
過ちだったのではないか、と考える。
もしあの時、サンクトゥムタワーの全権を、連邦生徒会長の残した超法規的権限を完全に掌握し続けていれば。圧倒的な力とシステムで、生徒たちが血を流し、傷つく前に、すべての脅威を盤面から排除できたのではないか?
けれど……それは、このキヴォトスにおいて“神様”になるということだ。
根拠はないが、なってしまえば自分が“先生”でいられなくなるということだけはわかる。
先生を止めた自分は、生徒達に向き合えるのだろうか?
自分の無力さを痛感し、過去の過ちを認めることは大事だ。けどそのためにしてはいけないことを肯定するわけにはいかない。
「……何を一人で抱え込んでいるのかは知らんが」
深く沈み込みそうになった先生の思考を、タグの声が引き戻した。
タグは腕を組んだまま、先生を見据えている。彼は先生の抱える異常な重圧や葛藤の正体までは理解していない。ただ、指揮官が目の前の現実から意識を逸らしていることだけは理解できた。
「先生。……俺たちにあるのは、今手元にある手札だけだ。それを使ってどう被害を減らし、どう生き残るか。今はそれだけを考えたほうがいい」
“今を見ろ”というストレートな叱咤に、先生はハッと顔を上げ、そして小さく息を吐き出した。
「……すみません。気の迷いがありました。タグさんの言う通りです。僕は絶対者にはなれないし、なってはいけないんです」
“絶対者”という言葉の響きに、タグの鉄面皮の奥で微かな冷気が走った。
かつて彼と友の運命を銀河規模の盤上で弄んだ、あの神のごとき存在の傲慢な気配を無意識に想起したからだ。
だが、それに続く“なってはいけない”という先生の静かな、しかし断固とした拒絶に、タグは無意識に強張らせていた肩の力をスッと抜いた。
(……あんたがそっち側の真似事をして、盤面を支配しようとしないと言うなら、それがいい)
タグが微かに安堵の息を吐き出したことに、眼鏡をかけ直す先生が気づくことはなかった。
――廊下の向こうから、複数の足音と賑やかな声が近づいてくるのが聞こえた。
「あー、サッパリした! ねぇミヤコちゃん、おでこに付いちゃった私の指の痕、ごめんね? 後で私のお気に入りの保湿クリーム貸してあげる! あと綺麗に隠せるコンシーラーの使い方も教えちゃうからね☆」
「……ありがとうございます。試験の時は容赦ありませんでしたが……その、お気遣い感謝します。クリーム、お借りしてもいいですか、ミカ……先輩」
「もちろん! ミヤコちゃんすっごくお肌綺麗なんだから、ちゃんとケアしないともったいないよ」
美容に詳しいミカの無邪気で気さくな声と、毒気を抜かれて少し照れたようなミヤコの生真面目な声。そして、それに続くようにサオリやサキたちの入り混じった足音が、会議室の扉へと向かってくる。
タグと先生は視線を交わし、微かに頷いた。
「……続きはシャーレだ」
タグが姿勢を正す。先生も一度唾を飲み込むと、普段生徒に見せている柔和な表情に戻る。
ガチャリ、と会議室の扉が開く。
「お帰り、みんな。シャワーはどうだった?」
先生が振り返り、入ってきた生徒たちに向けて温かい労いの言葉をかけた。
「給食部のフウカから差し入れを貰っている。遅めの昼食にしよう」
タグは立ち上がると、会議室の隅に向けて歩き出した。
「いやぁ、今日の演習でサオリとアツコを借りたいって事前に予定を伝えたら、フウカに『奉仕活動の日に戦闘訓練なんてどういうことですか!』って、ものすごいジト目で睨まれちゃってね……」
先生が、給食部での恐ろしい出来事を思い出したのか、頬をかきながら苦笑いを浮かべる。
「平謝りしてなんとか予定の変更を納得してもらったんだけど、『でしたらお弁当くらいは持たせてください!』って、人数分、気合を入れて作ってくれたんだよ」
会議室の隅に置いてあった大型の保温バッグを持ち上げると、長机の上に乗せるタグ。バッグを開けると、中にはぎっしりと漆黒の重箱が詰まっている。
「人数分用意してある。チームごとに受け取るように」
そう告げるとサオリ、ミヤコ、ウタハの順にまとめて渡していく。最後に自分と先生、ミカの分をテーブルの上に並べた。
次に手際よく割り箸と紙おしぼり、人によってはフォークとスプーンを添えていくその動作は、補給物資を配る兵士そのものだ。
待ちきれないのか、生徒の誰かが重箱の蓋を開けたらしい。隙間から漏れ出た酢飯の柔らかな酸味と、海苔の磯の香り、そして甘辛く煮付けられたおかずの濃厚な匂いが、
シャワー上がりのシャンプーの香りが漂う会議室の空気を塗り潰して広がっていく。
その匂いに鼻腔をくすぐられたタグの喉が、微かに、しかし確かな音を立てて上下に動いた。鉄面皮を崩さない彼の視線、だが思考は重箱の中身に完全に釘付けになっている。
「わあ、フウカちゃんのご飯だ! 私お腹ペコペコだったんだよね」
ミカが足早にタグの隣の椅子へと腰掛け、重箱を覗き込む。
元来ゲヘナ嫌いの彼女であったが、サオリたちの奉仕活動を介した形でフウカとの交友を得てから、個人レベルではその志向を見せることは少なくなっていた。
「説明しましょう! 激しい運動と頭脳労働の後は、酢飯のクエン酸と糖分が疲労回復に極めて効果的です! さすが給食部、理にかなったメニュー選択ですね!」
コトリが丸い眼鏡を光らせながら身を乗り出した。
「……うん。すごくいい匂い。早く食べよう、タグ」
ヒビキが工具箱を床に置き、犬の耳をピクピクと動かしながらタグの袖を軽く引く。
「……ああ。そうだな」
タグは短く応じ、自分用に用意したフォークを握る。その手つきは、どこか急いているように見えた。
長机の一角に集まるSRT特殊学園のRABBIT小隊の四人。
彼女たちの視線は、並べられた色鮮やかな巻き寿司と、艶やかに照りのある肉料理に完全に釘付けになっていた。
(……ごくり)
誰のものともつかない、生唾を飲み込む音が静かな会議室に響いた。
「これが、支給品……?」
ミヤコが、背筋をピンと伸ばしたまま、信じられないものを見るように弁当箱を見下ろす。
SRT特殊学園でも任務や訓練によっては弁当が提供されたことはあるが、それはあくまで”作戦行動を維持するための燃料”であり、このような目と鼻腔を強烈に刺激するような『料理』とは根本的に異なるものだった。
「おいおい、すごいな。弁当箱の裏に、カロリーとPFCバランス、それにビタミンとミネラルの含有量まで書いてあるぞ」
サキが、弁当箱に添えられた小さな紙片を手に取り、ヘルメットの奥の目を大きく見開いた。常に肉体管理とトレーニングを欠かさない彼女にとって、この栄養表はどんな最新装備よりもありがたい配慮だ。
「しかもこのタンパク質量……ただの揚げ物じゃなくて、ちゃんと低温調理で脂質を落としてある。完璧すぎるだろ」
「うわぁ……すごくいい匂い。なんだか、爆薬の匂いを嗅ぐよりテンション上がるかも……」
モエが、口元を緩ませながら巻き寿司の断面を覗き込む。
「あ、あの……本当に、頂いていいんでしょうか……」
ミユが、恐る恐る仲間に確認する。
四人の視線が意図せず、あまり離れていない距離の先生とタグに集中する。
その様子に、先生は困ったように、しかしどこか微笑ましく思いながら苦笑いを浮かべた。
「ふふっ、もちろん。今日の厳しい試験を最後までやり遂げたみんなへの差し入れだからね。遠慮せずに、たくさん食べて」
先生の優しい言葉に続き、タグもフォークを握りながら語る。
「……食べれる時に食べておくのも大事だ」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
ミヤコの返事を合図にして、RABBIT小隊四人は弁当箱に遠慮なく箸をつける。
酢飯の柔らかな酸味と、甘辛いおかずの強烈な旨味が、戦闘訓練で消耗した彼女たちの細胞に直接染み渡っていく。
先生とタグは、無言で、しかし恐るべき速度で自身の弁当を胃に収める四人の新人たちの様子を見届けた。
アリウススクワッドの四人もまた、椅子を寄せ合って、長机を囲むようにして座る。
「……運送中に揺れたのかな。形が……」
長机の端で、自身の弁当箱の中身を見て眉をひそめていたミサキの手が、ピタリと止まった。
ヒヨリの弁当箱も同様だ。オカズ類は問題ないが、巻き寿司の形状がおかしなことになっている。海苔がところどころ破れ、ご飯の厚みはバラバラ。一言で言えば、ひどく不細工な仕上がりだった。
それとなく他のチームの弁当箱を見ると、そんなことにはなっていない。
サオリとアツコの弁当箱の巻き寿司も似たようなものだった。ミサキとヒヨリの視線に気づいたサオリが若干居心地悪そうである。
対してアツコは、サオリのその様子にすこし微笑んでいる。どうやら巻き寿司の異常がなぜ起きたのか知っているようだ。
自身の不細工な巻き寿司を前に、サオリは帽子をさらに深く引き下げて消え入るような声でこぼした。
「……フウカに、見本を見せてもらいながら……私とアツコが巻いた。形は不格好だが、味は、その……保証、する」
見たことも聞いたこともない巻き簾と格闘し、仲間のために悪戦苦闘した――その結果が、形となって目の前にある。
「あっ……!」
ヒヨリの目から、大粒の涙がポロポロと溢れ出した。
「……なんだ、そういうこと」
ミサキの顔が、ひどく優しく緩む。
そうとわかれば躊躇する理由はなかった。二人はフォークを使わずに、アルコールで消毒済みの手を伸ばし、崩れかけている不器用な巻き寿司を、壊さないようにそっと指先で摘み上げる。
それを真似してアツコも巻き寿司を手でつまみ、サオリも意を決して自分の成果物をつまみ上げた。
「……いただきます」
四人の声が、重なる。
ヒヨリが、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、大きな一口で巻き寿司を頬張った。
かつて冷たく暗い廃墟で啜った泥水や、カビの生えた期限切れのレーションの味ではない。不格好に押し固められた酢飯の柔らかな酸味と、不器用な愛が詰まった具材の甘みが、冷え切っていた彼女の舌の上で温かく解けていく。
「……美味しいですぅ。っ……すっごく、すっごく美味しいです……!」
ミサキもまた、不格好な巻き寿司を口に運び、不器用な笑みを浮かべながら静かに咀嚼した。
「……うん。ちょっとご飯が詰まりすぎてるけど。……今まで食べたどれよりも、美味しいよ」
「ふふ、よかった。ね、サオリ?」
アツコが嬉しそうに目を細め、サオリの顔を覗き込む。
「……ああ。そうか。なら、よかった」
サオリは顔を隠したまま、安堵の混じった震える息を吐き出した。
仲間の思いが込められた手作りの温もりが、彼女たちの胸の奥の冷たい空洞を、じんわりと満たしていく。
会議室の片隅で、四人の少女たちは互いの絆を確かめ合うように、不器用な愛の詰まった食事を分かち合っていた。
少し離れた長机の中央では、タグとミカ、先生、そしてエンジニア部の三人が席に着き、フウカの差し入れを広げていた。
色鮮やかな具材が詰まった巻き寿司。タグはそれを一つ、フォークを刺して口に運ぶ。次に、傍らに置かれた保温ポットから、紙コップへと琥珀色の液体を注いだ。
ふわりと、酢飯の匂いに混じって、香り高い茶葉の匂いが立ち昇る。
ミカもまた、タグが注いだその紙コップを受け取り、巻き寿司を頬張った後に一口すする。
「……えっ。ちょっと待ってほしい。ミスター・タグ、ミカ。君たちが今、寿司と一緒に飲んでいるのは……紅茶かい?」
ウタハが、持っていた箸を止めて目を丸くした。先生も驚いたように二人を見つめ、コトリとヒビキも目を瞬かせている。
「口に合う」
タグは一切の表情を動かさず、極めて短い言葉で答えた。その咀嚼のペースは一切落ちていない。
「意外といけちゃうんだよ。ナギちゃんにちゃんと選んでもらったから大丈夫!」
ミカがピンク色の髪を揺らし、紙コップを両手で持ちながら満面の笑みで答える。
(いかなる食事であろうとも、合う紅茶はあります)
とナギサが自信満々に、ミカへ保温ポットを渡したのだ。
「和食である巻き寿司に、発酵茶である紅茶……? まったく想定外の組み合わせです。味覚の衝突が起きるはずでは……試してみてもいいですか?」
コトリの問いに、無言で保温ボトルを掲げるタグ。コトリが紙コップを差し出し、タグが紅茶を注ぐ。違和感よりも興味が勝った先生、ウタハ、ヒビキにも順番に紅茶が注がれた。
恐る恐る、四人が巻き寿司を口にした後、その琥珀色の液体を喉に流し込む。
「……!」
先生の眼鏡がキラリと光る。
「ん……。お肉の脂と、お酢の酸味を、紅茶の渋みが綺麗に洗い流してくれる……。美味しい」
ヒビキが、頭の犬の耳をピンと立ててボソボソと呟く。
「なるほど……。茶葉の成分が口内をリセットし、次の一口への欲求を促進しているんですね、良い発見です!」
コトリが丸い眼鏡を光らせて感嘆の声を上げる。
「……常識から外れているが、同時に合理的で美しいとも思う。私の味覚がアップデートされた気分だよ」
ウタハが口元にニヤリと笑みを浮かべ、再び巻き寿司へと箸を伸ばした。
先生もまた、予想外に合うその味に目を細め、静かに微笑みながら巻き寿司を咀嚼している。
タグとミカは顔を見合わせることもなく、ただ黙々と、しかしどこか満足げに、紅茶と巻き寿司による異端の食事を続けていた。
フウカの差し入れによる昼食が終わり、小休止を挟んだ後に会議室の空気は実務的なものへと切り替わった。
人員は二つのグループに分かれる。一つは、先生を中心とした戦術指導のチーム。
アリウススクワッドの四人、ミカ、そして新たに加わったRABBIT小隊が先生の授業を受けるのだ。
タグが先ほどの演習で指摘した各々の死角や連携の甘さを、先生が彼女たちの目線に合わせて咀嚼し、ホワイトボードに要点を書きあげながら指導を行っている。生徒全員が集中しながら、ノートにそのことを書き込んでいく。
対してタグはエンジニア部の三人とともに、スコープドッグが固定されているメンテナンスハンガーの前に立っていた。
「予算は有り余ってるからね。ミスター・タグから教えてもらった装備を可能な限り再現してみた。それとこのミッションパック専用のオプションは、スコープドッグの欠点を改善するための装備だ」
ウタハが、油の染みた白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、ニヤリと笑みを浮かべた。
「……オプションパーツはタグが知ってるものだから説明は省略するけど、何を用意したのかはリストにしてあるよ」
ヒビキが、犬の耳を微かに揺らしながら、タブレット端末をタグへ手渡した。
タグは無言で画面を受け取り、視線を落とす。
鉄面皮は崩れないが、そこに羅列された項目と精緻な設計図を見た瞬間、彼の呼吸がほんの僅かに止まった。口頭と簡単なスケッチで伝えただけの局地戦用装備群――それが、キヴォトスの技術で完璧に、いや、それ以上の精度で再現されている。
フラクタル迷彩による電子的隠れ蓑であり、増加装甲でもある『AT用ジャケットアーマー』、湿地帯での機動力を確保・未使用時は脚部保護を兼ねるAT用かんじき『スワンピークラッグ』、
悪路・砂漠走破用のソリと追加グライディングホイールユニットで構成される『トランプル・リガー』、ATに縦移動という概念を付与するアンカーワイヤー射出機構『ザイルスパイト』、
雪原運用を可能とする脚部増加装甲『アイスブロウラー』、制動力強化・可動域を拡張することで不整地での運用を円滑にする『二連装ターンピック』、そしてヒビキ特製の透明度と強度が格段に向上した『レンズガード』がリストアップされていた。
「……あの概要だけでよく用意できたものだ」
タグのしゃがれた声に、確かな感嘆の響きが混じる。
「ふふっ。それがマイスターというものさ」
ウタハが誇らしげに胸を張る。
「ですが、本題はコチラのミッションパック用のオプションです!」
コトリが、丸い眼鏡をキラリと光らせながら、ハンガーの脇に置かれた巨大な金属の塊を両手でバンと叩いた。
それは、縦に約1.5メートル、直径50センチ以上はある分厚い円筒形のユニットだった。
鈍いガンメタルに塗装され、いくつかのセンサーらしきスリットが設けられている。
「スコープドッグの欠点の一つは、ずばり電子戦能力です! 現代的なセンサーが完全に欠如しているため、偵察と索敵をターレットレンズを介した肉眼に依存しています。
これはパイロットに多大な負担を与えるのはもちろん、奇襲を受ける可能性が常に付きまといます!何らかの形で視界が遮られた瞬間、パイロットは情報の遮断という極限のストレスに晒されるという点も見過ごせません!……仮に、赤外線と電波放射をランダム化させることで電子的な機体輪郭を背景に溶け込ませる『AT用ジャケットアーマー』を装備した敵対者が現れた場合、
奇襲のリスクが極大化してしまい、パイロットの生死に直結します!」
コトリの解説スイッチが完全に入り、身振り手振りを交えたマシンガントークが始まった。
「このオプションパーツ、統合電子戦センサーポッドは、ミレニアムの叡智の結晶の一つとして数えてもいいです! 既にわかっているとおり、スコープドッグは索敵をターレットレンズ……つまりパイロットの肉眼に丸投げしていました。それは電子戦の飛び交う戦場では、一つの最適解かもしれません。だからといって放置するわけにはいきません!最適解と思い込んでいるだけだということを、このポッドをもって証明します!
まず装備箇所ですが、ミッションパックの左ラッチにこのポッドを連結させる事が出来ます」
センサーポッドに設けられた接続部を指さすコトリ。そこにはタグが見慣れているミッションパック用の汎用コネクタがある。
「第一の機能、多機能ミリ波シーカー!これは砂嵐や煙幕といった物理的な障害物を一切無視して、敵の機体を鮮明なワイヤーフレームとして描き出します。先に挙げた『AT用ジャケットアーマー』を装備した兵器や電子的隠蔽を施した敵であろうとも、ミリ波の反射パターンの微細な揺らぎをセンサーポッド搭載のAIが瞬時に察知します! その結果、隠れた敵の電子的防護を剥ぎ取ることができます!」
コトリの声のボルテージが上がり続ける。
「 第二の機能、高感度・多波長熱源センサー! どれほど機体温度を偽装しても、大気を揺らす排気熱や兵器の駆動熱は隠せません! 周辺環境とのわずかな温度差を検知し、“そこに何かが存在している”という事実を逃さずキャッチします!
そして第三の機能、ターンピック・リスニング!
スコープドッグにはターンピックという地中に刺す杭があります!これを触覚として、地震式測距による地面の振動データの取得を可能としました。両足のターンピックを固定アンカーとして使うことで、取得した振動データから発信源の三辺測量を行うことが出来るんです!」
息継ぎ無しの説明によって、酸素不足に陥りかけるコトリ。大きく深呼吸をすると最後の締めに入る。
「この三つの機能により、視覚と熱源、振動の三位一体による完璧な索敵網が完成します! 単体のセンサーを騙すことはできても、物理法則そのものを同時に三つ書き換えることなんて不可能です! つまり、このポッドを装備・駆動させているスコープドッグの前では、どんなに高度なステルス技術であろうとも、ただの“見えないふりをした置物”同然となるのです!」
息継ぎする暇も見つからないコトリの説明に、しかしタグは真剣に聞き入っていた。
(……視覚、熱源、振動。単一の欺瞞は通じても、三つの物理法則を同時に騙すことは不可能……)
少女の口から語られる、あまりにも理にかなった解答に内心で舌を巻いた。
その上で、巨大な円筒形ユニットを鋭い視線で値踏みする。
「……重量は」
「約1トンです。右ラッチに懸架する武装とのバランスを取るため、内部のバランサーで重心移動を自動補正するプログラムも組んであります!」
コトリが即座に答える。タグは機体の左肩を指差した。
「索敵能力の向上は生存率に直結する。兵器としての理にかなった提案だ。だが、これだけの多機能ユニットだ、電子的に目立つのではないのか?」
「……ん。そっちは私が対策してある」
ヒビキが、ボソボソとした声でタグの懸念に応じる。
「このレーダーポッドの装甲は電波吸収塗料をコーティングしたステルス仕様。……パッシブモードなら、こちらからは電波を出さずに周囲の環境音と熱源だけで索敵できる。……それに、いざという時は」
チラリと目線がウタハに移る。
「いざという時は、パージして単独機能するよう、独立した電源と自走式キャタピラも仕込んである。……完璧だろう?」
ウタハが、笑顔で言葉を引き継いだ。どうやらそのギミックはウタハが仕込んだものらしい。
タグは、再び深い息を吐いた。
兵器を使い捨てるのではなく、パイロットを生かすために持てる技術のすべてを注ぎ込む。その狂気じみた情熱と過剰なまでのスペックの暴力に、彼はもはや抗う気すら起きなかった。
「……これ以上の反論はない。早速だがテストのスケジュールを組みたい」
タグが短く答えると、エンジニア部の三人は、顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
「実際問題、索敵能力の無さが原因となった危機は多かったからね」
ウタハが腕を組み、真剣な眼差しでタグを見つめる。戦闘ログの解析の結果から導き出されたこの対策案は、エンジニア部三人の完全な共通見解だった。
「古聖堂でのヒヨリさんとミサキさんの奇襲、バシリカでのスコープドッグもどきの包囲はどちらも索敵能力があれば回避できた事態です!」
コトリがタブレットの画面をスワイプし、過去の戦闘のヒヤリハット事例を空中にホログラムで展開する。
「いくらタグさんの反射神経と戦術予測が優れていても、物理的な視界の限界は超えられません。これはパイロットの技量の問題ではない、機体側の明確な欠陥です!」
「……それに先生から聞いた。今後は廃校を巡回するって」
ヒビキが工具箱から目を離し、ボソボソとした、しかし確かな気遣いのこもった声で呟いた。
「だとしたら今までの肉眼に依存した索敵ではまた同じことが起きる。……暗がりや死角の多い廃校で、不意打ちを受けたら……危ない」
彼女の頭上の犬の耳が、不安げに少しだけ垂れ下がる。
タグは、ホログラムで展開された自身の過去の被弾ログと、目前に立つ三人のマイスターの真摯な瞳を交互に見やった。
彼にとって、機体の死角など戦場では“あって当然”のものだった。
見えない敵の気配は己の勘と経験で補い、それでも被弾すれば運が悪かったと諦める。それが、使い捨ての鉄の棺桶に乗る兵士の常識だ。
だが、目の前の少女たちは違う。技術によって死角を潰し、パイロットの生存確率をコンマ1パーセントでも引き上げようと、本気でこの巨大なユニットを組み上げたのだ。
「戦術的に極めて有効な判断だ。今後の巡回任務において、不意の被弾リスクは劇的に低下する」
タグは視線をユニットから三人へと移し、短く、しかしはっきりとした声で告げた。
「……お前たちの仕事には、いつも助けられている。感謝する」
その言葉に、ウタハは満足げに口角を上げ、コトリは「えへん」と誇らしげに胸を張り、ヒビキは照れくさそうに視線を泳がせながらも、犬の耳を嬉しそうにピクピクと動かした。
「……ただし、ミレニアムの技術の結晶はこれだけでは終わらないよ」
ウタハが口角を上げ、センサーポッドの側面にある小さなハッチを指で弾いて開けた。
「ここを見てください!高性能な電子機器は莫大な熱を発するため、強力な冷却機構と放熱機構が不可欠です! そして、ミリレンジレーダーが発する電磁波、これらを平和的に応用しない手はありません!」
コトリが眼鏡をクイッと押し上げ、息継ぎなしで解説を再開する。
「つまり、このセンサーポッドには、冷たい水や氷を提供する製氷機、コンビニ弁当やMREを温められる電子レンジ機構、カップラーメンにお湯を注げる給湯器が搭載されているんです!」
コトリが胸を張って言い放つ。それは、純粋な戦闘用兵器に生活家電を組み込むという、エンジニア部の完全な悪癖の産物だった。
本来であれば、重量と電力を無駄に消費するだけの余剰機能だ。戦場の合理性のみを追求してきたかつてのタグであれば、即座に「外せ」と冷徹に切り捨てるところである。
だが、タグは巨大な円筒形ユニットを見上げたまま、ピタリと動きを止めた。
数秒の、異様なほど重い沈黙がガレージに落ちる。
無表情の鉄面皮は崩れないが、その視線はハッチの奥に覗く給湯ノズルに、恐ろしいほどの集中力で固定されていた。
「……温度指定が出来るのか?」
タグの喉から、まるで敵の弱点を問いただすかのような、ひどく真剣で地を這うようなしゃがれ声が漏れた。
「0.1度単位で、完璧な温度管理が可能だ」
ウタハが自信満々に頷く。
「……」
タグは、センサーポッドとウタハを交互に見比べた後、短く息を吐き出した。
「性能を無駄に阻害しなければ気にはしない」
あっさりとその余剰機能の搭載を許可した。
その瞬間、エンジニア部の三人の間に奇妙な沈黙が落ちた。
先ほど、昼食の席で巻き寿司と一緒に紅茶を啜っていた彼の姿が、三人の脳裏に蘇る。
トリニティ自治区化学協会が熱力学的な理由にまでこだわるという、トリニティの紅茶文化。
その最適な抽出温度を彼は、行軍先で求めているのだ。
(((絶対に紅茶淹れるのに使うんだろうな……)))
ウタハ、コトリ、ヒビキの三人は、微塵も表情を動かさずに兵器のスペックを語るこの不器用な大人の内心を完璧に察し、声に出すことなく全員で同じツッコミを入れていた
うへ~、先生とタグさん、みんなに大きなお勉強の目標を立ててくれたみたいだねぇ。
若者が目標に向かって頑張ってるのを見ると、おじさんなんだかポカポカして眠たくなってきちゃうよ。
でもね、のんびりお昼寝ってわけにもいかないみたい。
アヤネちゃんからアビドス砂漠で、変なものが見つかったって相談があったんだ。
砂漠に横たわる、巨大で真っ黒な棒……。
タグさん、アレの話を聞いた時、すごい顔してたよ。
キヴォトスにあってはいけない物、らしいね。
次回、装甲騎兵ボトムズ 蒼の記録
「残滓」
――私、張り切るよ。