「……ん。タグ、やる気」
シロコは少しだけ楽しそうに目を細めた
先生が運転してきたビジネスカーのトランクには、ケース入りの銃火器が並べられている。この状況を想定していたらしくシャーレの武器庫から持ち出してきたとのことだ
観察するシロコを横目に、タグはその中から二つの銃器を選択していた
「――選ぶならこれだな」
選んだのは一発打ち切りリロード式の榴弾発射機、そしてキヴォトスならよく見る短機関銃だ
「グレネードランチャーとサブマシンガンですね。両方とも弾は一杯用意してありますので遠慮なく使ってください」
「弾が豊富なのはいい――ヘイロー持ちとやらが頑丈なのは理解した。だが爆風で三半規管を揺さぶれば足は止まる。足元を崩せば機動力も殺せる。致命打にならずとも無力化の手段としては最適と考え、グレネードランチャーを選ばせてもらった。そして最後の抵抗手段として可能な限り弾幕を張る手段が欲しい――だからサブマシンガンという選択だ」
相手は多少の被弾は痛いで済ませるというのに、こちらは一発でも被弾すればアウトなのだ
タグが武器を選出した理由は先生にとっても納得のいく理由であった
シロコはタグの「ヘイローのない頭」を指差しながら心構えを説く
「防弾チョッキ用意したけど、それでもそちらにはなるべく弾が飛ばないようには気を付ける。先生もそうだけど、タグはよわよわ」
「助かる。こっちは被弾一発で無力化もありえる」
先生が静かに割り込む
「シロコの言う通りです、タグさん。貴方が例えどれだけ優れた軍人でも、この世界の物理法則(ヘイローによる保護)の外にいる以上、無茶はしないでください」
校舎からは台車を押すアヤネが出てきた。台車に乗っているのはドローン――自作の自走式自爆タイプ、そして物資投下用のプロペラ式航空タイプの二種類を用意してきたのだ
「手伝おう」
アヤネが車の横に寄せた台車からドローンを車に移すのをタグは手伝う
「ではこちらはトランクに、こっちは車のルーフに乗せてください」
自走式はトランクに並べ、航空式はルーフに固定する
「出発します」
エンジンがかかると、アヤネの声とともにビジネスカーは出発する
運転席はアヤネ、左の助手席にはシロコ、後部座席の左は先生、右はタグという配置である
「ん、万一いきなり銃撃来ても即死はない」
理由あっての配置だ。ここからは戦闘の可能性が高くなる、ヘイローの加護がない大人二人が前方座席に座るという選択肢はなかった
「配置の確認をします……本来はアビドス対策委員会は5人一組のチームなんですが、事情あって3人欠員ありの状態です。ですので後方支援担当のアヤネにも前に出てもらいます。ポジション的には前衛シロコ、中衛アヤネ、後衛タグさんという形になります」
「先生は銃を握られないので?」
タグの質問に苦笑いで返す先生
「はい、実は銃はからっきしでして。訓練する時間もないですし、専門外です。あと僕も撃たれたら終わりですからね。そのかわり――」
眼鏡をかけなおす
「陣頭指揮には覚えがありますので、期待してください」
どうやら自信があるようだ、とタグは判断する。そも自分より付き合いの長いであろうシロコ、アヤネの二人が信頼しているのだ。間違いないと思っていい
車両での移動中、前を向いたままシロコが尋ねる
「相棒との付き合い、長い?」
「おおよそ2年くらいか。とはいえ何度修理したかも覚えていないほど使い込んだ。俺は相棒と思っているが、実は全部もう違うパーツになっていてもおかしくない」
「ん、まるでテセウスの船……」
「テセウス?」
聞き覚えのない言葉だ
「シロコちゃん、それはキヴォトスの歴史だからタグさんは知らないと思います」
アヤネの言葉を聞いたシロコが捕捉してくれた
「テセウスの船っていうのは例えば自転車の古いパーツを全部新しいパーツに交換したら、同じ自転車と扱っていいのかっていう疑問」
「――」
タグはその言葉を口の中で転がす
部品を替え、装甲を継ぎ、元のパーツが何一つ残っていないかもしれないAT。それを相棒と呼ぶに足りるのか?
その答えはYESだ。何度も死線を潜り抜けた以上、「相棒」と呼ぶには差し支えないとタグは考えた
「元が残っていなくても相棒には変わらん。直してまた乗るにせよ、直せずジャンクにするにせよ、最後までは付き合いたいものだ」
「……ちゃんと取り戻そうね」
タグの執着を感じたシロコの瞳に、ほんの僅かな共感の光が宿る
「そろそろタグさんの相棒・・・ATと呼べばいいですよね、確か。そのATが投棄されていると思われる推定エリアに入ります」
アヤネは車のアクセルを緩めた
「決めた通りにシロコは前衛お願いするよ。アヤネはシロコのバックアップを。タグさんはグレランによる火力支援と僕の直衛をお願いします」
アビドスにおいて、先生は戦略の要であるというのがシロコとアヤネの共通認識だ。同時に肉体的には最も脆弱であり、常に注意を払って護衛をする必要のある対象である
普段の戦闘では、対策委員会のメンバーが一人先生の直衛に回りながら戦ってきた。それは実質的に戦力の2割から3割を「防御」に割いていることを意味している
ここでシロコとアヤネ、どちらかを先生の直衛に回すのは大幅な戦力ダウンになる
とはいえ昨日今日でタグという、一言で言えば不審な人物に先生の直衛を任せるのは二人にとって気が気でなかった
それを察した先生は合理的に二人を諭す
「二人が前を張ってくれるのが今回の作戦の最低条件だ。それが出来ないならタグさんには申し訳ないが、作戦を中断するしかないんだ」
「……先生のおっしゃる通りなのはわかります。先生の周囲をタグさんが固めてくれるなら、私とシロコちゃんで、より大胆な包囲や攻撃が可能になります」
先生は苦笑した。二人はそれが出来なければ作戦は成功しないということは理解しているのだが、一言で言えばタグを信頼できないのだ
では安全を取ってこのまま中断するという選択肢は取れない。まかり間違ってATとやらがヘルメット団とそのスポンサーであるカイザーグループに確保されるのは見逃すわけにはいかなかった
異世界からの到来物であるATによって何らかのブレイクスルーが起きることは対策委員会にとっては好ましくない
先生はシロコとアヤネに指示を出す
「じゃあ予定通りにお願いするよ」
本来なら時間をかけて説得してから送り出すべきだ。しかし今の先生にはあまり時間がない。何故なら出来る限り早めにトリニティ学園に戻らなければならない立場だからだ
(二人ともごめん)
ここは流れでいくしかないと先生は決めた。責任は自分で取ると決めているのだから
「「了解」」
二人の少女の声が揃う
学食で見たようなのどかな空気は消え、そこには「アビドス対策委員会」という小さな軍隊の熱量が満ち始めていた
速度を落としてから10分後、車両右側を軍用双眼鏡で周囲を監視していたタグが声を上げる
「見つけた。あのシートの色は間違いない……ただ相手のほうが先にいるな」
数キロ先、耐熱シートに包まれたままの『相棒』を取り囲むのは、ヘルメット団の集団、そして数台の武装車両だ
「ん、こっちも確認した」
助手席から上半身を乗り出したシロコがタグと同じ方向を偵察する
「――タグ、たぶんあれは引っ張るのが上手く行ってない?」
「だな。連中は車で牽引しようとしたが、ATの重量が見た目より重いことに気づけず、牽引に失敗したようだ。おそらくどうするかを相談していると思う」
遠く見えるATには車から伸ばしたワイヤーが繋がれている様子が見えていたが、その周りでヘルメット団が何やら作業をしている
「アヤネ、ヘルメット団の数はわかった。――先生の指揮と二人ならいける、けど一人では無理な数」
シロコのその発言に一度だけため息をつくアヤネ
「……先生、指揮をお願いします」
どうやら観念したようだ
ビジネスカーを、ギリギリまで寄せた上で四人は降りる
昨日に続いて砂漠の風が、再びタグの頬を打つ
大人二人は前を見る。一人は砂漠に眠る『相棒』を救うため。一人は教え子の学校とその未来を守るため
対して二人の少女は先生に期待、タグには不信と若干の期待を込めて見る
「先生、指示お願い」
シロコがライフルのチャージングハンドルを引き、前へ進む。
陽炎が揺れる砂漠のただ中、光学照準器で距離を測るタグ。横では先生が望遠鏡で観測をする
「先手は榴弾で。車両をまず封じたい。砂丘を利用して距離300まで稼ごう」
「先生、ドローン準備完了です」
「運用はそちらに一任。ただし空中投下は車両優先で」
四人は砂丘を利用してヘルメット団の視野外から接近する。
――ヘルメット団にとって不幸だったのは、奪おうとした荷が想像を超える重さのため運び出せず、仲間内でどうするか堂々巡りをしていたことだろう。そのためもし全周囲警戒をしていれば気づけた奇襲に気付くことができなかったのだ
「目測距離300確認――先生、指示を」
発したタグの声に抑揚は一切ない。それは、朝にサンドイッチを涙ながら頬張っていた男と同一人物とは思えない、冷徹な精密機械の響き。 微速前進をやめた先生はタグの横顔に「本物の戦士」の凄みを感じていた
「了解。僕が観測手(スポット)を務める。……風速3、右から左へ。シロコ、アヤネ、予定通り展開」
先生の指示と同時にシロコが砂丘を駆け上がり、アヤネがドローンへアクセス、砂丘を左側から回り込む
「……ん。シロコ、行く」
シロコが砂丘に消える。 そして、タグの指が引き金にかかった
「……撃て!」
先生の鋭い一声と共にグレネードランチャーから榴弾が放たれた
ドォォォォン!!
静寂を切り裂く爆発音。 タグが放った初弾は、スコープドッグにワイヤーをかけて引っ張ろうとした武装車両のボンネットに見事的中、エンジンを大破させることに成功させた。灰色の煙とともに火があがる
「な、なんだ!? どこから撃ってきた!?」 「 散れ、散……ぐわぁっ!」
逃げ惑うヘルメット団のリーダー格を、砂丘から飛び出したシロコのARによる射撃が正確に射抜く。 ヘイローによって致命傷は免れるが、それでも奇襲によって明らかに浮足立つヘルメット団
「……ん。タグ、いい腕。先生、次は初弾から更に右側の車両止めて。エンジンがかかってる」
通信機からシロコの弾むような声が届く
「シロコから。初弾より更に右の車両」
「……補正願う」
先生は双眼鏡の倍率を最大に上げ、陽炎の向こう側、シロコの指定した車両を観測する
「風速変わらず、初弾より右へ……どうぞ」
ドォォォォン!!
今日二回目の爆発。タイミングがよかった。動き出す直前に榴弾が刺さったのだ。榴弾は運転席に突き刺さり中で爆発、運転手はともかく車は間違いなく使い物にならない
「命中確認」
先生はそう短く告げる
タグと先生の上を航空型ドローンが煩わしい機械音を発しながら通り過ぎる。まだ無事な車両の上に滞空すると、ペイロードに装備した40MMグレネードを投下させて無効化させる
そのドローンに気を取られ、撃墜を試みるヘルメット団をハンドガンで次々と撃ち抜くアヤネ
なんとか反撃を試みる者もいるが容赦なく自爆ドローンを操作、突入させて爆破により無効化させる
「アヤネ、次のドローンは温存。敵がパニックを起こした瞬間を指示するからその時に投入を」
奇襲から立ち直ったヘルメット団はともかく火力には火力を、ロケットランチャー等で反撃しようとする
が、その様子をすでに捉えている先生はタグに即座に指示、構えられる前に榴弾を撃たせることで相手の射撃を封じる
ロケットランチャーを保持するヘルメット団は安定姿勢を取れる場所を探そうとするも、横から近づいたアヤネに足を掬われて転ばされる。直後にほぼ0距離で1マガジン浴びせられることになった
「タグさん、風速3、修正なし。……シロコ、右翼の敵が孤立した。今だ、狩れ」
先生の矢継ぎ早の指示――タグはグレネードランチャーの再装填をして次弾指示に備える
何度かヘルメット団は反撃を試みようとするが正面からはシロコとアヤネという圧力に常に晒される
相手はたった二人なので囲もうとすると今度はそれをさせまいと砂丘の影から榴弾によるけん制、場合によってはフレシェット弾による直接攻撃が襲い掛かる
では砂丘の裏を攻めようと思えば回り込みなど許さないとばかりに前衛二人がカバーリングに回る
その連携の緻密さはまるでヘルメット団全体の動きを逐一モニタリングしているのではないかと疑うほどだ
とどのつまり、勝ち目はもうなかった
「ヘルメット団、撤退を開始しています」
そのアヤネの報告に
「追撃せよ」
先生は冷ややかに指示を飛ばしていく
「……彼女達には悪いけど援軍を呼ぶのもためらう程度にはダメージを受けてほしいからね」
この一方的な戦闘はヘルメット団が徒歩で周辺エリアから撤退するまで続いた
「……ん。先生、制圧完了」
通信機からシロコの安堵した声が聞こえる。 彼女はATの上にまたがり、双眼鏡にてヘルメット団の離脱を確認しおえた
「アヤネです。こちらからも撤退を確認しました。先生、シロコちゃん、それとタグさん、お疲れ様でした」
その声にはすでにタグへの不信は見当たらなかった
「お疲れ様。僕もさっき回収のヘリを要請した。ここでヘリがくるまで周辺警戒にあたろうか」
使い終わったグレネードランチャーをしまったタグは、シートがかぶさったままの相棒に近寄る。引っ掛けられていたワイヤーはすでにシロコの手によって外されている
砂塵が舞う中、タグは自身の「棺桶」の前に立った。 行動不能になり、砂に汚れ、それでも沈黙の中で己の主を待っていたAT,スコープドッグの前へと
「……待たせたな」
砂埃に塗れた機体をシート越しに撫でながら、ふと背後を振り返る
そこには互いの健闘を称え合う少女たちと、それを労う先生の姿がある
その輪を羨ましく思うという感情は、まだタグにはなかった
還ってきた鉄の棺桶。
だが、相棒は光を失い、ただ沈黙を守るのみ
途方に暮れるタグに、先生(大人)は囁く
科学の迷宮、ミレニアムへの道を
――少女の血に頼らぬ力
シャーレが求めたものは、禁断の果実か、それとも救済か
迫るエデン条約の影で、偶然は必然へと姿を変える
今のこの邂逅こそが、神の与えたもうた罠
次回、「天恵」