――アビドスの砂漠からヘリが出発して数時間後
太陽がすこし傾きだした頃にタグは目を覚ます
ヘリのキャビンのシートで少し居眠りをしていたのだ
窓の外の景色は、荒涼とした砂漠から、幾何学的なビル群が立ち並ぶ未来都市へと一変していた
ヘリの窓から見下ろす景色は、俺の知るいかなる軍事拠点とも異なっていた
幾何学的なラインを描く高層ビル群。その合間を縫うように整備された緑地帯。対空砲火の火点(トーチカ)が見当たらないどころか、防壁すら存在しない
「……こんな風景は想像もしなかったな」
思わず口に出していた。
仮に爆撃機が来れば、この美しいガラス細工のような都市は数分で瓦礫の山に変わる。それを防ぐための対空陣地も、迎撃ミサイルのサイロも見当たらない
(いや、違うのか?)
目を凝らす。ビルの屋上にあるパラボラアンテナ、あるいは奇妙な形状のオブジェ。あれが光学迷彩を施した砲台なのか? それとも電子戦用のジャミング装置か?
『当機は間もなく着陸態勢に入ります』
無機質なアナウンスが響く中、俺は戦慄している
この都市は「無防備」なのではない。「攻撃されること」を前提としていないのだ
敵が存在しない世界――タグにはそんな欺瞞の上に成り立つ都市のように見えるのだ
つくづく思い知らされる、ここは俺がいたアストラギウス銀河とはまったく異なる世界だということを
『当機は間もなく目的地、ミレニアムサイエンススクールに到着します。繰り返します、当機は間もなく……』
人工音声から着陸の予告が流れる
このヘリに搭乗して驚いたのが完全な無人による操作だということだ
離陸時、機内アナウンスは『AIによる完全自動運航』であることを告げていた
アストラギウスでは大型の航宙艦でもなければまず見ないような機能が、ヘリに搭載されているというのは驚きに値する
スコープドッグを下部に牽引しているヘリはまずスクール敷地の外郭部になるヘリポートに向かっていた
ミレニアムサイエンススクール――理と技術の最先端を進む学校
そこが所有するヘリポートに降り立ったタグをまず迎えたのは、アビドスの穏やかだが乾いた風とは異なる、吹き抜けるビル風だ
「ここが、学校……?」
タグの視界に映るのは、アストラギウス銀河の軍事基地よりも遥かに洗練された施設群だ
よくも悪くも無駄な装飾がないビルの数々――採光のために全面ガラス張りになっているビルもあれば、遮光のために完全に窓を廃したビルもある
しかし一つとしてタグの知るビルとは類似点が見つからない。どれも斬新な構造を採用し、敷地も適度な緑地スペースを確保した余裕のある配置だ
――タグに歩み寄る女性が一人。どうやら出迎えの生徒のようだ
「はじめまして、タグさん。お待ちしていました」
風の音に混じって、凛とした声が響く。
そこに立っていたのは、紺色のブレザーに身を包んだ一人の少女だった。
特徴的なツインテール。手にはタブレット端末。そして腰には――サブマシンガンを2丁、無造作に提げている
少女は完璧な事務的笑顔を浮かべ、一礼した
「私はユウカ。早瀬ユウカです。先生からお話は聞いています」
「改めて名乗る、タグだ」
タグの目は、少女の笑顔ではなく、その腰の銃と立ち姿に注目した
重心の置き方、視線の配り方――ただの案内員ではない。いつでもトリガーを引ける者の構えだ
この平和ボケしているように感じる都市において、彼女はシロコやアヤネと同じ匂いを漂わせていた
「先生の紹介とはいえ、部外者を校内に入れるのは特例中の特例です……一応、身分証代わりの仮IDを発行しますが、指定エリア以外への立ち入りは即座に警備ドローンが反応しますので、ご注意ください」
「……承知した。案内を頼む」
タグは短く答え、少女――ユウカの背中を追う
――最初に出会ったときの感想ですか
今考えると失礼だけど背が低い、でしょうか
私が身長156cmなんですけど、彼の目線がほぼ同じ高さなんですよね
すこし向こうの方が背が高い程度です
ただそんなことが気にならないくらい感じることがありました。威圧感といえばいいんでしょうか
……私、セミナーの会計をやってる手前、いろんな人とお会いしたことがあります
大企業のトップ、各学校の生徒会長、大っぴらに出来ないような組織のトップ――ええ、本当にいろんな人がいます
だけど彼のような……抜き身の剣のような、直視してるとすこし背筋が冷たくなるような感じを覚えた人は初めてでした
彼女の案内を受けつつ、タグは広大なキャンパスの一角にある巨大なガレージへと向かう
途中受けた案内の内容は必ず一つの結論にたどり着いてた。“危険物には近づかないように”と
大型のガレージにはタグより一足先に降ろされていたスコープドッグが鎮座している
ただし、周囲の様子がおかしい
緑の騎兵を取り囲むように、数人の少女たちが集まっていた
「うーん、非常に興味深いね」
白衣を羽織る少女が、スコープドッグの装甲をコンコンと叩いている。
「この装甲材質、今のキヴォトスの主流じゃない。それに駆動系……シリンダーが見えるということは油圧? いや、機動兵器にそんな悠長な機構は遅すぎないか?」
「ウタハ先輩、ここを見てください。脚部の機構、これ地面にくぎ打ちでもするんでしょうか?」
シロコのような動物の耳……犬のような耳が生えている少女がしゃがみ込んで脚部を覗き込んでいる。
「ふむふむ、今の戦術トレンドである軽量・高機動に真っ向から対立する機動兵器ですね。ただなんでしょうか重量のわりに装甲が薄いような?」
眼鏡の少女が早口でまくし立てる
タグはその光景に、軽い眩暈を覚えた
兵器とは、忌むべき鉄の棺桶であり、消耗品だ。だというのに、彼女たちの目は、まるで新しい玩具を与えられた子供のように輝いている
先生の言う通り、三度の飯より今目の前にある異世界の発明品に夢中になっているのだ
“パン、パン”
「エンジニア部の皆さん、こちらを見てください。機体の持ち主、タグさんをお連れしました」
手拍子二回の後、ユウカが声をかけると、三人の視線が一斉にユウカ、その次にタグへと向けられる。タグは反射的に背筋を伸ばし、踵を合わせそうになるのを堪えて一礼した
「タグだ。この機体、スコープドッグのパイロットをしている。先生の紹介で、機体の修理のためにここにきた」
その瞬間、ウタハが詰め寄ってくる。距離が近い
「貴方がパイロット?……着ている服はパイロットスーツかな、それも調べてみたいが…代わりの服が必要になってしまう、それは後にしよう。私は白石ウタハ、エンジニア部の部長をやらせてもらっている。こちらは同じ部の後輩でヒビキとコトリ。よろしく頼むよ、ミスター・タグ」
「はい……」
タグは一歩後ずさりそうになる、この純粋な好奇心の圧力には免疫がないのだ
――最初に出会ったときの感想?
……実は恥ずかしい話なんだが、あまり記憶にない
というのもスコープドッグに初めて出会ったことがよほど嬉しかったのか、そのことしか頭になかったんだ
今考えると失礼にもほどがある。とはいえ彼なら笑って許してくれるとは思うけど
わずかながら覚えてるのは、ユウカに紹介された男性がパイロットだったことと名前、あと私よりすこし身長が小さかったことだ
エンジニア部にタグを紹介したユウカは早々と退出した。どうやら多忙な身のようだが、先生の紹介した来客ということでわざわざ出向いてくれたようだ
この学園においても彼の影響度はかなり大きいようだ
タグは自分が異世界であるアストラギウス銀河から来たこと、そしてスコープドッグがその世界からの持ち出し品であるという説明をする
エンジニア部三人はその事実をあっさり受け止める
というのもスコープドッグを見た三人の共通した意見が
“人が乗る兵器としては三流”
という評価を下したのだ
「カタログスペックを見るまでもない。まず異常なまでに薄すぎる装甲はどういうつもりなんだ?これが正面装甲の厚さかい」
「というかコックピット見たんですけど脱出装置無いのおかしくないですか?人命軽視すぎます。せめてハッチに爆発ボルト形式の緊急パージ機構は最低限必要と断定します」
「先輩とコトリにだいたい言われちゃったけど、私も意見は同じ。この機体はパイロットのこと考えなさすぎる」
と、キヴォトスでもここまで極端な設計はしない兵器、というレッテルを貼り付けた
苦笑いを浮かべるタグ――しかし、心中では三人の生徒の洞察力に驚く。同時にキヴォトスが、平然と銃弾が飛び交いこそすれど平和な世界、であるということを改めて認識した
「それはそれとして燃えますね! 未知のテクノロジー、解析のしがいがあります!」
エンジニア部の面々は、タグを歓迎した
タグにとって、そこは不思議な居心地の良さがあった。彼女たちはタグの殺伐とした雰囲気を気にしない。ただ、「スコープドッグをどう修理したいのか」という一点において、対等な議論を求めてきたのだ
「ではミスター、当分スコープドッグは私たちエンジニア部が預かります。『スコープドッグ』……ふふ、素敵な名前だ」
「親近感、湧くかも?」
ヒビキは犬という共通点にシンパシーを感じ始めた
――三人の膨らみきった未知への期待とある程度組み立てていた修理計画は、スコープドッグの「隠そうともしていない地雷要素」によって、木っ端微塵に粉砕された
「あり得ない!こんな危険な液体が機体全体を循環している?君たちの世界は安全という言葉を辞書から消したのかい?」
まずウタハが冷や汗をかきながらタグに問いただす
「発火、爆発の危険性多いにありですか……ウタハ先輩、これエネルギー開発部に持ち込んだ方がよくないですか?素人が触っていい気がしないです」
駆動源であるポリマーリンゲル液の軽い説明を聞いたコトリはスコープドッグからそっと離れだしている
「重量7t以上の物体を脚部裏面のローラー移動で高速移動させる…?加速するために脚部にジェットブースターを内蔵?どうやってバランスとるの?え、多少は補助あるけど基本は人力でバランス調整?本当???」
スコープドッグの移動方法を尋ねたヒビキは自分に理解できない内容の連続に、ホラー映画を見ているような気分に襲われていた
「ミスター・タグ。まだ一次データに過ぎないが、この液体の成分分析結果は本当なのかい」
ウタハが、青ざめた顔でタブレットを突きつけてきた。
「揮発性がガソリンの数倍? しかも常温で空気と反応して発火する? ……冗談にしてもひどい。繰り返しの質問になるが本当にこんなものを機体全体に循環させているのか?」
「ああ。ポリマーリンゲル液はATの駆動機関であるマッスルシリンダーを動かす血だ」
俺が平然と答えると、コトリが悲鳴を上げた
「駆動機関の血!つまりもしマッスルシリンダーに被弾して流体が漏れたら、パイロットは火だるまってことですか!?」
「運がとても良ければ、だ。普通は即爆発、炎上する」
「ひっ……!」
コトリがさらに後ずさる。ヒビキも尻尾を丸めて機体から距離を取る
「信じられない……。キヴォトスの戦車はどんな旧式だろうが燃料タンクには誘爆防止のセルフシーリングくらい常識だよ。なのに、この機体は……まるで『燃えるために走っている』みたいだ」
「……否定はしない」
「それに、この装甲厚!改めて追及したい」
ウタハがバンと装甲を叩く
「正面装甲でさえ最大14ミリ? 紙装甲どころか、ティッシュ装甲だ。これじゃあ直撃弾どころか、至近弾の破片でも貫通するぞ。パイロットの生存率を計算した形跡がない。……設計者は何を考えていたんだ?」
「“安く作れて、数で押す”それを最大限に追求した兵器の理想形だ」
俺の言葉に、ガレージが静まり返る
彼女たちにとっての「技術」というのは最終的には未来を豊かにするか、あるいは未知を解き明かすための手段である
だが、アストラギウス銀河の技術はそうではないようだ。「いかに効率よく死体を作るか」――その一点に特化しているようにしか思えないのだ
「……狂ってる」
誰かが漏らしたその言葉は、俺への侮蔑ではなく、ATという兵器を生み出した背景への純粋な恐怖だった
「……でも、燃える」
沈黙を破ったのはウタハだった。彼女の瞳には、恐怖を塗りつぶすほどの知的好奇心が宿っていた。
「この狂った設計思想。合理的すぎて吐き気がするが、同時に美しいとも思う。マッスルシリンダーの応答速度、ポリマーリンゲル液による爆発的な出力……今のキヴォトスにはない発想だ」
「部長、正気ですか?」
「正気さ。ミスター・タグはこの走る棺桶に乗って、生き延びてきたという認識でいいんだね?」
ウタハの瞳に狂気が宿るのを俺は確かに感じていた
「ああ……運が良かったとも言える」
「運だけで生き残れる?嘘は言わないほうがいいと思う。君の技量と、この機体のポテンシャルが噛み合った結果だ、と私は考える……面白い、直そうじゃないか」
ウタハはニヤリと笑い、工具箱を足で引き寄せた。
「ただし、そのまま直すとは言わない。私の美学に反する箇所は徹底的にアップデートさせてもらう。……文句はあるかい?」
「駄目だ。まずは原状復帰が最優先を希望する」
しかし、と俺は続ける
「その後に改善するなら話は別だ」
「改善、それはいい言葉だ。……交渉成立だ!ヒビキ、コトリ! ポリマーリンゲル液の代替素材を検索!それと材料工学部とエネルギー開発部、重化学部、動力開発部にも連絡をしてくれ。場合によっては、発火点を抑えつつ出力を維持するという二次プランも検討する」
「ええーっ!? ……けどこういう困難こそ私たちが求めていた難題なのは事実!」
「了解しました……とりあえず、マッスルシリンダーの動作動画とポリマーリンゲル液の成分表をメールに添付しておきます」
騒がしく動き出す少女たち。
その背中を見ながら、俺は少しだけ肩の力を抜いた――のだが
直後、三人は申し訳なさそうに振り返った
「「「ごめんなさい! 安全対策(防爆・防火処理)ができるまで、修理が出来ません!」」」
どうやらやる気は十分だが、物理的な準備が追いつかないらしい
(期待以上の働きだとは思うのだが)
とタグは特に気にもしなかった
――その頃、トリニティ学園
古びた別館の一室には、重苦しい空気が漂っていた
「うぅ……もう無理……これ以上数式を見たら頭が爆発する……」
机に突っ伏して呻いているのは、下江コハル
その横の座席では、教え役の浦和ハナコがどこか意味深な視線を送っている
「あらあら、コハルちゃん。爆発しちゃうなんて、随分と感度がよろしいようで?」
「変な言い方しないでよ! してないから! 」
「二人とも、真面目にやって」
阿慈谷ヒフミが困ったように嗜めるが、その表情にも疲労の色が見える
そして、部屋の隅で黙々と参考書を読んでいる白洲アズサ
「……xを求めるには、この公式を……いや、敵の迎撃角度を計算するのと同じ要領か?」
そこへ、ガラリとドアが開く
現れたのは、アビドスの砂漠から戻ってきたばかりの先生だ。彼もまた長い移動を終えて到着したばかりだったが、疲れた顔の中にも笑顔を浮かべていた
「あ、先生! お帰りなさい!」
ヒフミが先生に気づき、声を上げる
アズサが顔を上げ、少しだけ強張っていた表情を緩めた
「先生、遅い」
「ごめんごめん、ちょっと迷子の大人を送り届けてきたんだ」
先生は教室に入り、教卓に立つ
「さて、みんな。自習は終わり、今から補習の続きを始めようか」
先生の声に、コハルが「えー!」と叫び、ハナコがクスクスと笑い、アズサが真剣な眼差しでノートを開く
平和な、しかし彼女たちにとっては退学をかけた戦いであるテスト勉強対策の授業が再開される
先生はチョークを握りながら
(スコープドッグ、いつごろ修理終わるかなぁ)
と考えながらテスト範囲である数式を黒板に書き始めた
窓の外、トリニティの空はどこまでも青く、しかしその向こうには不穏な雲――エデン条約を巡る陰謀の影が、静かに近づいていた
甦る鉄の鼓動。それはエンジニアたちの執念の結晶
だが、地獄の沙汰も金次第
枯渇した金庫が、犬の夢を現実に引き戻す
マイスター・ウタハが提示した賭け――それは衆目に晒す資金調達(クラウドファンディング)
だが見世物小屋の猿芝居を、犬は許さない
模擬敵(ダミー)に込めるは実弾(タマ)
死線の淵でしか、この犬は踊れない
次回、「実演」