装甲騎兵ボトムズ -蒼の記録-   作:ジミーボーイ

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実演(前編)

エンジニア部の部室である作業ガレージではスコープドッグを預かった日から連日、ATの構造に関してのディスカッションが繰り広げられている

 

ホワイトボードに簡易的にATの簡易全体図を書き上げるウタハ

 

「……今回はパイロット、ミスター・タグからのヒアリング内容と、判明した情報のレジュメから整備マニュアルを作る」

 

コトリは、ウタハの発言を文字として記録するためにPCの前で待機する

ヒビキはタグと共に現在無垢材を使い、装甲を制作しているのでこの場にはいない。ただし、ヒビキに「ここの装甲は――」と説明をしているタグの声が時々こちらにも届いていた

 

 

「整備作業に従事する可能性のあるものに必ず厳守させるべきことはPR液の危険性だ。説明文とするならこうだな

AT(アーマードトルーパー)という機動兵器はポリマーリンゲル液――正式名称、ポリマーソルビトール加乳酸液が腕部、脚部、腰部を循環する形になっている。

腕部と脚部はマッスルシリンダーと呼ばれる、動力を備えたシリンダーが骨格となり、腰部の循環ユニットは腕部と脚部のシリンダーへ、エネルギー源となるPR液を循環させるという構造だ」

 

簡易全体図の腰、腕、足の部分に赤ペンで塗りつぶす

 

「PR液がATの内部に残っている場合、必ずこちらで用意した中和剤を腰部のPR液注入口に規定量を投入、その後PR液をポンプで抜き取ってから作業を行うこと。

もしこの手順を無視した場合、ほぼ確実に爆発事故を起こす――もし事故が起きた場合、シミュレーションをしてみたところ、このガレージ全体が火の海になるのにはまいったね」

 

ウタハはATの横にアクシデントが起きた場合の推定被害を大きな赤文字で致命的と記す

 

「ここまでを最重要注意事項とする。次からは致命的ではないが、注意を要する部分をまとめる」

 

ウタハはお気に入りのマグカップからコーヒーを一口含む

 

「PR液をATから全て抜き取っても気は抜かないようにすること。この液体は常温において気化しやすい性質がある。問題になるのはATの装甲が一体成型のブロック構造となっていることだ。構造の都合上、何らかの要因で流出、気化したPR液が装甲やフレーム内部に籠りやすい。

一体成型の装甲を修理・交換する場合、トーチで切断する必要がある。この時、もし気化したPR液にトーチが接触したら、爆発はしないだろうが大火傷に繋がる可能性は高い」

 

ウタハは右手に超音波スキャナーを握る

 

「作業を行う場合、スキャナーを使ってかならずパーツ単位で検査させること。

トーチを利用する場合は、必ずPR液の流出の可能性が無いことを確認してから、使用するようにと大文字で記載しておこう」

 

そこからいくつかの“もしかして・ひょっとして”の補足説明を追加していく――例えばもし流出が認められた場合は必ず全作業の停止をし、PR液の処理をする等々

 

実際に整備を経験したことがあるのはタグのみだ。可能な限り彼からヒアリングはしてある

が、彼が専業の整備員ではない以上、何らかの抜けが必ずあるとウタハは踏んでいる

 

――このディスカッションは深夜まで続いた

 

 

―タグがミレニアムサイエンススクールを訪れてから4日目の朝を迎えた

この3日、彼はエンジニア部の部室があるビルに設置されているゲストルームで寝起きをしている

身だしなみを整えたタグは、乾燥機能付きの全自動洗濯機によって清潔に仕上げられた耐圧服を身に付けた。

 

ゲストルームを出るとまず向かう先はカフェテリアだ

生徒のための施設であるが、ゲストルーム利用者にも開放されているのでタグにも利用可能だ

カフェテリアでは毎朝、バイキング形式の朝食を提供している

 

トレイに乗せるのはトースト三枚、大盛のサラダボウル、サラダチキン二枚。そこにホットコーヒーとコーラを並べる。

適度に日当たりのいいテーブルに座る。まだ生徒の姿はまばらだ

時間をあまりかけずに朝食を平らげると、エンジニア部に向かうのが日課となっている

 

この3日間、ウタハ達にATの整備の手ほどきをしつつ、タグ自身も己の手を使ってスコープドッグの修理を行っていた

タグの作業参加表明は、むしろ渡りに船と受け止められた

 

各々の担当は以下だ

 

-電装の修理、その後の動作チェックはコトリ

 

-装甲の修理と交換はヒビキ、タグ

 

-全体の監督、兵装類のクリーニング・整備はウタハ

 

 

しかし今日は作業ガレージでは珍しく作業の音がしない。昨日までは朝早くから何らかの機械音がしていたのだが

 

……エンジニア部の3人を見つけた。ワークテーブルに集まっている。何をしているのか聞いてみると

 

「困った、予算が足りなくなった。そのせいでこれ以上の作業進行が出来ない」

 

ウタハは左右のこめかみに指先を当てながらそう返事した

 

 

 

主な原因は、ある武器を製造するために下半期予算の7割ほどを注ぎ込んだことだ

 

今は残りの3割の予算をやりくりしながらスコープドッグの修理を行っている

修理完了後、要した費用はシャーレに請求するので黒字は保証されている。だが問題は、想像以上に金がかかったのだ

 

「装甲用の無垢材の発注もそうだが、PR液用の中和剤と再活性剤の発注が思ったより費用がかかってしまった」

 

どちらもエンジニア部では用意出来ないため、他の部に外注をしたのだ

外注先は、関係が良好な部であるため、ほぼ原価で外注できた。だがそれを加味してもかなりの高額となってしまったのだ

 

通常であればミレニアムサイエンススクールの生徒会、『セミナー』に臨時予算申請、つまりは前借りをすればいい

 

――ところが、だ

 

 

修理作業を中断したその日、朝一でセミナーを訪問したウタハは普段と異なる空気を感じていた

 

「現在予算に関する請願一切を受諾しない、とは何事なんだい?」

 

部長であるウタハ自ら、会計責任者である早瀬ユウカに臨時予算申請書を持ってきたのだがなんと彼女は受け取りを拒否したのだ

 

聞けば現在、全ての予算申請を却下しているという

 

「……ウタハ部長、今から言うのはオフレコでお願いします」

 

かなり深刻な表情を浮かべるユウカ

 

「セミナーにプールされている予算の一部にダミーが混入している可能性が出てきたんです。

現在、ノアと一緒に年度予算の再確認と実予算のズレの洗い出しをしています。これが終わるまでは予算申請は一切受け付けられません」

 

ノア――生塩ノアはセミナーの書記のことだ。彼女もまた今回の予算の問題に当たっているとのことだ

 

「私が頭を下げても無理という認識でいいかな」

 

「ごめんなさい、かなり巧妙な手段を使っているみたいで各部活への予算割り当てを行う手続きと処理そのものの信頼性が揺るいでいるんです」

 

「具体的には?」

 

「‥‥…予算システムそのものが、嘘をつくように改変されていたんです。

各部活の申請データに、一瞬だけ『架空の設備維持費』などのダミー項目が生成。

システムが計算を確定した瞬間にその予算は外部へ送金され、痕跡は消滅する……かなり高度なクラッキングです」

 

ユウカはお腹をさする。事態の深刻さがダイレクトに胃へ来ているようだ

 

「無理をお願いするわけにはいかないね、ここは一度帰らせてもらうよ」

 

「配慮ありがとうございます。対応が終わりましたら一報しますので、その時にもう一度申請をお願いします」

 

腹痛を抱えながら予算チェック作業に入るユウカを尻目に、ウタハはさてどうするかと考えるのだった

 

 

 

「ということで臨時予算の申請が出来ない以上、外部から予算を調達する必要が出た」

まさかのトンボ返り、そして衝撃的な事実である

 

「となるとまず候補にあがるのは、部の資産である大型加工機械等の売却でしょうか」

 

コトリの提案にヒビキが待ったをかける

 

「ウタハ先輩が作った予算見積書の金額分用意するなら、相当な数を売らないと届かないと思う」

 

「あまり手放しすぎると取り戻すのも大変ですし、修理作業自体に弊害が出ますよねぇ」

うーんと唸るコトリ

 

タグは黙る。この手の金の計算は縁のない話ということもある

それとは別にタグは修理を発注した側だ。修理を受諾した側の事情に口出しするのは、筋違いと考えているのだ。ただ、気になることが一つある

 

「予算が申請可能になるまで待ってはダメなのか?」

 

「……先生はミスター・タグには伝えてないのか。この作業、納期があるんだ。7日以内には修理作業を終わらせてほしい、と先生から依頼されている」

 

初耳である。納期自体は適正なのか?と聞くとギリギリとのことだ

 

「作業自体は今日を含んで明日までには終わらせられる。動作チェックと機動テスト、その後の調整を一日と踏んでいたんだ」

 

「これ以上金がかかる部分はあるのか?装甲と電装の補修は終わってるはずだ」

 

自身の機体である。修理自体はほぼ完了していることは認識している

 

「今後のスコープドッグのアフターケアを考えると重要部品、武装の弾頭、マッスルシリンダーのコピーを作りたい。先生の急ぎぶりを考えると、すぐにでも戦力化したい様子だから修理作業と並行して進めている」

 

「その件は聞いている。修理が終わり次第、業務があるとは聞いた」

 

「先生のほうも忙しいみたいだね、ミスター・タグへの連絡が不足してるみたいだから」

 

その時、ウタハのタブレットが電子音を鳴らす。画面には大きく『チーちゃん』と表示されている

 

ウタハは一瞬、目線を部員とタグに飛ばすと通話を選択した。耳に付けたBluetoothイヤホンの位置調整をする

 

「ウタハです。今日はどうしたのかな、チヒロ」

 

『朝早く急な連絡ごめん。至急相談したいことがあって』

 

「相談、というのはまた新しい機器の制作・発注かい?」

 

『そういうのじゃなくて、厄介な相談』

 

空気が深刻味を帯びてきた

ウタハは周辺を一度見渡し、人差し指を口にあてた。“喋らないで”と三人に意思表示をする

 

『一昨日あたりからミレニアムへの不正アクセスが急増している。セキュリティ部からの依頼で、ウチのメンバーのほうも総動員で対応してるわ』

 

「総動員?」

 

『ええ、部長もこの場にはいないけど手伝ってもらっているわ』

 

その言葉は思ったより事態が大きいことを指している。不干渉ぎみの部長自らも対応している、というのは相当大きい

 

『相手の目標はどうもそっちのお客さんにあるみたい』

 

ウタハの目がタグとスコープドッグを追いかける

 

「相手の目当ては人と物、どちらなのかは当てがつく?」

 

『犯人はまだわからないけどそっちは断言できる――物よ。人ならミレニアムの人事データを狙うだろうけど、そっちは手付かず。部長もその意見には同意したわ』

 

すこし安堵する。物のほうならミスター・タグの命を狙っているという物騒な方向ではないのだろう

 

『エンジニア部が、不正アクセスが始まる前から何かの修理をしてるのは聞いたわ。

情報共有、お願いできる?それとセミナーの会議室予約したから30分後に対応会議を開催する。ユウカも呼んである』

 

「――わかった、今から物理データでそちらに持っていく。すこし時間が欲しい」

 

『早めにね』

 

通話が終わるやいなや

 

「コトリ、使い走りですまないが今まとめてあるデータが入ってる共用タブレットをチヒロがいるヴェリタスの部室に持っていってくれ」

 

「了解しました!」

受け取ったタブレットをバックにしまうと、コトリは早々に部室を出る

 

「ヒビキとミスター・タグはそのまま修理を続行してください。予算もそうだけど、面倒が起きている。至急対応してきます」

 

席を立つウタハ

 

「俺は厄介者だったようだ、すまない」

 

「お気になさらず。私の対応が甘かったのが悪いだけです」

 

ミスター・タグにそう声をかけると、自身のタブレットを抱えると早々に会議室に向かうことにした。今回の議題に関する準備もあるからだ

 

 

会議場には今回の問題に関わる主なメンバーが集合していた

 

会議主催者   各務チヒロ

統括者兼進行役 早瀬ユウカ

記録役     生塩ノア

参考人     主な者としてエンジニア部、部長白石ウタハと他部長数名 

 

 

「メンバーが揃いましたね。それでは会議を始めます。進行役は私、早瀬ユウカが行います。端的に言います、議題は現在当校のサーバーにネットワークを介した外部からの攻撃が行われている件の対応です」

 

予算トラブルの件に加えて今度は外部から連日のサーバーアタックである。会議開始の10分前に入室したユウカは、早々に自分の席にあるペットボトルの水を口に含み、粉末状の胃腸薬を飲んでいる

先に入室していたウタハ、チヒロ、そしてノアはその痛々しい様子に同情を禁じ得なかった

 

「チヒロ先輩、状況はどうなっていますか?」

 

「現在、攻撃は沈静に向かっているわ。正当防衛としてカウンターハックを仕掛けたのが効いてる

攻撃されている理由は――攻撃開始が三日前、そして主に狙われているのがウチのデータサーバーということから十中八九、今エンジニア部が修理してる物に関わるものだね」

 

それを聞いたユウカの表情筋がやや痙攣する

 

「レポートは読みました、比較的セキュリティが脆弱な部活を踏み台にしたサプライチェーンアタックですか。……各部活のセキュリティ意識の改善が必要と判断しますが、今は置いておきます」

 

「初期の流出もそこね。犯人捜しはしたくないから明言しないけど、エンジニア部がヘルプを出したいくつかの部にハッキングの被害があったわ」

 

各部室へのヘルプの際、メールに添付した初期データが流出しているという事実に、ウタハはしくじったなと感じていた

 

「――エンジニア部のウタハ部長、攻撃の原因とされる物に関して説明を」

 

ユウカから向けられた視線に応じる

 

「説明を開始します」

 

ウタハがタブレットを操作すると会議室の大型モニターに、半分にカットされた金属の筒が写される。筒の中には筋繊維のようなものが捩れながら収まっている――マッスルシリンダーの断面図となる

 

「これは四日前、エンジニア部に修理依頼として持ち込まれた機動兵器、AT(アーマードトルーパー)に採用されている動力源、マッスルシリンダーと呼ばれるものの断面図です。

構造を説明します、このマッスルシリンダーは人工筋肉を束ねたものが内蔵されています。人と同じで、血液と同じ役割を果たすPR液によってエネルギーを得て、動きます」

 

そこで一度ノアが口を挟む

 

「今の発言は事実でしょうか、ウタハ部長。ミレニアム――いえ、キヴォトスでは未だに人工筋肉は実用化に成功していません」

 

「事実です」

 

その発言に会議場がざわつく

 

「静粛に――ではウタハ部長に質問します。当校においては未知のテクノロジーに対して共有の義務はありません。しかし技術の秘匿と保護の観点による失敗により、当校に被害を与えた件に関して弁明はありますか?」

 

「ありません」

 

「返答ありがとうございます。ではこれからいくつかの事実確認を行います」

 

――ウタハが各部活へ情報を共有したことが仇となり、未知の機械の正体を探る第三者に付け入る隙を与えてしまった。その容赦のない事実が議事録へ記載された

 

その後外部への対応策の決定や各部活への聴取が完了する。そして10分間の休憩を挟んだ後――セミナーから重要事項が発表された

 

 

「本件に関わる技術は、校有特許制度に該当する事例と判断します。ウタハ部長は本日中に特許申請を行い、三日以内に公開実証を行うこと。以上をもって会議を終了します――解散」

 

 

 

 

 

 

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