ミレニアムサイエンススクールの郊外、通称”廃墟”と呼ばれる無人区画
ある時までは立ち入りを厳しく制限されていた場所だ
かつて活気があったであろう都市は、今はひび割れたアスファルトと赤錆びた鉄骨が剥き出しになってから久しい
今は、所属不明のオートマタや無人防衛ロボットが徘徊する、危険地帯と化していた
だが今日、その荒涼とした風景の上空には、ミレニアムのエンブレムを刻んだ数十機のドローンカメラが忙しなく飛び交っていた
ドローンのレンズが捉えた映像は、暗号化された回線を通じて、セミナーと全生徒の携帯端末やタブレットへとリアルタイムで配信されている
セミナー会議室の大型モニターの中心に映し出されているのは、周囲の景色に溶け込むような緑色の装甲に身を包んだ騎兵。無骨で、一切の装飾を排した人型機動兵器
――AT、スコープドッグである
その単眼のターレットレンズが、低い駆動音と共にギチリ、と回転する
『ミスター・タグ、スコープドッグに後付けした電装は正常稼働しているようだね。こちらもモニタリングと万一の用意はできている』
スコープドッグの狭いコックピットに設置された立体ホロ通信――後付けされた電装の一つ――に、ウタハが映し出される
事の発端は三日前に遡る
予算の枯渇、さらにはセミナーのシステムへのハッキングを招いた元凶という二重苦に立たされたエンジニア部にとって、セミナーから言い渡された『校有特許制度への申請と公開実証』は、文字通りの正念場であった
タグにはこの制度に関する説明が必要だった。コトリがさっそくその役を引き受けた
「校有特許制度とは、ミレニアムサイエンススクールの生徒会「セミナー」が主導し、学園内で生み出された高度な知的財産を管理・保護するために構築された本校独自の特許運用システムです」
「当校には並外れた才能を持つ生徒が多い反面、研究開発にしか興味のない――言わば『技術バカ』と呼ばれる生徒も多数在籍しています。生徒たちは往々にして世間知らずゆえに、悪意ある大人や外部企業によって特許を悪用される痛ましい事件が多く起きました。
当時のセミナー構成員は、これを防ぐために新しい制度を作りました。その目的は不当に搾取されるのを未然に防ぐことです。制度の主な構造はこうです!」
-制度の仕組みと利益分配
本制度が適用された技術については、ミレニアムサイエンススクールが特許に関する全責任を保有する。外部企業や大人との煩雑な折衝、契約管理、および権利侵害に対する訴訟対応などを、学園側がすべて代行する
-利益の徴収と学園への還付
上記の強力な権利保護と代行サービスを提供する対価として、特許によって得られた利益の60%を学園側(セミナー)が徴収する。
徴収された利益は、学校の運営資金や新たな研究設備への投資として学園全体へ還付される
-適用対象となる技術基準
生徒の単なる発明や個人的な趣味の産物にとどまらず、開発された技術がキヴォトス全体に何らかの「ブレイクスルー(技術的革新)」を招くと判断された極めて重要な技術に対して、この制度が適用される
-「公開実証」の実態
本制度の適用および特許承認にあたり「特許の公開実証」というプロセスが存在する
そこで一度口を噤むコトリ
「ただし……この公開実証の場に持ち込まれた時点で、裏ではすでにセミナーによる精査が完了しています――つまり100%特許申請が通ることが確定しているんです。
なので公開実証は厳密な審査の場ではなく、“生徒全員に向けた事実確認および新技術のお披露目”に過ぎません。実態としては完全に形骸化した茶番ですね」
作業ガレージのホワイトボードの前で、ウタハは愛用のマグカップのコーヒーを飲み干し、決然とした声で提案した
「一見すればただの制裁のようだが、実は違う。ユウカは最高の助け舟を出してくれた。予算申請を通せない今、そのかわりに公開実証という場での資金調達手段を提供してくれたんだ、ミスター・タグ」
ヒビキが即座にPCで資料を提示する。そこにはいくつかのオートマタが表示されている
「模擬敵となるオートマタを用意し、ペイント弾を使った演習を行う。そこでATのコンバットマニューバを披露し、マッスルシリンダーのパワー、精密動作性、運動性をアピールできれば、マッスルシリンダーの製品化の出資資金を募ることが出来る」
やや興奮ぎみなウタハに対して予算の目途が立ちそうな事実に安堵したヒビキが続く
「うん。安全で、確実なアピールになる」
キヴォトスにおいて、それは極めて真っ当で、スマートなプレゼンテーションの形だった。誰も傷つかず、見栄えの良いデモンストレーション
だが、作業用スツールに深く腰掛けていたタグは、その提案を拒否した
「……ままごとでは、金は集まらない」
その言葉に、三人の動きがピタリと止まる。
タグの脳裏をよぎっていたのは、アストラギウス銀河の記憶だ
――それは戦中、パンとサーカスの一つとして興行された『バトリング』の狂騒
銃弾が飛び交うとはいえ、安穏とした平和に生きる生徒たちにアピールをするのなら、安全なガラスケースの中で踊るピエロでは不足だ
必要なのは血と油の匂い、ひしゃげる装甲の悲鳴、そして命が散る瞬間の熱狂。安全が保証されたペイント弾の撃ち合いなど、観客の財布の紐を緩める理由にはならない
「実弾での戦闘を行う。相手はこちらに敵意のある存在ならなんでもいい」
「正気ですか!?」
たまらずコトリが悲鳴のような声を上げた
無理もない。キヴォトスの生徒たちにはヘイローがあり、銃弾を受けても容易には致命傷に至らない強靭さがある 。だからこそ「安全な演習」という概念が成立する
しかし、タグの頭上にヘイローは無い。一発の被弾、一度の操作ミスが彼にとっては文字通り「死」に直結する
「この実証は茶番なのだろう?それでは注目が集まらないと俺は思う」
「――たしかにそうではある。しかしミスター・タグ、あなたの命を懸けさせるわけにはいかない。 これは私たちの予算の問題だ。あなたが責任を負う義理はない!」
ウタハも珍しく語気を強める。ヒビキも無言でタグの耐圧服の袖を強く引いている。その手は微かに震えている――この数日、一番身近で接した子だ
先生曰く、キヴォトスの生徒たちは死という概念を極端に忌避するそうだ。ましてや知り合いが死ぬかもしれないという可能性を知ればむべなるかな
だが、タグの意思は揺るがない
彼は知っている。この数日間、彼女たちがどれほど自身の機体――スコープドッグの修理に情熱を注いでくれたかを
自身の命を守るための装甲を懸命に叩き直し、無垢材を使って一から作りだしたことやPR液の爆発リスクについて深夜まで議論を重ねてくれたことを
タグは、ゆっくりと立ち上がった。背が高くない彼だが、その立ち姿から漂う何かが場を支配する
「俺は、そちらの努力を評価している。なのに安全な演習という半端な形で、そちらの誠意に答えたくはない」
タグはスコープドッグに歩み寄ると、その冷たい装甲を撫でた
「観客が満足するステージを見せる、それでそちらの努力が正しいと証明する……それが俺なりの、誠意だ」
静かだが、テコでも曲げぬ意志を固めた言葉。そんな彼の背中を見て、エンジニア部の三人はそれ以上の反論を飲み込むしかなかった
――そして現在
「ちょっとウタハ部長! どういうことですかこれは!」
セミナーの会議室に早瀬ユウカの怒声が響き渡った。ストレスで胃を痛めている彼女だが、大型モニターに映る光景を見て顔面蒼白となっている
画面の中では緑の人型兵器があの“廃墟”に侵入を開始している。あそこの危険性は、生徒でさえも近寄ることを考えないレベルに達している
「ただのデモンストレーションと聞いていたのに、実戦じゃないですか! しかもパイロットはヘイローを持たない一般人なんですよ!? 今すぐ実証を中止してください!」
ユウカが緊急停止のコンソールに手を伸ばす。しかし、それをウタハが身体を張って制した
「止めるな、ユウカ。……これは、彼と私たちの合作の証明だ」
「ば、馬鹿なこと言わないで! もし彼に何かあれば、シャーレの先生にも顔向けが――それに、人が死ぬのを見過ごすなんて!」
「もちろん対策はちゃんとしてある。救助用と消防ドローンをスコープドッグには追跡させている。といっても万一は起きないと思うがね」
ウタハの確信に満ちた目と、一切の動揺を見せずにキーボードを叩くコトリ、無言でモニターを見つめるヒビキの真剣な表情に圧され、ユウカは息を呑んで画面に視線を戻した
公開実証のライブ視聴者数はすでに過去最高を超えてなお増え続けている
廃墟とはいえ交通網はまだ形を保っている。そのアスファルトの路上を、スコープドッグが進行する。速度はおおよそ60km/h、巡航速度である
――装備は軽装といっていいだろう
手持ちは使い慣れたヘヴィマシンガン、それを胸部の前に両手で構える
背部にミッションパック。パックから伸びる形で右腰に2連装ミサイル、左腰に対ソフトスキン用のガトリングガン。それと予備弾倉をいくつか
ターレットレンズが、進行ルート上に動くものを捉える
「未所属部隊を見つけた、突破する」
コクピットの狭い閉鎖空間――微かに漂うPR液の匂いが神経を研ぎ澄ませる
ペダルを踏み込むと、間髪容れずグライディングホイールの回転数が上がる
“キュイィィィィン!!”
けたたましいスキール音と共に、数トンの塊が更に速度を増す
――ゴーグルから表示される速度は90km/h前後
急加速によるGが、タグの身体をシートに押し付ける
正面に見えるのはウタハから見せられた想定敵の一つ、オートマタタイプの歩兵だ。その数、6
人と同程度の身長、外見はメカニカルな装甲を身にまとっている彼らは警備や傭兵としてよく見る戦力だ
こちらに気付いたのか手に下げた銃を向ける――よりも早く30mm弾が彼らを襲う
タップショット、6キル――使用弾12発、無駄弾なし
(……いい調整だ)
腕部はかつてないほど精密かつ強力に銃をコントロールしている
エンジニア部の三人の機械への造詣の高さは素晴らしいものだ。それなりの軍歴を経験したが、三人に比類する者はまず見ないだろう
ATに初めて触ってから一週間足らずにして熟練整備員以上の腕を誇るのだから
スクラップと化したオートマタの横を通り過ぎるスコープドッグの正面には、今の発射音を聞きつけて多数のカメラアイの光点が集まろうとしていた
――視聴数は全校生徒の4割を超えていた
4割というのは個人の端末で見る数だ。大型ライブモニターや、一緒に視聴している者も含めればそれ以上なのは間違いない
作業の手を止める者、飲んでいるエナドリやカフェラテのことを忘れた者、業務中の者であろうが関係なくその配信に集中している
画面では緑の人型兵器がすでに“廃墟”の横断を半分まで完了させている
しかし前半行程に比べ、敵対者の数が指数関数的に増えだしている。オートマタの兵士だけではない、戦闘車両や戦車、大型兵器まで動きを見せている
おおよそ4階から上が吹き飛んだ無人ビルに身を隠すスコープドッグ。最短動作でヘヴィマシンガンの予備弾倉を交換する
そのモーションの滑らかさに、セミナー会議室では複数人が唾を飲み込む音が響いた
人間さながらの、あまりにも滑らかな動作だったからだ。人工筋肉によって動作するマッスルシリンダーはその動きを可能とする
「ヒビキ、ルートを指定してくれ――そろそろ客を温める」
「……そこから東南東方面へ進むとオートマタの中隊と戦車3両。いける?」
「やっておく。次のターゲットも探しておけ」
ビル影からローラダッシュで飛び出すと東南東へ進む
敵の集団に身を晒したスコープドッグ、まずはソフトキル――オートマタに左腰のガトリングガンを斉射する
戦果確認は不要――タグの目はすでに戦車三両の砲口に集中している
戦車砲の照準動作が終わった瞬間を見極めて、ジェットローラーダッシュ起動。スコープドッグのふくらはぎに相当する部分の装甲が開き、ジェットブースターが露出する
グライディングホイールの回転力とジェットブースターの推力をもって急加速、戦車に接近
衝撃音――さきほどまでいた場所に主砲3射が放たれている、回避成功
奥歯を噛み締めて急加速によるGに耐えつつ、戦車の左横へ滑り込む。そのままアッパー気味に左腕アームパンチ、衝撃とともに戦車の片輪が浮く。その浮いた戦車の底面装甲にヘヴィマシンガンを数発撃つことで無力化
残り二両は、無力化した車両の影に隠れているスコープドッグを捉えられない。その隙にローラーダッシュで飛び出すスコープドッグ――狙うは戦車背部装甲
ヘヴィマシンガンをフルオートに切り替え、二両の背面に数十発叩き込む――直後二両は爆発
それを尻目に次のターゲットを探すべくローラーダッシュを開始する
「ヒビキ、次だ」
それを聞いたヒビキは次のターゲットを指定しながら
(あの腕の火薬機構、ああいう使い方なんだ。……マニピュレーターの再調整、面倒そう)
と考えていた
だが敵もさるもの。大通りでスコープドッグを挟み撃ちすることに成功する
正面には、前面装甲厚を生かして待ち構える戦車隊
後ろには、低火力だが機動力に長ける戦闘車両が、スコープドッグを追い詰める
このまま前進すれば戦車の主砲で撃ち抜かれるはず――絶体絶命と思われたその瞬間
スコープドッグの脚部側面に備えられた機構――ターンピックが、火薬の爆発と共に射出される
鉄杭がアスファルトの路面に深く突き刺さる。それを支点として、機体はトップスピードを維持したまま、急旋回(ターン)し、戦闘車両のほうへと進行方向を向けた
並の人間なら失神を免れない強烈な横Gの真っ只中でさえ、タグの照準は冷徹に敵を捉えていた
狙いは戦闘車両の部隊中央――とっておきの右腰ミサイル二発を放つ
ミサイルはそのまま直進し戦闘車両に直撃、爆発炎上
そのままスクラップとなった戦闘車両を、タックルで吹き飛ばして中央突破――見事、スコープドッグは危地を脱した
――戦闘の様子をいくつもの撮影用ドローンが捉えた映像が、マルチモニターで配信している中、誰も声をあげようとはしない
その戦いはキヴォトスの生徒たちが見せるような人対人の戦いでもなく、既存機動兵器による火力の撃ち合いとも全く異なるものだった
あるのは、無駄を削ぎ落とした冷徹、合理的な「殺し」のマニューバだ
「……信じられない。あんな挙動、人間の反射神経で制御できるはずがないわ。それに対G耐性が高すぎる。本当に先生と同じ人間なの?」
ユウカが震える声で呟く
配信の視聴者数を示すカウンターは、もう無意味となっていた
廃墟を横断し、群がっていた敵機をすべて鉄屑の山に変えたスコープドッグは、土煙を上げてゆっくりと動きを止める
――ほぼ無傷。装甲のへこみすらほとんどない。精々歩兵の銃による幾つかの被弾と、肉弾戦による装甲の擦り傷が見受けられるくらいだ
静まり返る廃墟。そして、配信を見守るキヴォトスの生徒たち
その沈黙を破るように、プシュウゥ……という排気音と共に、スコープドッグのハッチが重々しく開かれる
中から姿を現したのは、赤い耐圧服を着た小柄な人物
パイロットがコックピットから立ち上がる。その頭上にはキヴォトスの常識であるはずの光の輪――ヘイローが存在しなかった
(……パイロットにヘイローは無い。だが、傷一つ付いていない)
生徒たちの狂騒が始まる中、タグはただ無言のままだ。硝煙の匂いが漂う風の中で、見事な「サーカス」の幕引きを飾るのだった
熱狂の果てに、札束の山は築かれた
だが、偽りの楽園(エデン)へ続く扉は、疑心暗鬼の鎖で固く閉ざされる
神経をすり減らす権力者(ナギサ)の拒絶
大人の打算は強行突破を避け、迂回という名の暗躍を選ぶ
D.U.(ディー・ユー)――偽善と中立の交差点
警察(ヴァルキューレ)の残飯を漁る下請け稼業
それが、祭壇に最も近い場所で牙を研ぐための、新たな首輪
次回、「番犬」