百鬼夜行連合学院は今日も騒がしい。祭りから騒動まで、生徒や住人達に休む暇はない。そんな街並みから離れた一つの木造建築の家。年期の入ったその床や柱には、遥か昔の時代を生きた名残が残っている。
少女が一人、座っている。人が歩けば軋む床の上に座布団を敷き、正座をして。目は閉じたまま、何も発する事は無い。
学院特有の熱気も音も聞こえる事は無い。既に建物を含めて自然に還ろうとしているこの場所である。聞こえるとすれば木々が持つ葉や枝の揺れる心地の良い音色だけであり、それ以外の音は存在しないと言ってもいいだろう。
普段であれば、少女は一度ここに座ってしまえば朝から夕方までこのままである。少女はこの行いに対して、特に何も思っている事は無い。ただ『ある時』からやり始めた所謂日常の事だからだ。
しかし、今日は少女にとって予定に無かった客がやって来た。石作りの階段を登る音が少しずつ聞こえ始める。その足取りは軽いようにも聞こえる。多少の体力を消費したのか、ほんの少しだけ息遣いが荒れ、息を吐く音も聞こえた。
「相変わらず瞑想中?」
少女以外は、少女の今行っているこれを"瞑想"という。今この場に現れた者の問いかけに対し、少女は答えを返す事なく瞑想を続ける。
「じゃあいつも通りでいいから、話だけ聞いてくれる?」
「ミヤビ」
少女の名である。
少女の目の前に現れたのは、百鬼夜行連合学院、百花繚乱紛争調停委員会の委員長を務める、七稜アヤメであった。少女とアヤメは幼い頃からの友人であり、同級生なのである。
「まあ、いつもと言う事はあんまり変わんないかもだけどさ」
「どうして、皆自分一人で解決しないんだろう」
愚痴
「後輩にしてもそう、同級生にしてもそう」
「別に私に頼らなくても出来る事ばかりなのにさ」
「ナグサなんて、特にそう」
愚痴
「いつもいつも自分を必要以上に卑下してばっかで、本当に本当に」
「ウザい」
話とは、愚痴のこと。
「その癖私に嫌われたくないとか、もうとっくに遅いのに」
「はぁ~あ」
溜息
「どう思う?ナグサのこと」
「私はとっくにナグサを見捨ててる。友達なんて思った事無いし」
「酷いかな?」
「酷くないよね」
愚痴
「もういっそいきなり私が消えて居なくなったらどうなるんだろうね」
「この百鬼夜行ってのは」
自棄
「まあそれでもいいのかもしれないけどね」
「皆が求めてるのは何でも頼れて、何でも解決する」
「紛争調停委員会委員長の七稜アヤメ」
「本当の"私"じゃないんだから」
核心
「一応聞くんだけど」
「聞いてる?私の話」
質問
「………」
少女は閉じていた目を開けた。すぐに閉じてしまったが。
「ねえ、あんたもさ、いつからそうなったの?」
質問
「皆私の事太陽みたいな存在だって言うの」
「昔、あんたは私と同等かそれ以上に眩しい存在だったのに」
過去
「いつの間にかまともに学院にも行ってるかどうか分かんなくなって」
「あの時とは真逆以上の事してるって」
「瞑想って何?」
八つ当たり
「ミヤビ、どうしてそんな風になっちゃったの?」
無回答
少女は目を閉じたまま、何も答える事は無かった。七稜アヤメはどうしてもその答を知りたかったのか、しばらくにらめっこしていた。
「……まあ、もう無理か」
「本当に、意味が分からない」
「バカじゃないの?」
沈黙
沈黙
沈黙が続いた。
「多分だけど、あんたを知ってる生徒、私含めてほとんどいないよ?」
「昔は誰もがあんたを知ってたのに」
過去
「はぁ……」
「あー、でも、ちょっとだけスッキリした」
少女の表情は変わらない。
「こんなもんでいいや」
「話聞いてくれて、ありがとね。ミヤビ」
さっきよりも足取りは軽いようだ。しばらくは、アヤメの靴音が軽く響いていたが、不意に吹いた風に感化した草や葉の音にかき消された。そしてまた、静寂が流れた。
少女は、ゆっくりと目を開ける。立ち上がり、一歩、一歩と百鬼夜行の街並みを見下ろすための歩を進める。
そして、口を開く。
「アヤメ、お前が話を聞けと言った」
「私の意見は求めていなかった」
「どこまでも自分勝手で馬鹿な奴だ」
「嫌ならやらなければいい。嫌なら断ればいい」
解答
「全て自分自身が原因で巻き起こっている下らない出来事だ」
「自分が無理して演じてでも蒔いた種だ。誰が収穫する?」
「アヤメ、お前以外には出来ない」
解答
「でも安心して」
「私はアヤメの事、友達だと思ってるから」
友達
「本当に馬鹿で、どうしようもないけど」
「友達だとは思ってるから」
少女の眼は今、見える物全てを、見下している。