焦燥をなくす旅 ― 廻る世界の中で ― 作:Virus Miss
ちょっと長くなっちゃった。
王立学院の正門前には、驚くほどの数の入学志望者が溢れかえっていた。
豪華な馬車で乗り付ける者、和服の護衛に囲まれて歩く者。彼らの多くは貴族や名家の子息なのだろう。遠目に見ても、その装いが華やかで厳かなことがわかる。
「ようこそルミナス学院へ。推薦書を見せてくれるかい?」
「はい、これです」
「よし、確認したよ。門をくぐったら、教員の案内があるまで少し待機していてくれ」
僕たちは受付を済ませ、門をくぐった。
目の前に広がるのは、見事としか言いようのない石造りの校舎だ。広場の中央には巨大な噴水があり、水面を揺らす穏やかな風が、周囲のベンチで談笑する学生たちの声を柔らかく運んでくる。
景色に見惚れていると、教員のよく通る声が響いた。
新入生たちは誘導され、学院の大講堂へと案内された。天井は見上げるほど高く、幾本もの柱が神殿のように奥まで整然と並んでいる。これだけの人数を収容してもなお、空間には余裕があるように感じられた。
指定された席に座り、しばらくすると厳粛な音楽と共に式が始まった。
「ただいまより、ルミナス王立学院入学式を執り行います。新入生の皆様はご静粛に。在校生の皆様はご起立ください」
「はじめに、学院長より式辞を賜ります」
壇上に上がった人物を見て、会場がどよめいた。あれはもしかして――。
「新入生諸君、入学おめでとう。私は本学院の学院長にしてこの王国の王、ルミナス・シティアスである」
国王陛下その人だ。
威厳のある低い声が、魔力に乗って講堂の隅々まで響き渡る。言葉こそ堅いが、その表情は若き才能たちを歓迎しているように見えた。
「諸君が今ここに立っていることを喜ばしく思う。才覚、努力、そして選ばれし資質を持つ者も持たぬ者も、この学院で学び、成長して欲しい。本学院は、幾多の英雄と賢者を世に送り出してきた。ここで学ぶ日々は、やがて王国を支える礎となるだろう」
王は一度言葉を切り、生徒一人一人の目を見るように会場を見渡した。
「だが忘れるな。力とは、ただ持つだけでは意味をなさぬ。それをいかに用いるかこそが、諸君の価値を決める。互いに研鑽し、競い、時に支え合いながら、己の道を見出せ。王国は、諸君の未来に期待している――改めて、入学を歓迎しよう」
拍手が鳴り止むのを待って、司会の学生が次を告げる。
「学院長、ありがたきお言葉を賜り、誠にありがとうございました」
「それでは、新入生を代表し、
帝ノ……名家の人間だ。
登壇した少女は、扇を閉じて優雅に一礼した。その所作一つに、洗練された品格が漂う。
「本日は、私たち新入生のためにこのような晴れやかな式を執り行っていただき、誠にありがとうございます。名誉ある学園に入学できたことを、心より誇りに思うと同時に、ここに立っている責任の重さを感じております」
彼女の声は凛としていて、聞く者の背筋を正させる響きがあった。
「この学園は、ただ力を競い高める場ではなく、知識を学び、技を磨き、そして何より『仲間』と出会う場所であると、私は考えています。私たちはまだ未熟です。ですが、未熟であることは恥ではありません。それを理由に歩みを止めることこそ、恥であると考えます」
「共に歩む仲間がいるからこそ、困難な道も進むことができる。それがこの国を守る者としての第一歩になると、私は信じています。これから始まる日々の中で、私たちは多くの壁に直面するでしょう。ですがその一つ一つを糧にし、いつか胸を張ってこの学園を巣立てるよう、努力を重ねていくことをここに誓います」
「最後に、これからご指導くださる先生方、先輩方、そして共に歩む新入生の皆さん。どうぞよろしくお願いいたします」
完璧な挨拶だった。会場中から感嘆の息が漏れる。
「ありがとうございました」
「それではこれより、新入生のクラス分けを行います」
司会の声と共に、空気が変わった。
「皆さんにはこの後、大広間へ移動していただき、測定水晶に手を触れていただきます。魔力やオーラの流れ、量を元に、所属クラスが決定されます。なお、このクラス分けは上級生・教師の方々も見学されています。落ち着いて、自分の力を示してください」
「それでは――国王陛下、転移をお願いいたします」
国王が片手を掲げた瞬間、視界が歪んだ。
浮遊感と共に景色が一変する。
新入生たちが動揺する間もなく、目の前には巨大な水晶と、それを取り囲むように並ぶ上級生たちの姿があった。歓声が上がる。
水晶の横に立っていたのは、片目と左腕を失った男だった。
「俺はクラス分けを務める――レイ・グランツです」
その名を聞いた瞬間、新入生の空気が張り詰めた。
魔族との最前線で武功を上げ、重傷を負って引退した英雄。だがその隻眼から放たれる眼光は、今なお現役の鋭さを保っていた。
「君たちはこれから、この学園で力を磨く。その第一歩として――クラス分けを行います」
彼は中央に置かれた巨大な水晶を指差した。
「この水晶は、魔力とオーラの量や質を測定する。身体能力や君たちの資質は、俺たちが直接見させてもらうよ。誤魔化しちゃダメだよ?」
「あ、クラスの説明がまだだったね。三つあってね、
「極位は実力至上の最上位クラス。家柄は関係ない。純粋な力と将来性のみで選ばれる。人数はごく少数だね。上級生でも五、六人くらいかな。
正位は一般的な実力者のクラス。大半の者はここに入る。基礎を固め、戦える力を身につける場所だ。ちなみに俺も昔はこのクラスだった。
最後に初位。基準に満たない者、または測定不能と判断された者のクラスだ。でも心配いらない、這い上がることができるよ。実力を示せば、いずれ上へ行ける」
「それじゃ始めよう。名前を呼ぶから前に出てきてね」
測定が始まった。水晶に手をかざし、光の色と揺らぎで実力を測る。単純だが残酷な選別だ。
淡々と進む中、ついに僕の番が来た。
「――レオン」
僕は静かに前へ出る。
気負いはない。水晶の前に立ち、手をかざす。
一瞬、淡い光が灯る。決して強くはないが、揺らぎのない、芯の通った光だ。
レイ・グランツがそれを見て、わずかに口角を上げた。
「……正位だね。魔力は少ないけど、体幹と精神が安定して無駄がない。いい基礎をしてるよ。凄いね」
褒められた……少し照れくさい。僕は一礼して戻った。
「――エレシア」
次はエレシアだ。柔らかな金の髪を揺らしながら、彼女は前へ出た。
少しだけ緊張した面持ちで、水晶へ手を伸ばす。
触れた瞬間――
光が、静かに満ちた。
強すぎず、だが澄み切った光。まるで祈りそのもののような、穏やかな輝き。
レイ・グランツが目を細める。
「……こちらも正位だね。出力の制御はこれからだけど、とても綺麗な魔力だよ」
よかった、エレシアも同じクラスか。
こっちを見て手を振っている暇があったら、早く列に戻りなさい。
測定は順調に進み、多くの者が正位や初位に振り分けられていく。
だが、その後の測定で空気は一変した。
「次――
国に三つしかない名家、「帝ノ」の名。会場が静まり返る。
彼女は悠々と水晶の前に立ち、優雅に手を伸ばした。
光が、広がった。
激しさはない。だが、その光には揺らぎが一切ない。全てが計算され尽くした、完璧な均衡。
「おぉ! 極位だね!」
大広間がどよめく。今年一人目の極位だ。
彼女は一礼して列に戻った。その表情には驕りも誇示もない。当然の結果だと言わんばかりだ。
「次――
立て続けに名家だ。
無口な彼女が水晶に手を触れた瞬間、空気が震えた。
水晶の光が一気に膨れ上がる。淡い光ではない。密度の高い、質量を持った魔力光。眩しくて直視できないほどだ。
「え〜と……極位です。凄いな、魔力量は今年一番かもね」
「……ありがとうございます」
彼女は小さく呟き、嬉しそうに列に戻った。意外と感情が出るタイプらしい。
「次で最後です。――
「やっとだ〜!」
彼は嬉しそうに水晶の前へ飛び出し、腰を落として拳を引き絞り、そのまま水晶へと打ち込み――
「待て待て待て! 手をかざすだけでいいの!」
レイ・グランツが慌てて彼の拳を掴んで止める。
「え、そうなんですか? すみませんでしたぁ!」
……あいつ、話聞いてなかったのか? おっちょこちょいかもしれない。
「……はぁ。次は頼むよ」
彼が気を取り直して手を伸ばした瞬間。
水晶が、爆ぜるように輝いた。
光が荒々しく波打つ。安定でも整然でもない。純粋な、圧倒的な闘気(オーラ)。まるで獰猛な獣が牙を剥いたかのような、暴力的な輝き。
「……はい、極位ね。文句なし」
彼は「お、よかった!」と軽く笑い、そのまま戻ってくる。
クラス分けは終わった。
極位へ進む三人の背中を見ながら、僕はふと思った。
なぜだろう。住む世界が違うはずのあの三人とは、これから深く関わる気がする。
本作の世界観設定について、少し補足をさせていただきます。
【名前のルールについて】
この国では、「苗字」を持つのは位の高い貴族や、歴史ある「名家」のみとされています。
一般市民は「レオン」「エレシア」のように名前のみで呼ばれます。
そのため、フルネームで名乗ること自体が、家柄と実力の証明となります。
【測定水晶の仕組み】
クラス分けで使用された水晶は、対象者の「魔力」および「オーラ(気)」の総量と流れの質を視覚化する魔道具です。
光が強いほど量が多く、光の揺らぎが少ないほど制御力が高いと判断されます。
なお、水晶で測れない「身体能力」や「資質・潜在力」については、レイ・グランツをはじめとする教師陣が直接見て判断しています。
【クラスの昇格システム】
クラス(極位・正位・初位)は固定ではありません。
学年が上がる際、または定期試験の結果を受け、教師たちの会議によって昇格・降格が決定されます。
実力さえ示せば、初位から極位へ這い上がることも可能な実力主義のシステムとなっています。