焦燥をなくす旅 ― 廻る世界の中で ― 作:Virus Miss
質問などあれば書いてくれると嬉しいです。
クラス分けが終わり、僕たちは教師の案内で「正位」の教室へと足を踏み入れた。
席につき、教室を見渡す。同じ制服を着ているが、雰囲気でなんとなく分かる。背筋を伸ばし自信ありげなのが貴族の生徒、少し肩をすぼめて周囲を伺っているのが平民の生徒。比率はちょうど半々といったところか。
教壇に立ったのは、少し頼りなさそうな若い女性だった。
「えっと、今日から担任になるシオン・ラルティアです。このクラスでは主に魔法基礎と実技を担当することになります。……教師としてはまだ未熟ですが、よろしくお願いします」
彼は緊張気味に頭を下げた。声は少し震えていたが、その瞳には生徒に向き合おうとする誠実さが宿っていた。悪い人ではなさそうだ。
「それじゃあ……まずはクラスの仲間のことを知るために、自己紹介をしましょうか。では、右前の君から」
シオン先生の合図で、自己紹介が始まった。
貴族の生徒は立ち振る舞いも慣れたもので、家名と共にスラスラと挨拶をしていく。対して平民の生徒は、どうしても萎縮してしまい、たどたどしい者が多い。
……僕の番か。
僕は席を立ち、短く告げる。
「レオンです。この学院で、たくさんのことを学び経験したいと考えています。よろしくお願いします」
反応は普通。拍手もまばら。まあ、平民の挨拶なんてこんなものだろう。及第点だ。
次は隣のエレシアだ。
「エレシアです! 好きなことは食べることと……あとは、祈りをしている時かな? みんなよろしくね!」
元気よく言い放つ彼女に、教室の空気が少しだけ緩んだ気がする。相変わらずだな、こいつは。
その次は、僕の後ろの席の子か。
「え、えと……アルルです。よ、よろしくお願いします……」
蚊の鳴くような声だ。小柄な少年がおどおどと頭を下げる。緊張しているのだろうか、胸元の服をぎゅっと握りしめていた。
一通りの自己紹介が終わると、シオン先生が手を叩いた。
「よし、それじゃあ次は学院内の施設案内だね。寮や鍛錬場を見て回ろう。ついてきてください」
僕たちは教室を出て、敷地内を歩く。
最初に案内されたのは学生寮だ。
「えっと、右側に見えるのが貴族や名家の生徒が住む『第一寮』。左側が平民の生徒が住む『第二寮』です」
二つの建物を見比べる。
どちらも同じ堅牢な石造りで、大きさも変わらない。雨風を凌ぐには十分すぎる立派な建物だ。
ただ、違いは細部にあった。右側の寮には窓枠に精巧な彫刻が施され、入り口には洒落たランプが吊るされている。対して左側は、装飾が一切なく質実剛健そのもの。
生活に困ることはないだろうが、ここにも明確な線引きがある。
「荷物はそれぞれの部屋に運んであるから、あとで荷解きをしておいてね。次は……鍛錬場だ」
寮を抜け、さらに奥へと進む。
広々とした石造りの鍛錬場が見えてきた。そこでは先輩たちが、思い思いに剣や魔法の訓練に励んでいる。打ち合う剣の音が規則正しく響き、気合の入った掛け声が空へと抜けていく。
その熱気と技術の高さに、僕は思わず足をとめた。この学院の実力が肌で感じられる場所だ。
「今は自由鍛錬の時間だね。君たちも今日から使えるよ。……おや、いい匂いがしてきたかな? 次は食堂へ行こう」
シオン先生の言葉に、エレシアの目が輝いたのが見えたが、見なかったことにしてついていく。
食堂の大きな扉が開かれると、やわらかな香りが流れ込んできた。焼きたてのパンの香ばしい匂いに、スープの湯気。まだ早い時間帯だからか、食堂には人影がまばらで、広い空間に静けさが残っている。天井の高いホールは大きな窓から光が差し込み、磨かれた石の床を淡く照らしていた。
ここでもやはり、あの「線引き」があった。
並べられた長机は同じ木製で、形も大きさも変わらない。
だが、中央を境にして、片側には白いクロスが敷かれ、銀色の食器が輝いている。もう片側は、木の地肌のままの机に、素朴な陶器や木の器が置かれている。
提供される料理も、ほんの少しだけ差があるようだ。貴族側には焼き菓子や果物が彩りよく添えられ、平民側は主食と具沢山のスープが中心。ただ、どちらも決して質が悪いわけではない。この国が一つにまとまっている証のように、最低限の差に留められているのが分かる。
けれど、だからこそ際立つ。
「生活水準は保証するが、身分は違うのだ」という無言のメッセージが。
「……お腹すいた」
「あとでな」
小声で呟くエレシアを宥めつつ、僕たちは教室へと戻った。
本日の予定はこれで終了。解散となった直後だった。
シオン先生が教室を出て行ったのを見計らったように、三人の貴族生徒が教壇の前に歩み出た。
真ん中に立つのは、オルヴァス・レイヴェル。かなり高位の貴族の家柄だと聞く。整った顔立ちだが、その目は常に何かに苛立っているようだ。
脇を固めるのは、乱暴そうなカイゼル・ヴァルディアと、腰巾着のようなグランツ・ベリオス。
オルヴァスが冷ややかな視線を平民生徒たちに向ける。
「ここは貴族のための学び舎だ。平民風情が同じ空気を吸うなよ。……学院内の施設を見て分かっただろう? 明らかに差があるんだ」
「そうだ! 平民が俺たちと同じ『正位』なのはおかしいんだよ。お前らは全員『初位』に行くべきなんだ!」
カイゼルが机を蹴り飛ばし、グランツが嘲笑うように同意する。
教室の空気が凍りついた。
だが、他の貴族生徒たちは「また始まったか」と言いたげに面倒くさそうな顔をして、関わり合いになるのを避けるように荷物をまとめて出て行く。
……面倒くさそうな奴らだ。関わってもろくなことにならない。
僕も他の生徒に便乗しよう。
「行くぞ、エレシア」
「うん、お腹すいたしね」
僕はエレシアを促し、彼らの横を通り過ぎて教室の外に出た。
背後でオルヴァスたちが何か喚いているが、無視だ。
早く寮に戻って荷解きをしよう。
そんなことを考えながら廊下を歩く僕の背中を、後ろの席のアルルという小柄な少年が、寂しげに見つめていることを知らずに。
本作の世界観設定(学院の環境と貴族のスタンス)について、少し補足をさせていただきます。
【施設の違いについて】
作中で描かれた寮や食堂の差異ですが、明確に差があるのは「生活の場(寮・食堂)」のみです。教室や鍛錬場、図書館などの学習施設は完全に平等です。
これは差別というよりは、「急激な環境変化によるストレスを防ぐための配慮」です。
貴族には貴族の、平民には平民の「慣れ親しんだ生活様式」があるため、それを維持できるように分けられています。差別のように感じたのはレオンの勘違いみたいなものです。
【貴族生徒たちのスタンス】
作中にはオルヴァスのような差別的な貴族が登場しましたが、学院全体で見ると彼らのような選民思想を持つ者はごく少数派です。
多くの貴族・名家の生徒は、「民を守るのが貴族の務め」という高い正義感を持っています。そのため、オルヴァスのようなタイプは上級生や同級生からも「恥晒し」として嫌遠されています。
【なぜ放置されているのか?】
正位クラスの他の貴族たちがオルヴァスたちを無視しているのは、「関わると面倒だし、そのうち痛い目を見るだろう」と呆れているためです。
彼らは「いじめなどの不正義は許さない」というスタンスを持っています。
だからこそ、陰湿なオルヴァスたちは彼らの目が届かない場所で、陰湿かつ巧妙にいじめを行うようになります。それが、誰にも気づかれない悲劇へと繋がっていくことになります。