焦燥をなくす旅 ― 廻る世界の中で ― 作:Virus Miss
翌日から本格的な授業が始まった。
教室は、後方に行くほど高くなる段差式の造りになっており、僕たちは教壇を見下ろす形で席についている。いわゆる階段教室だ。
一限目は「魔物学」。
教壇に立っているのは、白衣を着た女性教師、
彼女は美人だが、どこか焦点が合っていない瞳で、ゆらゆらと危なっかしい揺れ方をしている。全身から漂う「関わってはいけない」空気に、教室全体が少し引いていた。
「……どうも。皆さんには魔物の種類や習性、そして食べ方を教える
食べ方?
聞き間違いかと思ったが、彼女は王都で一番魔物に詳しい研究者だと聞いたことがある。噂では、彼女の研究室からは夜な夜な生徒の悲鳴が聞こえるとか……。
「私の噂は聞いているでしょう? そうです。私は魔物を適切に処理して食べています。……ふふ、受け入れ難い顔をしていますね。ですが心配ありません。それはまだ、あなたがたが『境地』に達していないだけですから」
彼女はうっとりと頬を染め、手招きをした。
「さあ、ここまで登ってきなさい。手助けはしてあげるわ」
思想が危ない。完全にマッドサイエンティストの類だ。
ふと隣を見ると、エレシアが「うんうん!」と目を輝かせて頷いている。……やめてくれ。なんで感動していらっしゃるの? お前もそっち側なのか。
「では、魔物を美味しく食べるために、まずは分類について知りましょう」
目的が「食」にすり替わっているが、授業内容はまともだった。
「魔物と言っても種類は多岐にわたるわ。獣系、爬虫類系、海洋系、鳥類系、昆虫系。ここまでは普通ね。厄介なのが、植物・菌糸系、不死・霊体系、悪魔・霊体系、人造・構造体、そして精霊・概念系。それ以外は分類不可に分けられるわ」
「特に美味しいのが鳥類系のコカトリスね。あれの毒袋を丁寧に除去して……」
調理法の解説は聞き流すことにした。
「そもそも魔物は、世界が生み出していると言われているの。魔物の巣窟である『迷宮』を世界が作ったのと同じようにね。一説には、増えすぎた人類の魂を循環させるためのシステムだとも言われているわ」
「魔物には個体差があるわ。強い魔物ほど知恵があり狡猾よ。特に言葉を喋る魔物に遭ったら、すぐに逃げなさい。それから『変異種』。通常と外見が違ったり、特定の部位が発達している個体のことね。これも逃げの一択よ。……まあ、こいつらは希少部位があってめちゃくちゃ美味しいのだけれど」
「大丈夫、私の授業を受ければ、いずれ倒せる実力がつくわ。……まあ、戦闘技術は私の担当じゃないけれどね」
彼女はチャイムが鳴ると、名残惜しそうに黒板を叩いた。
「今日はここまで。それと、高みに至りたい学生は放課後、私の研究室に来なさい。鍋を用意して待っているわ」
嫌な予感しかしない。絶対に近寄らないでおこう。
次は実技と座学を兼ねた授業だ。
教壇に立ったのは、隻腕の英雄、レイ・グランツ先生。
「揃っているね。初めましてではないか。改めてレイ・グランツです。俺は魔力やオーラの知識、それから実技の補助を担当するよ」
彼の周りには、目に見えないけれど力強い「何か」が渦巻いているのが分かる。
「それじゃ、まずは魔力の説明から。ご存知の通り、魔法を発動するのに必要な力の源だ。杖や魔法書などの『魔法具』に込められていることもある。これらは担任のシオン先生が専門だから、詳しいことは彼に聞いてくれ」
「俺が教えるのは、主にオーラについてだ。」
彼は残った右腕を軽く振った。
「オーラは、身体能力の強化が主な目的だ。魔法でも身体強化はできるけど、恩恵と効率はオーラの方が遥かに大きい。昔は『気』と呼ばれていた力だね。達人になると、こうやって薄く纏ったり、部分的に集中させて刃を作ったりもできる」
レイ先生がチョークを放り投げ、目にも止まらぬ速さで腕を一閃させた。
床に落ちたチョークは、綺麗な断面を見せて二つに割れていた。
「よく言われる言葉がある。『魔力は才能、オーラは努力』。これは間違いではないよ。魔力量は生まれつき決まっていて、増やすのは難しい。対してオーラは、誰でも目覚めることができて、呼吸法や鍛錬次第でいくらでも増やせる」
彼は生徒たちの顔を見回し、少し声を低くした。
「一番大事なことを教えるよ。基本的には『二つを完璧に扱うのは無理』だということ」
「魔力とオーラ、どちらにも『純度』がある。魔力の純度を高くしようとすればオーラが濁り、逆もまた然りだ。濁った力を使えば、威力も効率もガタ落ちする。だから大抵の者は、どちらか一方を極める道を選ぶ」
「今のところ、両方の純度を高く保てているのは、せいぜい八割が限界かな。実力者でも七割がいいところだ」
僕は思わず手を挙げて質問した。
「どちらも高い純度の人と、会ったことはあるんですか?」
「……うん。あるよ」
レイ先生は、ないはずの左腕をさすり、遠い目をした。
「人間だと、名家の当主や騎士団長クラス。……あとは、魔族の上位種だね。彼らは生きている年季が違う。そういう連中は化け物だよ。俺のこの腕も、そういう奴に持って行かれたんだ」
教室が静まり返る。
英雄の言葉には、教科書にはない重みがあった。
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そんな風に、個性的な授業を受け、放課後は鍛錬をして過ごす日々が続いたある日。
ホームルームでシオン先生がにっこりと微笑んだ。
「来週は前期の筆記試験を行います。赤点の人は補習ですから、勉強しておいてくださいね」
……まずい。
僕は頭が悪いわけではないが、魔法理論などの専門知識には疎い。
エレシアはああ見えて座学も優秀だ。教えてほしいと言えば教えてくれるだろうが、その間ずっと彼女のドヤ顔を見続けなければならない。それだけは御免だ。
どうしようかと頭を抱えていると、後ろの席から控えめな声がかかった。
「あ、あの……よかったら、僕のノート見る? まとめるの、得意なんだ」
アルルだった。
彼は申し訳なさそうに、一冊のノートを差し出してくれた。
「いいのか? 助かるよ!」
「ううん、役に立てるなら嬉しいから」
見せてもらうと、アルルのノートは非常に字が綺麗で、要点が的確にまとめられていた。これならシオン先生の板書より分かりやすいかもしれない。
僕はありがたくノートを写させてもらい、エレシアも交えて三人で試験勉強をした。
そして迎えた試験当日。
結果は――僕は平均点より少し上。赤点は回避できた。
アルルはなんと、満点近くだった。
「すごいなアルル! 学年トップクラスじゃないか?」
「えへへ、そうかな……」
称賛の言葉をかけたが、アルルはなぜか浮かない顔で、曖昧に笑うだけだった。
自分に厳しい、向上心の高い奴なんだな。
【教室の構造】
「正位」クラスの教室は、大学の講義室のような「階段教室(段差式)」になっています。前方の低い位置に教壇があり、後方に行くほど席が高くなる構造です。
これにより、後ろの席からでも教師の手元や黒板が見やすくなっています。
【座席のルール】
普段の授業では席は自由です。
ただし、定期試験の時のみ、不正防止のために指定席(出席番号順など)となります。
ちなみにレオンの定位置は窓際の中央付近、その隣にエレシア、後ろにアルルが座ることが多いようです。
【神聖力について】
魔力やオーラ(気)とは異なる、第三のエネルギーです。主に祈りや信仰、あるいは聖職者としての資質によって引き出されます。
主な用途:回復と浄化
魔力(攻撃や現象操作)やオーラ(身体強化)と違い、「回復」に特化しているのが最大の特徴です。傷を癒やす、毒を除く、病を和らげるといった治癒魔法の根源となります。
浄化の力:
魔族が放つ「瘴気」や、悪意ある呪いを打ち消す力を持っています。魔族に対しては非常に有効な「毒」のような作用をもたらすこともあります。