焦燥をなくす旅 ― 廻る世界の中で ―   作:Virus Miss

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第7話:Arts

筆記試験という名の嵐が過ぎ去り、数日の休暇が与えられた。

酷使して知恵熱が出そうな頭を休めるため、僕は一人、王都の散策へ出かけることにした。ちなみにエレシアは「もっと高みを目指すわ!」と宣言して、鶫先生の研究室という名の魔境へ消えていった。……頼むから、帰ってきたときに人間を辞めていないでくれよ。

 

学院の正門を抜け、活気溢れる大通りを歩いていると、一人の少女が僕の横を通り過ぎた。その瞬間、ぱさりと乾いた音が響く。彼女が何かを落としたようだ。

 

「あの! これ、落としましたよ」

 

僕は地面に落ちていた扇子を拾い上げ、声をかけた。

振り返った彼女を見て、僕は思わず息を呑んだ。

艶のある黒髪に、ほんのりと藍が混じった長髪。腰のあたりまで伸びたその髪は、動くたびにさらりと風に揺れる。瞳は落ち着いた紅に近い茶色で、強い意志を感じさせる輝きを宿していた。

何より、立ち姿が美しい。背筋が自然に伸びたその所作には、隠しきれない「育ちの良さ」が滲み出ていた。

というより、見覚えがある。クラス分けの時に新入生代表を務めていた、帝ノ 詩織だ。

今の彼女は入学式の時のような近寄りがたい鋭さはなく、どこか気楽な、柔らかい雰囲気を纏っている。

 

「あら、ありがとう。これ、大事なものなの。拾ってくれて嬉しいわ」

 

彼女は扇子を受け取ると、ふわりと微笑んだ。

 

「あなた、お名前は?」

 

「レオンです。正位クラスの」

 

「良い名前ね。私は今から一度家に戻って、試験の結果報告をしなきゃいけないの。あなたは?」

 

「僕は試験で頭を使いすぎて……リフレッシュの散歩です」

 

「ふふ、そう。お互い大変ね。――それじゃあ、楽しんでらっしゃい」

 

彼女は扇子をしまい、名家が軒を連ねる貴族街の方向へ悠々と歩いていった。

あんな風に普通に話すこともあるんだな。

僕は意外な一面を見た気がして、少しだけ軽い足取りで王都の雑踏へと踏み出した。

          

________

 

 

休暇が明け、最初の授業は「大広間」での集合講義だった。

レイ・グランツ先生に加え、少し遅れて担任のシオン先生も姿を現した。

 

「試験、お疲れ様でした。休暇でリフレッシュできたでしょうし、今日からまた気合を入れていきましょう。今回は……そ、先輩――ゴホン。グランツ先生に補助に入ってもらいます」

 

相変わらずの「先輩」呼びに、グランツ先生が苦笑いしている。

 

「今日はまず座学です。テーマは『Arts(アーツ)』について。皆さん、自身のArtsについては既に自覚していることでしょう。Artsとは自身の魂に刻まれた固有の異能。魔力、オーラ、あるいは一部では神聖力を用いて発現します。かつては『祝詞(しゅくし)』と呼ばれていたそうです」

 

シオン先生は教壇を離れ、生徒たちの方へ歩み寄った。

 

「私のArtsは『静制(せいせい)』。一定範囲内の魔力の流れを鎮め、術の暴走や暴発を抑制することができます。――オルヴァス君、少し手伝ってもらえるかしら。私に向かって魔法を放ってみて」

 

「……いいのか? 怪我しても知らねぇよ」

 

 オルヴァスが不遜に笑い、手をかざして詠唱を始める。しかし、いつまで経っても魔法が発現する気配がない。それどころか、彼の周囲の魔力が霧散するように消えていく。

 

「このように、強制的に不発にさせることができます。もっとも、私より魔力量が圧倒的に多かったり、技術が勝る相手には効果が薄れますが。……オルヴァス君、ありがとう」

 

「チッ、気味の悪い力だぜ」

 

オルヴァスは忌々しげに列に戻る。

 

「稀に『Dual Arts(デュアル・アーツ)』と呼ばれる、二つの能力を宿す者がいます。古の呼び方では『双祝寵児(そうしゅくちょうじ)』。かつては神の寵愛を受けた証とされましたが、現代では器用貧乏になりがちだと言われています。二つを極めるには膨大な時間がかかりますし、自覚するのも難しいですからね」

 

二つのArtsか。そんな人間、本当にいるんだろうか。

 

「さて、座学はここまで。実際に使ってみましょう。グランツ先生、お願いします」

 

「よし。攻撃系のArtsを持つ者は俺に向けて放ってくれ。防御や支援系の者はシオン先生に報告するように」

 

次々と生徒が自分の力を披露していく。やがて、エレシアの番が来た。

 

「先生、私のは守りに特化しているので……実際に魔法を撃ってみてもらえますか?」

 

エレシアは木陰ならぬ大広間の中央で膝をつき、祈りを始める。

数秒、十秒。祈りの時間が長くなるにつれ、彼女の周囲を包む金の光が密度を増し、強固な半球状の結界――『守護』を形成した。

 

「お願いします!」

 

シオン先生が放った火球が、結界に直撃する。

激しい爆鳴と共に炎が吹き荒れるが、煙が晴れた後に現れたエレシアは、傷一つなくケロリとしていた。

 

「硬いわね……! 結構魔力を込めたのだけど」

 

シオン先生が感心したように呟く。祈っている間は動けないが、その防御力は本物のようだ。

次は僕の番だった。

 

「僕のArtsは『不屈』です。どれだけ疲労が溜まっても、大怪我をしても、体力が完全に尽きるまでは『全力』で動き続けられます。……ただ、ここで見せるのは少し難しいので、説明だけでいいですか?」

 

「はっ、地味な力だな」

 

後ろからオルヴァスの嘲笑が聞こえた。取り巻きの二人もクスクスと肩を揺らしている。

確かに、火を噴いたりバリアを張ったりする力に比べれば、地味かもしれない。

 

「――確かに派手さはない。だけどね」

 

それまで黙って見ていたグランツ先生が、低く鋭い声を出した。

 

「戦場で一番最後に生き残るのは、お前のような奴だ。死線において最も頼りになるのは、崩れない足腰だよ。レオン、良い力だ。誇っていいよ。」

 

グランツ先生の言葉に、オルヴァスたちは気圧されたように目を逸らして黙り込んだ。

 

「……さて、今日はここまで。あ、言い忘れていました。明日は極位クラスとの合同訓練を行います」

 

シオン先生がにっこりと、天使のような凶悪な笑顔で告げた。

大広間に絶望の呻きが広がる。そういう大事なことは、もっと早く、心の準備ができる前に言ってほしいものだ。

 




本作におけるArtsの詳細な設定を補足します。

【レオンのArts:不屈(ふくつ)】
身体にどれほどの疲労やダメージがあっても、意志がある限りスタミナの限界まで「全力」で動き続けることができます。
※補足:骨折など物理的に構造が壊れている場合は、その不自由さを踏まえた上での「全力」になります。ただし、捻挫や打撲、切り傷程度の痛みは完全に無視して稼働可能です。

【エレシアのArts:守護(しゅご)】
祈りの姿勢をとり、動きを止めている間、自身を中心に強力な結界を展開します。
※補足:込める神聖力or魔力の量と「祈りの時間」に比例して耐久度が上がります。魔法だけでなく、物理攻撃や呪いといったあらゆる外部干渉を遮断可能です。

【アルルのArts:感受(かんじゅ)】
周囲の生物が発する感情の波を無意識に受信する能力。善意、悪意、恐怖、憎悪といった感情を敏感に読み取ります。
※補足:アルル自身が「他人に迷惑をかけたくない」と過剰に気遣う性格なのは、この能力で常に相手の機嫌や不快感を受け取ってしまうためでもあります。

【Dual Arts(デュアル・アーツ)について】
レオンとエレシアは、本人たちも気づいていませんが、実は二つのArtsを持つ「Dual Arts」です。もう一つの能力は、物語の進展と共に自覚することになります。
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