焦燥をなくす旅 ― 廻る世界の中で ― 作:Virus Miss
ついに、極位クラスとの合同訓練の日がやってきた。
広々とした石造りの鍛錬場には、独特の緊張感が漂っている。顔を強張らせる者、闘志を燃やす者、そして相変わらず「お腹空いたなぁ」と呟いているエレシア。
そこへ、担任のシオン先生が姿を現した。
続いて入ってきたのは、レイ先生。そして、三人の生徒。
帝ノ詩織、星導澄羽。最後に、短く切り揃えられた群青色の髪を揺らし、明るい太陽のようなオーラを纏った少年――
彼らが歩くだけで、空気が重く、密度が増したように感じる。魔力やオーラの「純度」が、僕たちとは根本的に違うのだろう。
「それじゃ、説明します。今回は正位クラスと極位クラスで模擬戦を行ってもらいます」
シオン先生の言葉に、正位クラスがざわついた。いくら極位とはいえ、あちらは三人、こちらは三十人。十倍の戦力差だ。
「正位は十人ずつの三グループに分かれて。極位側は、一試合につき二人で対応してもらいます」
「おいおい、いいのかよ。人数差を頼りにボコボコにしちまうぞ?」
不遜な態度で立ち上がったのは、オルヴァスだ。それに対し、凪翔がケラケラと笑いながら応じる。
「大丈夫、大丈夫! なんなら全員まとめて相手してもいいぜ!」
「……凪翔。これは訓練なの。先生方の考えに従いなさいな」
「……ん。どっちでもいい」
詩織が窘め、澄羽が眠たげに呟く。
その余裕にイラついたのか、オルヴァスが凪翔の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした――その瞬間。
オルヴァスの視界が上下した。気づいた時には、彼は背中から地面に叩きつけられていた。
「おっと。訓練はまだ始まってないぜ。その時まで待てって」
凪翔はいつの間にか、オルヴァスの懐に潜り込み、足を払っていた。あまりに滑らかな、無駄のない所作。
「テメェ……ッ!」
オルヴァスが逆上して魔法を放とうとした瞬間、シオン先生の冷ややかな声が響いた。
「……あの、説明の途中なんだけど。静粛にね?」
微笑んでいるが、目が笑っていない。その場が一気に静まり返り、オルヴァスも毒気を抜かれたように列に戻った。
グループ分けが進み、僕はエレシアと同じ班になった。
極位の三人はじゃんけんで出番を決めているようだ。凪翔が「あぁー、負けたぁ!」と膝を突いている。わかりやすい。
僕たちは補助用の魔法具――気絶すると場外へ強制転移させる首飾りを受け取った、最初のグループが演舞台へと上がった。
最初の試合は、詩織と澄羽。
結果は惨憺たるものだった。正位の十人が一斉に魔法を叩き込んだが、澄羽が無造作に放った障壁に全て霧散させられ、詩織の完璧な指揮による魔法のカウンターで、一分も経たずに全員が場外へワープさせられた。詠唱すら、まともにさせて貰えなかったのだ。
そして第二試合。相手は凪翔と、引き続き澄羽。
こちらのグループには、オルヴァスとその取り巻き、そしてアルルがいた。
「おい、そんなに睨むなよ」
「うるせぇ。名家がなんだ、覚悟しろ!」
開始の合図と共に、オルヴァスたちが凪翔へ突っ込んでいく。だが凪翔は、まるで踊るような足捌きで全ての攻撃を回避し、木刀で急所を的確に叩いていく。
澄羽は後方で眺めているだけだと思っていたが、彼女が指先を振るたびに、周囲の生徒がいつの間にか場外へ送られていく。アルルも、気づけばもういなかった。
「黙れ! 俺がなんで正位なんだ! 極位が相応しいだろうが!」
「クラス分けに文句言っちゃダメだよ。努力が足りてないんじゃない?みんな努力してるんだ。俺だって、鍛錬をサボったことは一度もないしね」
凪翔の瞳から、一瞬だけ遊びの色が消えた。
空気を切り裂くような一閃。オルヴァスの叫びは途切れ、光の粒子となって場外へ消えた。
「――最後、第三グループ。準備はいいかい?」
ついに、僕たちの番だ。相手は凪翔と詩織。
「エレシア、始まったと同時に『守護』を頼む。僕が二人を食い止める。その隙に、みんなで詩織さんを狙ってくれ!」
「わかった! お腹減ってるから、早めに終わらせるね!」
合図と共に、凪翔が弾丸のような速さで突っ込んできた。
僕はそれを木刀で受ける。――重い! 衝撃が骨を通り越して脳まで揺さぶるようだ。
「いい受けだ!」
「っ……!」
詩織の放つ広域魔法を、エレシアの結界が黄金の輝きで弾き返す。
詩織は眉を潜め、冷徹に観察を始めた。彼女は結界の綻びを見逃さない。
エレシアの放った反撃の魔法が、舞台の一部を派手に崩落させる。その一瞬の視界の揺らぎを、詩織は見逃さなかった。
影のように距離を詰め、詩織の鮮やかな体術がエレシアを捉える。結界が砕け、エレシアと他のメンバーが次々と場外へ消えた。
残されたのは、僕一人。
「よく耐えるね! じゃあ、次はこれだ!」
凪翔の連撃が加速する。防戦一方、手の感覚はもうない。
けれど、エレシアたちが脱落したことで、僕の心にスイッチが入った。
頭を狙った鋭い振り下ろし。それを強引に受け止め、全身のバネを使って押し返す。
凪翔の目が驚きに見開かれた。体制を崩した彼に向け、僕は渾身の力で木刀を叩きつける。
――ここからが、僕のArtsの本領だ。
『不屈』。
どれだけ打たれても、どれだけ内臓が悲鳴を上げても、僕の動きは一分たりとも鈍らない。
凪翔のカウンターが僕の肩を捉えた。ボキリ、と嫌な音がする。普通なら激痛で崩れ落ちる場面。だが、僕はそれを無視し、最短距離で凪翔の懐に飛び込んだ。
「(反撃を受けるたびに、こいつの威力が上がってる……!?)」
凪翔が初めて、楽しそうに歯を見せて笑った。
木刀同士が激突する音が、鍛錬場に爆音として響き渡る。
僕は痛みを燃料に変え、全力の連打を叩き込む。
「うおぉぉぉ!」
「いいねぇ……もっと来い!!」
横なぎの渾身の一撃。凪翔が――消えた。
後ろか!? 振り返ろうとしたが、一瞬遅かった。
「――上だよ」
頭上に影。視界が暗転するほどの重い蹴りが、僕の意識を強引に刈り取った。
目が覚めると、僕は救護室ではなく鍛錬場の隅に横たわっていた。
シオン先生の治癒魔法のおかげか、痛みは引いている。
「すごかったね、レオン!」
覗き込んできたエレシアが、心配そうに、でも嬉しそうに励ましてくれた。
「いや……完敗だよ。エレシアの結界も、もっと長く維持させてあげたかったし」
「それじゃあ、反省会しようか! ほら、行こう!」
反省会と言いつつ、彼女の足が学食の方を向いているのは突っ込まないでおこう。
歩き出そうとした時、肩を強く叩かれた。
「なぁなぁ! そこのお前!」
振り返ると、凪翔がいた。詩織と、その後ろで今にも寝そうな澄羽も一緒だ。
「よく耐えたな! 最後の打ち合い、最高に楽しかったぜ! 俺、桜雅凪翔。お前、名前は?」
「……レオンです」
「そちらのあなたは?」
「エレシアです! 好きなことはお肉を食べることで、将来の夢は美味しい魔物を全種類制覇することです!」
エレシアの自己紹介に、詩織が思わず吹き出した。
「ふふ、面白い子ね。あなたの結界、本当に厄介だったわ。隙を見つけるのに苦労したほど。……これから食事? 私たちもご一緒していいかしら」
「えっ、極位の皆さんと……?」
「……お腹、空いた。」
澄羽がポツリと呟く。
こうして僕たちは、学園最強の三人と並んで食堂のテーブルを囲むことになった。
周囲の生徒たちの驚愕と嫉妬が入り混じった視線が刺さるが、目の前で山盛りの定食を頬張る凪翔たちを見ていると、案外、僕らと変わらない同年代なんだなと感じてしまった。