救済の灯火に、子守唄を   作:2ndラスタ

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01. チェルノボーグ占領

 

本共同体は、あらゆる種族および感染の有無によって、人の価値を定めない。

この理念を共有するすべての同胞は、その生存の可能性を選別されない。

 

レユニオン憲章 第一宣言

 

 

 

 チェルノボーグは、ウルサス帝国北東部に位置する移動都市であった。

かつては資源集積と工業生産の要衝として機能し、帝国内においても重要度の高い都市の一つに数えられていた。

 1096年12月23日、この都市は帝国の統治の手を離れた。

行政機構、治安部隊、インフラ管理権限の大半は、レユニオンと呼称される共同体によって掌握。事実上、チェルノボーグの主導権は同組織へ移行した。

 

 レユニオンが、源石病(オリパシー)感染者を主な構成員とした過激な組織と認識されていたことは、当時において広く共有された理解である。

しかしこのとき、都市一つを維持・運営するに足る組織力と軍事力を備え、周辺地域に対して無視できない武力的な存在感を広く知らしめた。

 特筆すべき点は、この共同体が感染者を主要な構成員とし、その存在を前提として組織運営を行っている点にある。これは、既存国家のいずれにも見られない性質であり、同時に、周辺諸国にとって極めて扱いづらい問題でもあった。

 

 前提として確認すべき点がある。ウルサス帝国は、統治機構・治安体制・軍事力のいずれにおいても、感染者による大規模蜂起が成立し得ないはずであった。

 にもかかわらず、チェルノボーグにおける武力蜂起は成功した。

 

 その要因について、第一に、指導者の存在である。

レユニオンを率いた指導者タルラは、同組織精鋭との連携と策略により、都市陥落を容易たらしめた。

 

 第二に、蜂起の目的が復讐や略奪に限定されていなかった点が挙げられる。

レユニオンは、感染者の生存を前提とした共同体の形成を掲げ、この理念は帝国内外の感染者層に急速に浸透した。

 

 最も注目すべきは、タルラに関して流布した「救済」に関する噂である。

その内容は一貫性を欠き、具体的な手段も明示されていなかったが、噂そのものが持つ求心力は無視できない規模に達していた。

 この噂を求め、各地から感染者がレユニオンへと集結したことが、結果として人的資源の集中と団結をもたらした。

 

 以上の要素が複合した結果、ウルサス帝国において本来成立し得ないはずの蜂起が、都市の掌握という形で成功したと結論付けられる。

 

 しかしながらこれに対し、ウルサス政府による声明はなく、沈黙を守っていた。

 その沈黙の理由については諸説存在する。中でも、政府内部に何らかの協力者が存在した可能性を指摘する見解は少なくない。

 

 後年、この日付は“チェルノボーグ事変”と総称されることになる。

 

 

 

 

ウルサス帝国 移動都市チェルノボーグ 天災まで残り150分

 

 最初に鳴った警報が、何を意味するのかを理解できた者はいなかった。

 帝国軍の警戒警報にしては間延びしており、避難指示にしては具体性を欠いていた。

 

 だが数分後、通りの両端が塞がれた時点で、住民たちは悟った。

 都市が、区切られ始めている。

 

 武装したレユニオンの構成員が現れたとき、叫び声はほとんど上がらなかった。

 銃口は向けられていたが、引き金に指はかかっていない。

 代わりに掲げられたのは、簡潔な指示だった。

 

 『すべての住民は直ちに誘導に従い、移動を開始せよ』

 

 誰もが疑った。

 だが誰も、最初に逆らう勇気は持てなかった。

 

 隔離が完了する頃、都市の振動が変わった。

 地鳴りではない。

 長年、移動都市の内部で働いてきた者なら分かる――制御系が動いている。

 

 「後部が……切り離される」

 

 誰かがそう呟いた瞬間、重低音が腹の底を叩いた。

 チェルノボーグ後部区画が、計画通りに切断されたのだ。

 

 逃げ場は失われた。

 だが同時に、追撃も不可能になった。

 

 その意味を理解した者から、声が消えていった。

 ここはもう、帝国の都市ではない。

 

 

 

 

チェルノボーグ中枢区画に設置された小さな仮設指揮所では、各部隊からの無線が絶え間なく飛び交っていた。

 

 『住民の隔離が完了したぞ!』

 「了解した。中枢制御機能の奪取、住民隔離の両方が完了した模様!」

 

 白い髪の少年が杖を静かに握り直す。

 

 「予定通りだ、後部を切り離してこのまま天災予測地域から離脱する」

 

 その声は年齢を疑わせるほどに落ち着いている。

 

 指揮所の隣では、負傷した構成員が横たえられている。

 少年は歩み寄り、手のひらを軽く吹いた。能力(アーツ)が発動する。

 白い粉塵が空気に溶け、次第に傷口に滲む血の匂いが薄まっていく。

 

 この場に見た目の幼さを理由に侮る者は、いない。今作戦における副指揮官、それが彼、メフィストである。

 

 そのとき、屋上から一つの影が滑り降りた。

 メフィストとは対照的に、黒い髪と頬に鱗を持つ少年がそばに降りる。

 

 「ファウスト!」

 

 先ほどとは打って変わり、声色が年相応の少年のように柔らぐ。

 

 「外縁部に異常なし。帝国側の増援も確認できない。だが……」

 

 ファウストの視線が、負傷者へ向く。

 

 「……アーツの使用は控えろ」

 

 その言葉は心配でも命令でもない。

 メフィストは一瞬だけ目を伏せ、すぐに笑みを浮かべる。

 

 「この程度なら問題ない。僕は副指揮官だろ?」

 

 軽さはある。

 だがそこに無責任さはない。

 

 背丈の近い二人が並ぶ姿は、兄弟のようにも見える。

 しかしその立ち位置は明確だった。

 

 「違う。ただ――」

 

 「想定外が起きるのは、いつも予定通りのときだ」

 

 

 

中枢塔の最上層は、風の音だけが支配していた。

 

 都市はすでにレユニオンの制御下にある。声は遠く、燃え上がる炎は限定的だった。

 だが足元から伝わる振動は止まらない。都市が動いているのではない。

 誰かの意思が流れているような脈動。

 

 巨大な窓越しに、切り離された後部区画がゆっくりと遠ざかっていく。

 

 「隔離完了」

 

 通信が入る。

 タルラは振り返らない。

 

 「各隊の損耗は」

 「最小限です」

 

 彼女の視線は都市ではなく、さらにその先を見ている。

 

 その背中を見た者は皆、同じ錯覚を覚える。

 彼女が立っているのではない。

 彼女の中に、誰かが立っているような感覚。

 

 炎が、足元で小さく揺れた。

 その炎は温かいはずだった。だが今は、どこか遠い。

 

 目を閉じる。一瞬だけ。

 

 その沈黙は、思考のためではない。何かを押し留めるためだった。

 同胞たちの希望である炎が、わずかに揺らいだように見えた。

 

 だが次の瞬間、彼女は歩き出す。

 

 「離脱経路を維持しろ」

 

 彼女の内側で、誰かが囁く。

 

 ――まだ足りない。

 

 このとき、誰も知らない。

 ただ一つ確かなのは、チェルノボーグは奪われたのではない。

 彼女の中へと、取り込まれつつあるということだった。

 

 

 

 中枢制御室の一角で、技術班の声が上ずった。

 

 「地下構造体に異常反応。これは、機関部じゃない」

 

 モニターに映るのは空洞。

 その中心に、奇妙な構造物が横たわっている。

 

 「石造の棺……?」

 

 報告は即座に最上層へ届く。

 

 「未知構造体を確認。内部に生命反応あり」

 

 沈黙。

 タルラは数秒だけ考える。

 

 「開けろ」

 

 躊躇はなかった。

 それは戦術判断ではない。

 直感に近い。

 

 都市は今、再定義された。

 ならば、その中に眠るものもまた、例外ではない。

 石棺で眠り続ける存在。それは、まだ誰の未来でもなかった。

 

 

 

 チェルノボーグの占領は、短時間で達成された。

 その理由は奇襲性や火力ではなく、作戦目的が明確であった点にある。

レユニオンは当初より、都市の完全破壊や象徴的報復を意図していなかった。目標は一貫して、都市機能の掌握であった。

 

 作戦初動において重点が置かれたのは、軍事施設ではない。

通信中枢、動力供給区画、移動都市制御系統といった、都市の存続に直結するインフラが優先的に制圧された。

 これにより、帝国側の指揮系統は初期段階で分断されている。占領完了時点において、チェルノボーグの主要インフラは機能を維持していた。これは偶然ではなく、占領後の統治を前提とした作戦設計の結果である。

 

 結果として、チェルノボーグは破壊された都市ではなく、管理者が交代した都市として残された。この事実は、当初レユニオンを一時的反乱勢力と見なしていた各国の評価を大きく修正させることとなった。

 




古参・新規ファンの方々や、BLEACHを知らない方にもわかりやすいよう、鋭意制作していきます。
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