救済の灯火に、子守唄を   作:2ndラスタ

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5話目にして、ここからが本編突入。
UAがもうすぐ1000、いつもありがとうございます。


05. 争奪戦

 地下研究区画は、冷たい光に満ちていた。

 非常灯が青白く瞬き、凍結装置の駆動音が低く響く。

 技術者が端末を操作し、数値を読み上げる。

 

 「生命反応、安定。凍結解除、最終段階」

 

 その背後に、赤い外套の女が立っている。

 

 タルラ

 

 炎は出ていない。

 だが空気がわずかに温い。

 聖火隊の若い構成員が一歩近づく。

 

 「本当に、目覚めさせるのですか」

 

 タルラは視線を石棺へ向けたまま答える。

 

 「眠らせておく理由はない」

 

 声は平坦で冷淡だが、姿は過去と変わらず熱を帯びた指導者。

 

 内部にいた人物は再び、世界に足を踏み入れることになる。

 白い衣服。閉じた瞼。

 数年、あるいはそれ以上、凍土の下で、時間は止まっていた。

 

 「解除完了」

 

 機械音が止み、静寂が訪れる。

 その場に居合わせたすべての者が身構えていた。

 

 

 

 瞼がわずかに震える。ゆっくりと、目が開く。

 焦点が合わない。

 光が眩しい。

 

 誰かが私の体が支える。

 

 「意識確認」

 「下がれ」

 

 彼女は自ら一歩前へ出る。

 いまだおぼろげな視界で、目が合う。

 記憶のない視線。

 

 敵意も、理解もない。

 声を出そうとするが、喉が乾いている。

 彼女が短く言う。

 

 「ここはチェルノボーグだ」

 

 彼女は続ける。

 

 「あなたは凍結されていた」

 

 「……」

 

 「私はタルラ」

 

 名乗る。

 視線をわずかに動かし、赤い瞳を見つめる。

 炎を感じる。恐怖ではない。

 

 「医療班が到着しました」

 

 「……またあとで会おう」

 

 銃は向けない。拘束もしない。

 震えている手が、わずかに動く。

 まだ状況を理解できていない。

 

 私は誰だ。

 なぜここにいる?

 それに誰も私のことを知らないようだ。

 

 「付近にこのような制服が」

 「チェルノボーグの物ではない。これは…BABEL(バベル)か?」

 

 彼女の瞳がわずかに揺れる。

 

 「保護しろ」

 

 短い命令。それ以上は言わない。

 再び、私へ視線を戻す。

 私の視線が、わずかに定まる。

 

 言葉にならない音が漏れる。

 理解はまだ遠い。

 だが炎が、確かに映った。

 

 地下で、二人は向き合う。炎と空白。

 この瞬間が、後に交差する運命の起点になる。

 その一瞬の後、炎は側付きとその場を立ち去った

 

 チェルノボーグの地上へ、二人が姿を現す。

 

 「Wは確か、バベルに所属していたな」

 「はい。加えて一部のサルカズ傭兵が関わりを持っていたはずです」

 「すぐに話を聞きたい。連絡を入れろ」

 

 

 

 

 

 チェルノボーグ外縁。

 重要人物救出を任務とするロドス・アイランドの小隊が移動していた。

 

 「目標区画まで残り百メートル」

 

 オペレーターの声が静かに響く。

 教官ドーベルマンが地図を確認する。

 

 「警戒を維持。無駄な交戦は避ける」

 

 簡潔で鋭い命令。

 前方に立つ巨躯の男、Aceが盾を持ち上げる。

 

 「嬢ちゃん、後ろから離れるなよ」

 「はい」

 

 アーミヤが小さく頷く。

 約十名の小隊は隊列を維持して、予定のルートをなぞる。

 そして、すべての隊員が奇妙に思った。

 

 静かだ。

 まるで住民は最初からいなかったかのように、

 街の風景だけがそのままに存在している。

 

 「ドクターは無事でしょうか」

 

 「心配するな、そのために我々がいる」

 

 ふとアーミヤが呟いた一言。

 ドーベルマンが落ち着いた声で返答する。

 戦地にいるというのに、予想外の静寂が不安を掻き立てる。

 

 移動中にアーミヤの耳は、別の音を拾う。

 

 「います」

 「レユニオンか」

 「おそらく」

 

 ドーベルマンの声は低い。

 アーミヤは目を閉じ、わずかに首を傾ける。

 

 「二十メートル先。左右の高所にも」

 

 Aceが盾をわずかに前へ出す。

 

 「囲まれてる、ってわけか」

 

 銃声はまだない。だが、視線がある。

 建物の上にわずかな影が動く。

 

 曲がり角を抜けた瞬間。

 レユニオンの隊員たちが、通路を塞ぐ形で現れた。

 銃口は向けられているが、撃たない。

 

 中央に立つ一人が一歩前へ出る。

 

 「ここは戦闘区域だ。所属と目的を明かされよ!」

 

 暴徒の怒号ではない。通達だ。

 ドーベルマンは即座に隊員へ手信号を送る。

 散開。射線確保。

 

 「我々はロドス・アイランド。医療組織だ。こちらの重要人物を保護したい」

 「当該区域は封鎖済みだ、これ以上の接近は許可できない」

 

 レユニオンの返答は冷淡なものだ。

 アーミヤが声を上げる。

 

 「私たちに危害を加える意思はありません!」

 「こちらにはそれを確かめる手段、そちらには何らかの差し金でないという保証。その両方ともこの場に存在しない!」

 

 (アーミヤ、このままでは埒が明かないぞ。だが、突破するわけにもいかない)

 

 レユニオンは断固とした姿勢を保つ。

 わずかな時間で都市が掌握されている状況。

 突破したとしても、部隊の損害、敵の増援を考慮しても、完遂は難しい。

 

 「ほかの小隊も足止めされているものの、交戦状態ではないようです」

 「あっちも相当な手練れのようだな」

 

 通信による報告では、すべての小隊が目的区画にはたどり着けていない。

 どこかで交戦状態になれば、他も危険にさらされる。

 アーミヤには、この状況を切り抜ける策がなかった。

 

 しかし、中央に立つ隊員が、短く告げた。

 

 「通れ」

 

 ドーベルマンの目が細まる。

 

 「理由を聞こう」

 「命令だ、非武装の人員のみ通行を許可する」

 

 それ以上は言わない。

 包囲が、わずかに割れる。

 射線は保たれたまま。退路も塞がれたまま。だが、前だけが開く。

 

 Aceが低く呟く。

 

 「罠じゃねぇのか」

 

 「私と、医療オペレーターの皆さんで行きます」

 

 アーミヤが即答する。

 耳がわずかに震えている。

 

 アーミヤの声は震えていなかった。むしろ、凍った空気の中でそこだけが熱を持っているように聞こえた。

 

 「危険だ、アーミヤ。敵のはらわたに飛び込むのと同じだ」

 

 ドーベルマンは強く警告する。だがアーミヤは首を横に振らない。

 

 「だから、行きます。ドクターを、置いては帰れません」

 

 Aceが盾を少し下げた。息を吐く。

 

 「俺も行く」

 

 「Ace、武装解除だ。条件は非武装のみだ」

 

 ドーベルマンが言うと、Aceは短く舌打ちし、盾の把手を外して地面に置いた。

 

 「素手で行けってか。悪い趣味だな」

 

 レユニオンの隊員が一歩寄り、無言で手を差し出す。武装の確認。通信機の一部も外される。必要最低限だけが許可された。

 

 「同行オペレーターは四名。医療装備のみ携行」

 

 ドーベルマンは選ぶ。迷いはなかった。必要な者だけを切り取る。

 

 「アーミヤ、私の許可があるまで交渉はするな。相手の言葉を聞け。余計な感情は出すな」

 「……はい」

 

 小隊の陣形が、ゆっくりと変わる。

 

 包囲が割れる。狭い通路が現れる。射線はなお生きたまま、左右の高所の影が動く。あちらは撃たない。こちらも撃てない。張り詰めた糸を、互いの指先で支えている。

 

 アーミヤは一歩踏み出した。

 

 案内役は他のレユニオン兵とは違う服を着ていた。

 フードがついた白いコート。その手には何の武器も握られていない。

 術師。それも恐ろしい氷気を行使するスノーデビル小隊の一員。

 

 目の動きを隠すバイザーの下から、Aceは冷静に分析していた。

 

 「()()()()は五名、()()()()()()()を特定区域まで誘導します」

 

 「なるほど、そういう()()ってわけか」

 

 「ええ、ご協力いただけますよね?」

 

 用意された名目。そのうえで集団は進む。

 

 都市は無人だった。だが、無人ではない。

 

 窓の向こう、薄いカーテンの隙間に影が揺れる。屋上、鉄骨の上、廃ビルの骨組み。視線がそこらじゅうに刺さっている。銃口は見えない。だが「見ている」という圧がある。

 

 アーミヤは歩幅を変えずに進んだ。隣のオペレーターが小声で呟く。

 

 「本当に、撃ってきませんね」

 「撃つ必要がないから、だと思います」

 

 自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。

 

 「いま、この都市は……戦場じゃない」

 

 Aceが答える。

 

 「戦場じゃねぇな。ならここは、何だろうな」

 

 アーミヤは答えない。答えられない。

 ただ、感じている。

 統治。

 

 それに近いものが、この都市の上に薄く張りついている。

 

 階段を下りると、さらに温度が下がった。地下の空気は乾いている。機械の稼働音が、遠くで低く鳴っている。

 

 案内役が足を止める。

 

 「ここから先は、許可区域だ」

 

 「あなた方が許可したんでしょう」

 

 Aceが言うと、レユニオン兵は視線だけを向けた。

 

 「命令だ」

 

 またその言葉。

 命令。

 誰の命令かは言わない。

 

 扉が開く。中は白い光に満ちていた。薬品の匂い。冷却材の匂い。凍結装置の低い唸り。

 

 医療施設――だがロドスのそれとは違う。即席。けれど整然としている。

 技術者のような男が端末から顔を上げ、アーミヤたちを見る。

 

 「あなた方が、ロドスですか」

 

 「そうです。重要人物の保護のために来ました。対象は――」

 

 言い終える前に、彼は首を振った。

 

 「もうここにはいない」

 

 アーミヤの心臓が一瞬、冷たくなる。

 

 「……いない?」

 

 「数分前に移送した。命令だ」

 

 また命令。

 

 吐き気がするほど同じ言葉が積み重なる。だが、相手の顔には嘲りがない。ただ事務的な疲労だけが浮かんでいる。

 

 「移送先はどこですか」

 

 アーミヤが問うと、男は迷うように一瞬視線を伏せた。

 

 「君たちには言えない。だが生きているとだけ」

 「それを証明できますか」

 

 沈黙。

 技術者の指が端末の上で止まる。

 

 そのとき、奥の扉が開いた。

 入ってきたのは、赤い外套の女ではない。

 

 黒い制服のサルカズ傭兵――あるいはそれに似た、骨ばった輪郭を持つ女だった。目は鋭く、笑っているのに笑っていない。

 

 「へぇ……ロドスが来たんだ」

 

 軽い声。

 だが空気が変わる。

 案内役のレユニオン兵が直立し、短く頭を下げた。

 

 「連絡役」

 

 女は肩をすくめた。

 

 「そんな堅い呼び方やめてよ。あたしは“伝えるだけ”。命令だからね」

 

 その言い方に、アーミヤは違和感を覚える。

 

 命令。

 だがこの女は、命令という言葉を「玩具」のように扱っている。

 女が視線をアーミヤに固定した。

 

 「小っさいのがリーダー? ふぅん」

 「私はアーミヤです。ロドスの――」

 「知ってる知ってる。だから来たんでしょ?」

 

 女は笑う。

 

 「安心してよ。あんたたちが探してる“重要人物”ってのは、もう起きてる」

 

 アーミヤの息が止まる。

 

 「起きて、いる?」

 

 「うん。ぼんやりしてた。初めて見たわ、目死んでたけど」

 

 冗談のような口調。だが、その言葉の中に、嘘の気配はない。

 

 「会わせてください!」

 

 アーミヤが踏み出すと、女は指を立てて制した。

 

 「だめ。今はだめ。――“まだ早い”ってさ」

 「誰が、そう言ったんですか」

 

 アーミヤが問うと、女は一瞬だけ、視線を横へ滑らせた。

 その先には監視カメラ。赤いランプが点いている。

 

 「さあね。私に命令した王サマに聞けば?」

 

 彼女はくるりと踵を返す。

 

 「でも、伝言はあるわ」

 

 振り返らずに言った。

 

 「ロドスは撃たれない。今日のところは」

 「条件は?」

 

 ドーベルマンの声が通信越しに割り込む。残された最小限の回線が、ぎりぎり繋がっている。

 

 女はようやく振り返り、目を細めた。

 

 「条件?話が早いのは好きだけど、こっちのは()()

 

 彼女はアーミヤを見て、笑った。

 

 「あんたたちとの関係。それと、なんでアイツがここにいるのか」

 

 アーミヤの背筋が冷える。

 

 「それを教えない限り、返すつもりなんか無いわ」

 

 それは脅しではない。

 忠告でもない。

 まるで、命令だった。

 

 「私のことをドクターに伝えてください。きっとわかるはすです」

 

 そのまま去ろうとする女は最後に、ぽつりと落とす。

 

 「あっそ。でもね子ウサギちゃん━━」

 

 女は忌々しいように言葉を続ける。

 その言葉に、冷水をかけられたかのようだった。

 

 

 

 「そのドクター、何も覚えてないって言ってるわよ?」

 

 

 

 言葉が落ちた瞬間、アーミヤの胸の奥が凍った。

 

 理解が追いつかない。

 だが拒絶もできない。

 

 「……嘘です」

 

 自分の声が、薄い壁に吸われていく。

 笑っているのに笑っていない女は、振り返らずに肩をすくめた。

 

 「嘘ならいいわね」

 

 次の瞬間、扉が閉まる。鍵がかかる音。

 残されたのは白い光と低い機械音と、言葉にならない不安だけだった。

 

 オペレーターの一人が端末に手を伸ばす。

 

 「回線、遮断されています。外への連絡が――」

 「落ち着け」

 

 Aceは短く言う。壁際に立ち、出入口の構造を見回す。

 扉は厚い。簡易ではない。外側からの施錠。

 突破はできる。だが――その瞬間に撃たれる。

 

 「アーミヤ」

 「……はい」

 

 アーミヤは目を閉じる。

 まとまらない思考で、どうにか返答だけを返す。

 

 「時間を稼がれているな」

 

 誰が。

 何のために。

 技術者の男が、ため息のように口を開いた。

 

 「君たちに会いたがっている人物がいる」

 

 「誰が?」

 

 アーミヤが問うと、男は目をそらした。

 

 「答えたくない。答える資格もない」

 

 「命令、ですか」

 

 言葉にすると、男はわずかに肩を落とした。

 

 「……違う、裏切りだからだ」

 

 その響きが、ここまでに何度も積み重なったものとは異なる音を呼び起こす。

 アーミヤは一歩、男に近づいた。

 

 「私たちは医療組織です。あなたたちがこの施設を維持しているのも、医療が必要だからでしょう。――なら、私たちに隠す理由はありません」

 

 男の目が、ほんの少しだけ揺れた。

 

 「それも違う」

 「違う?」

 「医療が必要なのは、凍結から目覚めた奴だけじゃない」

 

 言いかけて、男は口をつぐんだ。

 オペレーターが息を呑む。

 

 「ほかにも、いる?」

 

 男は答えない。

 代わりに端末へ視線を落とし、指先が迷うように震えた。

 拒否ではない。恐怖だ。

 

 (誰かを恐れている?)

 

 アーミヤは理解する。

 ここにいる人間は「敵」ではない。

 何らかの鎖に繋がれているだけだ。

 

 そのとき。

 廊下の奥で、足音が止まった。

 

 扉の外側。

 誰かが立っている。

 

 アーミヤの耳がわずかに震える。

 ほんの僅かな温度の上昇。

 それは炎ではない。だが炎の前触れだ。

 

 Aceが小さく手を上げる。

 

 「……来るぞ」

 

 扉の向こうから、低い声がした。

 

 「状況は?」

 

 技術者の男が、反射で背筋を伸ばす。

 

 「ロドスです。こちらの施設への侵入は――」

 「侵入ではない」

 

 声が遮る。

 

 「許可だ。命令に従っただけだ」

 

 扉の外の声は、冷たい。

 だがその冷たさは、怒りではない。

 

 扉が開く。

 

 現れたのは赤い外套ではなかった。

 黒い外套。顔の下半分を覆う防寒具。目だけが見える。

 

 聖火隊の構成員。老いている。

 彼はアーミヤを見て、短く言った。

 

 「交渉の場を用意する」

 「誰と?」

 

 アーミヤが問うと、男は一瞬、言葉を選ぶ。

 

 「“上”とだ」

 「名前は?」

 

 沈黙。

 

 男の視線が、わずかに揺れた。

 まるで、名を口にすることが裏切りであるかのように。

 

 「聞くな」

 

 命令ではなく、懇願に近い声だった。

 アーミヤは、そこで初めて確信する。

 この都市は、ただの占領ではない。

 

 「ここから先は、あなたたちの“言葉”が問われる」

 

 聖火隊の男が言う。

 

 「武器は要らない。だが、嘘は要るな」

 

 Aceが低く笑う。

 

 「嘘が嫌いって顔じゃねぇな」

 

 男は答えない。ただ扉の外へ促す。

 アーミヤは一歩踏み出す。

 その瞬間、背後で技術者の男が小さく呟いた。

 

 「彼女は、急いでいる」

 

 アーミヤが振り返る。

 

 「彼女?」

 

 男は言い直さなかった。

 

 「忘れてくれ。……言ってはいけなかった」

 

 その言葉の奥に、別の恐怖が混ざっている。

 ――言ってはいけない。

 命より重い、何か。




某女傭兵幹部の初登場。
ストーリーが進むほど、いいキャラしてるな、と思います。
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