救済の灯火に、子守唄を   作:2ndラスタ

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 アークナイツ本編第8章までクリアしました
 もはやエンドフィールドの方がプレイ時間が少ない始末



08. 結合

 龍門外縁区画、行政封鎖ブロック。

 人気の消えた接続通路には、雨の音だけが響いていた。

 

 高層区画から流れ落ちる排水が、薄暗い路地へ細い筋を作っている。

 既に深夜を回っていたが、周辺には黒装束の人間が複数配置されていた。

 

 その中央。

 同じような景色が、十何年前にも広がっていた。

 ウルサスの凍土から来た悪意、対岸には、龍門の統治者。

 

 移動都市龍門の執政者、ウェイ・イェンウ。

 

 灰色の外套。

 傘は差していない。

 

 降り続く雨が肩を濡らしていたが、気にする様子もなかった。

 だが、その場に漂っている緊張は、武力衝突直前のものとは少し違っていた。

 

 互いに理解しているのだ。

 ここで戦闘が起きれば、それは単なる衝突では済まない。

 

 通路の奥から、足音が響く。

 

 一定の速度。迷いのない歩幅。

 赤い影が、雨の向こうから現れる。

 

 赤い外套。龍角。そして、熱を帯びた赤い瞳。

 レユニオンの象徴、タルラ。

 

 近衛局の空気が一瞬だけ張り詰める。

 だが、誰も動かない。

 龍門総督ウェイ・イェンウもまた、視線を逸らさなかった。

 

 タルラは封鎖線の数歩手前で足を止める。

 距離は一定。互いに、一歩踏み込めば戦闘になる位置だった。

 

 雨音だけが続く。

 先に口を開いたのは、ウェイ・イェンウだった。

 

 「レユニオンの指導者自ら現れるとは思わなかった」

 

 静かな声だった。感情は薄い。だが、その視線は鋭い。

 

 タルラは答える。

 

 「こちらは龍門の長が直々に、出迎えてくれると確信していた」

 

 形式的な応酬。だが互いに、本題へ入る気は最初から失っていない。

 

 ウェイは雨の向こうに立つ赤い影を見つめる。

 

 「要求は聞いている」

 

 短い沈黙。

 

 「感染者の譲渡、だったか」

 

 「保護だ」

 

 タルラは即座に訂正した。

 

 「龍門には既に限界が来ている。スラムも、維持し続けられる状態ではない」

 

 ウェイは答えない。

 タルラは続ける。

 

 「龍門は都市だ。守るべき秩序がある。それ自体を否定するつもりはない」

 

 雨音が、僅かに強くなる。

 

 「だが、その秩序から溢れ落ちる者は確実に存在する」

 

 誰も口を挟まない。

 ウェイは静かに問う。

 

 「そして、その受け皿になると?」

 「そうだ」

 

 迷いのない返答。

 

 「感染者を生かす意思があるなら、レユニオンは受け入れる」

 

 空気が重く沈む。

 あまりにも真っ直ぐだった。

 だからこそ危うい。

 

 ウェイはしばらく沈黙し、やがて小さく息を吐く。

 

 「理想論だな」

 

 「理想論?そう考えているのならば、それは見当違いだ」

 

 タルラは即座に否定した。

 

 「他に誰が成し得るのか?」

 

 短い言葉だった。だが、その一言だけで空気が変わる。

 

 理想ではない。正義でもない。

 虐げられた者たちが生き残るための論理。

 

 ウェイは目を細める。

 

 「お前は、自分が何を始めようとしているのか理解しているのか」

 

 問いは静かだった。だが、その奥には明確な警戒がある。

 

 感染者保護、共同体、受け入れ。

 それはつまり、新しい秩序の形成だ。

 タルラは視線を逸らさない。

 

 「理解している」

 

 即答だった。

 

 「故に、来た」

 

 雨が降り続いている。

 都市の光が、水面へぼやけて映る。

 ウェイは沈黙したまま、目の前の少女を見る。

 

 若い。

 ウェイの記憶にある友の面影よりも、遥かに幼い。

 

 だが、その目には迷いがなかった。

 理想に酔った者特有の熱ではない。

 

 むしろ逆だ。

 何を捨て、何を見切り、何を背負うのか。

 その全てを理解した上で、なお前へ進もうとしている者の目だった。

 

 政治が、時流が、運命が、幼子に険しい道を歩ませた。

 そして今日、かつて蛇がそうしたように、あの日の幼子がここにいる。

 

 「龍門は感染者を渡さない」

 

 やがて、ウェイが言った。

 

 「少なくとも、今はな」

 

 だがタルラは表情を変えない。

 

 「構わない」

 

 静かな返答。

 

 「だが見逃しはしない」

 

 その言葉に、再び空気が張り詰めた。

 

 脅迫ではない。断言だった。

 ウェイは小さく目を細める。

 

 目の前にいるのは、単なる暴徒ではない。

 感染者の指導者ですらない。

 統治者だ。

 

 己の手で殺めた友の、妹との子。

 かつてウルサスの蛇が龍門から奪い去った、幼子。

 蛇を弑し、凍土の地で感染者たちを束ねた、赤龍(ドラコ)真龍(ロン)の血を引く子。

 

 お前は蛇を継いだのか、それとも蛇の手から逃れたのか?

 

 

 

 

 

 ロドス艦内、戦術会議室。

 

 照明は落とされ、投影された地図だけが室内を青白く照らしていた。

 

 チェルノボーグ周辺区画。

 都市航路。

 補給線。

 現在確認されているレユニオンの活動範囲。

 

 帰還から数日。

 

 艦内の空気は落ち着きを取り戻しつつあったが、それは状況が収束へ向かっていることを意味しない。

 

 むしろ逆だった。

 地下での接触以降、ロドス内部では一つの認識が共有され始めている。

 レユニオンは、想定より遥かに統制されている。

 

 沈黙の中、ケルシーが端末を操作した。

 投影図が切り替わる。

 

 雪原。吹雪。黒い鎧を纏った兵士たち。

 その中央に立つ、一際巨大な影。

 

 「遊撃隊“盾”」

 

 ケルシーの声は静かだった。

 

 「現在のレユニオンの中核の一翼を構成する集団だ。指揮官はパトリオット。元ウルサス軍人であり、北域の感染者集団を率いていた人物でもある」

 

 画面上の写真が拡大される。

 

 重装備。隊列。統制。

 少なくとも、暴徒の姿ではない。

 

 「当初、“盾”は局地的な共同体に過ぎなかった。帝国から切り捨てられた感染者たちを訓練し、それを戦力として再編していた」

 

 画面が切り替わる。

 赤い炎。龍角。タルラ。

 室内が静まり返る。

 

 「数年前、そこへタルラが現れる。それ以降、レユニオンの活動範囲は急激に拡大した」

 

 ケルシーは地図を見つめたまま続ける。

 

 「各地で感染者集団との接触が確認されている。補給経路も増加している。さらに今回の襲撃において、チェルノボーグ内部では、民間人区画の維持が行われていた形跡もあった」

 

 ドーベルマンが眉を寄せる。

 

 「武装組織にしては妙だな」

 「少なくとも、単純な破壊活動とは噛み合わない」

 

 ケルシーは即答した。

 

 ドクターは地下通路を思い出す。

 あの空間には、明確な意図が存在していた。

 

 「統制があった」

 

 小さな呟き。

 ケルシーは数秒沈黙した。

 

 「あるいは、“統制されているように見せている”」

 

 否定しない。断定もしない。

 それが余計に不気味だった。

 

 投影図が再び切り替わる。

 

 複数の活動地点。

 感染者居住区。

 移動痕跡。

 確認済み接触地点。

 

 点と線が、不規則に広がっている。

 

 「現在確認されている限りでも、レユニオン内部には複数の集団が存在している。遊撃隊、スノーデビル、各地の感染者共同体……行動原理は統一されていない」

 

 ケルシーは一度言葉を切る。

 

 「これまでの例を見ても、感染者による蜂起は長期維持できない」

 

 視線は投影図へ向けられたままだった。

 

 「物資、医療、内部対立。いずれ破綻する。特に武装勢力化した場合、その傾向は顕著だ」

 

 感染者は都市から排斥される。

 補給は不安定になり、医療も不足する。

 

 その状態で武装化すれば、次に起こるのは統制の崩壊だ。

 奪う者と守る者が生まれ、共同体は内部から摩耗していく。

 

 ロドスは、それを何度も見てきた。

 

 だが、と続ける。

 

 「現在のレユニオンは、拡大しながら維持されている」

 

 本来なら、まとまるはずがない。

 文化も。出自も。思想も。

 それでも、一つの旗の下に集まっている。

 

 ドクターは地図を見る。

 複雑に伸びた勢力線は、最終的に一つの点へ収束していた。

 ウルサスのレユニオン勢力、タルラ。

 

 「……中心がある」

 

 ケルシーは僅かに視線を向ける。

 

 「少なくとも、現在のレユニオンは彼女を軸に動いているように見える」

 

 曖昧な言い回しだった。

 だが、それ以上を断定する材料はまだない。

 

 アーミヤが静かに口を開く。

 

 「レユニオンは……何をしようとしているんでしょうか」

 

 誰もすぐには答えなかった。

 

 ケルシーは投影図を見つめたまま、小さく息を吐く。

 

 「不明だ」

 

 短い返答。

 

 「チェルノボーグは、ウルサスにおいて経済を担う重要な都市の一つだ。そして感染者への境遇は実に冷ややかで、レユニオンの構成員の一部は強く反感を抱いていたはずだ」

 

 静かな声だった。

 

 「だが、少なくとも報復的な破壊活動だけを目的としているようには見えない」

 

 室内が静まる。

 アーミヤは僅かに目を伏せた。

 冷たい視線だった。

 

 だが、狂気ではない。むしろ、あまりにも理性的だった。

 だからこそ、不気味だった。

 

 ケルシーが端末を操作する。

 

 今度表示されたのは、龍門近辺の監視記録だった。

 外縁区画。移動経路。断片的な通信ログ。

 

 「さらに、龍門近辺で不可解な動きが確認されている」

 

 ドーベルマンが視線を上げる。

 ケルシーは続けた。

 

 「断片的な情報に過ぎない。だが、レユニオン側が龍門政府へ接触を試みている可能性が高い」

 「目的は」

 

 短い問い。

 ケルシーは数秒沈黙する。

 

 「感染者の引き渡し要求」

 

 室内が静まり返った。

 アーミヤが目を見開く。

 ドーベルマンの表情が険しくなる。

 

 「保護名目か」

 「おそらくは」

 

 ケルシーは頷く。

 

 「当然、龍門側が受諾する可能性は低い。だが重要なのはそこではない」

 

 視線が地図へ落ちる。

 

 「レユニオンは既に、“交渉主体”として振る舞い始めている」

 

 国家。外交。保護。

 それはもはや、感染者武装勢力の領域ではない。

 

 ウルサス、チェルノボーグ、龍門。

 赤い線は、まるで感染そのもののように勢力圏を広げていた。

 

 レユニオン。

 その名を初めて耳にした頃、ロドス内部での認識は単純だった。

 

 感染者による武装蜂起。

 過激派、あるいは、制御を失った暴徒。

 だが、地下で見たものは、そのどれとも噛み合わない。

 

 必要以上に撃たなかった。無意味な追撃もしない。

 包囲し、誘導し、区画ごと管理していた。

 あの空間には、明確な秩序が存在していた。

 

 沈黙。

 その空気を切るように、ケルシーが端末を閉じた。

 

 「そして数時間前、ロドス宛にも接触があった」

 

 空気が変わる。

 アーミヤが顔を上げた。

 

 「接触……?」

 

 「レユニオン幹部の連名名義だ。限定的な医療支援、および協議の提案」

 

 誰もすぐには言葉を返さなかった。

 

 交渉。その単語自体が、レユニオンという存在を再定義してしまう。

 

 ドクターが小さく口を開く。

 

 「……受けるのか」

 

 ケルシーは即答しなかった。

 

 数秒の沈黙。

 その後、静かに言う。

 

 「現時点で、レユニオンを完全な敵性勢力として断定するのは危険だ。同時に、無条件で信用することもできない」

 

 感情のない声だった。

 アーミヤは静かに視線を落とす。

 

 感染者共同体。

 輸送経路。

 維持されていた民間人区画。

 

 それらは、本来ならロドスが目指すべき活動にも見えた。

 だからこそ、否定し切れない。

 

 もしレユニオンが単なる暴力組織なら、もっと容易かった。

 だが実際には違う。

 あの地下で見たレユニオン兵たちの動きには、奇妙な統一感があった。

 

 恐怖だけで動いているようには見えない。

 少なくとも、ただ命令に従わされているだけではなかった。

 

 レユニオンは感情だけで動いているわけではない。

 怒りだけでも。復讐だけでも。

 生き延びるために、必要な構造を作り始めている。

 

 「……ロドスに似ている」

 

 小さな呟きだった。室内が静まる。

 アーミヤが僅かに顔を上げる。

 ドクターは投影図から視線を外さない。

 

 「感染者を保護し、治療し、共同体を維持する」

 

 短い沈黙。

 

 「やろうとしていること自体は、近い」

 

 ドーベルマンが眉を寄せる。

 

 「だが、向こうは武装勢力だ」

 

 「……そうだ」

 

 ドクターは否定しない。

 その一点だけが、決定的に違う。

 ロドスは企業であり、医療機関であり、中立組織だ。

 

 だがレユニオンは違う。

 武力を用い、都市を占領し、秩序そのものを書き換えようとしている。

 

 それは救済であると同時に、侵略でもあった。

 だからこそ危険だ。ケルシーは静かに目を細める。

 

 「問題は、レユニオンが我々にとって脅威かどうかではない」

 

 その声が、静かに落ちる。

 

 「感染者、そして他の勢力が、その旗の元に団結し始めていることだ」

 

 誰も反論しなかった。

 都市は感染者を切り捨てる。

 それが、この世界の常識だった。

 

 だがレユニオンは違う。

 少なくとも表向きは、感染者を拒絶しない。

 

 だから人が集まる。

 居場所を失った者たちが、そこへ流れていく。

 その流れが続けば、いずれレユニオンは単なる武装勢力ではなくなる。

 

 新しい共同体となる。あるいは、国家へ変わる。

 

 「だからこそ接触する」

 

 誰もすぐには言葉を返さなかった。

 投影図だけが静かに回転している。

 

 ケルシーは沈黙したまま、投影されたタルラの写真を見る。

 資料上では説明できない点が多すぎる。

 

 感染者共同体の異常な維持率。

 急速な拡大。

 そして、内部離反の少なさ。

 

 まるで、人を繋ぎ止める何かが存在しているようだった。

 

 投影図の赤い線を見つめながら、アーミヤは小さく息を呑む。

 その中心にいるのは、タルラだ。

 地下で出会った、あの赤い瞳。

 

 冷たく、理性的で、そして迷いがなかった。

 あの女は、本気で信じている。

 自分が感染者を生かせると。

 

 

 にわかには信じがたい、救済のアーツ。

 だが、それを求めてレユニオンに向かった人が大勢いる。

 

 感染者にとって、アーツは奇跡ではない。命そのものだ。

 使えば使うほど、源石は肉体を侵し、神経を削り、やがて死へ近づいていく。

 それを、ロドスは嫌というほど知っている。

 

 感染者がアーツを酷使すること。

 それはつまり、自らの命を燃やすことと同義だ。

 

 ならば。

 

 レユニオンをここまで拡大させるために、どれほど削り続けてきたのか。

 そして今もなお、どれだけ燃やし続けているのか。

 分からなかった。

 




 設定を練れば練るほど、アークナイツと滅却師(クインシー)の相性が良すぎる
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