呪術廻戦スピンオフ 3年J組 五条先生 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
「やあ。注目してほしいな。といっても、僕がここに存在すること自体が、君たちの認識という名の『世界』を侵食している以上、注目せざるを得ないのだけれど。いいかい、人間が服を着るというのは、ある種の『諦め』なんだ。自分という不確かな存在を、布地という輪郭で固定してしまおうとする、ひどく臆病な防衛本能だね」
ガララ、と教室の扉が開く。
今日の五条悟は、白衣すら纏っていない。
しかし、そこに卑猥な肉体は存在しなかった。ただ、「全裸という名の虚無」が、世界のバグのようにそこに立っていた。
「……先生。なんでしょう、その『僕はこの世の理から外れた装置です』みたいな雰囲気は。いつもの不審者オーラが、もっと根源的で救いようのない『何か』に置き換わっていますよ」
伏黒が、言葉の端々に漂う「世界の終わり」のような気配に、無意識のうちに影を広げる。
「恵、君は賢い。賢明すぎて、この全裸が『自動的(オートマチック)』に発生した事象であることを理解し始めている。僕が脱いだんじゃない。世界が僕を包みきれなくなった結果、そこに僕という『全裸の死神』が残されただけなんだ。これを人は『最強』と呼び、あるいは『露出』と定義するけれど、本質的にはどちらも同じことだよ」
「同じじゃありません。先生、その哲学的な詭弁で、公共良俗という名の『世界の均衡』を壊さないでください」
釘崎が、金槌を構えながらも、目の前の男が「人間」ではなく「ただの現象」に見える違和感に、刺すような戦慄を覚える。
「野薔薇ちゃん、均衡なんて最初から存在しないんだ。あるのは、ただ『無下限』という名の、誰にも触れられない孤独な全裸だけだ。悠仁、君の中の王に伝えておくれ。彼が『呪いの王』を自称するなら、僕は『羞恥の終着点(ラスト・リゾート)』になろう。彼が何を斬ろうとも、僕のこの『全裸という名の虚無』だけは、絶対に傷つかない」
「あー、先生! 難しい話は分かんないけど、要するに先生は、冬でも寒くないってことか?」
「……。悠仁、君のその、世界を一行で要約してしまう残酷なまでの純真さ。それこそが、この歪な物語を終わらせるための『鍵(キー)』なのかもしれないね」
五条は、教壇の上で静かに微笑んだ。
その姿は、逆光の中で溶け始め、まるで最初からそこには誰もいなかったかのような、不思議な喪失感を残していく。
「さて、授業は終わりだ。チャイムが鳴る前に、僕は僕自身の『不可侵』の中に帰るとするよ。次に会う時、僕が服を着ているか、それとも世界そのものが脱げているか……。それは、読者という名の『観測者』次第、ということかな」
「……待て。世界が脱げるって、何だよ……。これ以上、この物語の解像度を上げないでくれ……」
伏黒が伸ばした手は、空を斬った。
そこにはただ、脱ぎ捨てられた白衣だけが、まるで抜け殻のように虚しく残されていた。