呪術廻戦スピンオフ 3年J組 五条先生   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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赤と青の境界線、あるいは大人と子供の「物語」の測り方

教壇に立つ五条悟は、依然として完璧なスーツ姿を崩さないまま、右手に赤いロゴの「JUMP j BOOKS」を、左手に青いロゴの「集英社みらい文庫」を掲げた。それは、同じ集英社という根源から分かたれた、二つの異なる呪術大系だった。

 

「先生……。片や『本編の補完と深掘り』、片や『小中学生への徹底した歩み寄り』。その両方を同時に解説しようなんて、まさに無下限呪術の並列処理ですね。でも、なんでスーツ姿でそんなに教育熱心なんですか」

 

伏黒が、並べられた新書判の背表紙を見つめながら、冷静に問いかける。

 

「恵、いい質問だ。j BOOKSはいわば『特級の資料室』。本編では描ききれない僕たちの日常や、あの夏の日、僕と傑が歩いた道筋を、緻密な筆致で記録している。大人になった読者が、喉を焼くような後悔と共に読み耽るための劇薬だね。……対して、みらい文庫はどうだい。全ての漢字にふられたルビは、未来ある子供たちへの慈悲。挿絵の一枚一枚が、希望という名の光を放っている」

 

「……あ、本当だ。みらい文庫版の僕たち、なんだか目がキラキラしてて、全裸の不審者が乱入してくる余地なんて一ミリもなさそう。健全すぎて、逆に眩しくて見てられないわ」

 

釘崎が、ルビの振られた自分の名前に指を触れながら、少しだけ複雑そうな表情を見せる。

 

「野薔薇ちゃん、それが『フィルター』という名の防壁なんだよ。同じ地獄を歩むにしても、みらい文庫という結界を通せば、それは『勇気と友情の冒険』に変換される。……けれど、j BOOKSの方はどうだい。行間から漏れ出るのは、剥き出しの未練と、救いのない真実。……ああ、この書き分けこそが、集英社という名の巨大な呪術機関の恐ろしさだよ」

 

五条はスーツの襟を正し、二冊の本をパチンと合わせた。

 

「悠仁。君ならどちらを選ぶ? 難しい漢字を読み飛ばしながらも、ただ真っ直ぐに正義を信じるみらい文庫か。それとも、文字の海に溺れながら、僕という男の孤独を深掘りするj BOOKSか」

 

「おう先生! 俺はどっちも読むぜ! みらい文庫でキラキラした俺に元気をもらって、j BOOKSで先生の難しい顔を見て『大人って大変なんだな』って同情してやるよ。どっちの俺も、俺なんだろ?」

 

「……。悠仁、君のその、属性(レーベル)の垣根を軽々と飛び越える無頓着さ。……それこそが、どんな文庫化をされても変わらない、君という物語の『芯』なのかもしれないね」

 

五条は、スーツのポケットから一冊のノートを取り出した。

そこには、どちらのレーベルでも決して出版できないであろう、あまりに不適切な「全裸教育論」の草案が書き殴られていた。

 

「さて、今日の講義はここまで。君たちが次に書店に行くとき、どの棚に手を伸ばすかで、君たちの『呪術師としての将来(みらい)』が決まるかもしれないね。……ま、一番の特級は、カクヨムに転がってる素人の熱狂だったりするんだけどさ」

 

伏黒は、去り行くスーツ姿の最強の背中に、そっと「みらい文庫」のキラキラした表紙を重ねてみた。

そこには、二度と戻れない、けれど確かに存在する「あるはずだった未来」が、ルビ付きで輝いていた。

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