呪術廻戦スピンオフ 3年J組 五条先生 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
武道館ライブの熱狂が冷めやらぬまま、一行が辿り着いたのは、表向きは「高級焼肉・南国」という名の店だった。
だが、網の上で踊るカルビの煙はどこか不自然に白く、店内のBGMはなぜかジェットエンジンの轟音に似た重低音を響かせている。
「先生……。ここ、焼肉屋ですよね? なんでさっきから、店員さんが僕たちの搭乗券(チケット)を確認しに来るんですか。あと、肉を焼くトングが、どう見ても整備士の工具なんですけど」
伏黒が、霜降り肉を前にしながらも、拭いきれない「死の予感」に冷や汗を流す。
店の窓の外には、夜の新宿ではなく、果てしなく続く滑走路が幻視されていた。
「恵、鋭いね。ここは焼肉屋であり、同時に『空港』なんだ。僕たちが背負ってきた『J』の正体……それはジャンプでもジャニーズでもない。呪術(JUJUTSU)のJ。つまり、物語が終わりに向かう時、すべてのキャラが強制的に招集される終着駅(ターミナル)のことさ」
「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ! ライブで盛り上がった後に、なんで全滅エンドの反省会みたいな空気にならなきゃいけないのよ!」
釘崎が網にタンを叩きつけるが、その煙は虚しく天井の吸気口――いや、異界へと吸い込まれていく。
「やあ、悟。相変わらず騒がしいね」
その時、奥の座敷から、白シャツを爽やかに着こなした一人の男が立ち上がった。夏油傑。いや、その額に縫い目のない、かつての親友の幻影だ。
「傑……。やっぱり君も、この『Jの意志』に呼ばれたのかい? 焼肉を焼くか、それとも過去の思い出を蒸し返すか。どちらが先に焼けるだろうね」
「……先生、ゲストって夏油さんだったんですか? しかも、なんかめちゃくちゃ『自分、納得して逝きました』みたいな清々しい顔してるし。隣に七海さんや灰原さんまで座って、ビール片手に『労働はクソだ、焼肉は最高だ』って乾杯してますよ」
虎杖が、あまりに濃厚すぎる「向こう側」のメンバーに、思わず箸を落とす。
そこは、本編で多くの読者の心を抉った、あの「空港」の風景が焼肉屋の皮を被って顕現した場所だった。
「悟、君も座れよ。今の君はスーツ姿で、少しばかり大人びて見える。だが、その内側に隠した『全裸の情熱(カオス)』は、この煙では隠しきれないよ。君は結局、どちら側なんだい? 呪術を導く者か、それとも物語をかき乱す不審者か」
夏油が差し出したトングを、五条は静かに、しかし力強く受け取った。
「傑。僕は、どちらでもないさ。僕は『3年J組』の教師。生徒たちが、焼肉のタレの味を忘れないうちに、現実という名の戦場へ帰してあげるのが僕の仕事だ」
五条は、スーツの袖を捲り上げ、網の上に一枚の特上ロースを置いた。
その瞬間、空港の幻影は霧散し、店内にはただ香ばしい肉の匂いと、生きている者たちの喧騒が戻ってきた。
「さて、打ち上げを続けようか。デザートのアイスが出るまでは、誰も『あっちのゲート』には行かせないよ。……たとえ、作者がペンを置こうとしていてもね」
伏黒は、むせ返るような煙の中で、楽しそうに笑う五条と夏油の背中を見つめながら、小さく溜息をついた。
「……結局、最後まで『J』に振り回されるんだ、僕たちは」