呪術廻戦スピンオフ 3年J組 五条先生 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
五条悟のパチン、という指パッチンの音と共に、ログハウスの暖炉の温もりも、八ヶ岳の殺人的な冷気も、そして「空港」の幻影さえもが霧散した。
次に一行が目を開けた時、そこには見慣れた、しかしどこか現実味を欠いた光景が広がっていた。
「……戻った、のか? ここ、いつもの教室だよな」
虎杖が、自分の腕を確認する。
そこには「J組」と書かれたダサいタスキも、政治資金の領収書も、凍傷の跡もない。
ただ、窓の外から放課後のチャイムが虚しく響いている。
「戻ったっていうか……戻されちゃったわね。あんなに地獄を巡ってきたのに、机の上にはまだ一時間目の教科書が開きっぱなし。何よこれ、絶望的な既視感(デジャヴ)なんだけど」
釘崎が、自分の席に座りながら机を叩く。
そこには、昨日の自分が書いたであろう「お腹すいた」という落書きが虚しく残っていた。
「……先生。結局、僕たちは何をしてたんですか。武道館でライブをして、焼肉屋で死んだはずの夏油さんに会って、裸で雪山を走って、日本の闇を暴いて……。その結果が、この埃っぽい教室の、硬い椅子なんですか」
伏黒が、深い溜息をつきながら椅子に深く腰掛ける。
その姿は、まるで数十年間の放浪から帰還した老兵のような哀愁を漂わせていた。
「恵、いい質問だね。僕たちはね、遠回りをして、ようやくこの『J』に辿り着いたんだ。呪術でも、ジャニーズでも、自民党でもない。……そう、『日常(JOU-GE)』という名の、終わりのないループさ」
五条は、教壇に立ってチョークを手に取った。
ホワイトボードには、昨夜の生々しい組織図の代わりに、ただ大きく一文字だけ書かれた。
『J』
「先生、それ何のJですか。どうせろくなもんじゃないんでしょ」
「ふふ、よくわかったね悠仁。これはね……『授業(JUGYOU)』のJだよ。さあ、一時間目、始めるよ! 範囲は『裏金と呪力の相関関係』について。あ、テストに出るから、靴下脱いで正座して聞くように!」
「「「「嫌だぁぁぁぁぁ!!!!」」」」
三人の絶叫が、静かな校舎に響き渡った。
全裸で雪山を走るより、特級呪霊と戦うより、彼らにとっては「三年前じゃない」と言い張りながらこの教室で「生徒」というロールを演じ続ける日常こそが、最も回避不能な地獄だった。
「……なぁ、先生。一つだけ聞いていいか」
虎杖が、教科書を開きながら力なく挙手する。
「なんだい、悠仁?」
「……オレたち、そもそも3年じゃないよな?」
五条は、窓の外の青空を見つめながら、今までで一番輝かしい、そして一番無責任な笑顔で答えた。
「ああ、もちろん。君たちは3年じゃないし、ここはJ組でもない。……でも、作者が『続き』を思いつく限り、僕たちはこの教室から一歩も出られないのさ」
伏黒は机に突っ伏し、釘崎は舌打ちをし、虎杖は諦めてノートに「J」と書き殴った。
教室の隅には、なぜか夏油傑の幻影が、生徒のような顔をして座り、小声で「You、次のページだよ」と囁いていた。