呪術廻戦スピンオフ 3年J組 五条先生 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
放課後の屋上。
初夏の風が吹き抜ける中、祈本里香は手すりに身を乗り出し、校門の方をじっと見つめていた。その手には、乙骨憂太とお揃いで買ったばかりの、キャラクターもののキーホルダーが握られている。
「……遅い。ユウタ、遅い。……また真希さんと稽古? それとも、野薔薇ちゃんとパンダくんと購買部? ……ユウタの時間は、全部里香のものなのに」
里香が少しだけ頬を膨らませて、唇を尖らせる。その瞳には、かつての特級呪霊としての禍々しさは微塵もなく、ただ「好きな人の一番近くにいたい」と願う、等身大な女子高生の輝きだけが宿っていた。
「……あ。ユウタ! こっち、こっちだよー!」
校庭に姿を現した乙骨を見つけるなり、里香は大きく手を振った。その声の弾み方は、炭酸飲料の栓を抜いた瞬間のようで、屋上の空気さえも一気に甘酸っぱく塗り替えていく。
「……あ、里香ちゃん! 待たせてごめん! 五条先生に捕まって、新作のスイーツの毒見をさせられてたんだ。……ほら、里香ちゃんの分ももらってきたよ」
階段を駆け上がってきた乙骨が、息を切らしながら小さな箱を差し出す。その不器用な気遣いに、里香の不機嫌な雲は一瞬で晴れ渡り、世界にプリズムのような光が差し込んだ。
「ユウタ……。……里香のために、もらってきてくれたの? ……嬉しい。里香、ユウタがくれるものなら、毒が入ってても全部食べる」
「あはは、毒なんて入ってないよ。……里香ちゃん、さっきまで怒ってた? ……ごめんね、次はもっと早く来るから」
乙骨が、申し訳なさそうに里香の隣に並び、手すりに手をかける。
その距離、わずか10センチ。
お互いの肩が触れそうで触れない、その絶妙な「境界線」に、里香の心臓は術式を展開する時よりも激しく、トクトクと鼓動を刻んだ。
「……ねえ、ユウタ。……約束、覚えてる? ……大人になったら、里香と……。……その、ずっと一緒にいてくれるって」
里香が、乙骨の制服の袖を、小指で小さく絡めとる。
それは、かつて交わした 婚約 という名の呪縛を、最高の「青春の約束」へと書き換えるための、勇気ある一歩だった。
「……当たり前だよ、里香ちゃん。……僕は、里香ちゃんが隣にいてくれないと、自分が自分じゃなくなっちゃう気がするんだ。……だから、ずっと一緒にいよう。……死が二人を分かつまで、なんて言わない。……ずっと、ずっとだよ」
乙骨の、真っ直ぐすぎる、しかし一点の曇りもない肯定。
その言葉に、里香は顔を真っ赤にしながらも、幸せそうに乙骨の肩に頭を預けた。
その時、屋上の給水塔の影から、ひょっこりと五条悟が顔を出した。
アイマスクをずらし、最高級の 恋の蜜 を吸いにやってきた 余計な特級 の登場である。
「はーい! 純愛爆発(ハッピーエンド) してるね諸君! 先生、空気を読んで 恋のフルバースト という名の特級呪具を持ってきてあげたよ! ほら、このスイッチを押すと、屋上中に 100万本の赤いバラ が出現して、誓いの言葉を絶叫しないと下校できない結界が張られるんだけど……」
「「「「今すぐ高専から出て行ってください、五条先生(最強の邪魔者)!!!!!」」」」
乙骨の全力の叫びと、里香の「ユウタとの時間を邪魔しないで!」という無意識の(しかし凄まじい)威圧が重なり、五条は「えー、最強の僕が最高の仲人になろうとしてるのに。純愛カップルはガードが固いなあ」と、わざとらしく肩をすくめて、空の彼方へと消えていった。
静寂が戻った屋上で、乙骨と里香は、どちらからともなく顔を見合わせて、お腹の底から笑った。
「……あはは! 五条先生、相変わらずだね。……でも、里香ちゃん。……僕、里香ちゃんと食べるこのケーキが、世界で一番甘いと思うよ」
「……里香も。……ユウタ。……大好き!」
二人が歩幅を合わせて、夕暮れの階段を降りていく。
彼らが 3年J組 という名の、あまりにも一途で、あまりにも透明な季節から卒業できる日は、まだ、ずっと先のことのようだ。