みんな甚爾くんが好きなんやな、と思ってます。
「あ、私は水だけでいいです……え? 自分で持って来ないとダメなんですか?」
変なメスガキは虚を突かれたような顔をするとしぶしぶ席を立ちあがった。無造作に積み上げられたグラスを一つ取ると、無料サービスの水を半分だけ注ぎ戻ってきた。
例のパチンコ店で、彼女がダウジングで選んだ台がマジで大当たりを出したおかげで財布が潤った。そのことで少しだけ気分がよくなった甚爾は、話を聞くだけ聞いてみようと心変わりした。まさに現金なものだが人間、大なり小なりこんなものだ。
場所はパチンコ店から少し離れたモール内にあるフードコートだった。
甚爾は目についた店でタコ焼きを頼んだ。割り箸を割り、湯気を立てる出来立てのタコ焼きのひとつに突き刺す。対面の彼女はグラスを両手持ちして水を飲んでいる。言動はアレだが、育ちの良いガキらしい。
「で? 俺に何の用?」
「うふふ、お話聞いてくれる気になったんですね。嬉しいです」
「聞くだけな。依頼を受けるか受けないかは俺の気分次第……つか、どこで俺のこと知ったんだよ」
「甚爾さんて意外とおしゃべりなんですね」
「……」
どうも調子が狂うガキである。
「まず初めまして。私は
「おしゃべりはどっちだよ。要点だけ話せ。俺をガキの接待受けて喜ぶロリコンだとでも思ってんのか?」
「じゃあ、単刀直入に言いますね。伏黒甚爾さん、私を殺してください」
「はいはい……は?」
思いがけず聞き流すところであった。
話は聞いてやると言っておきながら、その実、適当にいなしてバックレようという魂胆が少なからず甚爾の中にはあった。あったが「私を殺してください」などという爆弾発言にそういう訳にもいかなくなった。
「え~と、聞き間違いか? 誰が誰を殺すって?」
いかにこのメスガキの頭がイカれていると言っても、まさか自分を殺してくれと依頼してくるはずがない……はずだ。それとも思春期特有の情緒不安定、センチメンタル、死への異常な神格化だろうか。とかくこの年頃は、ちょっとしたことで死に惹かれやすい。やれ朝飯のメニューが気に入らないだとか前髪を切りすぎただとか、好いた異性に恋人がいただとか──。
ミヲは空になったグラスを置いた。
「私を殺してください、と言ったんですよ……【術師殺し】の甚爾さんなら楽勝でしょ?」
ミヲが笑う。光のない真っ黒な瞳がイビツに歪んでいる。
あ、やっぱりコイツは頭がおかしいんだな。甚爾は残りのタコ焼きをグチャグチャに掻き混ぜてしまうと、皿ごとテーブルの端に追いやった。
「つまり俺に自殺の手伝いをしろって? 面倒くせえ、断る。死にたきゃ勝手に自分で死ね……こう見えて俺も多忙でな、イカレたガキのセンチメンタルごっこに付き合ってる暇も余裕もねぇんだよ。それに金は? 払えねえだろ、経済力なさそうだもんな」
「ええ? さっき当たり台教えてあげたじゃないですか」
「あれは相談料」
「守銭奴ですか?」
いかにもわざとらしい溜息を吐いてから、ミヲは口をへの字にしつつブレザーの内ポケットから一冊の通帳を取り出した。「これで如何ですか?」
「ガキの小遣いなんてたかが………随分と貯め込んだな」
せいぜい6桁あれば良い方だろうという予想は大きく裏切られた。開いたページには9桁の額が並んでいる。呪術師といえど、一介の女子高生に稼げる額でないだろう。それとも例の術式で荒稼ぎしたのか。
「私の父の遺産ですよ」
「ふぅん、親父がくたばったおかげか。良かったじゃねえか」
「やだなあ、甚爾さんが殺したんじゃないですか。覚えてません?」
なにか友達から面白い話でも聞いた程度のリアクションだった。口元に手を当てて笑うミヲ。
「甚爾さんが殺したんじゃないですか」と言われても、甚爾本人にその記憶はなかった。術師相手の仕事など珍しくもない。過去に色々受けた内の1件がミヲの父親だったのだろうが……「あ、いや」
記憶の引き出しをひっかきまわしているとおぼろげながらソレっぽい男に思い当たった。なんだか神経質そうな顔をした痩せぎすの和服の男だ。「禪院の落ちこぼれ風情が」と、出くわすなり吐き捨ててきた礼儀知らず。アレか。
特徴を伝えるとミヲは頷いた。
「そうですその礼儀知らずの男ですよ。本当にその節はありがとうございました、甚爾さんのおかげで我が家は平和になりました。ほんの一時だけですけど」
わざわざ椅子から立ち上がり深々と、それこそ土下座でもせんばかりに頭を下げるミヲ。周囲の視線が突き刺さる。こちらを訝しげに見てヒソヒソ会話する中年主婦2人組、目を丸くするうどん屋の店員、ニヤニヤしているバカそうなヤンキー軍団……それらを甚爾は視線だけで散らした。
それにしてもだ。
あのイカれきった依頼内容はブラフで、本来の目的は父親の敵討ちではないかと一瞬疑ったが、ミヲの様子を見るにそういう訳ではなさそうである。
「親父がくたばって平和になったのに、何でお前は死ぬ気になってんだ。別に止めねえが」
「平和といっても一時だけですよ。大人しく死んでればいいのに戻ってきたんです」
「あぁ?」
「今もいますよ、ここに」
その言葉に応えるかのごとく、周囲の気温が一気に下がった。背筋がぞくりと震えるような薄気味悪い寒気を放ちながら、ミヲの背後で黒い粘ついた影が盛り上がり形を取っていく。
「見えますか?」ミヲの胸元と腰に枯れ木のような手が巻き付いている。呪霊の手、である。
ボロボロにすり切れた和服をまとったその呪霊の顔は分からない。笠を深く被っているからだ。その淵には無数の振り子が垂れ、揺れている。唯一露出した口元は歯を剥き出していた。こちらを警戒しているのだ。
「甚爾さん、さっき死ぬなら勝手に自殺しろって言いましたよね? 無理なんです、この人が邪魔するから。だから私、甚爾さんに殺してもらおうと思って」
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