翌日、ミヲは約束よりも10分ほど早く待ち合わせの場所にやって来た。服装は昨日と同じ制服姿。
「お前を殺すのは引き受けるがその前に片付けなきゃならねえ仕事がある」と甚爾は言った。そんなのは後回しにすればいいと反論したが、甚爾は目を半分にしながら溜息を吐き「これだから社会経験のねえアホガキは」とわざとらしく首を横に振った。
「社会ってヤツは信頼の積み重ねで出来てんだよ。信頼が無い奴は生きていけない作りになってんだよ。分かるか? ……分かんねえか、お前は呪術師だからな。呪術師って人種は程度の差はあれどトんでるのじゃねえと務まらねえし、トんでる奴ってのは信頼とか友愛とかそういう人間らしい社会規範は視界の外にやってるからな。社不だよ社不、お前らは社不。でだ、俺はご存知の通り呪術師じゃねえ……だからコツコツと信頼を貯金しなきゃいけねえんだわ」
なんのかんのともっともらしい事を言っていたが、要するに、ぽっと出のガキを優先するつもりはないということらしかった。とにかく一分でも早く殺してもらいたいミヲは彼の手伝いをすることを申し出た。甚爾は渋ったが「タダで良いですよ」と言うと納得してくれた。
腕時計に目を落とすと約束の時間を5分ほど過ぎていた。
人のことを社不だとか世間知らずだとか好き放題に罵っていた本人がコレだ。お笑いである。
容赦なく照り付ける太陽に音を上げてミヲは手近な店の屋根の下に逃げ込んだ。目の前を流れていく人の波をぼんやりと眺める。夏休みだからかだろうか、自分と同年代らしい集団が多い。男の子も女の子も各々お洒落をして、楽しそうに笑い合っていた。「……」
ミヲはふと自分の全身をウインドウへ映してみた。顔の造りはさほど悪くはないと思う。だが、長い不眠の影響で目の下のクマは濃く肌は白いというより青白い。髪もバサバサで痛んでいる。オバケみたいだ、としみじみ思った。
「辻占さんてオバケみたい」と高校のクラスメイトの女子グループが密かに言い合っていたのを聞いたときはピンと来なかったが、なるほど、彼女たちの目に映る自分がコレだったのならば正しい評価だ。
父は厳しく、ミヲが呪術以外のことに興味を持つのを嫌がった。
小学2年生の頃だったろうか。当時親しかった友人がミヲの髪を整えリボンを結んでくれた。似合う、可愛いと褒められて柄にもなく嬉しくなって、そのまま帰宅すると父が激昂した。玄関で蹴り飛ばされ、丸くなって身を守る我が子の背を蹴り踏みつけながら罵倒した。嵐のような父が去った後、泣きながら痛む体を起こすとリボンはグチャグチャに丸められ隅へ投げ捨てられていた。リボンを拾い慰めてもらおうと母の部屋へ行くと、彼女は困った顔をしながら「お父さんを怒らせてはダメよ」とだけ言った。
……思い返してみれば家族にロクな思い出がない。五条悟とかいう子供に並々ならぬ対抗心を燃やす男と、そんな男の顔色だけを常に気にして身を竦ませている女。それが自分の両親なのだ。そう思うと溜め息しか出てこない。「甚爾さん遅いな……」
再び腕時計を見るとさらに4分ほど経っていた。
結局、15分近く遅れて甚爾はやって来た。
「遅いですよ。何してたんですか?」
「イヤらしいガキだな」
「甚爾さん、自分で言ってたじゃないですか。社会は信頼の積み重ねで出来てるって。待ち合わせに連絡なしで遅れてくるのはその信頼を毀損する行為なのでは?」
「口の減らねえガキだな。モテねえぞそんなんじゃ」
「やだなあ。セクハラですよ、それ」
遅刻してきたクセに悪びれもせずあくびをする甚爾にミヲは苛立ちを押さえた。
「キレてんの?」
「別に。私、感情ありませんから」
「お、中二病」
「……それよりも甚爾さんのお仕事を済ませちゃいましょう。私ができる事なら何でもお手伝いしますよ! 例えば、ターゲットを絶対に死ぬ因果にすることも出来ますけど」
もっともその場合、自分がどうなるかは分からないが。
甚爾は暫く何かを考える素振りをしていたが、言った。
「お前、ダウジング得意だったよな? ならターゲットを探し出せ。どうもどっかから情報が流れたらしくてな、金と一緒に消えちまったらしい。この期に及んで一緒に逃げるのが家族じゃなくて金ってところが泣けるが……」
「その人は呪術師なんですか?」
「いや、呪詛師だ」
呪詛師。呪術の才を人助けでなく、人を害することに使う存在だ。いずれにせよ呪力を持っている者ならば追跡は容易い。ミヲの振り子は対象の呪力を感知するのだから。
「ターゲットの私物とか持ってます?」その質問に甚爾は首を横に振った。「じゃあ写真とか」
その質問にも同じように首を振って見せた。
「おれが見ず知らずのおっさんの写真持ってたら気色悪いだろ」
「手掛かりがないとダウジングできませんよ」
「何ィ? デカい口利いといてさっそく役立たずかよ」
「ダウジングも万能じゃないんですってば」
呪力を感知すると言っても、ダウザーの中に対象のイメージがなければ意味がない。
甚爾はブツブツ言いながら携帯電話でどこかにかけ始めた。二言三言、相手とやり取りしてから通話を切るとすぐにメールの受信音が鳴った。「ほれ」
差し出された携帯の画面を見るとおじさんの画像が表示されていた。肥満体系でグレーのスーツを着たおじさんを、遠景から盗撮したような画像だったがそれで充分だった。
ブレザーのポケットから振り子を取り出し左手薬指に指輪をはめると、ミヲはさっそく脳内にターゲットのおじさんの姿をイメージし集中した。銀の鎖の先端にぶら下がる霊石がすぐに呪力を感知して揺れ始めた。
「ここの2階、一番奥の部屋にいるみたいです」
振り子の案内でやって来たのははずれにある廃ビルだった。『私有地につき立ち入り厳禁』と書かれた看板は錆び、所々壁が剥げツタが絡まる建物の頭上にはカラスが数羽集まっている。
甚爾は金網フェンスを軽々と、まるで紙でも破くようにすると無遠慮に敷地内へ入り込んでいった。その逞しい背が廃ビル内に消えて数分も経たないうちに男の絶叫が響き、カラスたちがパッと飛び立っていった。
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相変わらず甚爾くんがいらんことをペラペラと喋ってるんですが、原作とかアニメの甚爾くんも特別寡黙というイメージでもないので(かといってお喋り屋さんでもないが…)大目に見てもらえると助かります。あくまでもウチの甚爾くんはこういう屁理屈をペラペラ言いますし、イメージソングはよあけのうたです。