こっから長くても15話前後で完結させたいです。
甚爾はもう一度ターゲットのスナップを取り眺めた。いかにも『善人です』といった顔を繕いながらその裏では弱者を踏みにじり甘い汁を啜っているツマラナイ男の顔だった。
殺し屋などという賤業に身を置いている自分がこの男を非難する資格はないし、そもそも毛頭ないが……「くだらねえツラ拝ませやがって」
舌打ちをしスナップを放る。
孔をじろりと見た。
「なあ、この手の
「相変わらず足元を見やがる」
「実際に動くのは俺だからな。あくびしながら報告を待つだけでいい奴らはそこんところを分かっちゃいねえ……」
背もたれに背を預け頭の後ろで手を組みながら薄汚れた天井を見、次に隣でソーダ水を啜るミヲを見た。すでにこちらの話に興味を失ったのか、それとも後ろの親父の恨み言でも聞いているのか、とにかく無心にストローでコップの中身を吸い上げている。
「おいクソガキ。砂糖水ばっか飲んでねえで仕事の時間だ。お前の振り子でこの慈善家サマの居場所を探ってくれ」
「聞いた話だと今夜どこかでガキのオークションを開くらしいが」
「やれやれ。こっちは日々、働きアリみてえにせっせと働いてるってのに良いご身分だなまったく。いっそ俺も廃業して慈善家にでもなるか」
「あんなモンは金持ちの道楽だ、お前にゃ向いてねえよ」
孔が鼻で笑うと甚爾もしょっぱい笑いをした。
「で? どうなんだ」
甚爾の2度目の問いかけにミヲは視線だけ向けた。
「この
咥えたストローの飲み口を噛み潰しながら、ミヲは視線を甚爾からスナップへ向けた。
「本当ですか? 甚爾さんて嘘つきだからなあ……でも良いですよ。罪のない子供たちを助けるくらいしなければ天国になんか行けそうにないですもんね」
『天国』という単語に甚爾は一瞬だけ虚を突かれたように片目を丸くし、そして鼻を鳴らした。
「天国だぁ? 残念ながらテメエも俺も、ついでにそこの孔も地獄行きが確定してんだよ」
左手薬指にはめた振り子を写真の男へ垂らし目を閉じ集中する。食堂や馬場の喧騒が遠くに消え、残穢を感知した水晶が揺れ始めた。孔の「おお」という感嘆なのか驚愕なのか不明な短い呻きが聞こえた。
ターゲットの欲望はよほど強いらしい。残穢に混じって、あるイメージが脳内に浮かび上がってきた。
「んん。なんだか教会っぽいイメージが視えますね。でもこれは……」
どうにも奇妙なイメージだった。獣のようでもあり人のようでもあるが、それを言い表す語彙がミヲの中にはなかった。目を開けると孔から手帳とペンを借り白紙のページへ絵図を描き説明した。
「教会にある像と言えば大抵はキリストの像じゃないですか? こんなヘンテコなの置いときませんよね?」
お世辞にも上手いとは言い難い絵で描かれたのはヤギの頭と人間の女の胴体を持つ怪物であった。手帳を手に取った甚爾がまじまじとそれを眺め、それから孔へ投げ渡す。
「ガキの売り買いしてるだけでもアレなのに、加えて悪魔崇拝崩れか。孔。ここいらでそういう珍妙なモニュメント飾ってるバカの集会所の心当たりはあるか」
幼稚園児のラクガキレベルのバフォメットと揺れる水晶を交互に見、孔は今度は感嘆の息を吐いた。がりと側頭部を搔き、脳内のデータフォルダを漁る。
「旧市街の外れにある古いチャペルだな。元々カルトの集会所だったが、立ち退かされて以降放置されてんだ。確かにあそこなら足もつきにくいかもな……それにしてもこのお嬢ちゃん、マジに使えるじゃねえか」
その称賛を受け甚爾はどう思ったか。いつのまにか手にしていた煙草の箱を指で弾くと一本取り、唇の端に挟んだ。「道具は良品に限る」
盤上に放ってある孔のライターで勝手に火を点ける。紫煙がゆるゆると立ち昇っていく。煙を吐きだすと、ミヲの眼前にブイサインにした手をつきつけた。
「2つめだ。お前の術式で、俺達が誰にも見つからずに最奥まで辿り着ける確率を100パーにできるか」
「そのくらいなら術式を使うまでもなくダウジングで余裕です。けど、甚爾さんがどうしても万全を期したいというのであれば可能ですよ。この間も言いましたけど私の術式は確立操作──もっと正確に言えば【因果操作】ですから」
「因果操作だ?」
いまいちピンとこないのか孔がわずかに眉根を寄せ身を乗り出した。が、すぐに辻占家が呪術の名家であることと彼女の父親──辻占宗助の死因を思い出した。どっかの大企業の会長を、その術式でもって破滅させたからだ。そしてその当人から受けた依頼を甚爾へ回した。
それにしても──辻占宗助の術式だけでも寒気がするようなものであるのに、その娘はさらにその上を行くというのか。
「相伝か?」孔のつぶやきにミヲは口端を歪めた。頷いた。
「おかげで苦労してますよ」
生得術式はいわば強制的に引かされるランダムガチャのようなものである。それで見事にSSRを引き当てたおかげで父親の箍は完全に外れトチ狂った。『五条家の息子にも勝てるかもしれない』という、一度は諦め封印した甘い夢を墓から掘り返し、悲願として娘に背負わせた。
「で? 結局できんのか、できねえのか」
「できますよ。でも、その後のことは知りません。術者である私にも予測不能の【揺り戻し】が発生しますから」
「揺り戻しねぇ」
背もたれから背を離し、今度は前かがみになる。煙草の灰を灰皿の縁でトントンと落とす。
「要するにどっかから幸運を強引に引っ張りよせた分、後からドデカい不運が跳ね返ってくるって訳だ」
「バランス調整が発生するんでしょうね」
「おい……因果の揺り戻しなんて食らったらさすがのお前でもヤベエんじゃねえか。ましてやこのお嬢ちゃんなんか」
「黙ってろ、孔」
甚爾は煙草の煙をミヲの顔へ吹きかける。彼女の背後から呪霊が昏い目で睨みつけてくるが気にもしない。
「まさかお前、その揺り戻しでワンチャン死ねたらラッキーとか考えてんじゃねえだろうな?」
ワンピースの肩がピクリと揺れた。
「図星か。だとすれば見当違い。親父がとっ憑いてるかぎりお前は死なない。そうなると不運に見舞われるのは俺か、もしくは孔になる。……却下だな、お前はダウジングでルートの確保と敵の人数・位置の割り出しをしろ」
安っぽい椅子ががたんと鳴った。甚爾が照明を遮り立ち上がるとテーブルの上に影が落ちた。
「孔、アジトの裏口と逃走経路の手配をしとけ。……行くぞ。そのチャペルとやらに乗り込んで、サクッと悪党どものポケットから金を巻き上げてやる」
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