相棒はカンフー童女   作:ユーカリの木

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四章:いずれ真実が僕たちを自由にしてくれる 4

 デートという言葉をハルキはよく知らない。とある雑誌曰く、男女がふたりで出かけることだそうだが、それならばフェンとは毎日デートしていることになる。だからこの定義は断じて間違っていると思う。

 

 昼の日差し。暖かな空気。東セクターの駅前は、いつだって騒がしい。

 

 いつかのベンチに座ったハルキは、ぼうっとビルにある巨大スクリーンを眺める。いつもは商品や企業の広告ばかりを吐き出す画面が、今日はニュースキャスターを映し出している。中身はルヴェイン社の不正の証拠が明らかになったこと。出所は考えるまでもないだろう。

 

 いまさら葛藤などない。綺麗事で生き残れるのなら、窮地に陥ってなどいなかった。ただ、結末がこれかと思うと、少しだけやりきれなかった。

 

 キャスターが「ユニオンへ遂に正義の鉄槌が下される」と繰り返し言っている。随分と薄ら寒い正義だ。鉄槌が下された横では、潰された悪の片棒を担いでいたマフィアが被害者面で被告の席に並んでいる。

 

 正直、いまはオライオンに会わせる顔がない。理想を熱く語り、いまも正義を内に秘めた彼は、きっと納得などしていない。この結末は予想できた。それでもハルキは、身を守るために札を切った。

 

「なんとも、忘れがたいね……」

 

 ふと、視界に影が差す。目の前に立っているのは、いつかの着物姿のペルテテーだった。彼女はハルキを見て、視線を追うようにスクリーンへと向けた。

 

 ペルテテーは何も言わず、上品に着物の裾を摘んでハルキの隣に腰を下ろした。

 

「ねえ、ペルテテー」

 

「うん?」

 

「少し、少しだけ、疲れた」

 

 手に温もりが落ちる。ペルテテーが細長い指を乗せていた。そのまま指を絡められる。ざわついていた心が、それだけで少し落ち着いた。

 

 ハルキはゆっくりと立ち上がる。ペルテテーも腰を上げた。指を絡めたまま、一歩を踏み出す。

 

「さて、行こうか。ペルテテーの服を買いに行くって話だったよね」

 

 二歩目を踏み出そうとして止まる。ペルテテーがハルキの左手を両手で掴んでいた。

 

「私は居るから……」

 

 喉が引きつった。

 

「独りは寂しいよ……」

 

 ペルテテーが両手を胸に添えた。

 

「……ね?」

 

 ハルキは顔を伏せる。どうしようもない感情の奔流が口からまろびでそうになって、必死になって吞み込んだ。

 

 ペルテテーの両手が離れる。暖かさが消える。心が凍えそうで、とても寒かった。

 

 表情を落としたハルキの前で、ペルテテーが両手を広げた。

 

「……おいで」

 

 ああ、これはまずい。

 

 行っては駄目だと分かっているのに、足は自然と動いていた。とん、と額をペルテテーの首筋に落とす。彼女の両腕に抱かれる。

 

「……泣きたい?」

 

「ん、大丈夫。涙は当の昔に枯らしてきたんだ」

 

「……そっか。しばらくこうしてる?」

 

「うん、ちょっとだけお願い」

 

 ほんの少しだけ仲間の体温を感じて、ハルキは離れた。ペルテテーの淡い微笑みが陽光に照らされ、輪郭が光る。ほのかに甘い香りが少しだけ身体に移って、どうにも照れ臭かった。

 

 こほん、とひとつ咳払い。気持ちを切り替えないと変なことを口にしそうだった。

 

「さて、御手をどうぞお姫様」

 

 差し出した手に、細長い指先がたおやかに重ねられる。感じた体温をそっと握って歩き出す。

 

「あ、今日ブーツだから実は大丈夫なんだよね」

 

 うん? とハルキの視線が素早く下に注がれる。ペルテテーの履物は下駄かと思いきや、まさかの奈落探索用ブーツ。これはたぶん、防刃でなかなかに高そうだ。

 

「いま気づいた?」

 

 こほん、とハルキは再び咳払いする。なぜだろうか、エガリゼと対峙したとき以上の緊張感が足元からじわじわと滲みよっている気がした。

 

 それとも、とペルテテーがハルキの顔を笑顔で覗き込んだ。

 

「気づいてた?」

 

 視線が交わる。視界が白黒に明滅する。

 

 ふいに、もう我慢ならんとばかりにペルテテーが吹き出した。

 

「やっとあんたに一泡吹かせられたね。人たらしを成敗、ってね」

 

 手を離したペルテテーが笑いながら三歩あるいて、首だけで振り返った。

 

「行こう? 明日以降の私の見た目はハルキの選択次第だよ。センスないから頼んだよ」

 

 なんとまあ、たった数日でからかい返されるようになってしまった。フェンが敗北宣言を出したのも納得である。

 

「いいね。僕のファッションセンスが火を噴くよ。街一番の美人さんにしてあげよう」

 

 ふふ、と艶やかにペルテテーが笑い、隣に並ぶ。

 

「モデルになれるくらいにしてくれる?」

 

「おっと、それは残念。すでにモデル級だ」

 

「お上手なこと。でももう一声」

 

 ふふん、とハルキは笑う。

 

「少し周りを見てみようか」

 

 ペルテテーが顔を左右に動かす。流れる人たちがみな彼女を見ている。男が目を動かせずに隣の女に叩かれる姿。駅前のベンチ付近に至っては、こちらをなんとも言えない視線で眺めている集団さえいた。まあ、それに関してはやり取りで興味を惹かれただけかもしれないが……。

 

「え、わ、ちょ……」

 

 ペルテテーの困惑、驚愕、赤面の表情三段活用。非常に見ごたえがあるが、即座に背後に回って背中に額を埋めるのはやめてほしい。周囲の温度が少しばかり下がった気がする。

 

「ペルテテーさん。顔を出してきてくれませんか。余計注目されてるよ」

 

「わたっ、わたっ……」

 

「フェンが見てるカンフー映画のセリフに出てきそうだなあ……」

 

「わぅ……ぬぅぅ……」

 

「悪かったペルテテー。そろそろ人語を介してくれないかい?」

 

 ずずず、といった擬音が付きそうな動きで背後から隣に出てきた。若干ホラーである。

 

「私、もう、からかわない。ハルキ、勝てない……」

 

「なに、敗北を経験して人はより高みへと成長するんだ。ペルテテー、負けることは悪いことじゃない。成長する栄養剤さ」

 

「こんなことで成長してどうすんのさ。もう、行くよ。どら焼き奢って」

 

 とつとつとペルテテーが先に進んでいく。同じ後衛なのに、さすがに鍛え方が違うのか歩く速度が速い。体力のないハルキにはなかなかつらい。そんな中でも思い出すことはある。

 

「どら焼きか……。あとカップ麺も……」

 

「うん? 何の話だい?」

 

「ああ、以前フェンと稼ぎ終わったらどら焼きを買おうって約束をしていたのを思い出したんだ。あと、フェンとオライオンがエガリゼとの戦いが終わったらカップ麺大会をするとも言ってたね」

 

「カップ麺は身体によくないよ?」

 

「僕と同じ見解だね。あと高い。だけどオライオン曰く、夜中に食べるのが背徳的でたまらないそうだよ。そう言われると食べたくなるのが人情だよね」

 

 人は身体を壊す食べ物を好んでやまない。なぜか身体がジャンクを求めるのだ。ハルキだって、懐事情が悪くなければ三日三晩ジャンクでいける。むしろそれがいい。

 

「変なこと考えてる顔。まあ、たまにならいいんじゃない?」

 

「まったく、ペルテテーはお母さんしてるね」

 

「なんだろう、ハルキにだけは言われたくないセリフ一位だね」

 

 目的のデパートを見つけて建物に入る。入口のフロア図を確認すると、下層階のほとんどが婦人服売り場だった。人族用に亜人用、ベスティア用、そして妖精種と専門店が多い。ケイオス市の流行は一瞬だ。流れ星の速さで駆け抜けてゆくのだから、乗ろうとするだけ無駄だ。

 

 ならば答えはひとつ。総当たりだ。その中からペルテテーに最適な服を選ぶ。脳内に大まかなイメージは描いている。あとはそれに当てはまる服を探せばいい。なに、懸念はふたつばかりあるが、きっと大丈夫だ。

 

 ペルテテーを案内しつつ、まずは人族用の安価な店に入る。なにより、値段は重要だ。いくらものが良くても買えなければ意味がない。

 

 店頭に置かれたマネキンをちらりと見て、実際のペルテテーと照合させる。似合わない。なんだろう、こう、これじゃない感がすごい。

 

 次に店内に吊り下げられた広告、ポスター、すべてを総ざらいして照合。脳内マッチングパターンがNGを弾き出す。安価な店では理想は狙えないらしい。世知辛いものだ。

 

 入店して僅か一分。一店舗が候補から消失。

 

 さて、ここで足を外に向けようとするのが駄目な男である。できる男は待つのだ。ハルキはなにかの雑誌で読んだ記事を思い出す。女の買い物は長いと、そこには書いてあった。ならば、重要なのは忍耐だ。

 

 さあ、好きに堪能するがよい、と若干ハイになりつつあるハルキの視線の先には、店員に話しかけられておろおろするペルテテーがいた。

 

 おっと、懸念ひとつ目が顔を出した。敵勢存在に話しかけられたペルテテーは人見知りを発動する。回避方法は盾になるか、敵勢存在から逃れるしかない。

 

「すみません、僕の連れなんです」

 

 ひらりと店員とペルテテーの間に割り込む。敵は女性。年齢は二十代前半。化粧が派手だ。脅威度を高く見積もる。

 

「あ、彼氏さんですね。綺麗な彼女さんでびっくりしちゃいました」

 

 ほらきた。この手の敵はコミュニケーション能力が若さに寄っている。いまのペルテテーでは初手で詰む。

 

 ここで相手の言葉を否定すれば、それだけやり取りが長引いてしまう。ペルテテーの精神状況を考えればそれは愚策だ。

 

「ええ、この子に似合う服がないかなと色々探してまして。なにかいいお店を知りませんか?」

 

「そうですねぇ、鬼族の方であればなんでも似合うと思いますけど。彼氏さんはどんな服がお好みですか?」

 

 まずい。この敵、会話を切らせてくれない。

 

「この子に似合う服がいいですね。落ち着いた雰囲気が似合うと思って――」

 

「ですよねー!」敵が前のめりになる。「でもでも、絶対冒険もした方がいいと思うんですよ。やっぱり男の人ってちょっと隙がある服装の方がアガるじゃないですかー」

 

 こいつ、強い。論点がずらされている。

 

「たとえばですけどー」敵が手近の服を取って目の前で広げる。「この白ワンピなんかすっごく似合うと思うんですよ。え、露出が気になります? やっぱ彼氏さんならそうですよねー。だからこの季節なら上にデニムのジャケットなんて合わせちゃったりしてー」

 

 あれ、意外と悪くないのでは?

 

 やはり相手はプロ。対してこちらは素人だ。ならばこの提案を呑むのもやぶさかではない。

 

「ペルテテー、どうかな? 結構似合う気がする」

 

「……ホント?」

 

 袖を掴んだペルテテーが、ほとんど涙目の上目遣いで言った。店員との接敵で既に精神を摩耗したらしい。

 

「ホントだとも。きっと似――」

 

「ぜ~ったい似合いますよ! いま確信しました! ささ、試着室にご案内しますね~!」

 

 店員にペルテテーがさらわれた。あれよあれよという間に試着室の中に放り込まれている。

 

 ハルキはひとり店内に取り残される。

 

「ふむ……諦めよう」

 

 世の中、諦めが肝心だ。

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